もはや企業の人事担当者の中では有名無実化してしまっているのかもしれません。2007年10月の雇用対策法改正による“年齢差別の原則禁止”施策は。
本当に忘れてしまっている方のために補足すると、
「募集・採用時の年齢制限を原則禁止」とし、
「例外的に認められる年齢制限を行う場合であっても、制限する理由を書面(電子メールも可)で明示せよ」
というアレです。思い出していただけましたでしょうか?
一所懸命に法律で禁止をしても、履歴書でその人の年齢が見えている以上、書類選考の段階で企業が年齢で足切りすることは明々白々なわけで、いっそ履歴書に欠かせないなど年齢情報を収集すること自体を禁止しなければ有名無実化することは、誰の目にも明らかだったわけですが・・・。
このように、日本の雇用慣行との矛盾をはらんだまま企業の実態にそぐわない入口規制に対する問題提起を、私が初学者用の労働法本としてお勧めしている『プレップ労働法』を書かれた森戸先生が、1冊の新書にまとめてくださったのがこの本です。
▼いつでもクビ切り社会―「エイジフリー」の罠 (文春新書)
定年制の良さを残す、というアプローチ
本書の前半第1章から第4章では、出口の年齢差別である定年制を認めながら、雇用の入口において年齢制限を認めるのはおかしい、諸外国と同様に定年制も廃止しなければ、という問題提起から始まります。
この“入口と出口の矛盾”については、私も以前同様のことを指摘させていただきました。
▼日本における募集・採用時の年齢差別完全撤廃は、遠い未来の夢物語か(企業法務マンサバイバル)
ここで終わってしまうと並の労働法学者のお話なわけですが、森戸先生ならではの主張がちゃんと5章以下に。
その主張を要約すると、
・解雇規制が厳しく、能力がないという理由でドライに人を解雇
することに馴れていない日本の雇用慣行を考えると、定年制を
廃止するのは大混乱を招くだけ。
・世界動向を鑑みると、年齢差別禁止の方向にあるものの、人権
差別問題として年齢を差別の要素と捉えるべきかには議論の余地
がある。
・そうであるならば、むしろ人をドライに解雇しなくてすむ定年制
の良さを生かす道を考えては。
という、一風変わった「定年制存続万歳」案。
エイジフリー社会にするということは、年齢による「割り切り」を、性別によるそれと同様、許されない「割り切り」として位置づける、ということである。では、本当に年齢は性別と同じ位置付をしてもよいものなのだろうか。言い換えれば、人生のあらゆる局面で年齢を目安に生きている日本国民に、この「割り切り」を捨て去る覚悟はあるのだろうか。
本来ウェットな能力不足による解雇を、年齢にかこつけてさわやかに行えるのが定年制の良さ。
年齢制限法制化が決まってまだ数年の日本において、この定年制の良さに代表される「日本的割り切り」を残すために、あえて募集・採用時の年齢制限を再び認める方向性を追及してはどうかと提言されるあたり、多忙な学究活動の傍らで労働市場の実態をきちんとフォローされている様子が伺われ、さすがだなと思います。
一見詭弁に見える「定年制を存続させることの意義」を、これだけ堂々と意見表明されているのは、現実の労働市場を知り尽くしているという自負があってこそできることだと思います。
年齢制限明示義務の強化による解決
とはいえ、定年制廃止を含む年齢制限禁止の流れは世界的な潮流でもあり、避けられない展開になっているのは森戸先生も認める事実。
これを踏まえて、森戸先生は、今回の本でより現実的で具体的な施策案も提案されています。
それが、年齢差別を正面から禁止するのではなく、「企業に課す年齢制限理由説明義務を、今より厳格なものにする」という案。
すでに募集書面での明示義務は高年齢者雇用安定法上で規定されているのですが、実はこの義務が法律に盛り込まれたのは、2001年の小泉内閣総合規制改革会議での森戸先生の提案によるものなのだそうです。これは初めて知りました。
この説明義務を今以上に厳格化することで、本当にその年齢制限が必要かどうかを企業自身に今一度考えさせ、ステレオタイプで差別的な年齢制限を踏みとどまらせよう、それでも年齢制限が必要というならさせたらいいじゃないか、という主旨。
法律上の義務を強化するだけでなく、きちんと行政側からも確認・指導するなどの施策と組み合わせれば、企業の年齢を用いた選考姿勢も変わるかもしれないし、落としどころとしては現実的かもと思える部分もあります。
そんな森戸先生ならではの「大人の解決策」にふむふむなるほどと感心しながら、最近の私自身の心境はというと、年齢制限禁止はやるならとことん禁止、つまるところ“履歴書を通じた年齢情報の収集禁止”にまで踏み切るべきではと思っていたりするのですが。
この話はまた追々。









