本を買う際の選び方として、
・著者の経歴
・サブタイトルや帯に書かれたキャッチ
を見て中身を推測するのはある意味王道です。

しかし、八重洲ブックセンターで中をチラ見して衝動買いをしたたこの『著作権とのつきあい方』に関しては、その王道を踏まなかったのが吉と出ました。




「理想的な著作権法」像への刺激的なアンチテーゼ

著者は、「元文化庁著作権課の課長」。
サブタイトルは、「活字文化・出版関係者のために」。
帯に書かれたキャッチは、「活字文化を担うクリエータ・編集・出版関係者に著作権の常識を伝授」。

これだけで中身を想像すると、元お役人ならではの生真面目な調子で、出版権や編集著作権などについてとうとうと語る本だろう・・・そう予想して、きっと買わなかったと思うんですよね。

ところがこれが全然違いまして。

まず、出版ビジネスに特化した解説は全体の20%程度しかありません。度重なる著作権法改正の経緯など、著作権全体の考え方の背景について語るパートがほとんどを占めています。私はむしろそれで全然OKだったんですが、出版関係者の方がサブタイトルにつられて期待して読んだとしたら、少し拍子抜けするかもしれません。

そして何より、著者の経歴から固めの著作権法論を期待していたとしたら、それこそ思いっきり裏切られることでしょう。「そこまで毒づかなくても」と読んでる側が著者を諌めたくなるほどの刺激的な物言いなので。

著作権法の複雑さに直面したときには、次のように考えるといい。本来は単純でいいはずの法律ルールが複雑になっている理由のひとつは、「Aの場合はこうだが、Bの場合はこうだ」とか、「原則としてはこうだが、Cの場合だけは例外的にこうなる」といった「場合分け」が多いことだ。
そうした場合分けが行われている理由について、官僚、学者、専門家などが色々ともっともらしい説明をしているが、そうした説明は基本的に信じないほうがいい。その大部分は、「後付けの理屈」(政治力に屈したといいたくないために行った理屈付け)に過ぎないからである。種々の本に書いてあるそうした後付けの理屈(場合分けをする理由・根拠)の中には、相互に矛盾したものもあり、これらを信じてしまうと、著作権法が非常に分かりにくくなる。
ではなぜルールを複雑にするような場合分けがなされているかというと、それは簡単に言ってしまえば、『誰かを有利にする』ためである。
コンテンツ業界の中で、多くの国に共通して昔から強い政治力を持ってきたのは、「無線放送」の業界と「映画」の業界だ。
差別化によるルールの複雑性は、要するに「自分たちに有利な法律ルールを実現できる、政治力の強いグループが獲得したもの」なのだ。

こんな調子で、ああ元お役人の立場でそこまで言っちゃいますか、という発言の目白押し。

・著作権法とは、コンテンツの“ユーザー”と“クリエーター”
 のエゴが衝突する著作権利用契約を調整するための
 「契約利害調整法」である。
・日本の著作権法は、現在最大の“ユーザークリエーター”
 であり最大の政治力をもつ無線放送・映画業界に都合の
 良い契約となるように立法されている。
・それを自分達にとって分かりやすい・都合の良い・理想
 的な法律にしたいのなら、自分達自身が最大の政治力
 となるための努力が必要だ。


そこまで言っちゃうと法律論の多くが身も蓋もなくなりますよねとお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、前職でその無線放送の業界に身を置き、まさに政治力が法律さえも変えていく瞬間を目の当たりにしてきた私には、決して身も蓋もない話には聞こえず、至極リアルな法律論に聞こえるのでした。