企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

パブリシティ権

【本】デザイン、キャラクター、パブリシティの保護―モノパブ肯定派、発見しました

 
先日ご紹介した『パブリシティ権概説』で「モノのパブリシティ権」が完全否定されているのを目の当たりにし、この論拠となっている最高裁判決を批判する文献はないものかと探し、見つけた本がこちら。

デザイン、キャラクター、パブリシティの保護


牛木弁理士の論文の中から、ご自身選りすぐりの19編を集めた論文集です。


すべての無体財産権は不法行為法に通ず


その最後に収録された「競走馬名にパブリシティ権はなぜないのか」で、牛木先生は名古屋地裁、同高裁、そして最高裁判決をそれぞれ個別に分析した上で、最高裁判決をこのように批判されています。

最高裁は物のパブリシティ権の根拠を、専ら馬主の有する所有権の観点から考えようとした。
これについて名古屋高裁は(中略)競走馬の名称自体が有する保護法益を広く無体財産権ととらえ、それは民法709条によって保護に値する財産的利益と考えたのである。
最高裁が法の欠缺を理由に名古屋高裁の判決を破棄したことは、(中略)物のパブリシティ権の意義や性質について解明しようと議論を展開して保護法益を見出そうとした名古屋地裁および名古屋高裁の判示に対して十分に答えているとは言えず、説得力にかける判決であるといわねばならない。

モノの所有権を権原と考えるのでなく、民法709条の不法行為を権原と考えた上で、モノパブの保護法益ありやなしやを考えるべきであり、名古屋高裁まではそこに正面から立ち向かったのに最高裁はそこから逃げたのだ、とのかなりストレートな批判。

結局、知的財産法は民法の特別法であって、形の無い財産的価値の保護法益の問題を突き詰めると、たどりつくのは結局民法の問題になるわけです。そういえば、「気付いていますか?知的財産法は民法の特別法です。」という印象的なキャッチフレーズがついてたこんな本もあったなあ、とふと思い出しました。

【本】民法でみる知的財産法―not only 実務的知財法 but also 学術的知財法

今ゆらゆら揺れている自分の中の「モノのパブリシティ権」の立ち位置を定めるためには、民法の不法行為法からきちんと学び直す必要がありそう。分かっちゃいたんですけど、重たいテーマだなあ・・・。
 

『フリー』という価値観への変化に法律はついていけるのか

 
先着1万人が無料で全文をDLして読めるという『フリー』を読ませてもらいました。

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略


世の中に今起こっている変化についての断片的な知覚が、猛烈な勢いで整理された状況です。

自由と無料にまたがる特許権や著作権などの知的財産権を、フリーが攻撃しているという意見がある。それを唱える人は次のように考える。人々は報酬が無ければものを創作しようとしない、と。特許権や著作権は、クリエーターが報酬を得られるように保証するものだ。では、価格がゼロに近づいていく市場において、特許権や著作権はどういう意味を持つのだろうか。
収入については、彼らは間接的に得ることになる。無料製品の近くでサービスを売ったり(リナックスのサポートなど)、他人が自分の作品に与えてくれた評判という通貨(正当な信用がついてくる)を利用して、よりよい職業を得たり、報酬の得られる仕事をしたりすることで金銭に変えるのだ。


発明や創作といった人間の活動は、“フリー”以前は特許権や著作権として貨幣価値と直接交換することを目的とされてきたわけですが、今まさに始まった“フリー”の時代には、そういった活動は「注目と評判」という新しい通貨と交換することが目的になっているというのが、この本における著者の主張。

そうなると、憲法13条から導かれるパブリシティ権・名誉権や、著作権法における氏名表示権・同一性保持権といった、今の法律ではまだ手薄というかあまり活躍してない権利に活躍してもらわなければならない時代になりそうです。

一方で、そういった法律・権利が発展したとしても、貨幣経済を前提として作られた今の法律の発想のままでは、(差止権などもあるにはありますが)最終的には金銭に置き換えて損害を賠償させて救済する力しか持ち得ていない、という問題もあります。

社会が“フリー”に一気に移行していこうとする中で、法律はどうこれに追いついていくのか。うかうかしていると、こういった新しい価値観の登場の前に、法律が役に立たないものになるのかもしれません。

iPhoneで写真・動画を即時かつ大量にアップしちゃう人は、プロのカメラマンの5つの心得を知っておいた方がいい

 
iPhoneでかなり高解像度の写真や動画が気軽に取れて、しかも撮った後に“即時”かつ書き捨てのメモのように“大量”にブログ、Twitpics、Youtubeにアップできる様になったことによって、撮られた後に「え、それどこにアップするつもり?」と公開する先が気になるようになりました。

低解像度・低速度なケータイで撮っていた“写メール”時代とはまた違って、肖像権・パブリシティ権の観点からは地味ながらも大きな敷居を跨いでしまったと思うんですね。そのわりに写真や動画に関する権利周りについて全然話題にならないなぁと。

そう思っていたところに、日本写真家協会さんが出しているこんな本を見つけました。肖像権とかパブリシティ権のことを説明するのは文字数がいくらあっても足りないですし、そもそも権利的にグレーゾーンも多く絶対的規範はありませんが、プロの写真家の「相場観」は私たちアマチュアにも参考になるかと思います。

スナップ写真のルールとマナー



この本に掲載されている66のケーススタディを読んでいると、肖像権やパブリシティ権の観点でプロのカメラマンが撮影時に気を使っているポイントは、だいたい5つに絞れるなんじゃないかということで、以下そのまとめです。


1.撮影していることが分かるように、堂々と構える

カメラ(iPhone)をしっかりと構えて、「撮影しています」ということを堂々とアピールするのがマナー。確かに、撮っていることが分かりさえすれば、撮られる方も嫌だったらフレームに入らないように避けられますね。
これをしないのは、プロのカメラマンの間では「チョロスナ」(チョロっと隠し撮りするスナップ写真の意らしい)と呼ばれるマナー違反行為だそうです。


2.素人を撮るときは一声かけてから

素人が被写体に入る場合、「撮らせて下さい」と一声かけて写真・動画としての利用について黙示の同意をとっておくのが最低限のルール。
ブログ等で公開するなら、「顔は分からないように画像処理するので、○○にアップさせてもらってよろしいですか」と明示の同意をとるのがベスト、と。


3.有名人・公務員を撮るときはプライベートでないことを確認

イベント時など、有名人であってもそれが仕事中のオンタイムの姿を撮影したものであれば肖像権は主張できない、というのがこの本の主張。ちなみに職務中の公務員も同様に肖像権は主張できないということです。
ただし、オンタイムのものであっても有名人の写真を無許可でブログ等にアップするのは、肖像権ではなくパブリシティ権上問題があるのでやめておけと。


4.撮影エリアに禁撮影表示がないか確認

コンサート会場などで撮影が禁止されたりカメラを取り上げられたりするのも、パブリシティ権が根拠とされています。
なお、ビルや展示美術品を私人が所有する敷地内や施設内で撮影する行為もやはりNG。この本では、毛利庭園から見上げる六本木ヒルズを撮影して警備員に制止される例が例として挙げられています。こちらは肖像権やパブリシティ権ではなくて、所有権者の物権的請求権に基づくものと解釈されています(最判昭和59年1月20日顔真卿自書建中告身帖事件など)。


5.商業利用とみなされて利用対価請求を受ける覚悟をもつ

それを言っちゃおしまいよ、かもしれませんが、一昔前と違いインターネットという誰もが不特定多数に発表する場ができた今、アマチュアであってもこんなプロ並みの覚悟が必要になってくる、と。


今はまだ、ネット上では著作権問題ばかりにみんな目を奪われていますが、iPhoneの普及率が高まり、動画が簡単に撮れる新型のiPod nanoも発売される中、著作権の次の権利問題として肖像権やパブリシティー権が問題になっていく予感がします。
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