企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

政策企画

ルールメイキングに踏み出す法務パーソンのためのブックガイド2026

法務 to ロビイストの再現性は高まっている


尊敬する法務パーソンの一人であり友人でもある渡部友一郎先生が出演されている動画で、法務のネクストキャリアの一つとして「ルールメイキング」の領域を挙げられていました。




法を「守る・使う」側から、法を「つくる・変える」側へ。私がそれを目指しはじめた10年前には、企業の中の人間が、ルールそのものに働きかけるにはどうすればいいかを具体的に教えてくれる本は、西谷武夫『パブリック・アフェアーズ戦略』(東洋経済新報社、2011年)ぐらいしかありませんでした。実際、私もあの本を頼りにその道を歩み始めた者の一人です。

しかし、状況は大きく変わり、先人も増え、日本においてもルールメイキングの実践知が次々と書籍化されたことで、法務パーソンがキャリアチェンジする際の再現性は高まっています。ということで、渡部先生の動画に勝手に便乗企画、

ルールメイキングに踏み出す法務パーソンのためのブックガイド2026

をやってみたいと思います。

IMG_4814


STEP 1|「ルールは変えられる」というマインドセットを手に入れる


水野祐『法のデザイン── 創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート社、2017年)

法のデザイン
水野祐
フィルムアート社
2018-08-03



法務パーソンにとって法律とは、まず「守るべきもの」「違反してはならないもの」です。それは間違いではないのですが、そこにとどまったままですと、ルールメイキングの世界には永遠に踏み出せません。

本書は、法律をイノベーションの「制約」ではなく「余白」として捉え直すことを提案しています。アーキテクチャ(設計構造)とコモンズ(共有地)を軸に、音楽・二次創作・金融・家族といった多彩な領域でリーガルデザインの可能性を描き出していきます。法務の仕事を何年も続ける中で無意識に刷り込まれてしまう「法は所与の制約」という前提を揺さぶってリセットしてくれる、すべての出発点になる一冊です。

STEP 2|ルールメイキングのフレームワークを知る


馬田隆明『未来を実装する── テクノロジーで社会を変革する4つの原則』(英治出版、2021年)




STEP 1でルールは変えられるのだ、と思えるようになったとして、では実際にルールを変えるとなると長い道のりになります。技術的には可能な新しいサービスが、なぜすぐには社会に広まらないのか。壁は法規制だけなのか。実はそうではありません。

本書は、テクノロジーの社会実装を成功させるための4つの切り口として「インパクト」「リスク」「ガバナンス」「センスメイキング」を提示し、豊富な事例を通じてこのフレームワークを検証しています。ロビイングに特化した本ではありません。だからこそ、法改正やガイドライン策定が「社会実装」というより大きなプロセスの中のどこに位置づけられるのかを俯瞰できるようになります。目の前の壁を突破するだけでなく、その先を見渡すための地図のような一冊です。

STEP 3|政策形成プロセスの基本構造を理解する


西川貴清『現場から社会を動かす政策入門── どのように政策はつくられるのか、どうすれば変わるのか』(英治出版、2024年)




法務パーソンであれば、法令の読み方や適用には慣れています。しかし「その法令がどのようなプロセスで生まれ、どうすれば変わるのか」となると、急に解像度が下がるのではないでしょうか。

著者の西川貴清氏は厚生労働省で9年間勤務したのち退官し、政策コンサルティングに転じた方。七つの政策ツール、官僚の得意分野と限界、政治家の三つの立場、省庁ごとのスタンスの違いなど、政策形成の構造を実務的に解説してくれます。タイトルにある「現場から」がポイントで、政策学の教科書ではなく、霞が関の外にいる企業人が政策にどうアクセスすればよいかの作法と最低限の知識を教えてくれます。

STEP 4|日本での実践例を引きながら、具体的アクションを体系的に学ぶ


日本組織内弁護士協会監修『企業法務のための規制対応&ルールメイキング── ビジネスを前に進める交渉手法と実例』(ぎょうせい、2022年)




官澤康平ほか『ルールメイキングの戦略と実務』(商事法務、2021年)

ルールメイキングの戦略と実務
官澤康平ほか
商事法務
2021-03-03



STEP 3までで、マインドセット・フレームワーク・政策形成の基礎知識が揃ったら、「で、具体的に何をどうやればいいのか」です。この2冊は実践マニュアルとしてセットで手元に置いておきたいところです。

前者はJILA(日本組織内弁護士協会)監修だけあって、まさに「企業法務の中の人」の目線。ノーアクションレター・グレーゾーン解消制度・パブリックコメントのような「ルールの枠内で行政を動かす」手法から、規制改革推進会議・プロジェクト型サンドボックス・新事業特例制度のような「ルールそのものを変える」手法まで網羅的に解説。その上で、電動キックボード・SMS債権譲渡・P2P保険型新規事業・クラウドファンディング・オンライン診療解禁等の実例へと落とし込みます。

後者は法律事務所ZeLoの弁護士陣による著作で、「戦略設計」の面に厚みがあります。住宅宿泊事業法・eスポーツと景表法・ネット選挙・仮想通貨のICO・医薬品ネット販売などの事例を交えてルールメイキングの基礎・方法・実例を体系的に整理した上で、今後の裁判を通じたルールメイキングやソフトローの活用まで射程を広げています。

前者が「使える制度ラインナップ紹介と使い方の実例」に寄せた本で、後者は「どの制度をどの順序で使うか、活動全体の設計方法」に寄せた本。双方を読み比べると、ルールメイキングの全体像がかなり立体的に見えてきます。

STEP 5|ロビイングの現場感を追体験する


渡辺弘美『テックラッシュ戦記── Amazonロビイストが日本を動かした方法』(中央公論新社、2024年)




STEP 4までの本が「教科書」だとすれば、本書は「ロビイングの現場を追体験するOJT教材」です。

著者の渡辺弘美氏は、経済産業省を退官後にアマゾンジャパンの公共政策責任者を務めた方。世界的にテック企業への風当たりが強まる「テックラッシュ」の逆風の中で、日本市場におけるアマゾンの事業環境をどう整えていったのか。本書のおよそ半分を占める第4章で、著者が主導的に関与した8つのロビイング事例の内幕が語られます。

STEP2〜4で学んだ考え方・制度・知識が現場でどう活用でき、どこで壁にぶつかりがちなのか。当事者だからこそ書ける生々しさがあります。

ルールメイキングの仕事に興味はなくても、知るだけでも価値がある


マインドセットの転換から始まり、フレームワーク、政策形成プロセス、具体的手法、そして現場の追体験へ。この5ステップをたどると、ルールメイキングという仕事の輪郭がかなり鮮明に見えてくるのではないかと思います。

10年前、私が法務からロビイストへの転身を志した頃に比べれば、今はこれだけの書籍が揃っています。「何から始めればいいのか分からない」という不安は、これらの本が相当程度解消してくれるはずです。

もしあなたがルールメイキング・ロビイングという仕事に興味がなくとも、法務の仕事の延長線にはこんな道もあると知る価値は、多少なりともあると思います。キャリアに少しでも閉塞感を覚えている方がいたら、まずはSTEP 1の『法のデザイン』を手に取ってみてください。

ルールを守るだけでなく、よりよいルールをゼロベースで発想する立場からビジネスも捉えなおす。これまでの思考習慣やクセにちょっと変化を加えてみる。そのことが、これまで法務として地道に積み重ねた仕事とキャリアから、新たな意義を再発見するきっかけにもなると思います。

ルールメイキング思考のその先へ ── 法務の次の仕事は「ハビットメイキング」

ルールだけではAIに攻略(ハック)されてしまう


前回の記事で、ユヴァル・ノア・ハラリが述べた「法律が言葉でできているなら、AIが法を支配する」という警告を取り上げました。言葉で編まれたシステムは、言葉の操作に長けたAIに侵食される。だから法務パーソンは「言葉の向こう側」に立つべきだ、と。



では「言葉の向こう側」とは、具体的にどこで・どんな景色なのか?今回はその続きを、もう少し普段の仕事や会社生活に引き付けて考えてみたいと思います。

法務の世界では、ここ数年で「ルールメイキング思考」が市民権を得ました。シティライツ法律事務所 水野祐弁護士が提唱した概念で、既存のルールに従うだけでなく、ルール自体を主体的にデザインし、変えていくマインドセットを指します。イノベーションと規制の関係を再定義する優れたフレームワークであり、次世代法務のキャリア指針としてもイメージしやすく、私自身ここ数年大切に守ってきた考え方です。

ただ、ハラリの警告に照らすと、ルールメイキング思考にはひとつの構造的な限界も見えてきます。

ルールメイキングの成果物は、ルールです。法律であれ、ガイドラインであれ、契約条項であれ、最終的には言葉で書かれたテキストとして世に出る。そしてハラリが指摘したとおり、言葉で書かれたものは、AIが最も得意とする処理対象です。ルールを読み解き、抜け穴を見つけ、最適な回避策を組み立てる。その処理能力において、AIはすでに多くの人間を凌駕しはじめている。

つまり、革新的なルールをどれほど精緻に作っても、それが言葉で書かれている限り、AIによって飲み込まれ、攻略(ハック)される運命にある。ルールメイキングは必要条件だけれど、それだけでは足りない時代に入りつつあるのではないかという懸念を持っています。

habitmaking-image1


ルールの手前にある「ポリシー」、そのさらに手前にある「ハビット」


法務パーソンがAI時代の次のキャリアを考えるのに指針とすべきものは?私が最初に思いついたのは、ルールメイキング思考の手前に「ポリシーメイキング思考」を置くことです。

ここでいうポリシーとは、個々のルールが生まれる前提となる「価値観」。なぜそのルールが必要なのか、何を守りたいのか、どんな世界を実現したいのか。その根っこにある判断基準そのものをいいます。AIにはない(はずの)意志を持つ人間ならではのものです。

しかし、よく考えるとポリシーもまた、ルールと同様言葉にできてしまいます。「当社は顧客の信頼を最優先にします」「私たちは公正な取引を重視します」。どれも立派なポリシーですが、言葉で書けてしまう以上、AIに解析され、最適化され、場合によっては形骸化される余地がある。

それでもAIに攻略されない領域はあるのか?探しに探して、見つかりました。

それは「習慣」です。私がここで提唱するのは「ハビットメイキング思考」です。ポリシーを言葉として掲げるのではなく、組織の中に習慣として根づかせる取り組み。理屈で判断するのではなく身体で反応できる状態を作る。ルールメイキングを一歩進めたのがポリシーメイキングとすれば、さらにそれをもう一段進化させたのが、ハビットメイキングです。

アリストテレス曰く「立法者の仕事は、市民を習慣づけて善き人にすること」


実は、このアイデアには2400年の歴史的裏づけがあることを、後で知りました。アリストテレスが『ニコマコス倫理学』第2巻で、こう述べています。

人は、正しいことを[実際に]為しながら正義の人となり、節制あることを[実際に]為しながら節制ある人となり、勇気あることを[実際に]為しながら勇気ある人となる。(中略)立法者は、市民がすぐれたことを為すように習慣づけるものである。いかなる立法者であっても立法者の意図はそこにある。ただし、当の習慣化を立派に行わない立法者は、誤ってしまう。そしてこの点において、さまざまな国の体制のあいだで優劣の差が生じてくるのである。(『二コマコス倫理学(上)』P102)

アリストテレスにとって、徳とは知識ではなく習慣(エトス)です。勇気が何であるかを知っているだけでは、人は勇敢にはなれない。勇敢な行為を繰り返すことでそれが習慣となり、はじめて勇気がその人の性向(ヘクシス)、つまり人格に根づいた状態になる

この区別は、法務の文脈に驚くほど正確にあてはまります。

「コンプライアンスが社会から求められています。贈賄やそれと誤解される行為は禁止します」と社内規程に書くこと。これは身近なルールメイキングです。「当社は顧客からの信頼を従業員の幸せよりも優先します」と経営理念に掲げること。これはポリシーメイキングです。しかし、社員が取引先から不正な要求を受けたときに、ルールやポリシーを参照するまでもなく、社員一人ひとりが腹の底から「それはうちではやらない」と感じて反射的に・当然に拒絶すること。これがハビットメイキングの領域です。

言葉にすれば同じようなことを言っているのに、組織に与える力がまったく違ってくるのがお分かりいただけるのではないでしょうか。

なぜ「習慣」はAIに攻略されにくいのか


ルールは言葉で書かれているからAIに読める。ポリシーも、言語化された瞬間にAIの処理対象になる。では習慣はどうでしょうか。

習慣とは、個人や組織の行動パターンが身体化されたものです。明文化されていないし、されていたとしても、テキストと実態の間には常にギャップがある。「うちの会社はこういうとき、こう動く」という暗黙の行動規範は、社内のSlackログや規程集をすべて学習させても、AIには完全に再現できない。なぜなら、それは言葉ではなく、人と人との関係性や経験の積み重ねの中に存在しているからです。

科学史家の村上陽一郎は、こう述べたそうです。

人間が何をすべきか、何をなすべきでないかの線引きは、科学では用意できません(山口周『ニュータイプの時代』Kindle版位置No.1983/4328より孫引き)

テクノロジーが進歩してルールの整備が追いつかない時代には、外在的なルールだけでなく、内在的な規範に基づく判断が必要になる。山口氏の言葉を借りれば、「ルールより倫理」の時代です。そして倫理とは、テキストに書かれた原則ではなく、人の内側に習慣として刻まれた判断の型にほかなりません。

『ニコマコス倫理学』第6巻では、思慮深さ(フロネーシス)とは

人間にとっての善悪が関わる行為の領域における分別(ロゴス)をそなえた真なる性向(『二コマコス倫理学(下)』P45)

と定義されています。ここでいう「性向」とは習慣によって培われた判断力のことです。思慮深さは教科書から学べる知識ではなく、実践の積み重ねによってのみ獲得されるものです。

habitmaking-image2


カルトと紙一重の自覚を持ちながら


ただし、このハビットメイキングには危うさもあります。

習慣の力が強いということは、裏を返せば、意図的に設計された習慣によって人を特定の方向に誘導できるということでもあります。本能的欲求や恐怖感を動員して「正しい行動パターン」を刷り込む営みは、一歩間違えればカルトの洗脳と紙一重です。

その境界線を引くものは何か。ここでもアリストテレスが手がかりを与えてくれます。アリストテレスの徳論は、特定の行動を無批判に反復させることを説いているのではありません。習慣づけの先に思慮深さ(フロネーシス)、つまり個別の状況を自分の目で見て自分の頭で判断できる実践知が育つことを求めています。盲目的な服従ではなく、自律的な判断力の涵養。そこがカルトとの違いです。

法務の仕事に引きつければ、「この契約はうちのポリシーに合わないからダメ」と機械的に判断するのではなく、「この場合はポリシーの趣旨に照らして、こう構成し直せばいけるのでは?」と現場が柔軟に考えられること。習慣の上に自律的な判断が乗っている状態になれば最高です。この状態に組織を育てるのが、ハビットメイキングのゴールです。

AI時代の法務パーソンの仕事は「ハビットメイキング」


長くなりましたが、まとめると以下のとおりです。

ルールメイキングは、ルールを再設計する仕事。しかし、AIが最も得意とする領域になりつつある。
ポリシーメイキングは、ルールになる前の価値観を明確にする仕事。しかし、言語化した途端にAIの処理対象になる。
ハビットメイキングは、価値観を組織の習慣として身体化する仕事。対話、経験の共有、ときに感情的な衝突も含めて、人の判断の「型」そのものを形成する営み。

「法令を知っている」から「ルールを作れる」への進化を推進したのがルールメイキング思考だとすれば、その先にあるのは「価値観を組織の習慣として定着させる」ハビットメイキング思考ではないでしょうか

ハラリは「言葉でできたものはAIに支配される」と言いました。ならば、法務パーソンの次の仕事は、言葉にならない習慣の領域を耕すことなのだと思います。契約書の文言を磨くのではなく、契約を結ぶ人間の判断の型を育て、習慣化にまで導く。まるで、新入社員の時に最初にお世話になったマナー講師やメンターを務めてくれた先輩、もっと遡れば小学校の先生のような役割かもしれません。

アリストテレスが2400年前に示した「徳は習慣から生まれる」という洞察が、AI時代の法務パーソンにとってこれほど切実な意味を持つとは。ご本人もさぞ驚いていることでしょう。


ニコマコス倫理学(上) (光文社古典新訳文庫)
アリストテレス
光文社
2015-12-08

ニコマコス倫理学(下) (古典新訳文庫)
アリストテレス
光文社
2016-01-08

「法律が言葉でできているなら、AIが法を支配する」── “人に残る仕事探し”思考から抜け出すためのヒント

ハラリが法律家に突きつけた三段論法


「法律が言葉でできているなら、AIが法を支配するだろう(If laws are made of words, then AI will take over the legal system)」

これは、2026年1月のダボス会議でユヴァル・ノア・ハラリが述べた挑発的な一言です。

yuvalnoahharariindavos2026

『サピエンス全史』のハラリに言われるまでもなく、人類が世界を支配できたのは「言葉」の力によるものです。宗教も、契約も、国家も、すべて言葉によって編まれている。そしていま、その言葉を操る能力において、AIが人間を凌駕しつつある。ならば、言葉で編まれたシステムは、いずれAIに「支配」される。これがハラリの三段論法の骨格です。

「いやいや、法の世界は言語処理だけじゃない。証拠集め、事実認定、文脈把握、価値判断こそが重要だ」

そうした反論がすぐ出てくる話題ですが、私はあえてこの警告を素直に受け入れる側に立って考えてみたいと思います。

ハラリ発言の批判者たちは、「AIに法律が理解できるのか」「しょせん統計的処理に過ぎないのでは」という土俵で戦おうとします。しかし、ハラリはそもそもそんな話をしていません。彼が問うているのは、もっと身も蓋もないことです。私たちの顧客は「AIが法律を人間のように理解している」ことなど求めていないのではないか?顧客にとっては「AIが人間のように言葉の操作をする仕事が処理できる」のであれば十分こと足りてしまうのではないか?ということです。

言葉を操作する仕事


企業法務の日常を棚卸ししてみましょう。

・法令調査とその要約
・契約書レビュー
・利用規約・プライバシーポリシーのドラフト
・社内規程の改訂
・取締役会議事録の作成
・株主総会招集通知・参考書類の作成
・登記申請

煎じ詰めれば、「大量の文書から情報を収集し、リスクを発見・整理し、それを処理する別の文書を書く」、いわば言葉を操作する仕事です。もちろん、その過程にはビジネス文脈を踏まえた判断や、相手方との人間的な駆け引きも含まれます。でも、胸に手を当てて考えてみれば、その中で高度な判断を求められる頻度は、正直なところそれほど多くはないはずです。

AIが上記のような文書類をフロムスクラッチで作成するサービスも、事案に対して判例・条文・学説から一定の法的見解を出力するサービスも、もはやSFではなく商品化されています。世界中のリーガルテック企業が、それらを実用レベルのプロダクトとして売りはじめている。法務の「言葉の操作」部分にAIが正面から堂々参入し、それを活用する法律事務所のパラリーガルや企業法務のジュニアクラスが減員されはじめた現実があります。

傭兵は、やがて王になる


そんなハラリ自身も、人間の「身体化された判断力」や「言葉に還元できない知恵」の領域は残ると言っています。

・この不利な契約を受け入れるべきか、破談を覚悟しても交渉を粘るか
・この訴訟を受けて立つか、和解に持ち込むか
・この現行法では違法な事業を、どう構成し直して適法なものとするか

そんなビジネス判断と法律判断が溶け合う領域です。

ただし、その領域にたどり着くまでの膨大な下準備としての法令判例調査、条項の洗い出し、リスク類型化、ドラフト作成は、すべて「言葉の操作」です。AIがここを侵食するスピードは、多くの法律家が数年前に想像していたよりも、はるかに速いと認めているはずです。いや、それでも我々にしかできないこともあるはず──

ここでハラリはこんなエピソードを持ち出し、警告を強めます。かつてブリテンの人々が、スコットランドとの戦いのためにアングロサクソン人の傭兵を雇い入れたところ、その傭兵たちが最終的にブリテンそのものを乗っ取ってしまった。世界のリーダーたちは「自分の戦争を戦わせるためにAIを雇う」つもりでいるが、傭兵がいつまでも傭兵のままでいてくれる保証はないよ、と。

法律事務所や法務部門に置き換えるとこうです。「AIをアソシエイトの補助ツールとして入れよう」と思っていたら、いつの間にかクライアントがAIに直接相談するようになってしまった。事業部が人間の法務パーソンに声をかけるのは、「AIの出力をダブルチェックしてほしい」ときだけ。やがて、その検証すら別のAIにやらせた方が速いし安い、とクライアント自身が気づく。

ついに、傭兵が王座に座る日が来てしまうのでしょうか。

言葉の向こう側に立つ


ここ数年、そして今日現在も、法務パーソンの話題は「AIに奪われない・人間に残る仕事は何か」を消去法的に探すものばかりです。皆さんもさすがにこの話題には飽き飽きされていることでしょう。

冒頭のハラリの警告は、私たちが陥りがちな消去法的思考から脱却し、発想を転換するヒントと捉えることもできるのではと思いました。すなわち、「法律に関わる仕事が、"言葉だけ"で構成されていると見なされてしまう状況を、自分の手で変える」アプローチもあるのではないかと。

この事業・この会社・この社会で何が正しいのか?という問いに対する価値の選択によって編まれたのが契約・規程・法律ならば、それらが言葉に変換される前の、人間の意思そのものに関わっていく仕事にジョブチェンジする。「言葉でできたものは、すべてAIに支配される」ならば、仕事を「言葉の向こう側」にシフトする。契約書の文言をチェックする人ではなく、契約を通じて相手方と共にビジネスを設計する人に。既存の法令・判例を精緻に調べる職人ではなく、法令が想定していない未来を構想しステークホルダーに働きかける計画者に。

ダボスの聴衆に向かってハラリは、「10年後のダボスは、人間だけが集まる場ではなくなっているかもしれない」と語りました。10年後の法務部門も、おそらく人間だけで構成されてはいないでしょう。そのとき、価値自体を動かして定義する側にいるか、誰かの価値観に染まったAIの成果物を追認する側にまわるか。その分かれ道が見え始めています。
 

【本】『世界は法律でできている』── よいロビイングとは何か

 
私がいま仕えているボスによる共著書『世界は法律でできている』が、本日より書店・Amazonほかに並び始めました。

IMG_4524


ベンチャー企業の20年を、ドキュメンタリーで読む


本書は、弁護士ドットコム創業者 元榮太一郎本人と、彼を周りで支えた役職員・弁護士・顧客・株主を、共著者の上阪徹さんが直接取材し、会社設立からマザーズ上場、そしてプライム市場変更までの20年間をドキュメンタリー調に描いたものです。

ベンチャー企業の創業期から成長期に見られる“あの出来事”“あの転機”が、現場のリアルな温度感とともに押し寄せてくるタイプの本で、弁護士ドットコムという会社に興味がなくとも、「重要局面で、ベンチャーの企業幹部たちが何を見て、何を決め、どう動くのか」に関心がある方には刺さる内容になっています。

そして、私が携わるロビイングの仕事にも触れてもらっています。

電子署名法の解釈変更の仕事


私が登場するのは、第4章第2節「電子署名法の電子署名ではなかった?」。その冒頭は、こんな仰々しい書き出しで始まります。

2017年10月、一人の人物が弁護士ドットコムにジョインした。電気通信業、人材サービス業、ウェブサービス業ベンチャー、スマホエンターテインメントサービス業で法務・知財の経験を積み、責任者も務めてきた橋詰卓司だ。(P159より)

書き出しだけ読むと、まるでこれから私が世界を救うヒーローか何かのようですが、実際は「法務マン → 電子契約サービスのマーケター →コロナ禍を機にロビイスト」という、一貫性のない(?)職業人生の話です。

ただ、その“転身”の経緯が、上阪さんの緻密な取材にもとづいて生々しく描写されていて、読みながら何度か「それ、私の脳内より解像度高いな…」と思いました。

本書に実名で登場する役員・従業員は15人ほどで、ほとんどが創業期から会社を支えてきた大先輩ばかり。そんな登場人物の一人として、自分ではない他人が書いてくださった本に私も取り上げていただけたことは、大変光栄でした。

IMG_4527


私が登場するパートで特に取り上げてもらっている「電子署名法の解釈変更」の仕事については、ここで補足しておきたいことがあります。あの仕事は、この書籍では名前が出ていない社外の方々のご尽力のリレーによるものでもありました。書籍では端折られていた経緯として、2020年に何が起こっていたかを記しておきたいと思います。

4月下旬、日本組織内弁護士協会(JILA)の渡部友一郎先生と、以前から判子問題で意見交換させていただいていた内閣府のO様に向けて、私の考えをA4×5枚ほどの文書でお届けしたところがスタートでした。そこから内閣府のY様に繋がり、内部会議に呼んでいただけるチャンスを得て、

・電子署名法(と、当時書籍等で専門家が語っていた古い条文解釈論)の何が問題か
・クラウド型の電子署名サービスはどんなテクノロジーに支えられているのか

細かいところまでお伝えしました。すると2週間後の5/12規制改革推進会議成長戦略ワーキンググループにに出てくれ、と。この会議で、JILAからは電子署名法改正の必要性を、私たちからは電子署名法の解釈変更の要望をお伝えしました。この時点では法務省より「クラウド型は電子署名法上の電子署名には当たらないと考える」旨の否定的見解が述べられ、同WG委員を務められていた落合孝文先生らに強く反論していただいたことが、公開されている議事録にも残っています。しかしその翌週5/18に、内閣府大塚拓副大臣のもとに関係省庁の責任者が一堂に集められ、私たちも改めての要望と詳細な質疑応答を行う機会を得ました。副大臣クラスが抱える仕事はこの問題だけではないはずなのに電子署名法の関連資料を詳細に読み込んで理解していらっしゃり、驚いたのを覚えています。

これを受けて5/29には法務省より、まずは会社法上の電子署名として認める、との考え方が示されました。会社法上認めるとなれば、今度は商業登記に係る法令を整備しなければならなくなります。法務省からはどうしたら商業登記法にフィットする電子署名といえるのかについて相談があり、何度か往訪して個別にディスカッションを行いました。アドバイザリーをお願いしていたM先生にも理論構築を支援いただきながら商業登記規則改正の必要性を訴え、6/15、クラウドサインが初めて商業登記に利用可能なクラウド型電子署名として指定されます。この流れが、5 /12時点の法務省見解を覆して「クラウド型も電子署名法上の電子署名に該当する」と述べた7月・9月の電子署名法Q&A発出へと繋がりました。

反対者も多かった政府側で本件を推進してくださった内閣府のO様・Y様、落合先生、大塚副大臣、そして傍らでボランタリーに伴走してくださったJILAの渡部先生。この方々がいらっしゃらなければ、日本の電子署名普及は、おそらくもう数年は遅れていたはずです。

当時の気づき:「よいロビイング」とは何か


約5年前の仕事が、まるでいま目の前で起きているかのような迫力ある文章で再現された本書を読みながら、当時の自分の“気づき”も思い出しました。

私にとって「よいロビイング」とは、たぶんこういうものです。

「よいロビイングとは、ユーザー・社会から信頼を獲得する努力を尽くした後に、その信頼を、ルールを変えることの正当化根拠としているもの」

この順番が逆になると、一気に危うくなります。「ルールを変える」が先に来て、「信頼の獲得」が後追いになると、やっていることがどれだけ“手続きとして”正しくても、社会の目には「わるいロビイング」に見えてしまう——この感覚は、今も変わっていません。

なぜ日本では、ロビイングが“悪”のままなのか


日本では、ロビイングという仕事や言葉には、いまもなお悪いイメージがつきまといます。それを払拭しようと、呼び名を「パブリックアフェアーズ」「ルールメイキング」と言い換えるムーブメントもありました。しかし、正直なところ、看板を掛け替えても、ネガティブなイメージはあまり剥がれていない気がします。

つい先日も、ルールメイキングの成功例として著名なマイクロモビリティ企業の広報対応がネット上で話題になり、それをきっかけに過去の政策対応まで蒸し返されて、結果として何度目かの炎上が起きている様子を見ました。

その中には、「創業当時も強引なロビイングでクロを無理矢理シロにした会社だし」といった、かなり刺々しい言葉も混じっていました(真偽や評価はさておき、そう言われてしまう状況自体が、現場の肌感覚としては示唆的です)。

ロビイストの目で見る限り、当時のやり方は、教科書に書かれたセオリー通りのステップを踏んでいたようにも見受けられます。なのに、後になって「わるいロビイング」の代名詞のように語られてしまうのは、なぜなのでしょうか。

生成AIのもっともらしい答えに抜け落ちているもの


試しに生成AIに「よいロビイングとはなんですか?」と聞いてみると、こんな答えが返ってきました。

「政策決定者がより良い判断をできるよう、検証可能・透明・公正な形で、情報の非対称性を埋める行為」

一見するとそれらしい。でも私は、この答えは“危険”でもあると思っています。なぜなら、ここで決定的に重要なのは、

「政策決定者と“誰”の間の情報非対称性を埋めるべきか」

という問いだからです。

“ユーザー”が抜けると、一瞬で「わるいロビイング」になる


生成AIの回答には、“ユーザー”の視点が抜けています。

解消すべきなのは、本来は 「ユーザーと政策決定者の間の情報の非対称性」 のはずです。ところが、ここを取り違えて 「事業者と政策決定者の間の情報の非対称性」 を埋めることに邁進すると、とたんに「わるいロビイング」になります。

IMG_8494


先のマイクロモビリティの例でいえば、権威性・技術の先進性・理論上の効用アピールばかりに走らず、製品・サービスを実生活の中で試せる期間・範囲をもう少し広げ、実際に使ったユーザーから自然発生的に「このイノベーションは生活に役立ちそうだ」と声が上がる状態が先に生まれていたら、世の受け止め方は変わっていたかもしれません。

「ユーザーの熱量の総和」が社会の空気を変え、その空気が政策決定者の判断の前提を変える。

その順番が成立しているかどうかで、同じルール変更でも評価が真逆になり得る、ということです。

結局、ロビイングのはじめの一歩は「ユーザーの心を動かす」


事業者の都合や思い先行で法律を変えようとするのではなく、ユーザー自身が心から使いたがっている状況を先に作る。そのタイミングを適切に捉え、わかりやすい証拠・ロジック・表現をもって政策決定者を動かすのが、「よいロビイング」だと思います。

言い換えるなら、ロビイングのはじめの一歩は、(政策決定者の心ではなく)まずユーザーの心を動かすこと。そして、それはマーケティングと地続きです。ロビイングもマーケティングなのです。

とはいえ、やってみて何か問題があれば対処する“事後規制型”と違い、石橋を叩いて渡る“事前規制”を是とするのが日本です。そのような環境下で、

・ユーザーの中で必要性・納得感が醸成されるタイミング
・事業者が生み出したイノベーションをビジネス(お金)に変えるタイミング

この二つをうまく噛み合わせるのは、簡単なことではありません。でも、だからこそ「歯を食いしばって、信頼を先に積み上げる」ことが最後に効いてくる。本書を読み返しながら、そんな当たり前のことを改めて思い出しました。

というわけで、よかったらお手に取ってください。私は第4章第2節で、仰々しく待っています。







このルールこそ変えた方がいいんじゃないですか

新年度を迎えての社員総会で、久しぶりに会社から表彰を受けました。最近プレスリリースに漕ぎ着けたとある新サービスを実現するための、とある法改正の仕事が認められてのものでした。


FullSizeRender


生成AIが私たちの雇用を奪っていく状況がヒタヒタと迫っている中、「準」とはいえ社におけるMost Valuable Playerの1人とお認めいただいたということで、真っ先に駆逐されそうな中年ホワイトカラー職としては、正直「とりあえず、今年の首の皮は繋がったかな…」と、胸をなで下ろしているところです。


今回受賞対象となった仕事は、「本当は変えられたがっている古いルール(条文)を発見し、書き換えていただくよう政治・行政に提案し、実際に変えていただく」もの。そのプロセスをもう少し丁寧に分解すると、以下の通りです。

  1. 今あるルールはすべて正しいものという前提を捨て、イノベーションを阻害しているルールを見つける
  2. 旧ルールができた背景(起草当時の社会・コミュニティの状況)を正確に把握する
  3. 当時と現在の差分を明確にする
  4. 差分を解消する必要性をステークホルダーに問題提起し、共感・同意を得る
  5. 現在だけでなく今後数年の変化にも耐えうる、新しいルール(条文)を具体的に提案する

2025年4月段階の生成AIは、すでに2や3は人間よりも正確にこなしてしまうレベルになっているものの、その発端となる1を着想したり、実行・仕上げに至る4・5まではやってくれません。

しかし、近い将来現れるというAGIを超えたASIとは、

  • 人間の意思決定や行動に強く影響を与えている現行ルールに疑問を呈する
  • ルールの決定権限を持つステークホルダーに影響を与え、ルール自体を変えさせてしまう

ところまで、やりきってしまう存在なのでしょう。

「現行ルールを前提に考えれば、はっしーさんよりご相談いただいたビジネスプランはリスクが高すぎます。しかし取り組まれている社会課題は、解決すべきものだと私も強く共感します。その実現のためにも、障害となっているその現行ルールこそ変えた方がいいんじゃないでしょうか?

勝手ながら、私の方で当業界のキーパーソンであるA氏・B氏にすでにアプローチを始めており、彼らも共感を示しています。こちらがその時の彼らと私の会話を収録したVideoです。ご確認ください。」

AIが、人間の質問や指示を超え(無視し)て、こんなふうに勝手に仕事を進めてしまう日も遠くないんでしょうかね。

法務パーソンはいかにしてAI後の世界をサバイバルすればよいのか

 
当初は「しょせんは入力した文字列の次に配置される可能性が最も高い単語の並びを確率によって出力するだけのもの」とみくびられていた生成AIも、気がつけば、人間では絶対に再現不可能なスピードと網羅性で情報を瞬時に検索し、緻密に論理を組み立て、一般人以上の知的レベルや芸術的センスを備えた文章・楽曲・動画をアウトプットする、ビジネス上の実用性も認めざるを得ないツールに成長してしまいました。

こうなってみて、「そろそろホワイトカラーはAIに敵わなくなるのでは」と危機感を感じ始めている方もいらっしゃると思います。私もその1人です。そして、この危機に対処するサバイバル戦略として、「いかにしてAIと同じ土俵で戦わないようにするか」を考えています。

AIは、知能らしきものは持っていても、身体や五感すべてを備えているわけではない現状、いわゆる「記号接地問題」の解消には至っていない、これが弱点のように語られてきましたが、何年か後には、AIが今の知能に加え、身体と人間の五感全てをカバーするセンサーを身につけたヒューマノイドに進化し、記号接地問題を解消する可能性すら出てきています。ただし、現状はそれに至っていない。このタイムラグのうちに、現代のAIが拠り所としている過去の文脈やデータに抗って、「常識的には採用しない選択肢を選ぶ」「これまでの概念をあえてひっくり返す」大胆さが人間にはより求められるのではと。

知識や経験はもはや不要、とまでは言うつもりは毛頭ありませんが、ホワイトカラーの中でも特にそれらに依拠する度合いが強かった法務パーソンは、意識的に軸足をそこから移す、AIがいない新しい土俵に乗り換える勇気が必要なタイミングを迎えているのではないかと考えます。

「瞑想」を取り入れる



その新しい土俵にシフトする具体的手段として、私が注目しているのが「瞑想」です。

でもそれは、リラクゼーションのためのマインドフルネス――いわゆるシリコンバレーで流行ったスタイルとは、ちょっと異なるアプローチです。「瞑想=ただ座って無心になること」と捉えている方も多いですが(私がそうでした)、それだけではありません。瞑想には、思考や感覚をより鋭くするトレーニング的な要素があります。

これを教え、具体的な瞑想の方法論を説く以下の三冊から見えてくる、AIと戦うための瞑想について、ざっくりまとめてみます。

1. ルドルフ・シュタイナー『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』
2. ロジャー・マクドナルド『DEEP LOOKING』
3. ラム・ダス『BE HERE NOW』

IMG_6005


1. シュタイナー式瞑想:思考をとことん鍛える


思考の「捨て方」ではなく「鍛え方」


シュタイナーの瞑想は、いわゆる「マインドフルネス」とはちょっと違います。マインドフルネスは「今ここ」に意識をとどめ、雑念を手放すリラクゼーションのイメージが強い。一方シュタイナーは、むしろ“思考力をよりクリアに扱う”ように自分を鍛錬するプロセスを重視しています。

たとえば花や結晶、幾何学図形などを心の中でくっきりとイメージし、その背後にある生成プロセスまで思いを巡らせる。集中力と観察力を研ぎ澄ましながら、五感で捉えきれない何か「超感覚」を得られるようになります。

法務との相性


企業法務は、条文や判例を読み込み、文書を作り込む論理力が求められる反面、「実際の現場はどう動いてる?」といった肌感覚も大切なのは、ある程度の経験を積めば共感していただけると思います。シュタイナー式瞑想は、後者の“現場感覚”を磨く前段階として、まずは自分の「思考」を冷静に扱えるようになることを目指します。

自分の考えをクリアにし、情報を精査できる頭脳を鍛えてはじめて、AIが提示した答えに対して「本当にそれでいいのだろうか」と突っ込めるわけです。「いま世の中にないルールや概念を作るなら、どういう視点がいるのか」という発想にも、筋の通ったアプローチができるでしょう。





2. ロジャー・マクドナルド式「DEEP LOOKING」:内外を深く観察する


科学と瞑想をブレンド


マクドナルドの『DEEP LOOKING』は、表向きアートの鑑賞法を説いた本のようでいて、自分の内面を見つめる具体的ステップを説いた本です。西洋的な科学精神やデータ重視の思考を組み合わせて、「人間の意識や感覚を、より客観的かつ深く観察する」メソッドを紹介しています。

外界に起こっている事象と、自分の内面に起こる感情・思考の変化を往復しながら注意深く見る。これによって、「あ、自分はこういう刺激に対して、こんなふうに思考が暴走するクセがあるんだな」と気づけるようになる。いわば“内省”の徹底強化版です。

ビジネスの交渉やリスク発見に活かす


法務パーソンにとっては、交渉や会議で相手が微妙に焦っているとか、イライラしている気配に気づくかどうかが、勝負を決めるポイントになったりします。また、新しいビジネスモデルを検討しているとき、「ここのリスクは誰も言及していないけど、なんだか気になる」といった直感を具体化できるかが重要です。

DEEP LOOKINGを実践すると、自分の身体や感情に起こる些細な変化を「データのように」正確に見つめられるようになるので、結果として相手の反応や場の空気も俯瞰しやすくなる。これは、AIのロジック分析や機械式のセンサーでは拾いきれない情報をキャッチする“生体レーダー”を強化する手段といえるでしょう。


DEEP LOOKING 想像力を蘇らせる深い観察のガイド
ロジャーマクドナルド
AIT Press
2022-06-30



3. ラム・ダス式「BE HERE NOW」:発想を大胆に飛躍させる


今ここに集中して、未来をつかむ


「BE HERE NOW」――言葉の通り、「今この瞬間」に深く入り込む瞑想です。吸う息・吐く息に集中することで雑念を捨て、宇宙と一体になるような感覚をめざす。ヒッピーカルチャーや東洋の神秘思想も背景にあるからこそ、自由で、枠にとらわれないスタイルです。

シュタイナーやマクドナルドの方法が「意識を研ぎ澄ませる」イメージだとしたら、ラム・ダスは「思考を超えてしまう」イメージに近いかもしれません。理屈っぽく考えてしまう自分を一旦横に置き、とにかく呼吸や音に身を委ねる。ユニークなアイデアや発想が湧き上がってくるその瞬間を目指します。

常識を壊して新しい価値を生む


法務の仕事は、どうしても常識やルールに縛られがちです。でも、それを逆手にとって「既存の概念を壊すことで、面白い世界が作れるんじゃないか?」という憧れに似た感情もあるはずです。新規ビジネスの法的枠組み作りなどは、まさにそうした破壊的思考が求められます。

ラム・ダス流の瞑想は、「頭で考えすぎる自分」を一瞬オフにする働きがあるので、AIでは生み出せない奇抜なアイデアや、将来的に革命的な意味を持つルールを提案する“ひらめき”を促進してくれるかもしれません。「論理的に正しいかどうか」から離れて、一旦すべて可能性を開いてみる。その余白こそが、新しい価値創造の種となります。


ビ-・ヒア・ナウ: 心の扉をひらく本 (mind books)
ラマ ファウンデーション
平河出版社
1987-11-30



まとめ:3つの瞑想アプローチをどう使うか


1. シュタイナー式(思考を鍛錬し、クリアにする)
AIの論理を検証し、人間ならではの“次の一手”を描くための頭脳づくり。
条文や判例に振り回されず、「そもそも何が正義か」を落ち着いて考え抜く余裕が生まれる。

2. マクドナルド式(客観的な深い観察で内外をつなぐ)
相手や場の空気、身体の反応を丁寧に“データ化”するイメージで観察し、交渉やリスク管理に活かす。
感情のクセを把握し、過剰反応を防いで冷静な判断ができる。

3. ラム・ダス式(思考を超える、常識を突破する)
“今ここ”に意識を集中し、徹底的に思考を手放すことで大胆なアイデアや常識を壊す発想を得る。
新しいビジネスモデルや法的フレームワークをゼロから創造するときに役立つ。

AIと同じ土俵で戦わない


これら三つのアプローチに初めて触れた方には、やはりスピリチュアルに映るかもしれませんが、だからこそ試してみる価値があると思っています。AIが得意なことが「過去の膨大な情報から最適解を見つける」であるならば、人間は“まだ体系化・言語化されていないルール”を見出したり、“まだ誰も気づいていないリスク”を嗅ぎ取ったりする方向に軸足を置くべきだと思うからです。

頭の中をクリアにするシュタイナー式、内外を深く観察するマクドナルド式、思考を超えて飛躍するラム・ダス式――いろいろな瞑想のスタイルを組み合わせることで、「ロジックやこれまでの常識では説明しきれない世界」にアクセスしやすくなります。シリコンバレー流のマインドフルネスが、「呼吸して落ち着く」ための手法だとしたら、これらの方法は自分自身に根源的な変容を促す手法と言えます。

情報量と処理スピードの勝負でAIに正面から挑むのは得策ではないと思わざるを得ません。AIと正面から組み手を取るのではなく、AIがいない領域で成果を出す。そのために必要なのは、膨大なデータをさばき、汗をかいて(労働量で)なんとかする力よりも、今は形になっていないアイデアや新しい価値観を生み出すセンスではないでしょうか。そして、その種はきっと私たちの内側にすでに埋まっています。

ルールメイキング思考を育てるための具体的手法

パブリックアフェアーズ→ルールメイキングの時代へ


古くはロビイングと呼んだり、2013年ごろには「パブリック・アフェアーズ」と呼ばれたりしてきた、政府、議会や公共の政策形成過程に積極的に関与していく活動。

最近では、経済産業省や水野祐先生が提唱する「ルール形成戦略」「ルールメイキング思考」という言葉が浸透しはじめ、その発想や思考法がさまざまな場面で必要とされ、世の中から求められるようになってきた感があります。

私以外では、柴田堅太郎先生のブログが2013年ごろに弁護士や法務部がこの領域で活躍できるかを論じた投稿をされていましたが、あれからそろそろ5年。行政の担当官が民間に下野するケース、元政治家秘書が転身するケース、戦略コンサルタントがそのままクライアントに移るケースなど、日本でもさまざまな事例がでてきました。

しかし、弁護士や法務出身者がこの分野で存在感を出せているかというと、ヤフーやメルカリなどの一部事例を除き、期待されていた人材供給量には到達していないのでは、という印象があります。

守りを固めるので手一杯?


これはなぜかと考えてみると、大きく2つの理由があるのかなと。

  1. 法務には、攻めに転じる前に、守りでやるべきことがまだまだたくさんある
  2. 法務パーソンは、どうしても石橋を叩いて渡る思考グセから抜け出せない

1についてはおっしゃるとおりで、「攻めの法務」は「守り」を固めたうえでないと、カウンターやオウンゴールで終了するだけ(by @igi3)。そのための仕事もやろうと思えばいくらでもあります。この点、会社が組織として完成してしまう前の早期フェーズから法務部門・法務担当を置き、守りを固めたうえで思いっきり攻められる体制を作ろうというベンチャー企業が増えてきているのは、よい傾向といって良いでしょう。

問題は2です。もともと安全・安心を固める役割を担ってきた法務パーソンが、どうしたら規制に挑戦する思考やマインドを育成できるのか? この点になると、具体的なアドバイスが聴こえてこないという現実があります。

54C4DE88-AAEE-4FE4-B833-F333EDA33292


「先回りしてブログに書く」というトレーニング手法


そこで私が提案したいのが、とくに、ルールメイキングに関わりたい法務パーソン向けの、ブログの新しい使い方です。

ブログというと、その語源である「log=記録」のとおり、過去に起こったことを書き記していくものなのですが、そうではなく、新しいルールメイキングのアイデア発表の場にしてはどうかと。

自分の業界を規制する法令・ルールが古くなっているとき、それを批判するだけでは、ただの日常の仕事の愚痴にしか聞こえません。しかし、
  • 今はこういう法令やルールがある・解釈がされている
  • しかし、現実はこういうことが多く、即していない
  • だから、現実と将来起こり得ることにあわせて、こう変えてみたら・解釈してみたらよくならないか?
というフォーマットで、自分が考えたアイデアをブログの記事という小さな単位で、所属する会社や組織よりも先回りして個人として世の中にぶつけてみる。そんなトレーニングを重ねてみてはどうか、という提案です。

こう考える理由は以下3つあります。

(1)基本的に守秘義務の心配をしなくてよい


法務パーソンがブログを書きにくい理由は、そこそこ危険な事件を処理する担当にもなりがちなだけに、今日起こったことをそのまま書いたら守秘義務に触れてしまいがち、という点があります。

いや、私は工夫次第でブログに書けると思っています(実際、多くの法務ブログはそうした工夫によって書かれていると思います)が、たしかに過去のことを洗いざらい書くのは、いくら関係者の匿名化や事象の抽象化をしたところで、それを読むことになるかもしれない相手方や関係当事者に配慮が必要なのも事実。

これに対し、まだ発生していない未来・会社の誰もまだ考えていない未来のことは、そうしたことを気にせず書けるという点がまず挙げられます。

(2)法務が考えるアイデアは、幸か不幸か職務発明にすらならない


とかくアイデアというと価値があるもので身内以外には秘めておくべしと思ってしまいがちですが、実行するまでは価値はないというのは、よく言われることです。ただし、机上の空論のようなアイデアでも、価値を帯びてしまうものがまれにあります。それが、職務発明となりうるアイデアだった場合です。しかも職務発明を出願前に公開してしまっては、会社が特許を受ける権利を得られなくなる可能性もあり、ペナルティを受けるおそれもあります。

しかし、ここで朗報というか、残念なお知らせがあります。法務が規制を打ち破る新しいアイデアをいくら思いついたとしても、

第二条 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。

ルールメイキングのアイデアは、この特許法第2条の条文にある自然法則利用・技術的思想の要件を満たさない、ただの人為的な取り決めを新しくしていくものに過ぎず、法律上職務発明とはなりえないということです。いくら最初に思いついたとしても、ビジネス的には高度な提案だったとしても、発明にはならないとなれば、安心ですね(笑)。

(3)オープンソースカルチャーに馴染みやすい


仕事に関するアイデアを積極的に開示していくという話で似たような話としては、GitHubが育てた技術分野でのオープンソース・カルチャーがあります。

社内にルールメイキングのアイデアを表明したところで、法務を担当していない社員は自分のミッションに忙しい中、なかなかそれに共感し対案をぶつけてくれる人はいないでしょう。反応があったとしても、同じ悩みを抱えるものとして、ただの愚痴になってしまいがちです。外に発信するからこそ、似たような課題を共有する違ったものの見方を得ることができるのではないでしょうか。しかも、(2)にあるとおりそもそも権利が発生しないアイデアという点でも、オープンソースカルチャーに馴染みやすいものです。

GitHubについては、私が運営している別のメディアでも何度かお伝えしていることなので、ここでは詳しく述べませんが、実際そうした効果を期待して、法務からGitHubに実際に実行に移しているフェーズのアイデアを開陳して意見を公募する例も出てきています。

そんなブログを1年でも続けたらきっとスカウトされますよ


以上、法務パーソンがルールメイキング思考を育てるための、ブログとの付き合い方について、私見を述べてみました。

GitHubと言わずとも、ブログに書き、それをベースにSNSで自分の身近な存在に対してオープンに問いかけてみるトレーニングを繰り返すだけでも、ルールメイキング思考は十分に育つと思いますし、そんな発信をしている人がいれば、数多あるパブリックアフェアーズのポジションを求人している企業から、すぐにお声もかかるはずです。

そして何より、私自身が、そんな法務ブログを読んでみたいと思っている者のひとりです。

【本】『ファイナンス法大全(上)〔全訂版〕』― 業法による規制に専門家はどう向き合うべきか


西村あさひ法律事務所の掘越先生・本柳先生よりご恵贈いただきました。ありがとうございます。





14年振りの改訂ということで、金融業界隈の方々はきっと首を長くしてお待ちになっていたのではないでしょうか。金融業界でない新興ベンチャーを転々としている私のような者にとっても、IPOやストックオプションの法務にはじまり近年では投資契約やファンド法などにも関わるようになってきた時代ですので、このあたりの規制を概観できる文献がアップデートされるのは大変ありがたいことです。


IMG_8914


業法の中でも最も法律が複雑に絡み合い、論点も枚挙に暇がないファイナンス分野。しかも本書は、中国・香港・シンガポールといったアジア金融マーケットの法律も出来る限りカバーしようという意気込みと相まって、この上巻だけで1200ページを超えるボリュームとなっています。さすがに各論点の詳細については本書脚注等で引用されるそれぞれの専門書に譲っている部分も少なくありませんが、それがかえって関連規制を概説するための必要最低限の情報量に留める効果をもたらし、その分野の専門書を読んでいても頭に入ってこなかった各法の骨子や規制にいたる背景が、かえって分かりやすく見えてくることと思います。

業法ならではの、明文化されていない監督官庁独自の運用ルールについても、
「筆者らにおいて金融庁に確認したところ、・・・記載が紛らわしかったかもしれないとのことであった」
「・・・を・・・とする方式もいずれも受理されているようである」
といった“実務”に即した言及が随所にあるところなどは、この分野の業法規制とその運用の恣意性に苦しむクライアントに寄り添ってサポートしてきた経験豊富な先生方が書かれていることを感じさせます。


そういった、業法の実務において交わされる当局との対話・対応の積み重ねの重要性について、序章に書かれたこの一節が、私の胸にチクリと刺さりました。

今日金融関連の規制は複雑かつ重層化して金融機関の自由な活動の足かせになっていることは事実であるが、規制そのものを問題視するのではなく、マーケットのニーズを十分に汲み取った予測可能性と実効性を備えた適切な規制であることこそが必要であるとの認識が必要であろう。あるべきファイナンス・ロイヤーの姿勢は、規制と向かい合い、当局との話し合いを積み重ね、あるべき方向と既存の法規制や法理が単純な論理の組立てでは相容れないときに、それを喝破する新たな解釈や論理を構築することであろう。(P14)

私の属する業界内で、とある規制が強化されようという動きが突如発生したときのこと。「自社は巻き込まれたくない」「ここは静かにしていたほうが目をつけられずに済むのでは」という思いから、多くの企業側関係者が当局とは距離を置いた姿勢をとる中で、私の知人が規制当事者の懐に飛び込み、自身が所属する会社のみならず業界団体をも巻き込んで交渉し、時に腹芸も交えながら、業界全体にとってプラスとなる落としどころを引き出していく姿を目の当たりにしました。それはまさに、規制を陰で批難するだけではなく向かい合って喝破していく渉外マンの姿でした。


近年、法務パーソンがそのキャリアを発展的に分岐させる道のひとつとして、ロビイングを含む官公庁や業界団体との渉外業務領域に注目が集まっているように感じています。そういったところに飛び込んで得たい結果を得るためには、情報収集力・人脈力・胆力もさることながら、このような「喝破する新たな解釈や論理を構築」するだけの緻密さを備えなければと、序章の一節に知人の行動を重ねながら考えています。
 

Googleの公共政策情報誌 『g-SPHERE』に 慶應の新保先生とヤフージャパンの別所氏が登場

 
Googleの方から、Google発の公共政策情報誌『g-SPHERE』をお分けいただきました。一般配布はされていない貴重な冊子とのこと。特別にこのブログでのご紹介をご快諾くださいましたので早速。


s-IMG_3080


バックナンバーとしていただいた2013.Octの創刊号ご挨拶を読むと、

インターネットの世界を最先端の技術で牽引することを自ら使命とするグーグルとしては、技術がもたらすそのような経済・文化・社会の変化についても常に広く視野を保ち、技術がよりよい社会を作っていくための諸条件を検討し、その結果を社会に還元していくことも同様に重要な任務と考えています。
インターネットと社会の接点に関わる様々なステークホルダーの方々と共同研究や情報交換・意見交換を行っており、その成果も社会とインターネットの在り方を考える上で非常に貴重な知見・経験となっています。こういった情報を少しでも日本の政府・学会・業界の方々と分かち合うために、この度不定期の政策情報誌『g-SPHERE』を創刊いたしました。

とあります。察しの良い方はお分かりかもしれませんが、昨年末ご紹介した『パブリック・アフェアーズ戦略』を、グーグルはこの日本においてもすでに実践している、というわけです。

私は、Googleという会社はAppleと違って、思想を自らの口で語って世の中を動かそうというよりは、誰もが使える便利なサービスをシンプルかつ洗練された形で提供することによって、結果的に行動ベースで世の中を変えてしまう、“無機質な革命者”というようなイメージを勝手に抱いていました。そのGoogleが、紙冊子という超ローテクな手段をあえて採用し(現段階ではまだウェブ上でも見られないそうです)、「私たちはこう思います」という意志を特定のステークホルダーに届けようとしていることに、まず驚きました。


最新号である2014.Feb号には、一昨日のNHK-WEBの記事も話題となっている今がまさに旬なお二人、慶応義塾大学の新保先生とヤフー株式会社の別所氏によるプライバシー対談が掲載されています。学会と産業界(しかもある種競合会社)の大御所を、このような一企業の広報誌に招いて対談させているところもすごいですが、本誌自体がある一定の知識と理解力のある読者層を想定しているとあって、一般紙よりもハイレベルな次元で、お二人が本当の意見交換をしている様子が伺えて、読み物としてかなり貴重なものとなっています。


s-IMG_3083


――日本のプライバシーないし個人情報に関する法制度は、イノベーションの阻害要因になっているとお考えですか。
新保 私は阻害しているとは思いません。その理由は、現行の個人情報保護制度は、それほど事業者にとって厳しい法律ではないからです。例えば「第三者提供の制限」については原則本人同意ではありますが、オプトアウト(規定の適用除外)の手続きで本人の同意なく提供できるからです。これは、おそらく日本と米国の金融サービス近代化法など一部の法律に限られます。ですから、例えば検索エンジンについて言えば、過去に著作権法によるイノベーションの阻害があったと思いますが、個人情報保護法について言えば、現行制度はイノベーションを阻害していません。もし阻害している面があるとすれば、いわゆるレピュテーションリスク(風評リスク)と言われる社会の非難に対する萎縮効果はあるでしょう。
別所 制度や仕組みの面からすると新保先生がおっしゃる通り、イノベーションの阻害はないと思います。ただ、実態面では制度設計通り、影響が出ずに済んでいるかというと、そうではないと思います。確かに多くの企業はレピュテーションリスクを意識しています。また、自分たちで法律を読み込んだ上で線引することができず、白黒はっきりさせられない企業も少なくないのが現状です。それが結果としてイノベーションの促進に影響していると言われる素地になっていると理解しています。

冒頭、こんなパンチの打ち合い(笑)からいきなりはじまったかと思えば、

別所 今の個人情報保護法は、いわゆる「個人情報」という記号を保護する法律で、プライバシーを保護する設計はされていません。現行の法律は記号がパブリックの要でありながら保護対象になっているのです。そこのところは非常にバランスが悪い。
一方で、プライバシーは公になっている情報に関して一定のバランスで自分の情報が秘匿されるべきというところから発達した概念です。そのバランスの取り方が制度設計に入れられるかが重要で、定義だけではバランスが取れませんから、そこは企業がきちんと考えて調整する必要があると考えています。

と、最近発言のたびにネット上で炎上を招きがちな別所さんのヤフージャパンとしての主張も、この対談だとクリアに言いたいことが伝わってきますし、また、マルチステークホルダープロセスを採用できるのか?という問いについて、

新保 これは国の考え方と私の考え方は違います。国の考え方は、民間の自主的取組みを尊重する形のマルチステークホルダープロセスではありません。なぜそうなるかというと、日本にはステークホルダーがマルチに存在しないからだと思います。そもそもステークホルダーが偏っていてバランスの取れた議論ができない。まずはマルチステークホルダープロセスを実現する前段階として、個人情報、プライバシー関連のステークホルダーをきちんと育てる。そこから始めない限り、今までのガイドラインの検討と変わらなくなってしまうと思います。

と、話しやすい媒体だからということもあるのか、いつもはいかにも学者然とした新保先生の物言いも率直かつ明快。とにかく、読んでいてスリリングかつ大変ためになるハイレベルな本音の対談になっていて、この対談記事だけでも参考になる方は多いのでは、という感想を持ちました。バックナンバーだけでも、ウェブで公開されるようになるといいですね。


私も、人づてにではありますが省庁の方に意見を聞いていただく機会が最近増えており、民間が困っていること・将来について不安に思っていることをどうしたらそういった方々にご理解いただけるかを考えるようになりました。私が所属する企業はまだまだ『g-SPHERE』のような大々的なアプローチを取る予算もなければ規模でもありませんが、このような民間サイドの動きに協調して、企業として伝えるべきことを伝えていきたいところです。また、私個人で言えば、このブログも微力ながらその一手段であれたらなとは思っていますので、そういう視点からの記事も少し意識して書いていきたいと考えています。
 

パブリック・アフェアーズ人材を目指す前に


まだ年内2週間あるのでフライング気味ですが、今年一年の仕事を振り返ると、今までとはひと味違う「渉外」業務に携わったことが特に印象に残っています。

前職の放送通信/人材サービスは、業法に基づく認可・届出や法的規制が明確化された業界でしたので、省庁対応も業界団体の中でのふるまい方もあまり戸惑うことはなく、「渉外」と呼べるほどの業務ではありませんでした。対して今いるエンタメ業界は、明確な業法規制がなく自由でありながら、“おイタ”をすると厳しいご注意をいただくという、難しい間合いの中での事業運営。業界団体の先輩方にトーン&マナーを伺いながら、某公聴会にお呼ばれして出席したり、自社で発生した問題について省庁に報告・相談に伺ったりと、まさに手探りの日々でした。

そんな中で、来年に向けてこの分野で何ができるか・何をすればいいのかについて、各企業で「渉外」「公共政策」を担当している方にお話を伺って勉強していたところに、@overbody_bizlaw 先生が「法律家によるルールメイキング関与の可能性はあるか??」を投稿してくださいました。ロビイングともPRとも違う、「公正・透明な方法で交渉し、合意を形成する」業務としてのパブリック・アフェアーズ。overbody先生とは、ブログの感想をお伝えしがてらお話しもしたのですが、

当該事業が法令上問題がないことを示すために、既存の法解釈を変えていく、またはこれまで議論のなかった曖昧な点を解釈で明らかにしていくことも当然含まれてくる。具体的なアクションとしては、まずは関係する行政当局にかかる立場の理解を求めていくのだろうし、最後のステップとしては裁判だろう。

この能力が求められる限り、法務パーソンがこの役割を担う必然性はあるだろうと、私も思っています。


一方で、先生もブログで紹介されている書籍『パブリック・アフェアーズ戦略』は、私がその役割を担わんとするにはまだまだ足りない要素を指摘してくれます。

パブリック・アフェアーズ戦略
西谷武夫
東洋経済新報社
2011-11-25


PA

役割として●がついているところを見ると、私は講演を求められることもなければ、書籍や論文の発表も(自分なりにはチャレンジしてきましたが)社会から専門性を評価されるレベルにはいたっていません。そして、やはり最も重要だなと思うのが、特定マスメディア・一般メディアを利用できるほどのメディアパワーを持っているかという点。こればかりは、自分の能力や経験だけでなく、自分が携わる事業に社会的意義が認められなければ持ち得ないのです。最近、同業他社最大手の渉外担当の方がマスメディアからたくさんの取材を受けていて、すごいなあと指をくわえて見ているのですが、それはやはり同社の事業が当業界において影響力を持っているからこそ。自分一人だけが専門性を高めてその道の有名人になって公共政策を唱えたところで、「馬耳東風」にスルーされるか、場合によっては「物言えば唇寒し秋の風」となることもあるかも。私の今の状況を鑑みるに、パブリック・アフェアーズを云々するより前に、自分が携わる事業がメディアパワーを持つぐらいの社会的意義を認めていただけるよう、目の前の事業サポートに集中するのが先と考え直した次第です。


法務パーソン×メディアパワーを持つ企業=パブリック・アフェアーズで思い出した話を最後に一つ。森・濱田松本法律事務所にいらした野口祐子先生が、なんとGoogle日本の法務に移籍されたそうです。弁護士会の登録も、すでにそのように変更されていました。ローレンス・レッシグに師事し、『デジタル時代の著作権』で未来の日本の著作権のあり方を具体的に提言され、日本におけるクリエイティブ・コモンズの普及活動を通じ若き知財関係者に多大な影響力を持つ野口先生。ご自身の思いを具体化するべく、今メディアパワーにおいて右に出るものはいない組織であるGoogleと「組んだ」ようにも見えます。Googleの法務としてだけでなく、IT業界知財パーソンの先駆者としての先生のますますのご活躍に、期待したいと思います。




 
記事検索
月別アーカイブ
プロフィール

はっしー (Takuji H...