企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

労働市場

日本の労働市場に漂う閉塞感を打破するための新しいアイデア ― 随意“辞職”権の保障


日本独特の「新卒一括採用」「終身雇用制度」「年功序列型賃金制度」の存在が、労働市場の流動化を妨げている。失業者の再就職がままならないのもそのせいだ。
いや違う。企業の解雇の自由が認められないから、労働市場が流動化しないのだ。解雇規制こそ撤廃し、随意解雇が可能なアメリカ型か、金銭補償を義務付けるEU型にすべきだ。
そんな随意解雇を認めてしまったら、不当解雇も合法になってしまうじゃないか・・・。

こんな堂々巡りの議論が続いている日本。

人材ビジネスで労働市場形成に関わるものとして、この閉塞感を打破するいい解決策は何かないの?という問いに対して、アイデアを考えてみました。

それは、
労働者からの随意“辞職”権を法で保障することで、採用意欲のある企業の採用を容易かつ確実にする
もっとストレートな言い方をすれば、
企業による労働者の“スカウト”“引き抜き”が確実に出来るような法制度とすることで、転職市場を活性化させる
というもの。

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アメリカ型の「随意雇用の原則(employment at will)」について語られる際、しばしば企業に随意“解雇”権があるという側面だけが取り沙汰されます。でも本来は、雇用主からの解雇(dismissal)だけでなく労働者からの辞職(resignation)の自由をも含む語です。
随意“解雇”権を導入することで日本の終身雇用という慣習を破壊するのは刺激が強すぎるというならば、労働者側の随意“辞職”権のみ認めて、雇用主に対する労働者の交渉力を高めればいいのではないかと考えた次第。

もっとも、正確に言えば、今現在労働者の辞職の自由が認められていないわけではありません。しかしあまりに中途半端な自由であるがために、せっかく“スカウト”“引き抜き”のチャンスがあっても破談になるケースがあります。それは、
  • 原則、最低でも2週間前予告が必要(民法第627条第1項)
  • 就業規則で2週間よりも長い退職予告期間が定められている場合、不当に長いものでない限りその期間は辞職できない(厚生労働省監修『改訂版・新労働法実務相談』、下井隆史『労働基準法第三版』)
  • 年俸制の場合、3ヶ月前予告が必要になる(民法第627条第3項)
  • 有期雇用契約の場合は1年を超えないとやむを得ない事由のない限り自己都合での期間内辞職はできない(民法第628条・労働基準法第137条)
  • 雇用契約に競業避止義務が定められている場合は、一定の要件のもと転職の自由が制限されてしまう
という法律・行政解釈・学説・裁判例が存在するから。しかもたちの悪いことに、企業はこれらを楯に、退職時になにがしかの嫌がらせ・脅しをするのが常。
このような労働者の一方的辞職に関する規制を完全撤廃して、企業が嫌がらせ・脅しをかける余地を無くし、明日にでも自由に辞められる権利を認めれば、労働者も安心して転職ができ、かつスカウト・引き抜きする企業も安心して声を書けることができます。

採用意欲のある元気な会社から「ウチに来てくれませんか」と声をかけてもらうことは、労働者にとってこの上ないチャンスの瞬間です。そのチャンスを逃さずにすぐに転職できれば、迎える会社は必要なタイミングで必要な人材を調達でき、かつ労働者は三顧の礼を持って迎えられハッピーに働けるはず。

一方引き抜かれる企業は、自助努力で労働者が逃げない良い会社・良い待遇にするしかなく、それでも引き止められなければ、必然的に退職者が抜けた穴を中途採用で埋めることなり、新しい雇用が生まれる機会が発生して・・・

結果、労働市場はポジティブに活性化するような気がしますが、こんなアイデア、いかがでしょうか?
 

【本】雇用の常識「本当に見えるウソ」―“にわか雇用評論家”がこれを読んだら、もう労働市場を語れなくなるでしょう

 
格差社会だの正規vs非正規だの終身雇用の終焉だのワーキングプアだのニートだの・・・

ちょっとかじりでこのあたりの雇用問題を語っていた評論家・コメンテーターは、この本を読んだら黙るんでしょうね。

おかげ様で、私は胸がスーッとしました。

雇用の常識「本当に見えるウソ」




人材ビジネスの大先輩が語る「日本型雇用の大変化」のウソ

著者の海老原嗣生さん。漫画『エンゼルバンク』の主人公のモデルとして有名になってからというもの、ますます毎日お忙しそうです。ややこしくなるので詳細は端折りますが、職場でしばしばお会いする大先輩でもあります(笑)。

海老原さんは、リクルートエージェントとリクルートワークスという実業の世界で、20年にわたり労働市場の需給を調整するプレイヤーとして第一線で活躍されてきた方。労働市場を誰よりも間近に観察し、ビジネスを通して実感し、それを裏打ちする数字も頭の中に持ち合わせている、人材ビジネス業界最強の論客と言って差し支えないでしょう。

この方が労働市場を語ってしまったら、もう他に語れる人・反論できる人はごく僅かしかいらっしゃらないんじゃないでしょうか、というぐらいの方が、満を持しての登場で何を語ったか。

それは、「日本型雇用の大変化」のウソ。

終身雇用は崩壊していない
転職はちっとも一般化していない
本当の成果主義なんて日本に存在しない
派遣社員の増加は正社員のリプレイスが主因ではない
正社員は減っていない
女性の管理職は増えない
ワーキングプアの実態は「働く主婦」

テレビ・新聞・雑誌でもっともらしく語られている「雇用の大変化」が、すべて事実やデータに基づかないウソまたは感情的に語られた寓話であることを、いやみにならない程度に、しかし淡々と証明していきます。


社会において男性・女性が“担える役割”

にわか雇用評論家叩きの部分は実際にこの本を読んで楽しんでいただくとして、私が一番膝を打ったのは、人材採用⇒活用の永遠の課題とも言える男女問題に関するP64-66のこの部分でした。

女性のキャリアを阻む「退職」はなぜ起きるか。離職理由についてハローワークデータで調べても「育児」「家事」は非常に少ない。(中略)「再就職できない状況」だと失業給付が受け取れない。だから「育児」「家事」を離職理由に挙げる人が少ないのだろう。
かわって図表?−4(厚生労働省平成18年度女性雇用管理基本調査)を見てみよう。こちらでは退職理由の1位は「出産・育児(19.7%)」。(中略)「出産あり」の女性に限ると、なんと86.7%の人が「出産・育児」を退職理由に挙げている。つまり、子供を生んだ女性の退職理由は、ほぼ「出産・育児」と考えて間違いない状態なのだ。

管理職となるためには、能力だけではなく、経験年数が必要となるところ、女性は働き盛りが出産・育児盛りの時期と重なり、退職せざるを得なくなるという事実。

出産・育児休暇によって退職は免れたとしても、必要な経験年数まではカバーしてくれないために、管理職にはなれないという事実。

私は常々、不当な男女差別は排除すべきという原則に立ちながらも、男性と女性では社会において“担える役割”が違うのではと考えています。
誤解を恐れずに言えば、子供を生める女性が母親業を営んで子々孫々と社会の“継続”を担い、逆立ちしても子供を産めない男性は基幹社員としてビジネスを営んで社会の“発展”を担う、そういう役割分担があっていいと思うのです(海老原さんはそこまでおっしゃっていませんので、誤解なきよう)。

管理職というものに最低限のビジネス経験年数が必要である以上、いくら法律が「男女の機会均等」と叫んだところで限界もあるでしょう。育児休暇の長さや管理職の女性比率が何%だとかいうことで企業のgender equalityのレベルを図ろうなどという行き過ぎたフェミニズム的風潮が、いかに労働市場の現実からかけ離れていることかを、まざまざと見せ付けてくれます。


企業儲け過ぎ批判に対する反論「成長フリーライダー」

そしてもう一つ、この本を読んで胸がスーっとした大きな理由が、労働者を弱者、企業とそれを牛耳る株主を悪者に見立てた企業儲け過ぎ批判に対する反論が明確になされている点です。

ちょっと長くなりますが、この本で一番熱い部分なので引用させていただきます。

日本は40年前まで、中進国だった、ということをみなさんは覚えているだろうか?(中略)1人あたりGNPで言えば、欧米先進国の半分程度しかない国だった。当然給与水準も先進国の中では群を抜く低さ。
ところが、プラザ合意後の5年で様相は一変する。円の為替レートが一挙に2倍に高騰したためだ。超円高に苦しんだ92〜95年の間、日本は「世界一高い人件費」に悩まされることになる。
失業率の問題も、非正規の問題も、この社会の流れの中で起きている。90年代以降の「突如、世界一人件費の高い国になった」しわ寄せで起きたことなのだ。
今40代以上の人は思い出してほしい。(中略)生活レベルで比較すると欧米にはるかに見劣りし、海外渡航でも何かとコンプレックスを感じたあのころを。今のように安いものが豊富にあり、ユニクロでは3000円で立派なジャケットが買え、牛丼は300円で食べられる。成長の結果、こんな社会にたどり着き、けっこうそのメリットを享受している。
その一方で、企業は「世界トップクラスの人件費」との戦いを日々繰り返している。
先進国のメリットを享受した分、先進国の宿命に対しても真摯に向き合わなければならない義務が、私たちにあるはずだ。企業を一方的に悪者にする考えは、フリーライドだ、と私は唱えたい。

この引用部分の前に、持合いを解消し資本をグローバル化せざるを得なかった点、それに伴い株主重視の経営に舵を切らざるを得なかった点についても触れた上で、企業の努力にタダ乗りしメリットを享受しながら、雇用の安定をも求める輩を「成長フリーライダー」と一刀両断する海老原さん。

私自身、この「株主か労働者か」という二項対立について、昨年12月のエントリでこう述べていました。

【本】解雇法制を考える―コーポレートガバナンスの変化が解雇規制を緩和するという「痛み」を生んだという必然について(企業法務マンサバイバル)
この数年間の日本は、会社法改正論議でも見られたように、“めざす社会のヴィジョン”を模索していた時代でした。

そして日本が選んだ結論は、アメリカ型の「株主重視の経営」をロールモデルとするもの。この結論を前提とすれば、「株主の利益」を守るために雇用を切るのもやむを得ないという結論になるのは、ある意味必然なわけです。

もし、今マスコミが言うように「雇用を守るのが企業の義務」だというならば、アメリカ型の「株主重視の経営」をロールモデルとしてきたこの数年間を否定・撤回しなければならない。

失われた10年をもう一度繰り返し、やり直すか?
今回の「解雇が是か非か」の議論に置いては、近視眼的な議論でなく、そういう大局的な議論をする必要があると思います。

(このエントリにはかなり批判的なコメント・メールをいただいたので、またこの本を礼賛するようなことを書くと叩かれるような気もしますが・・・。)

90年代後半から新卒社員としてビジネスに参戦した私は、「成長フリーライダー」の代表みたいなもので、さしたる苦しみを味わうことなくメリットだけを享受してきた世代です。

その自覚はかろうじて持っていたこともあって、反省の弁含めて「この不況においては解雇もやむなし」と、先のエントリを書いた次第でした。このエントリで私が説明を端折った“大局的な議論”を、私ごときが語るよりもよっぽど説得力ある海老原さんがこの本で明快に語ってくださったというのが、胸がスーっとした最大の理由。

その一方で、「批判したり反省したりしてるだけじゃなくて、お前らが自分で企業を経営してみろよ、雇用してみろよ」と海老原さんに言われているような気がして、それ以上に自分の身が引き締まる思いでした。

代弁してもらって気持ちよくなってる場合じゃありませんね。
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