技術革新が進めばプライバシー権が強化され、プライバシー権が強化されればそれを破る技術革新が進んで・・・
この“矛と楯の衝突と強化”が過去どのように繰り広げられて来、そしてこれからどのように繰り返されていくのか。
技術者出身で法律を研究するという稀有な立場である著者の視点から、今を説き、未来を予測する本。
日本におけるプライバシー法理論はいまだ未成熟
個人情報をビジネスで扱っているビジネスパーソンなら、この本の中に自分のビジネスに関係するテーマが絶対にあるはず。
あとがきを読むと、その点についての著者の自信のほどが伺えます。
私は、すくなくとも目次については類書なし、と言い切れる本を書きたかった。なぜ、こんな目次になったのか。それはプライバシー保護について、元技術者である私が、あるいは元企業人である私が、おもしろいと思った事例を列挙したからである。この点、まず、読み物としても楽しんでいただけるはずである。つまり、この本は逐条解説でもなければ、マニュアルでもない。
ということで、目次を見ていただくのがこの本の魅力を推し量っていただく一番確実な手段です。
是非以下リンク先出版社HPで確認していただければと思います。
▼個人データ保護―みすず書房
1点だけ、法務的観点から、目次では伝わらないこの本の特徴を一つ補足させていただくと、この本で取り上げられているネタは、アメリカでの技術進展と法理論との衝突(特に合衆国憲法修正4条の解釈論)を中心としていること。
日本法の解釈論を期待している方にはご満足いただけないかもしれません。
しかし、なぜこの本がそうなったかといえば、日本においてはまだプライバシー権と技術の衝突について、法理論の方が未成熟で追いついていないからに他ならないのではないか。
私はそう考えます。
「自己情報コントロール権」から「利用対価請求権」へ
日本のプライバシー権に対する法理論が未成熟な点について、この本からもう1点。
私は以前のエントリーで、プライバシー権を「自己情報コントロール権」と考えている日本の最高裁判例に否定的である旨、繰り返し見解を述べてきました。
▼【本】プライバシー権・肖像権の法律実務―プライバシー権とは“自己情報コントロール権”なのか?(1)
▼【本】情報化時代のプライバシー研究―プライバシー権とは“自己情報コントロール権”なのか?(2)
この点に関し、この本の著者である名和先生は、現代の技術が相互監視を可能としてきたことを前提に、私の問題提起に対してこのように明確に答えて下さっています。
第一世代のプライバシー保護を支える理念は「独りに置いてもらう権利」であった(1章)。第二世代のそれは「自己情報に関する流通制御権」であった(4章)。しからば第三世代の理念、つまり相互監視の環境下における理念は何か。ここではすでに自己データは相手に捕捉されている。とすれば、せいぜい可能なことは、現状の追認と咎められることを覚悟しなければならないが、その捕捉されたデータの濫用に歯止めをかけることしかない。そのための算段として、個人データの利用にコストをかける、つまり対価を支払わせる、という解があるだろう(14章)。こう考えると、第三世代のプライバシー保護理念は「自己データの利用に対価を求める権利」ということになる。
私が感じていた「自己情報コントロール権」への違和感について、その考え方がおかしいのではなく、技術革新に対して時代遅れなのだと一蹴した上で、プライバシー権は利用対価請求権に変わっていくだろう、と整理されているわけです。
この「利用対価請求権」という整理は、私が以前のエントリーで申し述べてきた違和感を解決しうる整理法であり、納得感のある理論と思います。
プライバシー権にもフェアユース?
この「“コントロール権”から“対価請求権”への移行」という整理って、どこかで同じようなこと考えたな、何かに似てるな・・・としばし黙考。
そして思い出しました。
つい最近のエントリで話題にした、「著作権とは対価報酬請求権なのでは?」という議論とまったく似ているなと。
▼【本】マルチメディアと著作権―DJ兼ビジネスブロガーな私が「創作者とユーザーが紙一重な時代」の著作権法を考えてみた
▼著作権を報酬請求権にすることは可能
そうなると、そのうちプライバシー権についても、著作権のようにフェアユースみたいな考え方がでてくるんですかね(笑)。
いや、笑い事じゃないかも・・・。









