法務 to ロビイストの再現性は高まっている
尊敬する法務パーソンの一人であり友人でもある渡部友一郎先生が出演されている動画で、法務のネクストキャリアの一つとして「ルールメイキング」の領域を挙げられていました。
法を「守る・使う」側から、法を「つくる・変える」側へ。私がそれを目指しはじめた10年前には、企業の中の人間が、ルールそのものに働きかけるにはどうすればいいかを具体的に教えてくれる本は、西谷武夫『パブリック・アフェアーズ戦略』(東洋経済新報社、2011年)ぐらいしかありませんでした。実際、私もあの本を頼りにその道を歩み始めた者の一人です。
しかし、状況は大きく変わり、先人も増え、日本においてもルールメイキングの実践知が次々と書籍化されたことで、法務パーソンがキャリアチェンジする際の再現性は高まっています。ということで、渡部先生の動画に勝手に便乗企画、
ルールメイキングに踏み出す法務パーソンのためのブックガイド2026
をやってみたいと思います。
STEP 1|「ルールは変えられる」というマインドセットを手に入れる
水野祐『法のデザイン── 創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート社、2017年)
法務パーソンにとって法律とは、まず「守るべきもの」「違反してはならないもの」です。それは間違いではないのですが、そこにとどまったままですと、ルールメイキングの世界には永遠に踏み出せません。
本書は、法律をイノベーションの「制約」ではなく「余白」として捉え直すことを提案しています。アーキテクチャ(設計構造)とコモンズ(共有地)を軸に、音楽・二次創作・金融・家族といった多彩な領域でリーガルデザインの可能性を描き出していきます。法務の仕事を何年も続ける中で無意識に刷り込まれてしまう「法は所与の制約」という前提を揺さぶってリセットしてくれる、すべての出発点になる一冊です。
STEP 2|ルールメイキングのフレームワークを知る
馬田隆明『未来を実装する── テクノロジーで社会を変革する4つの原則』(英治出版、2021年)
STEP 1でルールは変えられるのだ、と思えるようになったとして、では実際にルールを変えるとなると長い道のりになります。技術的には可能な新しいサービスが、なぜすぐには社会に広まらないのか。壁は法規制だけなのか。実はそうではありません。
本書は、テクノロジーの社会実装を成功させるための4つの切り口として「インパクト」「リスク」「ガバナンス」「センスメイキング」を提示し、豊富な事例を通じてこのフレームワークを検証しています。ロビイングに特化した本ではありません。だからこそ、法改正やガイドライン策定が「社会実装」というより大きなプロセスの中のどこに位置づけられるのかを俯瞰できるようになります。目の前の壁を突破するだけでなく、その先を見渡すための地図のような一冊です。
STEP 3|政策形成プロセスの基本構造を理解する
西川貴清『現場から社会を動かす政策入門── どのように政策はつくられるのか、どうすれば変わるのか』(英治出版、2024年)
法務パーソンであれば、法令の読み方や適用には慣れています。しかし「その法令がどのようなプロセスで生まれ、どうすれば変わるのか」となると、急に解像度が下がるのではないでしょうか。
著者の西川貴清氏は厚生労働省で9年間勤務したのち退官し、政策コンサルティングに転じた方。七つの政策ツール、官僚の得意分野と限界、政治家の三つの立場、省庁ごとのスタンスの違いなど、政策形成の構造を実務的に解説してくれます。タイトルにある「現場から」がポイントで、政策学の教科書ではなく、霞が関の外にいる企業人が政策にどうアクセスすればよいかの作法と最低限の知識を教えてくれます。
STEP 4|日本での実践例を引きながら、具体的アクションを体系的に学ぶ
日本組織内弁護士協会監修『企業法務のための規制対応&ルールメイキング── ビジネスを前に進める交渉手法と実例』(ぎょうせい、2022年)
官澤康平ほか『ルールメイキングの戦略と実務』(商事法務、2021年)
STEP 3までで、マインドセット・フレームワーク・政策形成の基礎知識が揃ったら、「で、具体的に何をどうやればいいのか」です。この2冊は実践マニュアルとしてセットで手元に置いておきたいところです。
前者はJILA(日本組織内弁護士協会)監修だけあって、まさに「企業法務の中の人」の目線。ノーアクションレター・グレーゾーン解消制度・パブリックコメントのような「ルールの枠内で行政を動かす」手法から、規制改革推進会議・プロジェクト型サンドボックス・新事業特例制度のような「ルールそのものを変える」手法まで網羅的に解説。その上で、電動キックボード・SMS債権譲渡・P2P保険型新規事業・クラウドファンディング・オンライン診療解禁等の実例へと落とし込みます。
後者は法律事務所ZeLoの弁護士陣による著作で、「戦略設計」の面に厚みがあります。住宅宿泊事業法・eスポーツと景表法・ネット選挙・仮想通貨のICO・医薬品ネット販売などの事例を交えてルールメイキングの基礎・方法・実例を体系的に整理した上で、今後の裁判を通じたルールメイキングやソフトローの活用まで射程を広げています。
前者が「使える制度ラインナップ紹介と使い方の実例」に寄せた本で、後者は「どの制度をどの順序で使うか、活動全体の設計方法」に寄せた本。双方を読み比べると、ルールメイキングの全体像がかなり立体的に見えてきます。
STEP 5|ロビイングの現場感を追体験する
渡辺弘美『テックラッシュ戦記── Amazonロビイストが日本を動かした方法』(中央公論新社、2024年)
STEP 4までの本が「教科書」だとすれば、本書は「ロビイングの現場を追体験するOJT教材」です。
著者の渡辺弘美氏は、経済産業省を退官後にアマゾンジャパンの公共政策責任者を務めた方。世界的にテック企業への風当たりが強まる「テックラッシュ」の逆風の中で、日本市場におけるアマゾンの事業環境をどう整えていったのか。本書のおよそ半分を占める第4章で、著者が主導的に関与した8つのロビイング事例の内幕が語られます。
STEP2〜4で学んだ考え方・制度・知識が現場でどう活用でき、どこで壁にぶつかりがちなのか。当事者だからこそ書ける生々しさがあります。
ルールメイキングの仕事に興味はなくても、知るだけでも価値がある
マインドセットの転換から始まり、フレームワーク、政策形成プロセス、具体的手法、そして現場の追体験へ。この5ステップをたどると、ルールメイキングという仕事の輪郭がかなり鮮明に見えてくるのではないかと思います。
10年前、私が法務からロビイストへの転身を志した頃に比べれば、今はこれだけの書籍が揃っています。「何から始めればいいのか分からない」という不安は、これらの本が相当程度解消してくれるはずです。
もしあなたがルールメイキング・ロビイングという仕事に興味がなくとも、法務の仕事の延長線にはこんな道もあると知る価値は、多少なりともあると思います。キャリアに少しでも閉塞感を覚えている方がいたら、まずはSTEP 1の『法のデザイン』を手に取ってみてください。
ルールを守るだけでなく、よりよいルールをゼロベースで発想する立場からビジネスも捉えなおす。これまでの思考習慣やクセにちょっと変化を加えてみる。そのことが、これまで法務として地道に積み重ねた仕事とキャリアから、新たな意義を再発見するきっかけにもなると思います。






































