企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

残業手当

【雑誌】BUSINESS LAW JOURNAL No.29 8月号 ― 未払い残業手当問題の放置こそ日本の労働行政・労働慣行の暗部と言ってくれ

 
今月発売のBLJには、見所が3つありました。

・特集「労働法務の最前線」
・連載 Global Business Law Seminarの欧州の「約款規制法」解説
・連載 Legal Thinkingの無断録音テープの証拠能力についての解説

どれも大変参考になる記事でしたが、一応労働法の実務に携わるものとして、取り急ぎ労働法務の特集についてコメント。

BUSINESS LAW JOURNAL 2010年 08月号


端的に申し上げれば、レベルが高いけれど、企業側の視点で今の労働法のトピックスを抑えるには十二分な内容と思いました。

「レベルが高い」と申し上げたのは、現行労働法の基礎的知識をおさらいするような記事がないまま、改正の方向性について語られている点にあります。労基法改正にせよ派遣法改正にせよ、その改正の問題点や課題を議論するときの難しさは、実は現行法をしっかりと理解していないと議論の土俵にも立てないというところ。そうは言っても、現行法を解説しだすと紙面がいくらあっても足りないので端折らざるを得ないのも分かります。

その点を除けば、東大の水町勇一郎先生が労働法制の全体観を語り、実務感覚を交えた労働法リスクをフレッシュフィールズブルックハウスデリンガーの岡田和樹弁護士が座談会形式で語り、派遣法改正案の各論をロア・ユナイテッドの岩出誠弁護士が語り・・・と、企業側視点を持ちながらも偏り過ぎないバランス感覚をもった方々を的確に人選されているのが功を奏して、労働法の今後を概観できる良い特集になっています。

ただし蛇足ながら、ひとつ生意気な意見を申せば、P43〜「未払い残業代の請求は増加するか?」という記事については、ちょっと違和感あり。

タイムカード、時刻が記入された業務日報、社内ネットワークへのログイン/ログアウト記録、メールの送受信記録など、労働時間を客観的に証明できそうなものを請求側が有していたとしても、それですぐに請求が認められるわけではない。タイムカードは、職場にいた事実を示しても労働時間を示すものではないとした裁判例もあるし、PCを起動していた時間の立証をできてもその間ずっと業務に従事していたとは会社側が認めないケースも多い。
というのは少なくとも私が裁判例を見ている感覚とはまったく異なりますし、こう書きながら同記事の後半では
未払い残業代請求は、一般的に「原告の勝ち筋」といわれる。「証拠がまったくないので提訴しないというケースを除けば、請求が全く認められず完敗したというケースはまだ一度もない」とベテラン弁護士は言う。
なんて記載もあったりと、やや論旨不明な点が多い記事でした。過払い訴訟に変わって社会現象となりつつある安易な労働訴訟ブームへの警告、という主旨だとは思いますが、それならそれでもう少し論旨と根拠を明らかにして書いていただけると良かったのかな、と思います。

人材ビジネスの視点から労働法の実務を見つめてきた私としては、未払い残業手当問題の放置こそ日本の労働行政・労働慣行の暗部であり、ここを曖昧にせず企業の責任を問うていくことが、逆に(企業が望んでいる)労働者保護に過剰な解雇規制を適正化する議論やホワイトカラーエグゼンプションの健全な導入に向けた議論につながる、と思っています。BLJには企業法務パーソンの羅針盤としてだけでなく、経営層へのオピニオン・リーダーとしての役割も担って頂ければと、そんな期待を込めて生意気を申し上げました。どうぞご容赦を。
 

【本】残業手当のいらない管理職―日本マクドナルド事件判決やチェーン店通達だけではない、あなたの知らない労働裁判例と通達の世界

 
高裁判決を見ることなく、ついに和解で終結した(してしまったと言うべきかもしれません)日本マクドナルドの「名ばかり管理職」事件。

このblogにも
「マクドナルド 管理職」
「名ばかり管理職」
の検索結果から訪れていただく方はいまだに多く、あの事件が日本社会に与えたインパクトと影響は大きかったのだなと思います。

そして事件以降、「名ばかり管理職」問題に関する報道・論評は、枚挙に暇がないほど繰り返されてきたわけですが、昭和43年〜平成10年まで労働局に在籍し、労働裁判例や通達を知り尽くしたこの本の著者、中川恒彦さんとしては、それらのほとんどに「モノ申す!」というお立場なようです。

残業手当のいらない管理職



管理監督者問題を語る以上知っておくべき資料を集約

この本の「はじめに」から。
労働時間等に関する制限の適用が除外される「監督若しくは管理の地位にある者」とはどういう者か、その範囲について、まずは労働基準法の施行を担当する厚生労働省労働基準局はどのように説明しているのか、裁判所はどのような見解を示しているのかをひととおりは押さえた上で、議論すべきではないのでしょうか。
法律の専門家であるはずの人が、足が地についていない議論をするのが理解できません。平成19年以前は何もなく、平成20年1月の日本マクドナルド事件からスタートしているような感じです。
現在の行政通達には、「出社退社について厳格な制限を受けない者」とか、「自己の勤務時間について自由裁量権を有する者」といった要件は示されていません。「基本通達」にはそのような文言はありません。にもかかわらず、これを行政が示す3大要件の1つとして、出処不明の引用、孫引きをする専門家(?)もいて、誤解を増幅し、混乱を助長しています。

日本マクドナルド事件によって世の中に流布された、間違った管理監督者の解釈を正したい。

そんな動機で書かれただけあって、これ以上ないぐらいに徹底して通達、裁判例、企業対応の実際例が1冊に収集されているのがこの本の最大の特徴。

しかも他には見られないような、通達が出るまでの当時の経緯についても触れられているなど、実務家にとってはありがたい資料が満載です。

著者の中川さんは、これらを比較・クロスリファレンスしながら、元労働基準監督官としての視点も生かし、管理監督者の範囲を特定しようと試みています。


知る人ぞ知る「銀行通達」

その中川さんが特にこの本で主張されているのが、「都市銀行等における管理監督者の範囲に関する通達(昭和52年2月28日基発104号の2)」と「金融機関における管理監督者の範囲に関する通達(昭和52年2月28日基発105号)の重要性です。

実は、この104号の2と105号通達は、
「本部の部長・課長は管理監督者」
「課長補佐・課長代理は管理監督者とはいえない」
「本部の部課長と同格のスタッフ職は(部下がいなくても)管理監督者」
などと、過去の通達の中で最も具体的かつ詳細にその要件を言及している、知る人ぞ知る通達なのです。

さらには、この通達に対し昭和52年当時に行政に寄せられた質問「管理監督者の全労働者に占める割合については、何%ぐらいが適当か」に対し
その割合は何%が適当であるとは一概にはいえないが、105号通達を厳格に適用するならば、地銀、相銀については、その割合が少なくとも2桁台になることはないと考えている。
と当時行政から回答があったことまでもが披露されていて、私も今まで管理監督者に関する資料をいろいろ集めてきたつもりだったのですが、さすがにこれは初見で大変参考になりました。

ちなみに、「2桁台にはなることはない」=10%未満ということは、部下を10人以上持たない組織長は管理監督者として不適格と判断されやすいということ。私も管理監督者の端くれなのですが、メンバーの数だけで言えば後2人足りなかったりして(笑)。

さておき、この本は管理監督者問題を突き詰めたい方にとっては必携な、資料的価値・充実度も高いものであると、太鼓判を押させていただきます。

年俸制の人は3ヶ月前に言わないと辞められません―退職予告義務の原則と例外

一番分かりやすいようでいて実はみんなよく分かってない給与制度ナンバーワンなのが、年俸制。

年俸制というだけで、残業手当をもらえなくても文句が言えないと思っている方がほとんどという現状を見ると、労働者が無知なのをいいことに、年俸制という言葉が企業に便利に使われてしまっているなあと危惧しつつ、最近、年俸制は労働者にとって残業手当不払い以上にリスクがあるということに気づいてしまいました。

それは、年俸制を受け入れてしまうと、退職を届け出てから3ヶ月間辞められない、ということ。


自己都合退職の予告期間の原則と例外

民法627条第1項によれば
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する。
ということなので、期間の定めの無い雇用契約、いわゆる正社員であれば、2週間前に退職の意思表示をすれば辞められます。これはご存知の方も多いと思います。

ちなみに、就業規則で1ヶ月と定めている場合には就業規則の合意が優先する、という学説もありますが、裁判例によれば民法が優先する、つまり就業規則に1ヶ月と書いてあっても2週間で退職できると言われています(昭51.10.29東京地裁高野メリヤス事件)。

※これをもって民法第627条第1項は強行法規だと論ずる方がいますが、私個人の見解ではそれは違うと思います。だって民法の規定を強行法規と解してしまうと、「退職予告は1週間前でいいよ」という、労働者に有利な就業規則すらも無効化されてしまうわけで、おかしなことになりますから・・・。

ちなみに第2項には
2 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない
とあり、遅刻しても欠勤しても月給が減額されないいわゆる「完全月給制」の場合には、2週間前予告では辞められない例外があることに一応注意しておいてください。


ほとんどと言っていいほど知られていない第2の例外―第627条第3項

ここまでの話は、社労士さんが運営しているような労働法関係のサイトに解説があったり、退職ガイド本に書いてあったりで結構有名なのですが、実は民法627条には第3項があって、ここにはこんなことが定められているということはご存じない方が多いのです。
3 6箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、3箇月前にしなければならない。

つまり、1年単位で報酬を定めている年俸制は、この「6箇月以上の期間によって報酬を定めた場合」にあたるので、法律上は退職(一方的辞職)には3箇月前予告が必要になるのです。

年俸制だけど就業規則に退職予告義務が1ヶ月と定められているという場合は、労働者保護の観点からも、民法627条3項でいう3ヶ月ではなく特約としての1ヶ月前予告が合意として法律に優先すると考えてよいでしょう。
しかし、もし就業規則に何も書いていなかった場合や3ヶ月としっかり書いてあった場合には、前述の2週間前予告の話とはまったく状況が異なり、3ヶ月の拘束は全くもって合法ということになります。

転職予備軍のみなさんの中で年俸制が適用されている方は、すぐに自分に適用されている就業規則の退職予告義務を確認しておきましょう。


参考:
出版されている労働法の専門書はほとんど買いつくしている私ですが、この年俸制との絡みについてきちんと言及してある本を探してみたところ、菅野先生のこの本だけでした。


やはり1社に1冊、菅野労働法です。
 
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