私はこのblogで、日本の労働法に根強く残る“企業都合の解雇に対する厳格なまでの規制”に対し、何度か問題提起をしてきました。

解雇に対する規制が厳格に過ぎることで、企業にとっては「まずは仕事をさせてみる」というチャレンジ採用・登用もできなくなり、ゆくゆくは年齢・性別・国籍・学歴・・・といったステレオタイプな偏見人事(統計的差別)を助長する原因となるだけでなく、労働市場の健全な活性化を阻害する、と考えるからです。

※解雇規制が生む統計的差別についての参考エントリ
終身雇用は採用時の属性差別を強める(Zopeジャンキー日記)

労働者の立場としては、一度雇用を確保してしまえば後は法律が保護してくれる(しかも都合が悪くなれば労働者からは民法上2週間前予告で自由に辞めることができる前提での)解雇規制は、厳しくて大いに結構なのでしょう。

しかし立ち止まってふと考えると、日本にこれだけ根強く解雇規制が残っているのは、(本来は自由に解雇できなくて困るはずの)企業自身にもメリット・狙いがあるからではないか。そんなことを考えながらうまく整理できずにいたのですが、先日発売された雑誌『経済セミナー』に、この疑問に関連する論稿が掲載されていたので、この論稿を発展させる形で、私の考えを述べさせていただきたいと思います。

経済セミナー 2009年 07月号 [雑誌]



「働かせ方の自由度」を確保するための長期雇用

その論稿というのが、日本大学大学院の安藤至大准教授による「契約理論からみた派遣・非正規労働の問題」というもの。

その第3節「なぜ企業は求職者に対して長期雇用契約を提示するのか」に、以下3つの理由があることが述べられています。
理由1:多くの労働者が長期雇用を望むから
理由2:企業特殊的訓練が必要だから
理由3:働かせ方の面で自由度が高いから

この理由のうち、1については企業自身が安定的成長を描けなくなったことなどから、そして2については仕事に必要な技能や知識が企業間で統一され特殊的訓練が減少していることから、企業が正規(長期雇用)ではなく非正規(短期雇用)でこれを置き換えるようになったことが述べられています。

ところが、残る理由3で企業が欲する「働かせ方の自由度の確保」だけは、短期雇用への置き換えでは解決できません。

企業としては、キャリア・家族の都合に関係なく人を将棋の駒のようにどこにでも動かせるフレキシブルな労働契約であればこの上なく楽ですし、ゼネラリスト的人材育成を前提とする日本の人事慣行からも配置転換・転勤は「誰もが通るべきいばらの道」という考え方がまだ大勢を占めてます。
企業が長期雇用というメリットを与える以上、労働者はそのような「苦難」も受容すべき、と考えていると言ってよいと思います。


キャリア・家族>仕事という価値観への弾圧のための踏み絵

これに対し、長期雇用されている労働者はといえば、昨今の不況と相まって自分の身を守るためのキャリアビルディングの意識は高まる一方です。さらに核家族化によって、介護や子育ての必要性から転勤を拒否せざるを得なくなる労働者も少なくありません。これらは、長期雇用というメリットを与えた企業からすれば、許しがたい行為に他なりません。

そんな発想の日本企業が対抗策として無意識にやっているのが、非正規雇用を増加させることで、相対的に正規雇用というものを神格化し“踏み絵”化する行為なのではないかと、私は考えています。

「君は、自身のキャリアビルディングよりも、会社の人事の都合を優先できるのかね?」
「君は、自分の家族の問題よりも、会社の問題を優先できるのかね?」

日本において正社員になるということは、この2つの踏み絵を踏んで会社に忠誠を誓うようなもの。
この“踏み絵”を踏めない“隠れキリシタン”は、
・自ら非正規雇用を選択するか
・「会社の都合を押し付けられるとすぐに転職してしまう
 堪え性の無いジョブホッパー」 という日本ならではの
 ネガティブなレッテルに甘んじるか
のどちらかを選ばざるを得なくなります。このことが非正規雇用を増やし、正規雇用されている者の健全な流動化をも妨げているのではないでしょうか。

つまり、解雇規制という負担を強いられても日本企業が「終身雇用」にこだわる本当の理由とは、会社よりもキャリア・家族を優先する価値観を許さないマインドを根強く持っており、そこから脱却できない(しようとしていない)からなのではないかと。

しかし、労働法は生き物です。人間が人間らしく生きたいという欲望・価値観を否定するこのような日本企業的な古めかしい“弾圧”が、いつまでも当たり前のこととして許される気がしないのは、私だけではないと思います。

日本企業は、長期雇用というメリットを与えても「働かせ方の自由度の確保」ができなくなったときに備えて、何をもって優秀な人材を引き止めるのかを、今から真剣に考えておくべきでしょう。