企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

解雇規制

解雇規制再考 ― 企業と労働者双方によるミスマッチ責任分担論

 
2011年以降あまり話題にならなくなった(弊ブログで最後にとりあげたのも2010年夏ごろ)解雇規制が、現政権になってからにわかに騒がしくなってきました。そんな時宜を捉えたジュリスト4月号特集「厳しい?厳しくない?解雇規制」は、非常に良い特集となっています。

感想とあわせ、私もこのテーマについて、企業の視点から少しだけ意見を述べてみたいと思います。





「いつもの方々」じゃないのがイイ


岩村正彦先生の監修のもと、本特集に論稿を寄せてらっしゃるのは以下5氏。まず良かったのが、水町雄一郎先生、濱口桂一郎先生、大内伸哉先生、森戸英幸先生といったこの分野の「いつもの方々」を、あえて人選していない点です。労働法分野に興味がある方は、もうこれらの方々のお話は聞き尽くしている感もあり、そろそろこれまでとは異なる視点・切り口が欲しかったという面もあったんじゃないでしょうか。

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以下その5氏のご紹介と、それぞれの論稿から印象に残った記述をメモ的に抜粋させていただきます。

■ 緒方桂子 広島大学教授 法学者
  • 解雇法制を法的に正当化する議論としては、憲法27条1項を根拠とする社会権説/憲法13条を根拠とする人格的利益保護説/関係的契約理論を取り入れた継続性原理説/労働者と使用者との間の適切な権利・義務関係が確保されるための前提条件であるとする権利保障基盤説の4つがある
  • 解雇規制へのこだわりは、観念的なものではなく、労働者の生活を壊し、職場を荒廃させ、社会を不穏にしないための実践的・防衛的手段でもある

■ 小嶌典明 大阪大学教授 法学者
  • 働かないのは、雇用契約上の債務である、労働義務の不履行に当たる。雇用契約は他の契約と違うといっても、それは程度問題にすぎない。指導票を書き、警告書を渡す。一定期間を間にはさんで、それを何度か繰り返しても、状況になお改善がみられなければ、雇用契約を解除する。民法541条の趣旨に照らしても、こうした契約解除=解雇を否定すべき理由はない
  • 試用期間が有名無実化し、降格・降級規定があっても、それが死文化しているようでは解雇など到底認められない。本採用と昇給は能力のあることの証。そう裁判官が考えたとしても、当然である。ならば、その逆を行けばよい

■ 川口大司 一橋大学教授 経済学者
  • 多くの国際比較に関する実証研究をレビューしたSkedinger(2010)、Boeri and Van Ours(2013)、OECD(2013)によると、厳しい解雇規制と失業率の関係は明確ではない。しかしながら、厳しい解雇規制は解雇と採用を減らし、雇われている状態と失業状態の行き来を減少させることが実証されている
  • イタリアのある銀行の勤怠データを分析した結果によると、12週間の試用期間が過ぎて雇用保障が適用されたあと、欠勤が倍増することが示されている(Ichino and Riphan 2001)

■ 峰 隆之 弁護士(使用者側)
  • 平成24年の労働関係訴訟は3358件、そのうち1026件が解雇等に関する訴えで、判決が言い渡された343件のうち、解雇無効は166件、請求棄却あるいは却下する判決が177件。使用者側が善戦しているように見えるが、482件で和解が成立しており、使用者側が勝ち切ったケースは4分の1未満
  • セガ・エンタープライゼス事件判示が象徴するように、能力不足、適性の欠如を示す不祥事、不始末、仕事の失敗といった具体的エピソードが豊富にあれば比較的楽に戦えるが、クオリティの低い仕事が行われても、それらの成果物は、上司等がチェックする過程で修正されていき、また顧客や他部門と接しない自己完結的な仕事への配置換えが行われるため、具体的な立証が難しくなる
  • 解雇に対する規制と採用プロセスにおける使用者の情報収集は裏腹の関係にあることが理解されるべき。解雇を厳しく制限するのであれば、使用者に採用段階における相応の情報収集権(プライバシーや病歴等に関する情報収集)が認められるべきである
  • 精神疾患を訴える労働者との間で解雇の効力を争う訴訟において、裁判所が独自に業務上外の認定を行い、業務による疾病と認められた場合、労基法19条に抵触するとして、解雇を無効とする裁判例が出てきている

■ 水口洋介 弁護士(労働者側)
  • 整理解雇事件の中には、必ずしも客観的な経営危機がないにもかかわらず、使用者側が「整理解雇」を主張する場合が多くあり、客観的な経営危機を使用者側が立証する場合には、労働者側の敗訴の可能性は高くなる
  • 裁判所に提訴される事件は、個別労働分そののごく一部に過ぎず、労働局の民事上の個別労働紛争相談における解雇事件5万件のわずか0.7%程度。解雇権濫用法理という「法の支配」社会に浸透・確立していないのが実態

見ていただいたとおり、中立な立場の川口先生をのぞいて、学者・実務家がキレイに使用者側と労働者側の立場に分かれて意見を述べており、厳しい/厳しくない甲乙付けがたい絶妙なバランスになっているわけです。といっても、メモの多さからわかるように、企業法務の立場からはやはり峰弁護士の視点に鋭さと共感を感じました。

企業の採用の自由 vs 労働者の職業選択の自由


憲法上保障された人権を根拠に労働者の保護を主張されると、企業としては何を言っても分が悪くなるなあ、というのが特集を読んでの率直な感想です。しかし、当該企業において能力不足・勤務不良と判断された労働者の雇用を継続する義務を一方的に企業に負わせるような解雇規制とするのは、やはり行き過ぎではないかと、私は思っています。

峰弁護士も問題視されているように、一般に社会や裁判所は、採用企業に対し、雇用の継続と教育/指導や配転(いわゆる「解雇回避努力」)による労働者の活用・再生を求めます。企業人事も苦労して採用しているわけですから、適性や可能性があり本当にたまたまその一部門で能力が発揮できなかっただけの労働者であれば、公権力によって強制されるまでもなく、人員が不足する他部門での活用・再生を試みるはずです。しかし、現実にそうして活用・再生に至るハッピーな事例をほとんど聞かないのは、現場からみても人事部門からみても、当該企業では活用・再生が著しく困難と判断せざるを得ない人材も現に存在するからです。無理をして雇用を継続しその部門全体をみすみす「荒廃」させたり、他部門に異動させて他の職場まで“荒廃”させるわけにはいかない。そういった判断から、(しかるべきプロセスを経て)やむなく解雇に踏み切っている事例も多いかと思います。

企業が社会の中で負うべき一定の責任はあります。そして、企業そのものが一つの社会でもあるのですが、その企業には、刑務所のように身体を拘束し生活習慣を強制できる執行力もなければ、また義務教育課程の公立校のような公益性を求めるべくもありません。解雇規制を一律に強化し、一人の権利を守ろうとし過ぎると、職場を構成する他の労働者の平穏・円滑・効率的な労働を阻害し、企業という社会をかえって“荒廃”させる新たなリスクも生みかねないという視点も、必要なのではないでしょうか。

このような話をすると、「企業には採用の自由があるのだから、採用した以上は責任をまっとうすべきだ」という声も聞かれます。これに対しては、「労働者にも職業選択の自由がある(退職の自由のみならず、採用決定当時に入社せずに別の企業・職業を選択する自由もあった)」ということも、忘れてはならないと思います。採用側と応募側、お互いに情報格差がある採用・就職活動において、ミスマッチは完全には排除できない、そして、そのミスマッチを発生させている原因と責任は、企業だけでなく労働者にもあるという前提に立ち、その相互責任をどうやってフェアに二者で分担すべきか、という視点をもう少し持ってもいいのではと考えます。
 

【本】ジャスト・イン・タイムの人材戦略 ― 「解雇規制が緩和される日」は待っていても来ない、ならどうする?


日本の労働法制上はありえないタイトルがつけられたこの本。ちなみに原題は“Talent on Demand”。

ジャスト・イン・タイムの人材戦略 不確実な時代にどう採用し、育てるかジャスト・イン・タイムの人材戦略 不確実な時代にどう採用し、育てるか
著者:ピーター キャペリ
販売元:日本経済新聞出版社
(2010-11-11)
販売元:Amazon.co.jp




人材マネジメントにも、生産管理におけるTOCのような「必要な時に、必要なだけを」の考え方を取り入れようという発想が日増しに強まっている中で、経営に携わる方、人事・採用関連のお仕事をされている方は、タイトルだけで反応してしまうのではないでしょうか。


日本語版への序文より。
本書の目的は、読者の皆さんに、人材マネジメントについて、これまでとは違った切り口で考えるきっかけをつかんでもらうことにある。そのためには、まず、人材マネジメントの課題を財務的な視点で考えることから始める必要がある。
企業にとっては、新しい競争相手や市場の出現をもたらすグローバル競争だけが唯一重要な変化、あるいは不確実性の源泉ではない。それは、社内にも、他の組織でのキャリア機会を追い求めようとしているものが少なからずいるということである。
たとえば、現時点の最善の予測では、10年後に組織全体に配置しなくてはならない主任エンジニアの数が500名であったとしよう。しかし今後、アジア市場が成長し続けた場合750名が必要となり、国内市場が低迷し続けた場合には250名にまで落ち込む可能性があるとする。こうしたブレに対してどう考え、どう対処したらいいのだろうか。また将来、新しいスキルが必要になるということが明確になったとき、そうしたスキルを身につけた社員の一部が競合他社に転職する可能性があることを承知したうえで、あえて内部人材育成に投資すべきだろうか。
この先のページを読み進めてもらえれば、これらの質問にこたえるためのフレームワークを手に入れることができる。

そのフレームワークとは、

1)人材の需要予測にまつわるリスクを低減させる
  −内製・外部調達のポートフォリオ見直し
  −リアルオプションによるリスク処理

2)人材過剰または人材不足のコスト(ミスマッチ・コスト)を最小化する
  −予測モデル・シュミレーション
  −SCM的人材育成パイプラインの組成

3)人材育成投資のROIを向上させ、人材育成を保全・強化する
  −メンタリングプログラムの導入
  −従業員とのコスト分担による育成コストの削減
  −離職タイミングのマネジメント

というもの。

特に、「離職タイミングのマネジメント」というアイデアについては、こんな実例も紹介されていて、私が温め続けている“日本の雇用慣行へのテニュア制の導入”というアイデアとも重なるところがあり、参考になりました。
 離職率を低下させたり平均在職期間を延長したりすることができなくても、離職が予測可能となれば、教育投資のROIを改善することができる。以前にウォール街の投資会社では、ジュニアアナリストが予測の突かない変則的なタイミングで離職していることに頭を悩ませていた。そこでアナリストに関しては、入社後3年で退職しなくてはならないという条件を設けることで問題に対処した。
 社員に退職を強いることで問題を解決するのはおかしいと思うかもしれないが、実際には理にかなった解決策であった。というのも、ジュニアアナリストが辞めていくこと事態が問題の本質ではなかったからである。彼らはいずれMBAの学位を取るために退職してビジネススクールに入学することがはっきりしていたが、誰がいつ退職するかを正確に予測できないことが問題であった。そのため、プロジェクトチームは常に人手不足の状態に陥り、プロジェクトの遅延や品質面での問題が生じていた。いまでは、ジュニアアナリストが入社後3年で退職することが分かっているため、彼らの在職期間に合わせてプロジェクトを編成することが可能となった。
 退職日が確定していると、大人数からなる同期入社組が形成されるため、教育研修もやりやすくなる。また、3年という在職期間が業界標準となった今では、3年未満でやめると職歴上不利になるため、途中で退職するものはいない。(P273)


この本を読むと、将来辞めてしまうと分かっていながら手間とカネをかけてタレント(才能)を育成すること、そして自ら成長しようとモチベートすることも、企業における「人材マネジメント」の重要なパーツであるということを改めて認識させてくれます。育てる者の犠牲と本人の成長努力の萌芽を抜きに、雇用の流動化の必要性だけを語ることはできない、というわけです。

先の見えない日本の状況を受け、「解雇規制がきついから企業の競争力が削がれるのだ」「日本もアメリカ型のようにもっと雇用の流動化が必要なのだ」という意見は日増しに強まっています。しかし、法律の方が先に解雇規制を緩くする、ということは決して起こらないでしょう。法律・規制とはいつでも現実を映す鏡のようなものであって、人材の流動化という現実が先に発生しない限り、そうはならないのです。

企業にとって都合の良い「リスクなくオンデマンドで人材を出し入れできる」などという理想の法律・規制環境は待っていてもできない、そんな中で、企業としてはどう考えどう行動すればいいのか。この難題と真剣に向きあう人に、重要なヒントを与えてくれる本です。

日本の労働市場に漂う閉塞感を打破するための新しいアイデア ― 随意“辞職”権の保障


日本独特の「新卒一括採用」「終身雇用制度」「年功序列型賃金制度」の存在が、労働市場の流動化を妨げている。失業者の再就職がままならないのもそのせいだ。
いや違う。企業の解雇の自由が認められないから、労働市場が流動化しないのだ。解雇規制こそ撤廃し、随意解雇が可能なアメリカ型か、金銭補償を義務付けるEU型にすべきだ。
そんな随意解雇を認めてしまったら、不当解雇も合法になってしまうじゃないか・・・。

こんな堂々巡りの議論が続いている日本。

人材ビジネスで労働市場形成に関わるものとして、この閉塞感を打破するいい解決策は何かないの?という問いに対して、アイデアを考えてみました。

それは、
労働者からの随意“辞職”権を法で保障することで、採用意欲のある企業の採用を容易かつ確実にする
もっとストレートな言い方をすれば、
企業による労働者の“スカウト”“引き抜き”が確実に出来るような法制度とすることで、転職市場を活性化させる
というもの。

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アメリカ型の「随意雇用の原則(employment at will)」について語られる際、しばしば企業に随意“解雇”権があるという側面だけが取り沙汰されます。でも本来は、雇用主からの解雇(dismissal)だけでなく労働者からの辞職(resignation)の自由をも含む語です。
随意“解雇”権を導入することで日本の終身雇用という慣習を破壊するのは刺激が強すぎるというならば、労働者側の随意“辞職”権のみ認めて、雇用主に対する労働者の交渉力を高めればいいのではないかと考えた次第。

もっとも、正確に言えば、今現在労働者の辞職の自由が認められていないわけではありません。しかしあまりに中途半端な自由であるがために、せっかく“スカウト”“引き抜き”のチャンスがあっても破談になるケースがあります。それは、
  • 原則、最低でも2週間前予告が必要(民法第627条第1項)
  • 就業規則で2週間よりも長い退職予告期間が定められている場合、不当に長いものでない限りその期間は辞職できない(厚生労働省監修『改訂版・新労働法実務相談』、下井隆史『労働基準法第三版』)
  • 年俸制の場合、3ヶ月前予告が必要になる(民法第627条第3項)
  • 有期雇用契約の場合は1年を超えないとやむを得ない事由のない限り自己都合での期間内辞職はできない(民法第628条・労働基準法第137条)
  • 雇用契約に競業避止義務が定められている場合は、一定の要件のもと転職の自由が制限されてしまう
という法律・行政解釈・学説・裁判例が存在するから。しかもたちの悪いことに、企業はこれらを楯に、退職時になにがしかの嫌がらせ・脅しをするのが常。
このような労働者の一方的辞職に関する規制を完全撤廃して、企業が嫌がらせ・脅しをかける余地を無くし、明日にでも自由に辞められる権利を認めれば、労働者も安心して転職ができ、かつスカウト・引き抜きする企業も安心して声を書けることができます。

採用意欲のある元気な会社から「ウチに来てくれませんか」と声をかけてもらうことは、労働者にとってこの上ないチャンスの瞬間です。そのチャンスを逃さずにすぐに転職できれば、迎える会社は必要なタイミングで必要な人材を調達でき、かつ労働者は三顧の礼を持って迎えられハッピーに働けるはず。

一方引き抜かれる企業は、自助努力で労働者が逃げない良い会社・良い待遇にするしかなく、それでも引き止められなければ、必然的に退職者が抜けた穴を中途採用で埋めることなり、新しい雇用が生まれる機会が発生して・・・

結果、労働市場はポジティブに活性化するような気がしますが、こんなアイデア、いかがでしょうか?
 
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