企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

_知的財産法務

【本】キャラクター戦略と商品化権 ― 商品化権はコンテンツ知的財産権の総合芸術

 
TBSが1963年に放送した「エイトマン」がアメリカのテレビ局に買われることになった際、その契約書の原案にMerchandising Rightsという言葉があり、この経験をもとに「スーパージェッター」のキャラクターをTBSが国内玩具メーカーに対してライセンスする際にはじめて使われたのが、日本における「商品化権」のはじまりである。

と、そんなエピソードの紹介から始まる、とても興味深い本をご紹介します。





電気通信、放送、広告、そしてウェブサービスに携わる中で、ある程度はコンテンツの知的財産権というものについて理解も実践もしてきたつもりが、今の業界で著作権や商標権の本当の奥深さを知り、最近ではこれまでほぼ未体験ゾーンだった意匠権との関わりまで考えなくてはならなくなって、己の勉強不足を痛感しております。そのコンテンツの知的財産権の中でも、総合芸術とも言うべきものが、キャラクターの商品化権だと思います。

商品化権とは、基本的に契約により権利者に設定される権利であって、法定されているものではありません。そして本書の著者は、その権利の曖昧さから生まれている紛争の多さに鑑みて、商品化権を法令で定めるべきと主張しています。一方で、現時点でも実定法や判例で認められた権利が何もないわけではありません。この本で観点として取り上げているものだけでも
・著作権
・商標権
・意匠権
・不正競争防止法
・パブリシティ権
そして、これらを束ねる一般法としての民法(不法行為法・契約法)の存在を挙げることができます。

「キャラクターの商品化だったら、著作権の許諾だけで十分なんじゃないの?」という声もあるでしょう。しかし、たとえば
  • キャラクターの絵(平面)からぬいぐるみ(立体)を作ったときに、著作権法第27条の規定する「変形」がこれをカバーしうるのか、それは意匠法のみがカバーしうるのでは、という論点(P121ー128)
  • あるキャラクターを想起させる文字列や図柄を商標として登録した権利者に対して、そのキャラクターの著作権者が対抗しうるのか、という論点(P270ー277)
などの例を見てもわかるように、著作権の処理だけでは、キャラクターの商品化を安心して行えるとは必ずしも言えなさそうだ、ということが分かるのではないでしょうか。

様々な法令の使える部分を武器にしつつも、その法令と法令の間に存在するスキマを契約で埋めて“編んで紡いで”いく。法務パーソンとして商品化権を扱うとき、そんな作業が楽しくもあり、実に難しくもあるわけです。本書は、このようなスキマに生じた紛争判例を数多く取り上げながら、どのような視点で商品化権を契約によって構成すべきかを教えてくれる、他に類を見ない本となっています。


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ご紹介の最後に、法令のスキマの埋め方、契約の編み方・紡ぎ方についての貴重な示唆がなされている部分をご紹介させていただきたいと思います。これは、私自身Evernoteに入れて「家訓」にしているものです。

漫画キャラクターの商品化のための使用許諾をするに際して必要な基本的条件について、ウォルト・ディズニー・プロダクションではどのように考えているかについて、同社のフランクリン・ワルドハイム氏の論文から紹介しよう。これは1964年の論文であるから、今日では多少事情が変わっているかも知れないが、基本的条件は現在でも十分通用するものである。
  1. 使用されるキャラクターと使用される物品とを具体的に特定すること。
  2. 場合によっては、異なる製造者が同じ物品を異なった価格で製造することを認めること。けだし、価格の異なる物品が同一市場で、競って売られることはないからである。ただし、その物品が、ある一定の価格で売られなければならないという取り決めを契約でしてはならない。けだし、このような価格の固定は独占禁止法に違反するからである。
  3. 物品が製造され販売される地域を特定すること。――使用権者の中には、生産コストの安い国で製造させ用途する者がいるが、これはその外国の製造者がその注文主である使用権者だけに売ることを誓約させる条件のあるときに限って認められる。したがって、使用権者の仕様権が契約期間の満了などで消滅した時は、そのキャラクターの商品化に使われた金型や仕掛品をすべて破棄させなければならない。
  4. 使用の有効期間および更新するための期限について定めること。
  5. 使用料について定めること。――この使用料は前払い制であること。
  6. キャラクター使用権とは、そのキャラクターを、被許諾者に与えられたままのデザインを、外観を変更せずに複製(reproduce)する権利をいう。
  7. そのキャラクターに関するすべてのもの(物品・包装紙・容器・広告など)の製造は、許諾者による承諾が必要であること。――これは、キャラクターの完全性を保つために必要である。
  8. 使用権者が製造するキャラクター入りの物品デザインは、できれば許諾者にまかされ、許諾者が創作したデザインに要した費用は、使用権者によって支払われること。
  9. キャラクターが使用される物品の種類・品質・価格などの必要事項を、許諾者に定期的に報告させること。
  10. キャラクターについての著作権・商標権などのいかなる権利も、使用権者に譲渡されるものではないこと。
  11. キャラクターに関する全商品には、正当な著作権表示を付すること。
  12. 使用権者は、許諾者の承諾があるならば、商品が販売される地域内で、キャラクターを使用した商品を陳列、宣伝することができる。――この場合、許諾者にとって注意しなければならないのは、キャラクターとその制作者がつくり出した公のイメージを傷つけるような広告が使われないようにすることである。
  13. 使用権者は、許諾者の承諾がない限り、キャラクターを使用した商品をラジオ・テレビ・広告掲示板などで宣伝してはならない。使用権者が無制限に宣伝するときは、ラジオ・テレビ番組の評価に悪影響を及ぼすことにもなる。
  14. 使用権者は、製造販売した物品が他人の特許権等を侵害した場合に、許諾者に全く迷惑を与えないようにしなければならない。
  15. 使用権者が、その物品の製造販売ができなくなり、契約が有効に履行されないときは、許諾者はその契約を解除することができる。
  16. 契約の有効期間満了後もなお使用権者の工場や倉庫に物品が残存しているときは、すべて許諾者において処分する権限をもつことがよい。――これは、使用権者が期間満了後に投げ売りすることを防止することになる。
  17. 使用許諾権は、譲渡されてはならないようにすべきである。
  18. 契約上の一つの重要な問題は、使用権者は通常、一つの物品についてはそのキャラクターの使用の独占権を欲する。したがって、許諾者としては、同一の物品に同一のキャラクターを複数の者に許諾して競争させることは望まない。――しかし、契約上は、独占的な許諾の条件は与えない。その理由の一つは、物品の領域を正確に決定することは難しいからである。一つの物品が、別の物品の機能を備えた新しい物品(例、鉛筆に対し電灯付鉛筆)の例はいつもある。しかし、このような物品の重要性はどちらの許諾者にとっても重要な問題にはならないだろう。理由の他の一つは、使用権者が、一般大衆がそのキャラクターを使用した物品を強く要求しているのに、その要求を満たすことの出来ない場合に対処しなければならないことがあるからである。

連続的に変化していくオンラインコンテンツのマルシーマーク表示における発行年はどう表記すればいいか


万国著作権条約により、無方式主義を採用している国の著作物であっても、©(マルシーマーク、英語ではthe letter C enclosed within a circle)表示をすることで、方式主義の国においても自動的に保護が受けられるようになっているのは、多くの方がご存知かと思います。


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過去、アメリカ等いくつかの国が方式主義にこだわり、無方式主義を原則とするベルヌ条約に加盟をしなかったため、それらの方式主義国において万国著作権条約に基づく保護を受けるためにも©表記は必須とされていました。ところが、そのアメリカが1989年にベルヌ条約に加盟したたため、©表示がない日本の著作物も同条約によりアメリカで保護されることになりました。こうなると、いまや方式主義を採用する国はラオスぐらいしかないこともあって、もはや©表示に法的には意味がないとも言われています(この点については後述)。・・・とは言いながら、実際は©表示をしているコンテンツがほとんどではないでしょうか?

そこで今日取り上げたいのが、オンラインコンテンツにおけるマルシーマークの表記方法についてです。

万国著作権条約に定められた©表示の要件とその問題点


万国著作権条約第3条によれば、©表示の要件として、
・著作権者の名
・最初の発行の年
とともに「©」の記号を表示することが必要とされています。そして、「©」の記号、著作権者の名及び最初の発行の年は、著作権の保護が要求されていることが明らかになるような適当な方法でかつ適当な場所に掲げる必要がある、とあります。

ここで問題になるのが、連続的に変化する著作物の©表示の発行年の書き方です。なぜなら、書籍・CD(レコード)など、著作物を物に固定することが前提であった時代は終わり、いまどきのウェブサービスやスマホアプリは、オンラインでコンテンツの追加・更新・バージョンアップを繰り返し、継続的に運営していくコンテンツに変化してきているからです。もちろん、文章の著作物や音楽著作物であっても改版やリミックス版といったコンテンツのバージョンアップはあるわけですが、オンラインコンテンツにおける頻度・量・差分の大きさは、その比ではありません。

そういう連続的に変化していくことが前提となるオンラインコンテンツの©表記において、最初の発行の年“だけ”を表記するのもどうなのだろう?と思ったわけです。

発行年を幅表記する


いっそ、年表示は抜いてしまうのがいいのではないか、とも考えました。事実、オンラインコンテンツを見ていると、年表示をしない©表示を多数見かけます。しかしながら、前述のとおり条約の条文にははっきりと「最初の発行の年」が表示要件として書かれているわけです。これを無視するわけにもいかず、はて、どうしたものか・・・と悩んだ私の結論はこれ。

© 2005-2014 ABC, Inc.
Copyright © 2005-2014 ABC, Inc. All rights reserved.

条約上は上の記載例のみでOKなのですが、一般的には下の表記が多用されているので一応。

幅表記は不適切という意見への反論


ネット上の記事では、“2005-2014”のような発行年表記は間違いとか、年表記は無くてもよいのであるとしているものも多くあります。しかし、条約には「最初の発行年」が書いてあることが要件とされている以上、むしろ発行年を何も書かないことの方が問題であるし、一方で“-2014”のように最新の発行年(更新年)を付記したからといって無効となるわけではない(-2014を表示してはならないわけではない)、と私は考えています。

もちろん、実際に発行年が問題となるような紛争になれば、©表記された発行年如何にかかわらず、その連続的に変化した過程のコンテンツ1つ1つごとに正確な発行年を立証しながら争うことになるのでしょう。しかし、「-2014」を付記したからといって無効となるわけではないというこの考えが正しいと仮定すれば、連続的に変化する著作物においては、©表記の発行年は幅表記をし、その最古年だけではなく最新年もあわせて発行年として「主張」しやすくなる余地を残しておくべきではないかと思います。最古年表記がないと、「ウチの方が先に著作してたぜ、パクったのはそっちだろこの野郎」と言い難くなりますし、一方で最新年表記がないと、死後または公表から50年という著作権の保護期間をフルにenjoyしようというシチュエーションで不利になりかねません。少なくとも、このような発行年の幅表記をもって「主張」することについて、利はあっても害はないものと考えます。

なお、世の中の事例を見てみますとみなさん迷っていらっしゃるご様子。大手ネットサービス企業は最新年・現在年である2014年表示が多いものの、年表示せずに©と権利者名だけ書いている例もかなりあります(ちなみに裁判所サイトは最初の発行年である2005年を表示していました)。一方、私が携わっているエンタテインメントよりのオンラインサービスのご同業で、知的財産権に強いと定評のある企業さまは、軒並み発行年の幅表記を採用していました。連続的に変化していくコンテンツの著作権を、スナップショット的に捉えるか、ストック的に捉えるかという考え方の違いも反映されているのかもしれません。

©表示にこだわる価値・意味自体がもはや無い、という言説について


上述のとおり、「©表示をしなくてもほとんどの国で保護されるのだから、©表示自体にもはや意味が無い」という言説もよく目にするわけですが、本ブログでも近々ご紹介しようと思っている『よくわかる音楽著作権ビジネス 基礎編』P167に、こんな記載がありましたので、ご紹介まで。




1989年にアメリカがベルヌ条約に加盟したことによって、©表示がアメリカで保護されることについてまったく意味を持たなくなったと考えるのは早計である。アメリカ著作権法には、「善意の侵害者(innocent infringers)」という言葉が出てくる。これは著作権表示に関する条文に登場するのだが、か簡単にいえば、著作権に著作権表示がなされていないことから、その著作物がパブリックドメインだと信じ、善意でその著作権を侵害した者をいう。方式主義国のアメリカならではの規定である。
この善意の侵害をした場合、もしも著作物に©表示がなければ、侵害者が善意でやったことであり、無過失であることを立証できれば善意の著作権侵害ということになる。(略)
では、著作物に©表示があった場合どうなるのか。この場合、侵害者は「パブリックドメインであると思った」「権利が生きているとは知らなかった」などと言い逃れはできない。なにしろ、はっきり第一発行年と著作権者名が表示されているのだから。したがって、アメリカ著作権法は原則として侵害者に善意の侵害を認めないこととしている。
以上のことから、アメリカがベルヌ条約に加盟した後でも©表示は必要であることは、一目瞭然だろう。

 

自炊代行と複製主体性(または代行者性)


NBL1015は取り上げるべき話題が盛りだくさんではあるのですが、「自炊代行事件(東京地判平成25・9・30、同平成25・10・30)における複製主体の判断について」と題する池村聡先生の判例評釈については、ぜひ個人的にも支援したく、一部紹介とコメントをさせていただきたいと思います。

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本件判決は、利用者の複製主体性を明確に否定している。しかしながら、利用者の複製主体性を判断するに際しては、利用者が複製の対象となる著作物を購入・指示していることや、裁断やOCR処理の有無、複製物の納品方法を支持していること等をどう評価するか(略)という視点からの検討も必要であると思われるところ、本件判決においては、かかる視点が欠けているように思われる。
さらに本件判決は、書籍の裁断やスキャン、スキャン後の点検等の作業を利用者自身が行うことは、設備の費用負担や労力・技術の面で困難を伴うことを自炊代行業者の主体性を肯定する事情として考慮しているが、自炊は裁断機やスキャナー、パソコンという誰でも入手が容易な機器で実現することが可能な行為であることに鑑みると、たとえば同様の考慮をしたMYUTA事件(東京地判平成19・5・25判時1979号100頁)と比しても困難さの程度には大きな差があり、この点においても説得力に乏しいように思われる。
行為主体性が争点となる事案において、「枢要な行為か否か」というきわめて抽象的な基準(?)が活用されることは、予測可能性の点からも望ましいものではなく、(略)控訴審では、社会的、経済的側面を含めた総合的な観察の下で、より丁寧な検討が行われるとともに、同種事案において参考となる基準や考慮要素等が明らかにされることが強く望まれる。

裁判所が今回使った「枢要な行為」なるマジックワードに対する批判だけで終わらせず、複製主体の評価という観点について深堀りされているところは、是非控訴審の裁判官のみなさまも熟読していただければと。

池村先生による指摘の無かった点で、「利用者の複製主体性」(=「自炊代行業者の代行者性」)を強化するポイントがあるとすれば、合法な自炊代行業者は、利用者が自ら書籍に書き込んだ書き込みを含めて、利用者が引き渡した書籍を1冊1冊スキャンして利用者にファイルとして納品し返しているという点でしょう。書籍にもともと印刷されている文章や図は、もちろん著者の著作物です。しかし、それは紙に固定されて書籍となって利用者に引き渡され、利用者の所有物となります。利用者は、著者の文章や図を読みながら、その書籍の所有者として堂々と、共感とともに何度も線を引いたり、気になる頁をドッグイヤーしたり、疑問に思う箇所に印をつけたり、本人にしか価値を持たない(一方で本人にとっては大きな意味のある)コメントを余白に加えていきます。こうしてできあがった利用者の所有物としての加工入り書籍は、レッシグ的な意味で“REMIX”されたプロパティとも言えるでしょう。そして、その「REMIXが施された利用者だけの書籍」を1冊1冊スキャンしているのが、自炊“代行”者なのです。

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さて、控訴審に向けて私が不安に思うのは、自炊の作業を自分でやったこともなく、自炊した書籍をタブレットで使ったこともない(もしかするとタブレットというものに触ったことすらない)裁判官がいるとすれば、こういった議論にリテラシーレベルのレイヤーでついていけず、その結果、そもそもなぜ代行が社会的に必要とされているのか、原告がいうようなリスクが果たして本当に脅威と言えるほどのものなのかについても、正しい評価が下せないのではないか、という点ですね。

裁判官のみなさまには、是非、タブレットと自炊を体験していただきたいものです。なんだったら、裁判の途中で自炊(代行)の実演とか、裁判官に体験してもらったりできないものでしょうか?
 

【本】第2版 インターネット新時代の法律実務Q&A ― タイムリーなアップデートがありがたい

以前ご紹介した『インターネット新時代の法律実務Q&A』の第2版が出ていました。時事ネタ中心の本だけに、1年でちゃんとアップデートされるのはうれしいですね。





初版とページ数はほとんど変わらず、構成上の変更も、第3章としてビッグデータ・ライフログ・マイナンバーの話題を独立させ、もともと独立していたドメインネームの章を9章に統合した点のみのようですが、スマホ・電子書籍・オンラインゲーム・ドメインネーム・ネット選挙・子どもとネット・・・といった時事の一つ一つについて、途中挟まれたコラムを含め最新の情報に更新されています。

この本の初版に対しては、値段の割に情報量が少ない・法律的な掘り下げが足りないのではという批評も多かったように記憶しています。確かに、Q&A形式という本の構成の限界もあり、そういった深みを求める方には向いていないかもしれません。しかし、法律論として興味深いか否かの前に、実務上よく相談されるがはっきりとした答えがなく現場にどう回答すべきか悩んでしまうエアポケット的な話題が網羅されているのは、やはりIT企業のインハウスローヤーが集まって書かれただけのことはある、と私は思います。

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年明けに出された消費者庁1/9コンプガチャQ&Aの“謎”も指摘。
これは業界通の仕事ですね。


この機会に改めて全ページ読みなおしてみると、初版と出会った1年前には咀嚼しきれていなかった実務的なポイントへの言及のありがたみが、この1年の経験を踏まえて身に沁みて理解できます。特にIT×エンタメ領域に居る私としては、オンラインゲームや子どもとネットの問題などは、これだけ具体的かつ的確に言及されている書籍が少ないだけに貴重な情報源。特に、未成年者が親のカードを使って決済した際の責任論など、実際にユーザーと紛争になっているウェブサービス事業者さんも多いと思われますが、企業側の法的理論武装の参考書としては、数あるIT法務本の中でこの本が一番なんじゃないかと思います。
 

【本】著作権法逐条講義 六訂新版 ― 同じ逐条解説ならあえて公式見解を選ぶ



7年ぶりに加戸守行著『著作権法逐条講義』が帰ってきました。9月には発売されていたようです。なんで誰も教えてくれないんだろうと文句を口にしたら,「それがあなたのブログの仕事でしょ」って言われました…。

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私が法務部門に配属されて初めてこの書の四訂版に出会ったときはえんじ色の装丁,06年の青色五訂版は恥ずかしながら買うタイミングを逸して買わずじまいにおりまして,今回久しぶりに購入した緑色六訂新版は厚さ約23cm,頁数にして1070ページにもなっています。

まねきTV&ロクラク2の二転三転,フェアユース規定導入議論におけるゴタゴタ,そして直近では必殺のマジックワード「枢要な行為」が多様された自炊代行違法判決と,著作権法の硬直的な条文適用ぶりをみるにつけどんどんこの分野の興味が薄れて白けモードになっている私。しかし法治国家に居てそこでゴハンを食べさせて貰っている以上は,仕事上その条文解釈とお付き合いせねばなりません。そういった硬直的な適用と割り切ったお付き合いをするという視点で選ぶなら,いくつか存在する同じコンメンタール形式の本でも,加戸先生の後輩にあたる歴代の文科省著作権法担当者が改訂作業を重ね事実上の公式見解書となっているこの本とあえてお付き合いするのが一番なのではないか,と思います。

そんな加戸先生も3年前に公職を離れられたということで,色々といいたいことを言える立場になられたとのこと。あとがきにもありますが,シェーン事件最高裁判決に対する反論を数頁にわたり堂々展開されているのは,ひとつの見所と言えましょう。

著作権法逐条講義 〈六訂新版〉
加戸 守行
著作権情報センター
2013-08-28


 

【本】インターネットの法律問題 理論と実務 ― うつろいやすいネット法務の世界に“昔話”が杭を打つ

 
奥付によれば9/13発行,しかし本日現在Amazonでは品切れが続き,大型書店への入荷も少なく,入手困難となっているらしい『インターネットの法律問題』を運良くゲット。





労働法でいえば濱口桂一郎先生の本がそうですが,広大かつ法改正の頻度が激しい法律分野を深く有機的に理解するには,「なぜそれらの法が必要とされ、成立したのか」という背景・ストーリーとしての“昔話”を知ることが,その手助けとなると思います。この本はおそらく全著者がそれを意識しており,法案成立→改正の歴史をたどるところから解説がなされています。これは裏を返せば,「新しい法分野」であったネット関連法も,ようやく振り返り語れるだけの歴史が積み重ねられてきたということでもあるでしょう。そういった歴史をストーリーで辿る部分が多いせいもあってか,各章の執筆者が各論について自説を展開する要素はかなり少なめに抑えられています。

(関啓一郎先生担当の2〜3章を除き)本文中図表は少なく,紙面いっぱいに文字が詰まっている印象を受けるかもしれません。かといってその分野の論点を理解するのに最低限必要なキーワード,参考文献,行政ガイドライン等は丁寧に紹介されているので,消化不良感はありません。

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そんな概説書といった趣の強い本書の中でも私が強い個性を感じたのが,第7章の産業財産権の章です。インターネットビジネスにおける産業財産権の分野では,よく紛争となる商標・ドメインネームの問題については多くが語られてきた一方で,特許権の話になると企業間の紛争事例が日本では少ないこともあってか,結局「ソフトウェア特許」の話に終始して尻すぼみに終わる本ばかり。そんな中でこの本は,ネットビジネス関連特許出願時の請求項の立て方が実施においてどう影響するかや,域外実施への対抗の難しさといった特許の現実問題について言及されており,隠れた見どころになっているかと思います。自分が今ネットビジネスの特許を集中的に勉強しているということもあってアンテナが立ってしまったところもありますが。

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ソーシャルメディア時代の個人情報保護Q&A』『良いウェブサービスを支える「利用規約」の作り方』など,どちらかというと今話題・注目の論点にフォーカスして論じる書が続々刊行されてきたネット法務本の世界にあって,揺るぎない基礎を作るために深く杭を打ってくれる本が出た,といった感じがします。
 

2014.10.25 
推薦本のリンクを一部削除しました。
 

【本】ブランド管理の法実務 ― 論も実務も


これまたすごい良書。

意匠法・著作権法・不正競争防止法・商法由来の商号権を含めた「ブランド」に関する権利をどう保護するかという広い視野に立ちながら、あくまでもそのブランド保護の中心的役割を担う商標の実務を解説するところにフォーカス。理論は最小限に、一方で調査登録→権利行使→侵害対応までの実務をはあますところなくマニュアルレベルで記述している本。


ブランド管理の法実務ブランド管理の法実務 [単行本]
著者:明石 一秀
出版:三協法規出版
(2013-07-15)



図形商標調査の方法までも解説


「実務」を語るんだったら、IPDLを使った文字・称呼調査の方法について書いてあるのは当たり前。そのレベルであれば、ブログにまとめていらっしゃる方もいますし、ビジネスロー・ジャーナルさんあたりも得意とするところですが、この本はそれにとどまりません。これまで誰も解説してくれなかった・したがらなかった(できなかった?)図形商標調査の方法について、具体的に記述されているのです。

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現実にはIPDLで図形商標調査をするのは限界がある(有料データベースがどうしても必要)とも言われますが、この領域のノウハウを文字にしたものが極めて限られていたただけに、ついにここまできたかと驚いてしまいました。

侵害通知書・和解書のサンプルもある


ブランド侵害が発生すると、商標の調査・登録は弁理士にお願いするにもかかわらず、紛争となると弁護士の領域になるということもあって、このあたりを両睨みしながら侵害対応実務について解説してくれる人があまりいないのですが、それもやってくれています。

一番わかり易いサンプルがこの通知書の例。さらには和解契約書のサンプルもありますし、それで済まずにに紛争がエスカレートした際の仮処分命令申立、訴訟、ドメイン名紛争処理手続までをも一気通貫にカバー。

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・商品・サービスからブランドを産み育てる企業法務
・調査登録実務を担う弁理士
・侵害に対応する弁護士
この3者の狭間にあったエアポケットが、この本によってかなり埋められた感じがします。

なおこのご紹介の冒頭で「理論は最小限」と書きましたが、決して端折っている感はありません。むしろ、幅広い商標理論も突き詰めればこんなにコンパクトに記述できるのかと驚かされるほどで、理論の正確さを大事にしたい読者層も十分満足できる筆致となっています。動き/ホログラム/色彩/位置/トレードドレス/音/香り匂い/触覚/味といった最新の商標の方向性についても触れられています。この分野で現実に審査基準や法令の改正が行われた際には、本書も改訂されることを期待しています

実務家必携の一冊と言えるでしょう。
 

【本】新 商標教室 ― あの名著の「基礎編」が「上級編」にレベルアップしました

 
弁護士会館ブックセンター出版部 LABOの渡邊さまより、以前このブログでもご紹介した商標実務の名著『商標教室』が出版社もあらたに新版となってリリースされるとのご連絡を頂戴し、ご好意によりご恵贈いただきました。ありがとうございます。

 
新 商標教室新 商標教室 [単行本]
著者:小谷 武
出版:LABO
(2013-05)


頂いて、読んでみてびっくり。事前のご連絡では『商標教室 基礎編』のアップデートと聞いていたのに、別モノの本になってました。そのわかりやすい証拠がこのページ数の圧倒的な差。旧版が(商標法の条文抜粋部を除き実質)150ページなのに対して、新版は450ページと3倍になっています。

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では旧版と新版では何が変わり、その増えた300ページに何が書かれているのでしょうか?この点、旧版のよいところである、法律の建て付けに左右されない章立てと、セミナー講義を聞いているかのような読みやすい筆致はそのまま残っています。しかし、あきらかに変わったのは“レベル”です。説明をあえて基礎レベルにとどめていた前作とはうってかわって、著者小谷先生の頭の中の“ノウハウ”が遠慮無くつめこまれただけでなく、先生が長年の商標実務の中で鬱積させてきた特許庁の「机上の審査」のクセに対する“ツッコミ“がすべてぶちまけられているかのような本になっているのです。


“ノウハウ”とは例えばどんなものか。たくさんありすぎてどこをご紹介すべきか迷いますが、旧版に無かった中で「おおー」と唸ったのがこれ。

筆者は30年以上にわたって特許庁の審決例を集めてきました。その結果、商標の類否が問題になるケースに、以下のようなパターンがあることに気がつきました。
これらの大半は、商標中の核となる語に、形容詞的に他の語が結合していて、その後が商品や役務の内容を記述しているような場合ということができます。
(中略)
【類似のパターン】
(1)愛称
(2)1音有無の相違
(3)IT用語
(4)大きさ
(5)外国語
(6)普通名称を含む商標の称呼
(7)語順の相違
(8)色彩
(9)商号的商標
(10)称呼同一で非類似の商標
(11)書体の相違・二段書きの商標
(12)数字
(13)人名や性別・子供を表す商標
(14)地名を含む商標
(15)定冠詞
(16)長い称呼
(17)2音相違
(18)派生語
(19)連音
(20)ローマ字1文字・2文字・3文字
(21)ハイフン・スラッシュ・中黒・コロン記号
(22)その他のキーワード
(23)図形商標

日頃商標の類似判断に悩まれている方であれば、このパターンリストを見ただけでうんうんそうそういつもこの辺りで迷うんですよね〜と共感されるんじゃないでしょうか。この後これら一つ一つの項目について40ページに渡って、以下のように表形式で実際の審判事例(これは「(6)普通名称を含む商標の称呼」の審判事例ですね)をリストアップしながら、類否の見極め方の解説が加えられています。この部分だけでも、3万円のセミナーを受講するぐらいの価値はあるでしょう。ちなみに、このあたりの参考データは、先生が所属されている不二マークス・ジャパンのウェブサイト 審決データファイル のコーナーにもまとめられていて便利です。


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“ノウハウ”の公開はこれにとどまりません。審査基準の理解に必要となる、しかしながら普通の商標法本ではほとんど正面から解説されることのない「類似群コード」「他類間類似」「備考類似」についても、旧版にはなかった説明が加えられています。例えば、スマートフォンという商品の商標審査基準上のクラスは「第9類 電気通信機械器具」になるところまではわかると思いますが、類似商品コードとして「11B01」も割り当てられています。この番号は何か・なぜクラスと違う数字になるのか・どのように審査に使われるのか、という話です。

現在付けられている類似群コードの基礎は、1992年(平成4年)3月31日まで使用されていた旧日本商品分類にあります。
類似群コードの基礎となる旧日本分類の中心は用途販売店主義、つまり商品の用途や販売店が共通するものが類似商品として判断されています。これに対して1992年(平成4年)4月からの国際分類は、主に原材料主義や機能又は用途主義、つまり商品の原材料が皮革製品か、金属製品か、布製品かのような基準や、商品の機能や用途の共通性で分類されているため、旧分類では同じ商品であっても、国際分類に置き換えた場合、異なるクラスに分類される商品がたくさん出ることになりました。ただし、クラスは違っていても類似群コードは現在も変わりませんので、いずれも類似商品と扱われることになります。このように、異なるクラスの商品が類似商品と判断されることを「他類間類似」といいます。


・・・と、この辺でストップがかかっていれば中級編へのパワーアップで良かったね!で済んだのですが、この本を上級編にまでレベルアップ「させてしまった」のは、先生のあまりの経験の豊富さによって、特許庁の審査基準の揺れや甘さが暴かれてしまっている点にあります。それが増ページ要素のもう1つである“ツッコミ”のパートです。たとえば、識別性の論点について、コンデナスト社の雑誌『GQ』とソウル・ミュージックを聴かせる飲食店「CAFE GQ GINZA」の裁判を取り上げて、こう述べます。

商標審査基準ではローマ字2文字は識別性がなく登録できないので、識別性を欠く商標を使用することは問題ないように説明してきましたが、そうも言ってられない判決が出ています。GQ事件(東京高裁平14.4.24、平13(ラ)1814、判例時報1807号137頁)です。
東京高裁は、<<GQ」の文字に書体上の特徴は認められるが、需要者がみた場合、基本的に「G」と「Q」を表すと理解するにとどまり、このような認識を上回るほどの外観上の特徴を見出すことはできない。そこで、両商標を比較すると、両者は「ジーキュー」の称呼が同一で、観念、外観において、両社の類似性を否定する要素も見出だせないので、両商標は全体として類似する。>>と判断しました。
東京高裁の決定理由を正確に理解することは困難ですが、やはり「GQ」の文字自体に権利があるといっているように理解する以外にありません。特許庁のプラクティスでは、共通するローマ字2文字の商標で、外観デザインの異なる商標が多数並存登録されていますので、銀座GQ店商標を出願した場合、C社商標と並存登録される可能性が十分にあることになります。

新版ではこのように、特許庁の審査基準では説明し得ない審決例・裁判例を紹介しながら、現実の商標審査の通過可能性を読む難しさや問題点を語るパートが、旧版に比べて圧倒的に増えているのです。


以上の結果、「基礎編」だった旧版の中身もすべて入っているにもかかわらず、「上級編」にまで一気にパワーアップしてしまった感のあるこの『新商標教室』。旧版を読んだ方にとっては、この新版で知識を深められるのは朗報であり知的好奇心をくすぐられるものに違いありません。その一方で、読んでないand/or初級者の方は、いきなりこの本を読むと基礎部分と上級部分が切り分けられず混乱する可能性もあります(かくいう私も、実は混乱してますのでまだまだ初級者なのかもしれません…)。用法・用量に気をつけて、読んでみてください。
 

【本】デジタルコンテンツ法制 ― 企業法務マンは宝の地図を手に入れた!

 
家の積読の山の中に1年近く紛れてしまっていたのがこの本。なぜ今、その積読の山からこれを取り出したかといえば、著者のお一人である増田雅史先生ご本人にお会いする機会に恵まれたからなんですね。


デジタルコンテンツ法制デジタルコンテンツ法制 [単行本]
著者:増田雅史・生貝直人
出版:朝日新聞出版
(2012-03-07)


初めてお目にかかった席で先生自ら私にこの本をご恵贈くださろうと差し出され、瞬間黙って受け取ってお茶を濁そうかとも思ったのですが、根が正直な私は「実はすでに購入済みなのですが、まだ読めていないんです・・・。」とご本人を前に告白(恥)。その節は大変失礼しました。

さっそく拝読させていただいて、もったいない1年間だったと反省しきり。タイトルからは、イマドキのデジタルコンテンツネタをのべつ幕無しに並べておいしいところだけを法的に論評する時事ネタ本なのかと予想していたのですが、そのまったく逆で、俯瞰の“高度”はあくまで一定に保ちながら、デジタルコンテンツに関わる国内外の法律をすべて見渡して整理してしまおうという野心的な「鳥瞰図」作成へのチャレンジを、見事にやり遂げられている本でした。余白のゆったり感やすっきりとした図表から一見情報量が少ないように見えるのですが、読み進めていくと、どうしてこんなに少ない文字数で網羅的な概説書が書けるのかと不思議な気持ちになります。


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しかも、著作権の基礎→プロバイダ責任法→コンテンツ振興法→知財信託解禁→個人情報保護法→日本版フェアユースの流れ→通信と放送の融合→青少年保護→“場”の提供者の責任とカラオケ法理→NTD・ブロッキング・フィルタリング→ライフログとプライバシー・・・と時系列に沿って、さらにはWIPO新条約/米国DMCA/EU電子商取引指令/3ストライクルール/ACTA/TPP/SOPAといった国際的動向との関係性も解き明かしながら、澱みない物語のようにすらすらと読ませる筆致は見事の一言。

その鳥瞰ぶり・語り口の澱みなさがどのくらい完成度の高いものかは、目次の前に収録されているこの見開き4頁にわたる“デジタルコンテンツ法制年表”をご覧いただければ伝わるんじゃないでしょうか。これはデジタルコンテンツを業として扱う者にとっては宝の地図にも値する貴重な資料だと思います。


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ここ数年、blogやtwitterをはじめとする情報ツールが発展して、法律の時事ネタやキーワードがタイムリーに耳に飛び込んでくるようになりました。しかし、そうした断片的な情報のままでは何の役にも立たないなあという課題感ばかりを感じる今日このごろ。そんな中でこの本を読むと、情報収集の後の一番面倒な整理・意味付けの作業を超頭の良い方々に代わりにやってもらってしまったような、なんだか申し訳ない気持ちになります。学生時代、学期末試験前にあわてて友達から借りたノートを開いたら、仮に自分がその授業にすべて出席していたとしても到達しえなかったであろうわかりやすさでまとめられていて、思わず友達を神と崇めたくなった、そんな気分でしょうか。
 

形を持たないオンラインゲームビジネスと、私の知的財産観

 
スマホ・ウェブを舞台にしたエンターテインメントビジネスの世界に移って8ヶ月が経ちました。今は主にオンラインゲームビジネスに携わりながら、コンテンツビジネスと知的財産についてのこれまでの考えを改めざるを得ない体験・経験をさせてもらっています。この連休も、これまでの仕事を振り返ったり最近の経験を踏まえた新しい本の執筆をしたりしながら、それについて断続的に考えていました。業界の先輩方からすれば何を今さらということかと思いますが、現段階で思っていることを書いてみます。

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オンラインゲームは現実世界と切り離された価値に課金するビジネス


これまでのウェブビジネスの発展と浸透の歴史を課金モデルの観点から分解すると、以下の3段階にわけられるのではと私は考えています。

  1. 現実世界で必要な物の受発注・配送手続をウェブ上で効率的に提供し、物の価値に手数料をのせて課金する(EC、音楽・映像ファイルDL、オンライン証券)
  2. 現実世界を生きるのに役立つ情報をパッケージ化してウェブ上で提供し、情報パッケージの価値交換に手数料をのせて課金する(オークション、メルマガ、SNS)
  3. ウェブ上でのみ存在する世界を運営し、その世界への参加料を課金する(オンラインゲーム)

まだネットでお金を払うことが当たり前ではなかった時代、そこでビジネスを成立させようと思うと、物の価値にサービスの価値を化体させて(物の値段にその手数料を紛れ込ませて)課金するしかありませんでした。しかしそれはまだウェブに親しみのない一般人にも受け入れやすく、Amazonを中心にあっという間になくてはならない存在に成長し、ウェブサービスは便利なもの・お金を払ってもいい対象となりました。

次に、物の流通ではなく情報の流通・交換に対して課金するウェブサービスが台頭してきます。とはいえ情報一つ一つには値段がつけにくいことから、何らかのパッケージに包んで「仮想的な物」として受け渡しされるケースがほとんどであり、そのパッケージに知的財産権という権利をちらつかせつつサービスの価値を化体させて(パッケージの権利の値段にその手数料を紛れ込ませて)、課金しているというのが正確なところ。パッケージのあり方として一番わかりやすいのがまぐまぐのような有料メルマガメディアですが、ヤフオクなども「◯◯という製品を中古で売りたい・買いたい人がどこにいるか」ということを検索できかつ取引を成立させるところまでをパッケージとして情報提供していると考えれば、この分類に入れてよいと思います。SNSも、いまはFacebookをはじめ広告モデルのビジネスにとどまっていますが、いずれ中に居る人をパッケージして情報商材化していくサービスが増えてくるでしょう。昔ながらの人材紹介・結婚紹介・デーティングサービスがまさにそうであるように。

これらと大きく質を異にするのが、3のオンラインゲームです。特に、1・2との決定的な違いとして、現実世界で役立つ「物」や「情報」とは切り離され、完全にウェブ上でしか価値のないアイテムやその世界を味わうプレイ時間に対してお金が支払われているという点です。そこでしか会わない人たちとの間で、手に入れた仮想アイテムの希少さや仮想モンスターとの戦いという経験を純粋に分かち合って楽しんでいます(もちろん、オンラインゲームの中にはカードのビジュアルの美しさを商材にしているものも少なくなく、そのようなゲームは2の情報流通手数料ビジネスと大差がありませんが)。手数料ビジネスではないので、利益率が比較的高いのも特徴と言えます。なお、誤解のないように付言すれば、オンラインゲームは今あたらしく始まったビジネスではありません。私自身が1997年当時にウルティマオンラインにハマっていたように、昔から存在していたビジネスです。1・2の普及があったからこそ(有償のウェブサービスに慣れたからこそ)、3にお金を支払うという行為が一般ユーザーに認知され抵抗なく浸透しはじめた、ということのなのでしょう。

ゲームが提供する価値は「居場所」


さて、今オンラインゲームが普及しマネタイズに成功しつつあるのは、単にウェブサービスにお金を払うということに抵抗がなくなったから、という理由だけなのでしょうか?

昨年から、この疑問に答えようとする「ソシャゲービジネス本」が何冊も出版されていますが、ゲーム業界の先輩であり高校の先輩でもあるしおにく(@sionic4029)さんから教えて頂いたこの本は、「居場所の提供とそれによる心理的価値」という側面からそれを説く、骨太な経済学の学術書です。


人はなぜ形のないものを買うのか人はなぜ形のないものを買うのか [単行本]
著者:野島 美保
出版:エヌティティ出版
(2008-09-29)

インターネット上でも、人々は居場所を求めている。毎日アクセスしてほっとできる場所、様々な人との交流、わくわくする高揚感、現実とは違う人格を作り上げる楽しさ。居場所とは人と人とが集まるコミュニティに、ユーザーの心理的価値がプラスされた状況を指す。「ここに属している」という帰属意識が満足や癒しにつながっている状況である。
このような心理的価値がビジネスの対象として重要になりつつあることを、Pine&Gilmore(1999)は次のように説明している。
「大半の親にとって、子どもをディズニーワールドに連れて行くのは、そこでのイベントそのもののためではなく、そこで共有する経験をその後何ヶ月後、あるいは何年も家族の会話として残したいためである(Pine&Gilmore 1999. 邦訳P43)」
ディズニーワールドの強さは、思い出という心理的価値の演出にあるのである。

この本を読む気がおきなくても、この本の内容を著者野島先生自身が噛み砕いて説明してくださっている以下の記事は、ウェブサービスに携わる方なら一読の価値があるのではないかと思います。しかも2008年時点でこれを見通されていたのですから、本当に恐れ入ります。

「人はなぜゲーム内アイテムにお金を払うのか」 デジタルジェネレーションが生んだ新しい経済価値について,成蹊大学の野島美保氏にあれこれ聞いてみた(4Gamer.net)

野島氏:
 そうですね。これは大枠の話からになってしまうのですが,私としては,今後のコミュニティについては,「情報」から「活動」にポイントがシフトしていくのではないかと考えているんです。

4Gamer:
 と言いますと?

野島氏:
 これまでのコミュニティ論というと,どちらかといえば,コミュニケーションの対象となる「情報」が注目されていましたよね。Amazonの書評,アットコスメのクチコミ,オークションサイトの網羅性など,コミュニケーションするからには,何かしら有益な情報があり,有益な情報があるからこそ人が集まるのだという理屈です。

4Gamer:
 そうですね。

野島氏:
 しかし,ここ最近出てきたネットワークサービス,例えば,mixiだとかニコニコ動画,Twitterなどを見ていると,決して有益な情報ばかりではないと思うんですよね。むしろ,他愛のないおしゃべり,どうでも良いような情報が,ネット上には溢れている。

4Gamer:
 以前より言われていますし,確かに感じますね。

野島氏:
 ええ。つまり,話の内容(情報)自体に価値があるのではなく,会話という行為,コミュニティでの活動自体に価値があるのではないかと思うんですよね。私の言う「居場所」というのは,そうした問題意識から生まれたキーワードなのです。

4Gamer:
 なるほど。

野島氏:
 そういう視点でオンラインゲームというものを捉えてみると,オンラインゲームにおけるゲームプレイというのは,先ほども話したような「情報」ではなく,「一緒に冒険をした」「一緒に戦った」という,“体験”であり“活動”ですよね。単なる情報交換から,体験や行動を伴ったより奥深い,リアリティのあるものになっている。
 オンラインゲームは,ネットビジネスでは数少ない有料化が成功している例だと思いますが,なぜ有料でも人が遊び続けるのかといえば,そうした経験価値を提供できているためではないでしょうか。’

つまり、ウェブにお金を払うことに慣れたという点以上に、私たちは現実世界と切り離されたウェブという仮想空間での経験や滞在に大きな価値を感じられるようになってきた、ということだと思います。

ゲームとメディアの共通点と違い


「価値ある居場所がコミュニケーションによって作られるのであれば、情報パッケージを交換するブログメディアやSNSとさしたる違いはないではないか」というご意見もあろうかと思います。ごもっともですが、やはり違いはあるのではないかと思います。たとえば、メディア論の古典ともいうべきこの本では、メディアとゲームの共通点と違いがこのように述べられています。


メディア論―人間の拡張の諸相メディア論―人間の拡張の諸相 [単行本]
著者:マーシャル マクルーハン
出版:みすず書房
(1987-07)

ゲームは大衆芸術であり、文化の主だった動きあるいは行為(アクション)にたいする集団的ないし社会的反応(リアクション)である。ゲームは組織と同じく、社会的人間および国家の拡張であって、その点、技術が動物組織の拡張であるのと軌を一にする。ゲームもテクノロジーも、ともに、すべての社会集団につきまとう専門分化的活動から生じるストレスのための「反対刺激剤」ないしは調整法なのである。
ゲームは、それをおこなう人間が一時的に操り人形となることに同意してはじめて作動する機械である。個人主義的な西洋人にとって社会への「適応」は、多分に集合的要請に個人が屈服するという性格を帯びている。われわれのゲームは、この種の適応をわれわれに教えると同時に、それからの解放を与える糸口として役立つ。競技の結果が不確かなことは、ゲームの規則と手続きが機械のように厳しいことへの合理的な言い訳となる。
ゲームは情報メディアと同じように、個人または集団の拡張である。それが集団または個人に及ぼす効果は、それほど拡張されていない集団または個人のその部分の構成をし直すことにある。芸術作品は、受容者に与える効果を離れては、存在も機能もしない。そして芸術は、ゲームとか大衆芸術、さらには伝達の各種メディアと同じように、みずからが前提としている事柄を共同社会に押しつけて、それが新しい関係と姿勢をそなえるように変容させる力をもっている。
芸術はゲームと同様に、いわば経験の翻訳者である。ある状況ですでに感じたり見たりしたものが、思いがけなく新しい素材を介して与えられる。同様に、ゲームは身近な経験を新しい形態に移しかえて、事物の色あせくすんだ側面に思いがけない光沢をよみがえらせる。
ゲームは、われわれ個人ではなく社会の拡張であること、またゲームはコミュニケーションのメディアであること、この二点はいまや明らかになったはずだ。もし最後に「ゲームはマス・メディアか」と問われれば、答えは「イエス」でなければならない。ゲームとは、共同社会生活の何らかの重要なパターンに多くの人びとが同時に参加できるように、いろんな状況を工夫してつくり出したものである。

現代において、特にマスメディアと言われるものの多くは、現実世界の権威や発言力のある人が幅を利かせ、自分の解釈を押し付けるところになってしまっています。SNSによってそれは変わったかといえば、結局のところ有名人アカウントの影響力は大きく、さして変わらないように見える現状があります。

これに対しゲームは、現実世界の権威や発言力に影響されない世界の中で、努力・テクニックに加えて運によってもその世界で幸せになれるチャンスがあるというある種の“公平性”のもとで、幸せや満足を経験できるところに特徴があります。オンラインゲームに対しては、「ガチャで射幸心をあおっている」「形のないものに金をつぎ込ませて儲けている」との批判がいまだにありますが、ユーザーに現実世界では味わえない幸せを“実感”してもらい満足を与える世界を運営する商売と、ギャンブルのように現実世界で役立つお金をちらつかせて射幸心をあおり胴元だけが損をしない商売とは、ちょっと違う気がします。それが理解できない人は、ウェブサービスへの期待や価値観が1や2にとどまっている人なのかもしれません。

「情報経済」から「経験経済」への進化


話がそれました。主題に戻りますと、私はこの業界に入るまで、オンラインゲームビジネスとは、ゲームコンテンツという情報材を著作権を中心とした知的財産権の力を借りてパッケージ化し、ウェブを通じて流通・販売するビジネスであると捉えていました。しかしそれは大きな間違いで、現実とは切り離された別の経験ができるもう一つの世界を運営し、そこに参加する楽しみをユーザーに提供するディズニーワールド型サービスビジネスなのだと、この8ヶ月あまりの経験を経てようやく整理が出来た次第です。

物をウェブを利用して流通させ課金するサービス=物交換経済から、情報材をパッケージして交換することに課金するサービス=情報経済へというウェブサービスの普及と浸透の段階を経て、上記に引用したインタビュー記事で野島先生がまさに語られている「情報経済」から「経験経済」へと進化しようとしている瞬間なのだろうと、仕事を通じて感じているところであり、情報材の交換にとどまらない「デジタルな居場所の経験経済」を実現するビジネスを、どんな法律を使って守り育てていくかという考え方にシフトしています。
 

【本】電子書籍・出版の契約実務と著作権 ― 出版者著作隣接権論争の落とし所

 
昨日、中山信弘・三村量一・福井健策・上野達弘・桶田大介・金子敏哉(敬称略)という著作権法分野オールスターな6人が、
・文化庁中川勉強会の提唱する「出版者への著作隣接権の付与」
・経団連の提唱する「電子出版権の新設」
の間をとって、「現行出版権の電子出版への拡張・再構成」という“落とし所”を提案したという報道がありました。

法学者・実務家6名の連名で「出版者の権利のあり方に関する提言」
4月4日、中山信弘東大名誉教授ら法学者・実務家6名の連名で、出版物の権利について新たな提言が公表された。「出版者の権利のあり方に関する提言」としてまとめられたものは同日、明治大学のWebサイト上でクリエイティブ・コモンズ(CC)ライセンス(CC-BY-ND)で公開された。同日に開催されたいわゆる中川勉強会(衆議院議員の中川正春氏が座長を務める『印刷文化・電子文化の基盤整備 勉強会』)でも中山氏らが招かれる形でこの提言が伝えられた。

私自身は、書籍の出版者に著作隣接権付与というのはやはり行き過ぎなんじゃないかな?という感覚をもっていました。アーティストがいい曲を作曲してくれるか、それを良い状態で録音し固定できるか、そしてそれがその時代のリスナーの心を捉えるかがまったく水物なのに原盤制作やプロモーション費を負担する音楽の世界の話と、著者の出自と主題が決まればある程度は品質が予測でき、書店での売れ行きも読めるであろう本の世界の話とは、同じ「出版者」でも背負うリスクの大きさや質が違う(いい方に化けるかどうかは読めないのは同じにせよ、少なくとも、悪い方にコケたときのリスクの大きさが違う)のではと感じていたからです。といっても、これだけ紙書籍から電子書籍へと読書家の興味だけでなくビジネス界の興味も移りつつある今、それに対応できるように法律をメンテナンスしていく必要はありそうだと思っていたので、この提言の方向性で落ち着くんではないかな、と思っています。


と生意気な知ったような口をききましたが、出版業界の事情に疎い私のようなものがこの議論をフォローするには、旧来の紙をベースとした出版権の知識と慣行と、この議論でイニシアティブを握ってきた「中川勉強会」の議論の過程もしっかりと抑えておく必要があるでしょう。その目的に叶う本として、こちらの本を見つけましたのでご紹介。


電子書籍・出版の契約実務と著作権電子書籍・出版の契約実務と著作権 [単行本]
著者:村瀬 拓男
出版:民事法研究会
(2013-02)


この本は、出版契約を「紙」と「電子」で大きく2つに分けつつも、両者を一体のものとして区別なく捉えています。その上で、紙出版物にかかる出版権の知識と慣行をベースに、電子出版物にかかる自動公衆送信権・送信可能化権の契約実務について書協のひな形を踏まえて解説し、さらに、ここ数年の隆盛著しいKindle等の専用端末に対する「配信契約」のあり方についても、書協が2011年11月に行った研修で配布された配信契約サンプルをひな形的に紹介しながら解説しているのが特徴です。加えて、著者自身が「中川勉強会」のメンバーを務めているとあって、付章としてその試案作成の過程や思いがたっぷりと解説されています。


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反対派の方からすればポジショントーク乙、といったところかと思いますが、そういった立場を割り引いてみても、私のような著作権法に精通しているとは口が裂けても言えない青二才が出版権契約の実務からしっかりと学び直すのにちょうどよい内容になっていると思います。
 

【本】実例で見る商標審査基準の解説 ― 現場担当者渾身の商品・サービス名称案が登録・使用できないことがわかったその時に

 
自社から新しい商品・サービスが生まれるのをお手伝いするのは法務として楽しい瞬間ですが、時に、法務がきまずいブレーキを踏まなければならないこともあります。その商品・サービスの名称案を正式決定しようかという場面で、法務による調査・検討の結果、その名称では登録・使用ができないことを報告するときは、このきまずい瞬間の一つ。その名前の案に強い思い入れがある現場の人に、その名称では登録・使用が不可能な理由を「言葉で」「商標実務を知らない人にも分かるように」「明瞭に」説明し、納得ずくで名称案を変えてもらうためには、一苦労があったりします。

「どうして登録できないのか、法的な根拠を詳しく教えてくれますか?」と現場サイドからにじり寄られた場合、形式的には法律の説明からすることになります。商標法を見ると、以下のように商標登録の要件が(一応)記載されています。

(商標登録の要件)
第3条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。 
  1. その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
  2. その商品又は役務について慣用されている商標
  3. その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、数量、形状(包装の形状を含む。)、価格若しくは生産若しくは使用の方法若しくは時期又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、数量、態様、価格若しくは提供の方法若しくは時期を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
  4. ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
  5. 極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標
  6. 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標
2 前項第3号から第5号までに該当する商標であつても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。

続く第4条には「不登録事由」もたくさん列挙されています。これらを根拠法に、実務的には特許庁の審査官が「商標審査基準」(これも特許庁のサイトで公開されています)に基いて登録の可否を判断しているのです。

しかし、これらすべてを現場の人に読ませて理解してもらおうというのは無理な話。特許庁において登録になるものとならないものの差とは何か、どうしてその商品・サービス名の案が登録・使用できないのかを、法務が世の中の実例に学んで説明できるようになるのはもちろん、時には現場の人に近しい実例を見せてあげることで、納得してもらう必要があります。

意外と少なくない、そういったフェーズで活躍してくれるのがこの本です。


実例で見る商標審査基準の解説実例で見る商標審査基準の解説 [単行本]
著者:工藤莞司
出版: 発明推進協会
(2012-09-06)


元特許庁商標審査官が、商標法に基づき特許庁が定める「商標審査基準」について、登録/不登録/審決取消の実例を交えて具体的にその意図までを解説する本。600ページを超えるなかなかの分厚さですが、それは審決例・裁判例の紹介が多いためで、読み通すのはそれほど苦になりません。ページ数のほとんどが下の写真のとおり3条・4条の審査基準の解説に割かれており、読み終わるころには文字通り3・4条マスターになれること請け合い。私はのべ2時間ぐらいで楽しく(?)読み終わりました。

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商標登録における登録可能性の調査は、類似調査を行うためのデータベースの網羅性や指定商品・役務の区分の検討の難易度にも鑑みると、基本的には弁理士に頼めるなら頼んだほうがいい仕事です。しかし、私としては、標準文字商標であれば、調査・出願は弁理士に頼らずにできるだけ自社内で完結したいと思っています。インターネット出願ソフトがあれば、出願だけなら特許庁の手数料1万円ちょっと/1区分しかかかりませんしね。


そして、私がおすすめする発展的&実践的学習法が、これを読み込んだ後に、twitterで出願公開された商標をフィードしてくれる商標速報bot (‏@trademark_bot)をフォローし、実際の他人の商標出願を教材として審査基準に当てはめて考えてみるという、名付けて「商標審査基準素振り」。



このbotのいいところは、登録査定となった商標ではなく、あくまで出願されたものを公開時点で拾ってくれている点にあります。そのため、かなりの頻度で「おそらく登録にいたらないモノ」が混ざっているのです。
「あれ?キャッチフレーズ・スローガンって、3条1項6号(識別力のないもの)になるんじゃ…」
「これ、有名なモータースポーツの名前過ぎて、4条1項第19号(他人の周知商標と同一又は類似で不正の目的をもって使用をする商標)にあたるんじゃ…」
なんて感じでツッコミを入れながら、この本を見直すことで、審査基準が身についてくると思います。

たまーに、自社が出した商標が出てきてぶっとなりますw。
 

デジタルコンテンツの所有権はクレジットカードの期限と共に去りぬ

 
iTunesが強力に推進した音楽のデジタル流通革命に続き、Kindleもついに日本版が出て、いよいよ文字情報のデジタルな流通が日本でも本格化しそうな気運。そんな中水を差すつもりはありませんが、果たしてそのデジタルコンテンツのデータは誰のもので、何の権利に基づいて、いつまで使用できるのかを、きちんと整理しておいたほうがよいということをひしひしと感じる事例に接しました。

Barnes & Noble Decides That Purchased Ebooks Are Only Yours Until Your Credit Card Expires(techdirt)
Obviously, no one would expect a physical book to be subject to the whims of the publisher or the store it was purchased from. A sale is a sale, even if many rights holders would rather it wasn't. But, Barnes & Noble doesn't see it that way. Sure, you can buy an ebook from them, but you'd better keep everything in your profile up to date if you plan on accessing your purchases at some undetermined point in the future.

Yesterday, I tried to download an ebook I paid for, and previously put on my Nook, a few months ago. When I tried, I got an error message stating I could not download the book because the credit card on file had expired. But, I already paid for it. Who cares if the credit card is expired? It has long since been paid for, so the status of the card on file has nothing to do with my ability to download said book. I didn’t see anything in the terms of service about this either, but it’s possible I missed it.

バーンズアンドノーブル謹製の電子書籍リーダー“Nook”ユーザーが、アカウントに紐付いていたクレジットカードの期限切れとともに、そのデジタルコンテンツへのアクセス権すべてを失って大騒ぎという話。私はGoogle+でとある弁護士の先生からこの記事を教えていただきましたが、検索してみたところ、同じ話米国のさまざまなブログやtwitterでバズっていました。記事中イタリックになっているユーザーの証言の元ネタは“THE CONSUMERIST"という有名ブログにメールで投稿されたもので、その記事がバズのきっかけのようです。

記事中のメール投稿者は、「カードの期限が切れたらデジタルコンテンツのファイルにアクセスできなくなるなんてどこにも書いてない!」と怒っていますね。しかし、バーンズアンドノーブルのTerm of Servicesをよく読むと・・・

Terms and Conditions of Use(Barnes & Noble.com)
XII. DIGITAL CONTENT
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  • バーンズアンドノーブルがデジタルコンテンツへのアメリカ国内における限定的な「アクセス権」を与えるものである
  • そのデジタルコンテンツは、アメリカ国内で有効なクレジットカードを所有する購入ユーザーのみが利用可能である
  • いつでもバーンズアンドノーブルがその「アクセス権」を剥奪することができる(すでに端末にダウンロードしたものまでには影響は与えないが、再ダウンロードできなくなる場合がある)
と書いてあります(本当はこの権利の章だけでこの5倍ぐらいの細かい規定がありますが)。従って、さきほどのメール投稿者の言う「カードの期限が切れたらデジタルコンテンツのファイルにアクセスできなくなるなんてどこにも書いてない!」ということはなく、よく読めば、(決済が完了していても)カードが使えなくなったらデジタルコンテンツにアクセスできなくなっても文句は言えないと利用規約上解釈できる、という状態でした。

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企業都合で言えば、地域ごとで管理するライセンス契約の手前、アメリカ国内での有効なカード保有者(≒アメリカ居住者)にのみアクセス権を認めたいし、その購入者が今生きているかどうかも把握できない以上、カード期限を流用してアクセス権管理をしたくなるのも無理はない気もします。そういったクレジットカード会社依存のアカウント運用がいいか悪いかという論点も含め、デジタルコンテンツの所有権=アクセス権は、いまやそのアカウント保持者の信用や生き死にを推定させるクレジットカードの期限と一蓮托生になっているのだという、興味深い現実を目の当たりにしてくれます。


知的財産が紙やプラスチックというモノに固定されて販売され、デジタルコンテンツへのアクセス権の期限と範囲をそのモノの寿命という自然の摂理で管理していた古き良き時代が終わり、寿命のないデータの所有権=アクセス権を販売するという形を取るようになった今、どこでその権利を終わりにするかは、この事例に限らず大きな問題になりつつあります。

現状、デジタルコンテンツビジネスを展開する各社の利用規約上では、「企業が自由にアクセス権を剥奪できるようにしておく → アカウント保持者の信用が怪しくなったらアカウントごと停止して、アクセス権を剥奪する」というかなりうさんくさいやっつけ運用でスタートしているわけですが、iTunesやKindleがこれだけ浸透し、ぞくぞくとあらゆる分野のデジタルコンテンツ化が進む今、権利者とユーザー双方が納得感のある期限の迎え方を考えなければならなくなりそうです。
 

コンテンツビジネスにおける著作権(翻案権)侵害の防止策を真面目に考えてみる

 
著作物を商品として扱う会社の法務パーソンであれば、自社が他社(者)の著作権を侵害するようなモノマネ商品をリリースするのだけは勘弁してほしい!と思っているはずですが、どうしたら安心できる状態が構築・維持できるのかは永遠の課題を通り越して、あきらめて神に祈っているだけの方も多いんじゃないでしょうか。ぶっちゃけ・・・。

そんなおり、企業法務の業界誌2誌が足並みをそろえたように知財侵害に対する対策についての特集を組んでらっしゃったので、目を皿にして読ませていただきました。
 

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2012年 12月号 [雑誌]BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2012年 12月号 [雑誌]
販売元:レクシスネクシス
(2012-10-20)
販売元:Amazon.co.jp


 
ビジネス法務 2012年 12月号 [雑誌]
ビジネス法務 2012年 12月号 [雑誌]
販売元:中央経済社
(2012-10-20)
販売元:Amazon.co.jp



しかーし、同じ法律雑誌ですから特集がかぶるのは珍しくないにしても、なんと同じ骨董通り法律事務所に所属する先生が、同月発売のライバル誌の誌面で、同じ「釣りゲー」著作権侵害事件を題材に取り上げながら著作権(翻案権)侵害の解説をするという、前代未聞の事態発生。担当されている先生が違うとはいえ、これはコンフリクトではないのか(笑)と心のなかで突っ込みが入りましたが、

・BLJさんでは知財という大きな視点からフローチャートで整理
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・ビジネス法務さんでは釣りゲー訴訟の各論について評価要素を表組みで対比
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という違う切り口・観点からの分析となっており、おかげさまで「釣りゲー」訴訟について詳しく理解することができました。


さて、この2誌に登場する諸先輩方が指摘する著作権侵害、特にヒットした先行著作物をまねて翻案権侵害を発生させないための注意点を総合すると、
  1. 「アイデア」と「表現」とを区別し、「表現」が類似しないようにする
  2. 「表現」のうち、「単なる事実の羅列」と「思想感情を表現したもの」とを区別し、思想感情表現は模倣しない
  3. 個々の表現(要素)について、「ありふれた表現」と「創作性ある表現」とを区別し、創作性ある表現は模倣しない
  4. 個々の表現(要素)が似ていなくても、表現全体(ストーリー・流れ・組み合わせ)が先行著作物に似ていないかを確認する
おおよそ、この4つの視点に集約することができるのかな、と思います。

もちろん、このそれぞれの区別のボーダーラインの見極めが難しいから困っているわけですが、そこはやはり「通常人」の観察を基準としたケースバイケースの判断になるのは、致し方ないところ。では、このケースバイケースの判断をきちんとやるためにはどうしたらいいでしょうか?

ここで私が思ったのが、学術論文の執筆・査読マナーを真似できないかと。つまり、学術論文において、他の文献の参考・引用にあたってはそのタイトルや著者名を記録して参考・引用文献リストを作成し、発表前にその分野に精通した先生複数名に査読をお願いするように、
  • 各クリエイターが、参考にした先行著作物をすべて記録し、「参考著作物リスト」を作る
  • 「通常人」としてユーザーや利害関係のない弁護士に、先行著作物と比較しながら鑑賞・試聴・テストプレイしてもらう
ということです。特に、参考著作物リストを作るという一手間をかけているという話はあまり聞いたことがないですし、テストプレイは一般的にマーケティング的視点からしか行われていないと思うので、このあたりもう少しまじめに取り組んでみてもいいのかなと。もしかしたら私が知らないだけで、そんなのコンテンツビジネス企業として当たり前だよ普通にやってるよ、ということなのかもしれませんが・・・。


とはいえ、最後にお盆をひっくり返すようなことを言うようですが、今回の2誌の特集で一番刺さったのは、BLJさんのP27で映画会社の方が匿名でおっしゃっていたこの一言なんですけどね。

映画会社同士で「真似しただろう」とやり合うようなことはまずありません。
映画の場合、既存作に似たものを後発で製作したところで、良い興行成績は出せないからです。似たものが出てくるとすれば、既存作のリメイクがあり得ますが、正式な利用許諾を得たうえで製作されますし、オリジナリティがなければヒットしませんので、似せて作るとか、うっかり似てしまうということはないのです。

マネしてる限りヒットにはならない。さすが、歴史の長いコンテンツ産業にいらっしゃる先輩のコメントは身に沁みます(笑)。
 

自社ビジネスが特許権を侵害しているかもしれない場合の選択肢

 
専門かどうかにかかわらず、ありとあらゆる法分野の仕事が容赦なく降ってくるというのは、企業で法務をやっている人の特権だと思います。いや、そう思うように自分に言い聞かせてます(笑)。そんなわけで、前職では縁の薄かった特許の仕事にも関わらせていただいております。

さて、技術系のベンチャーが成長していく過程で、他人様から特許権侵害を主張されて勢いをくじかれるという話は枚挙にいとまがなく、気をつけなければならないリスクです。そこで今日は、すでに他人が権利化済みの特許を踏んでしまうようなビジネスをやっていたと判明したときに何ができるのかという選択肢について、実際にそうなる前に整理しておきたいと思います。

1.そのビジネスをやめる


いきなりそこからか(笑)という話ですが、いやしかし、それがさほど儲からないビジネスであれば、いったん冷静になって、神の思し召しと喧嘩になる前に潔くやめて他に注力するという手はありではないでしょうか。
特にベンチャーであれば、始めてからそれほど経っていない傷の浅いうちに、というのは選択肢としてまじめに考えておきたいところです。

2.ライセンス契約を申し入れる


非常にまっとうなように見えて、一番危険ではないかと思われるのがこれ。
まだビジネスを始める前だったらニュートラルな交渉になるのでしょう。しかし、すでに始めてしまっていたときは自分から「侵害してました」と白状しにいくようなものですし、わざと侵害したわけではなくても下手にでるしかなく、立場の弱い交渉になることは避けられません。
申し入れる際は、交渉が折り合わなかったときにそれまでの清算を相手方にした上でビジネスをやめる、という覚悟が必要です。

3.情報提供制度を使う


その特許の瑕疵や無効審判の可能性を裏付ける「刊行物」や「特許出願・実用新案登録出願の願書に添付した明細書・特許請求の範囲・図面の写し」を特許庁長官宛に提出するのが情報提供制度。
基本的には出願公開〜審査請求のタイミングで行うのがベストですが、権利化後もこれを行うことはできます。提供は匿名ででき、かつ情報提供がなされたことは特許権者に伝わるので、ある種のジャブになります。その効果として、特許に瑕疵があった場合に特許権者自身が気づいて訂正審判を請求でき、無駄な紛争を防ぐ効果もあると言われていますが、こちら側がすでに侵害をしている自覚がある場合には、匿名とはいえその存在を単に気づかせてしまうだけで、あまり得はなさそうな気がします。

4.無効審判を請求する


2のような平和的解決とは真逆に、特許庁に無効審判を請求し、そもそも相手の特許が認められたこと自体を否定しにいくという喧嘩戦法。特許権者から見れば逆ギレ以外の何者でもないのでしょうが、実は下表にもあるとおり、権利化済みの特許といえども、無効審判が起こされた案件の実に50%超で無効審決が下されているというデータもあります。
ただし、
無効審判が請求されるのは特許に関しては,年間に 300 件程度で,それ以前にどれくらいの登録査定をしているかというと,膨大な数な訳ですから,それらの特許の中での300 件と考えて戴くと見方も少し違ってくるかと思います。(特許庁審判部 佐藤智康氏)
とのことですので、大きな期待はなさらぬよう。

5.訴えられるまで何もしない


最後がこれ。相手の出方を見るってやつですね。
ベンチャーであれば、ビジネスが大きくなる前にその技術を使わなくなることも往々にしてあるでしょうし、無効審判にかかるコストもバカにならないとなれば、相手から訴えられない限りは黙っていて、いざ訴えられたら特許の無効を主張するという手は、うまくいけば一番カネや手間の節約できそうな手ではあります。
ただし、注意しなければならないのは、その技術を使ったビジネスが順調に伸び、あまりに大きくなってしまった場合のリスク。特許法上、
(損害の額の推定等)
第百二条 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。
という損害額のみなし規定があるため、ビジネスの成長とともに負けた時のツケは大きくなります。


もちろん、侵害の態様・特許そのものの有効性等々に鑑みたケースバイケースの判断にはなると思いますが、以上の選択肢を並べてみると、他人の特許権に触れるビジネスをしていると気づいた場合、5のような受け身・先送りな態度をとるよりも、無効審判を請求しに行く→相手が侵害者の存在に気づいて訴訟に雪崩れ込む→和解しつつライセンス契約を締結する/しっぽを巻いてライセンス契約を申し入れる/そのビジネスをやめるのいずれかの選択を、ビジネスが大きくなる前に早くしてしまうことが肝要だと思います。


参考図書:
特許がわかる12章 [第6版]特許がわかる12章 [第6版]
著者:竹田 和彦
販売元:ダイヤモンド社
(2005-12-16)
販売元:Amazon.co.jp


 

【本】商標教室 ― 「頭でわかる」から「説明できる」商標担当になれる本


商標法を初めて学ぶ人には『商標法のしくみ』をおすすめしてきたのですが、その先の、法律実務家としての本格的な学習に耐えうる初級〜中級者向けの本がないものかと探していたところに、ずっと昔からそのポップなデザインが気になっていたこの本を入手することができました。

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商標教室(基礎篇)
著者:小谷武
販売元:トール
(2003-10)
販売元:Amazon.co.jp



Amazonにサムネイル画像すら無いことからも想像がつくように、すでに入手困難になりつつある本ですが、ネットで検索してみると、実務家からの評判が相当高いことがわかります。

基本書アーカイブス(GSN弁理士受験指導)
『商標教室』(商標実務あれこれ日記)
知財ゼミ(弁理士試験対策/知的財産判例紹介サイト)
商標法の最良の入門書〜「商標教室」(アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常)

その人気の秘密は、商標法のポイントを法律の建て付けに従って解説するスタイルを敢えて避けて、商標法に込められたエッセンスを分解し、商標論→商品論→顕著性論→類似性論→制度論として再構築する、他にないアプローチを採っている点にあろうかと思います。

そしてなぜ、そんなアプローチを採る必要があるのかについて、著者はこう述べます。

商品を識別するための商標は商標法が制定される前からあったのですから、商標は社会的な事実として捉える必要があります。ある音やあるメロディーを聞いたとき、あるいはある匂いをかいだとき、ある会社の商品を思い出すことがあります。その音や匂いによって、その会社の商品を識別できるのであれば、それらは商標ということができます。
しかし、商標法では、音や匂いは商標の定義の中に入れていませんので、まず商標法ありき、という考えの人は、音や匂いは商標ではない、と言い張ることになり、そこで、商標とはの素朴な議論がはじまることになります。
その証拠に、ケンタッキーフライドチキンのサンダースおじさんの人形は、現在の商標制度では立体商標として商標登録され保護されていますが、旧商標法では、商標を平面的な文字、図形、記号、これらの組み合わせとしか定義していませんでしたので、たとえ有名な商標であっても、商標法上の商標の定義に当てはまらなかったため、商標登録による保護は受けられませんでした。
ですから商標法の商標の定義は、商標登録により保護することができる商法の範囲を決めているだけであり、社会的な意味での商標を定義しているのではないことがわかります。

商標法があるから商標を守らなければならないのではなく、自社の製品であること・他製品と違うということ・品質が保証されていることを伝える“しるし”を保護しようというのが商標法の本来の主旨。実際に、来年の法改正で商標法の保護の範囲に香り・音・触感も加わろうとしているわけで、このような考え方に立って商標法を理解しているかどうかが、応用力の差になって顕れてくるのだと思います。


こういった書物としてのアプローチの妙だけでなく、実際の実務で「自分は頭ではわかってるんだけど、後輩や現場に旨く説明できなくていつももどかしく感じる」ポイントに、数多く言及してくださっているところもありがたいです。例えば、IT・ウェブ系企業法務の方だったら絶対でくわしているはずの、“無形の商品”の出願における指定商品・指定役務の指定の仕方に関するこんな記述が例に挙げられるでしょう。

ここで注意しなければならないのは、ネット配信の場合、ダウンロードが可能かどうかという点です。パソコンでインターネットを使用する以上、すべてダウンロードすることになりますが、これは広い意味でのダウンロードであり、商品分類の決め手となるのは、狭い意味でのダウンロードです。たとえば、音楽配信の場合、インターネット経由で送られてきた音楽をパソコンで楽しみ、聞き終わったらそれでお終いという場合、第41類の「音楽の提供(配信のみ)」としてサービスマークの対象になります。

一方、自分のパソコンやCD、MDにダウンロードして繰り返して利用することが出来る場合には、レコードやCDを買ったのと同じ扱いで、商品商標の対象になります。
コンピュータソフトの場合も、インターネットで提供されたものを、利用するだけであれば、第42類のサービスの提供になりますが、ダウンロードして繰り返し利用できる場合には、CD-ROMを買ってきたのと同じく第9類の商品になります。
しかし、ダウンロード可能かどうかで商品とサービスとに分類は分かれますが、いずれの場合も、提供するのはソフト会社であるため、類似商品役務審査基準では、第9類「電子計算機用プログラム」の「備考」として、「電子計算機用プログラム」は、第42類「電子計算機用プログラムの提供」に類似すると付記されています。したがって、第9類か第42類のいずれかで「電子計算機用プログラム」について権利を確保していれば、他のクラスの使用に対しても、権利を行使できることになっています。
「電子出版物」についても、第41類の「電子出版物の提供」に類似する旨の「備考」がつけられています。

なおこの「備考類似」では、審査の過程で審査官が職権でクロスサーチをすることはしませんが、情報提供や異議申し立てがあった場合にだけ審査の対象となりますので、ソフト会社では、積極的に第9類と第42類の両方のクラスで権利を確保するようにしています。

実務経験やノウハウという言葉で片付けられてしまいがちなこのあたりの実務的なポイントも、「頭でわかる」のと「説明できる」のとでは大違いです。


この商標教室、写真にあるように2分冊の判例研究編もあります。出版社の倒産による絶版とのウワサがありますが、是非『基礎編』だけでも探して読んでみてください。


商標教室 判例研究編
著者:小谷武
販売元:トール
(2003-10)
販売元:Amazon.co.jp

商標教室 判例研究篇 2
著者:小谷武
販売元:トール
(2004-08)
販売元:Amazon.co.jp


 

ゲームのタイトルと商標権 ― なんでも出願すればいいってわけじゃない

 
エンタメ業界、中でもゲームビジネスは、私がこれまでいた業界とはリリースする商品・サービスの多さがケタ違いです。スマホゲームが伸びている去年以降、ROMに載せてパッケージ売りする時代とは様変わりし、1ヶ月に何本ものゲームをリリースし結果的に売れたものを育て、ダメなものはさっさと捨てる。そんな商売のやり方に業界全体が変化しつつあります。

こうなってくると、法務としての色んな常識・セオリーを疑ってかかる必要もあるのかもしれない、と思ったりしています。ゲームのタイトルの商標権のおさえ方は、その一例として挙げられるかもしれません。


商標登録にかかるコストを再考する


市場に商品・サービスをリリースする際には、その商標が同じような商品の先行商標を侵害していないか調査をし、商標権をおさえにいく。法務としてやらなければならないことの一つです。

実際に、公開されているIPDLで、ゲーム業界を代表する『ドラゴンクエスト』『信長の野望』『ファミリースタジアム』などのいくつかの著名タイトルの売り方の変化と商標登録の歴史を眺めてみると、

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このように、単なる家庭用テレビゲームおもちゃ(9類)にすぎなかったゲームは、時代とともにインターネットを介した娯楽サービスとしてのオンラインゲームの提供(41類)の要素を持つにいたり、最近のスマホやタブレット向けゲームアプリの商標出願では、これに広告やカードの提供(35類)あたりを加えた3区分を登録しておくというのが、業界でのセオリーとなりつつあるようです。

ここで問題になるのが、商標権の取得に関するコストです。ドラクエのような息の長いビッグシリーズタイトルであれば、3区分程度の出願・登録にかかるコストは気にならないかもしれません。しかし、ライフサイクルが短いゲームを大量にリリースするスマホゲームアプリの場合、過去のパッケージソフト時代の例に倣ってすべてのゲームごとに調査→出願→登録することになると、金額は馬鹿になりません。さらに日本だけならまだしも、GooglePlayやAppStoreでグローバルな販売が簡単にできるようになった今、多数国で商標を登録していくことを考えると、そのコストをかけてまでゲームのタイトルを商標出願することそのものの是非や、どのような基準で取捨選択するかを真剣に考える必要があります。

書籍のタイトルは登録が難しいのに、ゲームのタイトルはすんなり登録になる不思議


ここでふと思ったのが、出版社が毎月のようにリリースしている書籍と商標の関係です。書籍はゲームと同じ著作物であり、一冊一冊がれっきとした商品なわけですが、そのタイトルのほとんどは商標として登録されていません。これはなぜでしょうか?

その理由は、商標法と特許庁の審査基準にあります。商標法第3条第1項第3号には、「品質等を普通に表した語は商標としての識別力がないことから登録を認めない」旨が規定されており、さらにこれを受けた商品に係る商標審査基準第一の五において「書籍の題号については、題号がただちに特定の内容を表示すると認められるときは、品質を表示するものとする。」と明示されているのです。だから、世の中には同じタイトル・似たようなタイトルの書籍がごまんと存在しています。もはや出版社が出願を試みることもなければ、消費者も誰もそれを気にしていないと思います。例を挙げると、大学受験の単語集として有名な『速読英単語』は、単に英単語を速読して学習するという内容を表すものであり、これを登録してしまうと同じようなコンセプトのタイトルをつけた本を他の出版社が出せなくなるということもあって商標登録は特許庁により拒絶されていますが、「Z会出版が出している見開きで例文が付いた単語集」を探せば商品も特定できるので、誰も困りません。

対して、ゲームの場合はどうでしょうか。たとえばコナミのサッカーゲームタイトル「ワールドサッカー」は、どう考えてもワールドカップをモチーフにしたサッカーゲームとしての内容を表しただけの商標に見えるのですが、書籍の題号のような明確な審査基準がないこともあってか、登録になっています。同じモチーフのサッカーゲームを作っている企業は、さぞ商標の付け方に困っていることでしょうし、サッカーゲームを買おうとする消費者も、どのゲームがワールドカップを題材にしているのかわかりにくくなって、困っているかもしれません。

書籍のタイトルは商標として認められにくいが、ゲームのタイトルとなるといとも簡単に認められる・・・同じ著作物にもかかわらず、どうもあべこべなポリシーのように思います。この状態がいつまでも続くことは考えにくいのではないでしょうか。スマホゲームが月に何百本もリリースされるようになれば、将来登録の基準が書籍並みに厳しくなっても不思議ではないでしょう。

せっかく商標登録しても、訴訟で勝てるとは限らない


さらに、ゲームの商標の類似について実際争われた裁判例(ゲームソフト『三國志武将争覇』事件 平成6年3月25日千葉地裁)を見ると、商標権を事前に取得していたにもかかわらず、いざ訴訟の場になって以下のような判示がなされ、せっかくコストをかけて取得したはずのその権利が否定されてしまうという事態も発生しています。

一般に著作物の題号は、専らその創作物としての内容を表示するための名称として、普通に用いられる方法で著作物を含む商品に表示されている場合には、仮に右題号が、その指定商品について登録された商標と同一ないし類似している場合であっても、自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で用いられている標章ではないものとして、当該登録商標の禁止権は及ばないものと解すべきである。
著作物の題号に対する法的保護は、コンピューター用ゲームを記憶させた著作物であるプログラムについて、創作者がその創作物としての内容を表示する名称として題号ないし名称を付した場合においても、書籍等の題号の場合と異なるところはない

やはりここでも「書籍等の題号(タイトル)と同じように、ゲームのタイトルは商標としての識別力はない」と裁判官が判示しているあたりが興味深いところです。このような事案を見ていると、ゲームの商標は比較的容易に登録こそできてしまうものの、その実益は果たしてあるのだろうか?と疑いたくもなります。

ゲーム会社側も出願する商標を選び始めている?


もしかしたら単に気のせいかもしれませんが、ゲームタイトルであればなんでもかんでも商標登録しておこうという考え方を改める動きが、今やゲーム業界大手となったスマホ各社のゲーム商標出願ポリシーにも垣間見えてきたようにも見える、ここではそんな事例を挙げてみたいと思います。

スマホゲーム訴訟として最近話題となったグリーの『釣りスタ』とDeNAの『釣りゲータウン2』、それぞれの商標出願を調べてみると、『釣りスタ』は商標登録されているものの、実は『釣りゲータウン』のほうは商標出願すらされていないのです。DeNAさんほどの会社がお忘れになっているということは考えにくく、これはあえて商標出願する必要なしと判断したのではないかと。

また、カジュアルゲームの代表格である『オセロ』は、株式会社オセロが商標登録しており同社の許諾なしに使用することができないわけですが、各社はオリジナルな商標を付けることなく『リバーシ by mobage』『リバーシ by GREE』『リバーシ by Hangame』のように、一般名詞としてのゲーム名である「リバーシ」とその運営会社名とをセットにしたタイトルを付けて、商標登録なしにリリースしています。

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さらに、ネットを検索していたところ、ひょんなところに任天堂知財部の方のこんな興味深いインタビュー記事を見かけました。

先輩紹介2012(任天堂採用情報)
私は商標著作権グループに所属しています。ゲームソフトのタイトルやゲーム機の名称は、同様の名称が既に登録されていないか調査を事前に行ったうえで、商標として登録されるよう特許庁へ出願書類を提出します。商標は、日本だけではなく世界中の多くの国で登録制度があるので、世界各国で出願したり、登録できるかどうかといった調査も行います。調査の結果、考えた名称案が使用不可能な場合はこちらも残念ですが、開発者が納得のいく名称に決まるとうれしくなります。各国の調査を行うといっても、すべてのタイトルとゲーム機の名称を全世界で出願するわけではなく、出願にかかるコストと権利が侵害されうるリスクの兼ね合いを見て、どの国でどの名称を出願するかを決めていきます。Wiiなどのゲーム機本体の商品名は、非常に多くの国に出願しますが、ゲームソフトのタイトルはケースバイケースですね。

やはり、ゲームタイトルの商標は、なんでも出願するのではなく、取捨選択して出願すべきもののようです。


識別力のない商標と考えて出願を控えたがために、他社がシラっと出願して登録になってしまうリスクもあり、安全を考えると特許庁が審査基準を変更しないうちはできるかぎり出願をしておきたくなるのが実務というものではあります。しかしながら、ゲームのあり方が変わり、同じようなジャンル・モチーフのゲームが次々とリリースされては短期間で消えていくようになってきた今、この釣りゲームやリバーシの例にも見られるように、かつてゲームタイトルが担っていた商標としての出所表示機能はその役割を失い、代わってゲームメーカー名やプラットフォーム名が出所表示機能を強めていくのではないでしょうか。その結果、特許庁もゲームのタイトルを簡単に商標として認めなくなる日がくるのかもしれません。
 

ブルース・ウィリスの素朴な疑問「え?俺の集めたiTunesデータって譲れないの?」

 
海外の法務ニュースを漁っていたところ、ちょっと興味深いニュースを見かけました。以下日本語で読める記事を見つけたのでご紹介したいと思います。

ブルース・ウィリス、自身の死後のためにアップル社を訴える?(Hollywood News)
Bruce俳優のブルース・ウィリスが、これまで集めた音楽データを保持するために米アップル社を訴える準備をしているという。
現在57歳のブルースは、アップル社のiTunesで購入した音楽データを自身が死んでから自分の家族に渡したいと考えているそうだ。iTunesの利用規約では、ダウンロードした曲はすべて“借りている”ものと見なされていて、購入した人が所有しているものではないことになっている。同社はほかのユーザーと曲をシェアしようとしたことがわかると、アカウントを凍結させる手段を取る可能性もあるそうだ。そのため、利用者が死亡した場合、これまでダウンロードしたデータは誰のものでもなくなってしまうというのだ。

言われてみれば確かにどうするんだろ?という話を、ブルース・ウィリスほどのビックネームが疑問に持ち始めてさあ大変ということで、海外の法務系メディアのいくつかが取り上げはじめています。

記事にあるように、iTunes のサービス規約を読んでみると、

映画のレンタル(以下に定義)を除き、お客様は、アイチューンズが認めた5つのデバイス上でいつでも本iTunes商品を利用される権限が与えられるものとします。
本iTunesサービスの登録ユーザとして、お客様はアカウント(以下「本アカウント」といいます)を作成することができます。お客様の本アカウント情報を第三者に開示しないでください。
お客様は、お客様が許可された以外の本アカウントにアクセスし、またはアクセスの試みを行うことはできません。
アイチューンズおよびそのライセンサーは、本iTunesサービスに含まれる本iTunes商品、コンテンツ、その他のマテリアルの一切を、いつでも、通知することなく、変更、停止、除去、またはアクセス不能にする権利を留保するものとします。アイチューンズは、本規約に基づき、これらの変更等をすることに対し、一切責任を負わないものとします。また、アイチューンズは、いかなる場合においても、通知することなく、また責任を負うことなく、本iTunesサービスの特定の機能または一部の利用やアクセスを制限することができるものとします。

このように、そうははっきりと書いていないものの、
・顧客ごとに一身専属の「アカウント」(とそれに紐付くデバイス)に対して
・デジタルコンテンツの「利用権」を認めるものにすぎず、
・その「利用権」を設定したアカウントを誰かに渡すこともできず、
・場合によってはアップル(の子会社アイチューンズ株式会社)が「利用権」を剥奪することすらできる
ことになっています。

これはなにもiTunesだけが特別にそういう屁理屈をこねているわけではなく、現在存在する「有料デジタルコンテンツ」のほとんどが、法律的・契約的にはこのような“人(アカウント)に対する利用権の付与・貸与”、という構成をとっていると言っても過言ではありません。

本やCDのように、作家やアーティストの頭の中から生まれた成果を“モノ”に固定して販売していた時代は、その本やCDを誰に譲ろうが売ろうが、法的にはお咎めがありませんでした(これを法律的には「知的財産権の消尽」と言ったりします)。モノの寿命が尽きれば必然的にそのモノに固定されていた成果にもアクセスできなくなるということで、あまり問題にならなかったわけです。しかし、モノに固定して販売するのではなく、物理的には寿命のないデジタルコンテンツを販売する手法として、“人に対して利用権を認める”という構成を採用するにあたって、その利用権の譲り渡しを認めるべきか否か?それを認めないとするiTunesのような考え方は果たして合理的なのか疑問をもつべきでは?というのが、今回ブルース・ウィリスが投げかけている問題です。

おそらく、デジタルコンテンツを商売にしている企業のみなさんにとっては、ブルース・ウィリスの言っていることは非常識・荒唐無稽な主張に聞こえるでしょう。しかし、実はEUにおいて、まさにダウンロード販売で購入したデジタルコンテンツやソフトウェアの譲り渡しができるかできないかを争った裁判がいくつか発生しており、つい最近、譲渡を認めるべきとしたこんな裁判例も現れ始めています。

European Court Rules on Copyright Exhaustion Rights for Software
The European Court of Justice, in UsedSoft GmbH v Oracle International Corp., recently ruled that it is not a copyright violation for purchasers to resell legally obtained and downloaded software. This continues a recent trend in Europe of limiting copyright protection for software.

ソフトウェアに関する著作権は、CD-Rなどのモノに固定で販売された場合のみならず、ダウンロード方式で販売された場合についても同様に消尽(販売者側から権利の制限ができなくなる)すると判断したという裁判例。つまり、ブルース・ウィリスの言っていることも、あながちおかしな主張ではないかもしれない、ということです。

音楽ファイル、アプリ、電子書籍など、デジタルにパッケージされ販売されるデジタルコンテンツには、リアルの“モノ”の所有権ともこれまでの著作権とも違う、新しい権利を法律的に考えて設定しないと、この問題は解決しないようにも思えてきました。
 

【本】見ればわかる!外国商標出願入門 ― 商標出願は海外進出のファーストステップ

 
最近は知人のツテを辿って仕事を助けていただくことが増えていて、先日も、アジア数カ国のグローバル商標同時出願に関して、知人が取締役を務める商標サービスの会社さまにご相談をさせていただき、助けていただきました。その仕事を通じて、外国で会社を新たに登記するにせよ、商品・サービスを販売するにせよ、まずは商標を抑えておかなければ安心して海外進出ができないという当たり前の現実に久しぶりに直面。会社法や登記手続きもさることながら、商標の出願手続を抑えておくことは、もはや国際ビジネス法務の必修科目だなぁと再認識させられることに。

しかし、その必修科目を学ぶ気はあっても、(日本の商標法の入門書でさえそれほど種類は多くない中)外国の商標法の本なんてそうそうお目にかかれるものでなく、さらにアジアの商標法までカバーするとなると、もう英語で読めれば万々歳ぐらいの世界・・・と思っていたのですが、なんとこれがあったんですね!


見ればわかる!外国商標出願入門見ればわかる!外国商標出願入門
著者:野田 薫央
販売元:発明協会
(2010-08-30)
販売元:Amazon.co.jp



まさに、これは私が求めていた情報そのもの。いやきっとみなさんも求めていたのでは。

・アメリカ
・EU
・中国
・香港
・台湾
・韓国
・シンガポール
・ベトナム
・タイ
・オーストラリア
・ロシア
・インド
・ブラジル

以上に加えて、比較のベースとなる日本を含めた14の国と地域、プラスWIPO出願との手続法上の差異を、統一されたフォーマットで、シンプルに、淡々と比較している本。

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ただしそれは内容が薄いとか味気ないとかいう意味ではなく、

内容を基本的な出願手続に絞り込むことで、多くの国等(14+マドリッド協定議定書)の制度を可能な限り分かりやすく説明しています。
「外国で商標を出願する」場合に役立つ情報を中心に掲載しています。そのため、権利化後の説明(権利行使や移転等)は、基本的に掲載していません。
資料としての使い勝手を優先して、記載形式は長文ではなく箇条書きにしました。

と、極めて明確な意志を持って絞り込まれ、編集された成果としての厳選情報であることがポイント。

実際、法務が商標のグローバル戦略を練る際に必要な情報は、まずはマドプロ出願が可能な国なのか、不可能であればどのような時間・費用・手間がかかるのか、そして日本の商標審査と違う点は概略どんなところか、程度のものであって、すべてを知る必要はないはず(というか調べてたら時間がいくらあっても足りません)。当該国の専門家に依頼するにあたり、いちいち基本的な手続に関する知識を尋ねなくても済むようにし、出願を機動的に行えるようになるという目的において、必要十分な情報を備えている本だと思います。

2010年8月初版の本ですが、アジア各国の知財関連法の整備が進む中、貴重な存在であるこの本が何年かに一度アップデートしてくれることを切に願います。
 

【本】エンタテインメント契約法(第3版) ― エンタメ業界とは著作権法をも敵に回す戦場だったのか

 
第1版の283ページから版を重ねるごとに増量し、内容もモバイルコンテンツ業界の契約論・コンプガチャといった旬なネタも交えてついに442ページにまで到達、厚さだけ比べれば第1版の面影は全くなくなってしまったこの第3版。

このブログを開設して間もないころに書いた、この本の第1版を読んだことを記す拙いエントリがあるのですが、今月出版されたこの最新の版を読みなおし、ボリュームの増量はさておいて、こんなに挑戦的な本だっただろうか?と心底驚かされています。


エンタテインメント契約法〔第3版〕エンタテインメント契約法〔第3版〕
著者:内藤 篤
販売元:商事法務
(2012-08-06)
販売元:Amazon.co.jp



一部の裁判官は、契約書というものをあまり重視していないのではないか、という印象を持つことがある。つまり、当事者同士が合意して調印した契約書の条項について、裁判官が、公序良俗の旗印のもと、勝手に(とまでは言わないにしても、自ら信じるところの正義公平の観念に忠実に)解釈を加えて構わないと考えているようなフシがあるのだ。
こうしたことが何故発生するのか。公序良俗論については、第2章で触れるように、「私的自治は公序良俗の内在的制約下にある」という我妻法学の影響下にあった裁判官たちが、そうした「理念」を実践しているフシがあるわけだが、もう1つ重要な点は、彼らがエンタテインメント業界における「ソフトロー」について、あまりにも無知であるということである。
いつなんどき契約に対して「公序良俗」という名の「最終破壊兵器」がふりかざされかねないとしたら、本来の私的自治・契約自由が全うされる保証は何1つない。しかしだからこそ、ソフトローの存在を声高に主張していかねばならないのだ。

すごい。商事法務の冠をつけて、ここまでストレートに現役弁護士が裁判官に対する批判を文字にした単行本は、そうそうお目にかかれないかと。

この引用部に表れているように、著者の内藤篤先生は、著作権法・著作権ライセンス契約の解釈においてやってしまいがちな「弱者救済」的発想を徹底的に批判し、「リスクマネーを負担しコンテンツを製作する真のプロデューサーに著作権のすべてを帰属させて何が悪い」というスタンスを貫き通している方。

それだけ聞くと、またまた業界寄りの人が偏ったポジショントークを・・・とスルーしてしまう方もいるかもしれませんが、例えば、著作権処理に関わる契約レビューにおいてこの本が指摘する
・著作権法27条・28条の「特掲」条項
・著作者人格権の不行使条項
のあり方に疑問や違和感を持たない法務担当者はいないはずで、それを少しでも感じたことがある(一般人の感覚を持ちあわせた)法務担当者であれば、読了後はすっかり内藤説に染まる可能性大です。

第1版を読んでいたときの私は、プロデューサーはリスクを背負ってはいるけれど、やっぱりコンテンツを作る人・実演する人が最後は尊重されてプロデューサーは苦労する、それがエンタテインメント業界と著作権法の悲しい性というものなのですかねぇ、とポカーンと口を開けたような態度で聞き(読み)流してしまっていた気がしますが、実務家としてこの問題意識を公言し正面から戦おうとされていることが、どれだけ挑戦的なことか。第1版を読んだときはまだ3年そこそこでしたが、その後7年の一通りの法務経験の中で、著作権法に対する“疑問→落胆→(勝手な)あきらめ”を通過してきた今だからこそ、その重みが多少なりともわかるようになった気がします。そして、これから私もその戦場に立つ一人になるのだと思うと、かなり身の引き締まる思いなわけでして。

きっとこの本は、著者のようなエンタテインメント業界にどっぷり浸かっている方には拍手喝采の、
一方で契約法初心者にとっては、まったくピンとこないかもしれない奥深さをもった、
そして、主にユーザーサイドの立場で著作権法に中途半端に慣れ親しんでしまった私のような若輩にとっては、その価値観を破壊するような、

そんな本だと思います。
 
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心して、読んでみてください。
 

明治大学知的財産法政策研究所(IPLPI)セミナー「平成24年著作権法改正の評価と課題」に参加しました

 
仕事がエンタメ系に変わらなければスルーしていたであろう本セミナー。立場が変われば途端に興味が湧く。人間とは現金なものです。

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プログラムは以下(明治大学知的財産法政策研究所ウェブサイトより転載)。

■問題提起 13:00〜13:15
中山 信弘 (明治大学研究・知財戦略機構特任教授)

■第一部 基調講演 13:15〜14:30 
「改正著作権法の解説」
永山裕二 (文化庁長官官房著作権課長)

「改正著作権法で見えてきたもの」
福井健策 (弁護士・日本大学芸術学部客員教授)

■第二部 パネルディスカッション 14:45〜17:00
「平成24年著作権法改正の評価と課題」

パネラー
上野達弘 (立教大学法学部国際ビジネス法学科教授)
奥邨弘司 (神奈川大学経営学部国際経営学科准教授)
永山裕二 (文化庁長官官房著作権課長)
福井健策 (弁護士・日本大学芸術学部客員教授)

司会 金子敏哉 (明治大学法学部専任講師)

と、登壇者もオールスターだったことに加え、twitterを見てたら法務クラスタの方も会場にちらほらどころか15名ぐらいはご来場のご様子。私は休日モードの妻同伴で来ていたもので、会場では見つからないように一切の気配を消しておりました(笑)。それにしても、明治大学のこのホールは画面も見やすく、空調も照明も座席も快適ないい場所です。

冒頭で中山先生が権利制限規定のあり方に対し苦言を呈し、福井先生が容赦なく改正法文言解釈にツッこみを入れ、上野・奥邨両先生は言葉は選びながらも審議会での議論が十分に反映されなかったことを惜しみ・・・と、立法担当者として「やるべきことはやった」と胸を張る永山氏に対し、一見大人しい雰囲気の中でその実フルボッコにしている会のようにも見えたのですが、それは小生の見方がねじ曲がっているのでしょうか。

さておき、改正法のニュースだけを見ていると、そもそも改正法自体がわかりにくいのか自分が勉強不足なのかが自信が持てなかったところ、このセミナーに出たことで、その両面について具体的な文言ごとにじっくりと確認できたのが収穫でした。改正法のフォローはこういうセミナーに出るのが一番効率的ですね。あと個人的には、中山先生のぶっちゃけ発言が印象的で、あれを生で聞けただけでも行った価値があったかなと。


togetterの方で私を含む参加者のみなさんのつぶやきをまとめて下さった方がいらっしゃいましたので、詳細をお知りになりたい方は、こちらをご参照ください。

2012/8/4 明大セミナー 「平成24年著作権法改正の評価と課題」
 

スマホアプリのアイコンと商標権 ― アップルはちゃんと権利化してた

 
とある会社の方が、「スマートフォンでは、ゲームのダウンロード数や利用回数は、そのアプリのアイコンの出来だけでも大きく変わる。PCの時代のデスクトップに並ぶアイコン以上に、スマホアプリのアイコンデザインには気を使っている」という趣旨のことを仰っていて、なるほどな〜と感心していたのですが、さて、アプリのアイコンがそれだけで売れ行きを左右するほどの威力を持つのなら、なにかしら権利化しておかないとまずいのでは、でも、できるんだっけ?という疑問が。

絵柄なので、例によって「思想又は感情を創作的に表現したものであって〜」の要件を満たせば当然に著作権は働くはずですが、商標権とか意匠権でも保護できたりするのかな?と。

スマホアプリのアイコンは商標登録が可能


この疑問をふと思いたったとき、本のメッカである神保町にちょうどいた私。大きな書店の法律書コーナーに駆け込んで、手当たり次第本を開いていった所、この本にその答えがバッチリ書いてありました。この本の第五版は既にこのブログでも紹介済みですが、奥付によれば明日2012年7月27日発売となっているこの第六版は、スマホやクラウド対応に伴って第五版から大改訂されていたので、立ち読みで済まさずにちゃんと買って帰りましたよ(笑)。


知って得する ソフトウェア特許・著作権 改訂五版知って得する ソフトウェア特許・著作権 改訂六版
著者:古谷栄男
販売元:アスキー・メディアワークス
(2012-07-26)
販売元:Amazon.co.jp



アイコンについては(略)著作権法や意匠法で保護されることがあります。しかし、アイコンのうち、アプリケーションプログラム(アプリ)を表す画像は、現在の日本の意匠法において、スマートフォン(携帯電話)、PCまたは携帯情報端末そのものの機能とは異なるということで、保護の対象とはなっていません。

一方、アプリを表すアイコンであっても、それがアプリを購入等する際の目印として機能する場合には、商標法の保護対象となります。一般的には、図形的な商標として認識されることになるでしょう。

iTunesなんかはどう見てもアイコンが購入する際の目印になっているわけで、やっぱり思った通り商標権でいけるのかと、まずは一安心。


実際各社はどうしている?


しかしながら、AndroidアプリとiPhoneアプリの何万とあるアプリすべてが商標出願しているとは思えません。実際、みなさんどうしてるんだろうと思い、調べてみることに。

アップルについては、先ほどの本にこのように権利化済みアプリアイコン(スマホだけでなくMacのものも一部含まれる)が一覧化されていまして、さすがモバイルにアプリの概念を持ち込んで普及させた会社だけはある、といったところ。

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具体的に一つ、その詳細を見てみると、たとえばみなさんよくお使いのiPhoneカメラアプリのアイコンの商標登録情報がこれ。

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指定商品第9類で、かなり細かくきっちりと記述してありますね。指定役務も何かしらあるかと思ったんですが、これがまったくなかったのが意外な感じです。


ではGoogleはどうでしょうか。IPDLの商標出願・登録情報検索画面で「出願人:GoogleINC.」をキーに検索したところ、出てきた商標は20数件。出願内容を開いて見てみると、ChromeやGmailアプリのアイコンに近いものはありました(国際登録1024150Aなど)が、アップルのように明確にアイコンとして登録しているものではありませんでした。

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一方で日本企業のアプリ/ソシャゲー大手数社も同様の方法で検索してみましたが、見つかったのはこのMobageのアプリアイコンぐらい。

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こちらは指定役務第45類「ソーシャルネットワーキングサイトの開設・運営」のみでした。

“機能”を表すアプリアイコンは商標登録を


というわけで、ざっくりとしたリサーチではありますが、各社としてはアプリアイコンの一つ一つをいちいち商標出願しているという状況ではないようです。確かに、ゲームアプリを沢山開発しているような企業が全部出願してたらコストも大変ですし、会社のロゴマークやキャラクターが書いてある分には、すでに正当に有している商標権や著作権で守られるわけで、あまり心配はないかと思います。

しかし、ツール系アプリのように、アプリが発揮する機能を上手い図案で表現したような「このアイコンはあの会社が作ったあの機能を有するアプリ」と想起されるようなアイコンを開発したのであれば、出願をして商標権をもって他社を排除できる/他社から侵害を主張されない強力な権利を手に入れるという手は、検討しておくべきでしょう。まさにアップルがそうしているように。

特に、上で紹介したカメラアプリのアイコンが典型例ですが、“機能”を絵で描写しただけの一見普通のアイコンだと、創作性に欠けると評価され著作権だけで戦うのは難しいと思われます。しかし、その普通のアイコンがひとたびどこかの会社に商標登録されてしまうと、自社アイコンが商標権侵害になる状況に追い込まれる可能性もあるわけです。事実、カメラアプリやメールアプリはアップルのものに似た“権利侵害アイコン”がうじゃうじゃ存在するわけで・・・。

アップルがそんな意地悪をするとは思いませんが、ライバルとして目に余った場合には、商標権を振りかざされるリスクもあるということを十分認識の上で、アプリアイコンを決定していただいた方がよさそうです。
 

【本】エンタテインメント法への招待 ― 私もそちら方面で頑張ります

 
3月に辞めますと言ってみたり、そうかと思えば4月からは兼業にチャレンジしてみたり、(本人的には結構計画的にことをすすめているものの)いつも突然の展開で恐縮ですが、実はこのたび、エンタテインメント法務の世界へと足を踏み入れることを決心しました。なので今日は、こんな本を取り上げてみます。


エンタテインメント法への招待エンタテインメント法への招待
販売元:ミネルヴァ書房
(2011-04-16)
販売元:Amazon.co.jp



“エンタテインメント”という業界を指す言葉は、意外なほど法律書のタイトルに使われています。『エンターテインメント法』とか『エンターテインメントビジネスの法律実務』とか『エンタテインメントと著作権 映画・ゲームビジネスの著作権』とか。これが意味するのは、それだけエンタメ業界が幅広い法律にまたがった課題を持つ、取り組みがいのあるやっかいで複雑な業界だということでしょう。

試しに、この本で取り上げられているエンタテインメント法と呼ばれる法分野を分解してみると、
・映像/曲/キャラクターを商品化するための著作権・商標権・パブリシティ権等知的財産権各法
・多数の権利者・契約当事者を巻き込んでプロジェクトを進めるための契約法
・当たるも八卦当たらぬも八卦の世界で資金調達するための会社法・金融商品取引法・各種組合法
・芸能人と切っても切れない肖像権・プライバシー権等を守る憲法
・青少年を有害なコンテンツから守る出会い系規制法・青少年ネット規制法
・国境のないコンテンツが生む紛争解決のための国際私法
・etc…
と、こんなに沢山。

しかも法律にまつわる独特の慣習も多いのがこの業界の厄介なところ。そんな業界の慣習が国内・国外問わず描かれたコラムがこの本の読みどころだったりします。

コラム 権利クリアランスの一例 ― 脚本チェック
映画の製作, 上映等に法的な問題がないかを確認する作業, いわゆる権利クリアランス(Clearance)は様々な形で行われるが, そのうちの一つである脚本のチェックは(Script Clearance)は, 通常, 制作開始前にインハウス・ローヤーによって行われる. 例えば, 脚本がフィクションであろうがなかろうが, 使用許諾のある場合や歴史上の人物を取り扱う場合を除き, 登場人物が現実に存在する人の名前, 顔, 容姿等を連想させることは許されない. 必要とあれば電話帳等を使って, 舞台となる地域に登場人物と合致または極めて類似する人名が存在しないかを確認し, この種の調査を専門的に手がける業者に依頼することもある. 調査の結果, 問題があると判断された場合, 脚本を修正することも辞さない. 彼らの合言葉は, 「疑わしければ削れ」である.
コラム デモ・ショッピング
音楽業界では, 新人アーティストの代わりに, デモ・テープを通じてレコード会社等に売り込むこと(Demo Shopping)を専門とするトランザクション・ロイヤーがいる(殆どの場合、固定費プラス成功報酬で仕事を受けている). .劵奪箸靴審擽覆後々、剽窃されたものであるとして訴えられることを避けたいという法的要請から, また日々送られてくる膨大なデモテープをある程度選別したいというビジネス的要請から, アメリカの大手レコード会社の多くは, 了解なく送られてきたインディーズ系のデモ・テープを視聴しないという厳格なポリシーを掲げている. 結果として, 信頼できるエージェントや弁護士から送られてきたデモ・テープでなければ, 試聴しないという独特の業界慣行が生み出されたのだ(なお、同様の理由により, 映画・テレビ業界のプロデューサーや制作会社も, 信頼できる弁護士やエージェントから持ち込まれた脚本でない限り, 目を通さないという傾向がある).


複合する法律の難しさに加え、このような映画・音楽・ゲームといった業界それぞれに特有の慣習、さらには下写真のようにJASRAC・音事協・芸団協などの権利管理団体の存在等が複雑にからまって、数年勉強した程度では理解できない業界。だからこそ「エンタメといえば福井健策先生」みたいな、一部の先生にお仕事と人気が集中する構造もあるような気がします。

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2010年以降の研究対象として据えてきたプライバシーというキーワードから、スマホアプリを扱う企業の選考にオジャマし、話を聞いているうちにすっかりその事業モデルに共感してしまい、この奥深いエンタテインメントの世界に足を踏み入れようとしている私。その昔衛星放送・通信メディア企業にいたとはいえ、これまで吸収はすれど活用しきれていなかった法律知識をフル活用しなければやっていけない世界に飛び込むのだということを実感し、ちょっと先の入社日が待ち遠しくもあり緊張でもあります。

どんなドメインで具体的にどんな仕事をするか、そして今までのお仕事をどうしていくのかは、また入社の時期が近づいた頃にでも。
 

【本】フリーカルチャーをつくるためのガイドブック ― 著作権はやがて“コミュニケーション受益権”へ

 
この本の紹介の前に、今日はまず自分の体験談からさせていただこうと思います。


フリーカルチャーをつくるためのガイドブック  クリエイティブ・コモンズによる創造の循環フリーカルチャーをつくるためのガイドブック クリエイティブ・コモンズによる創造の循環
著者:ドミニク・チェン
販売元:フィルムアート社
(2012-05-25)
販売元:Amazon.co.jp




「音楽はパーツ」論


私は高校時代から、今もなお懲りずにバンドをやっています。グラインドというノイズあふれるジャンルの音楽でして、ほぼすべてオリジナル曲でこれまでに自主制作で2枚のアルバムをリリース、今月にも久しぶりに3枚目をリリースして、秋にはライブもやろうかと計画をしているところです。

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こういう話をすると、「なんでプロにならなかったの?」と聞かれます(実際skype英会話でフィリピン人講師に自己紹介するたびに毎日聞かれてます…)。もちろん聞いているほうもそんなに真剣に尋ねていらっしゃるわけではないでしょう(笑)が、当時は高校生〜大学生なりに音楽の道で飯を食うことを考えていたこともありました。しかし、その時にはすでに、これからはCDを作ってそれを売って飯を食うというのは成立しなくなるということを直感していました。

決定的だったのは、大学時代にビートルズのコピー以外禁止という超ストイックなビートルズバンドサークルに入って、160曲以上をひたすらコピーしたこと。ビートルズを聴くだけでなくそこまで演りつくすと、すべてのボップス・ロックが「ビートルズのあの曲のこの部分とこの部分の組み合わせ」という風に聞こえてくる病気にかかります。

そんな体験を通して私が当時思ったこと。

「バンド音楽というものは、楽器・音階・リズムという世界共通の仕組み・ルールで構成されている以上、ある一定の組み合わせのバリエーションでしかない。しかもその美味しいところはビートルズがすべてやり尽くしてしまっている。後に生まれたものはすべてそのコピーかアレンジほどの価値しかない。」

ちょっと暴論かもしれませんが(笑)、いずれにせよ、人のコピーやアレンジみたいに聞こえてしまうような“作品もどき”でお金を取れる時代は早晩終わるな、と確信していました。

そのうち、バンドメンバーがみな社会人になって忙しくなると、バンドは一人でできないので、今度は一人でできる音楽活動、DJに手を出します。DJがやることといえば、右側のターンテーブルと左側のターンテーブルで違う曲をかけてそれをヘッドホンで聞きリズムをあわせながら、ベストなタイミングで外のスピーカーに出力する音を切れ目なくつなぎ、別の曲のように仕立てながら、オーディエンスを楽しませること。

せっかく作曲者が曲のはじまりから終わりまでで一つの完成された作品を作っているのに、そのせっかくの作品を分解・解体し、“パーツ”として使うわけです。作曲者からするとなんたる失礼な行為という感じです。実際にDJやる前は、DJなんて楽器が弾けないやつが人の曲を使って負け惜しみでやっているお遊び、そうとしか思えませんでした。

しかし実際にやってみると、楽器・音階・リズムという“バーツ”から組み立てて音楽を作るのではなく、すでにある曲から“パーツ”を取り出し組み合わせてあたらしい音楽をつくる感覚が新鮮で、しかも楽器を引くよりも難しく、かつ音階やリズムをパクって別の曲のように装うよりもストレートに原曲を(パーツとして)使う点でよっぽど正しいことのように感じたのです。そして、この体験を通してこう思いました。

「自分の作品の一部がこんな風にパーツとして扱われだしたとき、そのパーツに払われるお金はさらに微々たるものになるだろう。そのとき、自分がその作品・パーツの制作者だったら、何に報いを求めるだろうか。それは著作権にもとづく対価請求権とは違うものなのではないか。」

丁度この頃、iPod/iTunesブームが到来し、アルバムというアーティストにとっての作品が解体されて1曲150円のパーツ単位で販売され、著作物のパーツ化・低価格化がさらに進むことは間違いのないものとなっていきます。そのあたりの著作権とDJのようなパーツ的創作活動との間のギャップに関する思いは、クリエイティブ・コモンズの提唱者の一人でもあるローレンス・レッシグが書いた『REMIX』の書評エントリにも書いています。


ゆっくりと、著作権を“コミュニケーション受益権”に変えていく


さて、この本の話題に戻りましょう。


フリーカルチャーをつくるためのガイドブック  クリエイティブ・コモンズによる創造の循環フリーカルチャーをつくるためのガイドブック クリエイティブ・コモンズによる創造の循環
著者:ドミニク・チェン
販売元:フィルムアート社
(2012-05-25)
販売元:Amazon.co.jp



私がこの本を手にとった1つの理由は、法務パーソンにもかかわらず、クリエイティブ・コモンズの仕組みや、あの「CC:BY-NC」みたいなライセンス表記ルールがなかなか覚えられず、苦手意識があったから。思想としては共感していても、非商用のライセンスを規定する話なので仕事上の緊急性がないこともあり、後回しにしていました。この点については、他のどの本よりも柔らかく噛み砕いて説明してあったので、もし同じような苦手意識をもっている法務パーソンがいらっしゃれば、満足いただけるクオリティだと思います。

※上記記述について @taaaaaaaask さんよりtwでご指摘いただきましたので修正しました。わざわざ有り難うございました。

もう1つの理由が、先ほどのこの問い

「自分の作品の一部がこんな風にパーツとして扱われだしたとき、そのパーツに払われるお金はさらに微々たるものになるだろう。そのとき、自分がその作品・パーツの制作者だったら、何に報いを求めるだろうか。それは著作権にもとづく対価請求権とは違うものなのではないか。」

これに対する答えとして、私は代わりに著作者人格権をもっと強化することなのではないかという自論をぼんやりと持っていたのですが、クリエイティブ・コモンズはこの点をどう考えているのか。つまるところ、クリエイティブ・コモンズは何をゴールと設定しているのか?という点です。

これに対する答えは明快でした。

ある人は、別の作者の作品を自分の創作に組み込んで、まったく別の作品に仕上げることによってリスペクトを示すことができるでしょう。しかしできあがった新しい作品が、取り込んだ著作を素材として活かしきれているかについては、それを鑑賞する人によって印象が異なるでしょう。
これはひとえに他者の創造性を継承して新しい作品を生み出すという行為そのものがコミュニケーションとしてとらえられることを意味しています。そこには濃淡があり、表情があります。それがゆえに失敗もあり、成功もあります。絶対的な尺度で規定することはできず、受け手に応じて相対的に価値が変化するのです。
本や論文を書く際には必ず参考にした文献の情報を記載するように、ミュージシャンがカバーソングやリミックスを作る場合には対象となる曲を明示します。このことによって引用されたり参照されたりした原作者は自分の表現行為がどのような影響を与えたのかを知ることができます。それは原作者自身の趣向性や価値基準に沿うようなポジティブなものである場合もあれば、時としては原作者が好まないネガティブなものであったり、またはまったく予想もしなかった形に作り変えられる場合もあるでしょう。
しかし、コミュニケーションに常に誤解や失敗があるように、創造行為が自分が期待した反応を引き起こさなかったり批判を浴びたとしても、その事実は自分の次の創造行為をよりよくする材料になります。もちろん感情的であったり、ただ否定的なコメントはリスペクトにもとづいたフィードバックだとはいえませんが、ネガティブかつ建設的なフィードバックを返すことも作者の学習をうながすという意味で、有益な行為だと考えることができます。

創作の見返りはリスペクトだけでなく、学習までをも含んだものであるべきである。そのために必要なコミュニケーションを生む仕掛けがクリエイティブ・コモンズ・ライセンスだ、著者はそう述べています。

そしてもう一点、法務パーソンの関心事である「その時に著作権法はどうあるべきか?」について。

著作権の旧さや弊害を指摘し、それを乗り越える対症療法的な活動だけではなく、現代の技術や社会状況と照らし合わせながら、著作権がどうあるべきかという逓減や実験も同様に必要とされるでしょう。
筆者はクリエイティブ・コモンズは長期的な時間を要すると同時に、過渡期な運動であるととらえています。クリエイティブ・コモンズの最終的な目的は社会の中で透明な存在となり、クリエイティブ・コモンズという固有名について語る必要性がなくなったときに完遂されると考えています。

クリエイティブ・コモンズの活動家は、比較的おとなしい人が多いなあと思っていたのですが、著作権制度を性急に壊して新しい制度を無理矢理押し付けるのではなく、クリエイターとユーザーとの間にコミュニケーションを促すことで相互にメリットをもたらし、いずれはクリエイティブ・コモンズの概念すらなくすことがクリエイティブ・コモンズ・ライセンス制度の目指しているところなのだ(※)と聞いて、納得と共感を覚えました。

とはいえ、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの仕組みは法務パーソンからみてもちょっと複雑で、一般への浸透にはまだまだ時間がかかりそうなのも事実。著作権制度だって、明日あさって急になくせるようなものではない。それらを自覚した上で、あせらずにゆっくりと、芸術・創作のクリエイターとユーザーとの間にリスペクトとコミュニケーションを創発し、それによってクリエイターとユーザーの両者がさらに高みに登る世界を目指している、そんなクリエイティブ・コモンズを私も支持していきたいと思いました。
 

※この引用部については、著者のドミニク・チェンさんより、あくまで個人的見解でありCCコミュニティ全体の共通理解ではないとのコメントをツイッターでいただきましたので、念の為ここに追記させていただきます。コメントありがとうございました。
 

【本】アマゾン契約と電子書籍の課題 ― 「Kindle電子書籍配信契約」の裏のウラを読む

 
AmazonがKindleという電子書籍リーダーを通じて電子書籍の世界を席巻しようとしていることは、多くの方がご存知でしょう。そのKindleプラットフォームで電子書籍を売ろうとする出版者(社)が締結するアマゾン契約(正式名称「Kindle電子書籍配信契約」)を分析した上で、出版業界に警鐘を鳴らすのがこの本。私も今デジタルコンテンツ関係の仕事に携わっているので、参考になるかと思い購入してみました。

著者の北村行夫弁護士は、『引用・転載の実務と著作権法』など、著作者・出版者向けの著作権問題をよく取り上げられている方なので、ご存じの方も多いはず。


アマゾン契約と電子書籍の課題アマゾン契約と電子書籍の課題
著者:北村 行夫
販売元:太田出版
(2012-04-21)
販売元:Amazon.co.jp



電子書店が本を売らせてもらう(売ってあげる)ためだけの契約であれば、こんな規定が設ける必要があるのか、その内容は電子書店の分際を超えてしまっていないか、という規定が随所に見られるからです。

著者がこう指摘するアマゾン契約のいくつかの問題点の中で、法務的にも注目すべきシリアスな問題が、自動公衆送信(送信可能化権)の許諾についてのくだりです。

自動公衆送信権許諾のワナ


電子書籍が話題になり始めたころに、よく問題として取り上げられたのでご存知の方も多いかと思いますが、出版者が書籍を電子書籍化して配信するためには、著作者から著作権法上の“自動公衆送信権”に基づく許諾を得ることが必要になります。

著作権法上出版者に与えられる出版権は、残念ながら自動公衆送信権とは連動していません。従い、出版者は、電子書籍化にあたって著作者から自動公衆送信権の許諾を改めて取らなければならない、という問題がありました。最近ではそのような二度手間が発生しないよう、出版時の出版権設定契約において、出版者が著作者から自動公衆送信権の許諾も併せてとっているのが普通だと思います。

しかし、その自動公衆送信権の許諾をもってしても、実は出版者がアマゾン契約によって電子書籍の配信を実現することはできないということを、筆者は指摘します。

では、出版者が著作権者から送信可能化に基づく許諾を受けている場合、出版者は電子書店に送信可能化を再許諾する契約を結ぶことはできるのでしょうか。
否です。
許諾を受けた出版者は自ら送信可能化して配信することはできますが、その送信可能化権を第三者に対して許諾する権限をもっていないからです(著作権法63条)

そう、著作者から自動公衆送信権を許諾された出版者自身が電子書店をオープンし配信することはできても、Amazonという別の電子書店に対して自動公衆送信権を許諾し配信させるとなると、これはまた別の権利の問題となるのです。多くの出版者は第三者に自由に再許諾できるまでの権利を著作者から取得しておらず、したがってKindleを通じて電子書籍販売をすることはできないはずである。これは重要な指摘だと思います。確かに、私が共著で出させてもらった本の契約書においても、送信可能化権の再許諾権までは許諾されていませんでした。

※なお社団法人日本書籍出版協会作成の「出版契約書ヒナ型(一般用 2005年)」では再許諾権なし、「出版等契約書ヒナ型(電子出版対応、2010年)」では再許諾権ありに変更されていました。

Amazonは、日本の著作者の権利意識の目覚めを待っている?


この点についてアマゾンはどう考えているのでしょうか?

実は、アマゾン案はアメリカにおける出版ビジネスの前提をそのまま、適用しているところからきています。アメリカの出版者は、著作者から著作権譲渡を受け、著作権者になっています。ですから出版者はアマゾンに対して送信可能化権(アメリカはこの法的概念を持っていませんが、それに相当するものという意味です。)に基づいて許諾ができます。
アマゾンは、出版者が「権限を持っている限り」か否かの判断はすべて出版者の責任の問題としているのです。
したがって、出版者自らが著作権者の許諾のもとに送信可能化する代わりに第三者に再許諾する行為は、著作権者との間にそのような特約でもない限りできません。勝手にやれば契約違反です。
しかも再許諾は、著作権者から見ると、出版者という存在がやがて、余分な障害に見えてくることになります。

つまり、Amazonは自動公衆送信権リスクの存在を分かっていながら、それを出版者に押し付けているのではないか、というわけです。そしてこの本の著者北村先生は、出版者を擁護する立場から、「このようなアマゾン契約のいいなりになるべきではない」「出版者が出版者として正しい権利を確保すべくAmazonに主張すべき」と述べられています。それを図示したのがこれ。

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左図のようにAmazonが出版者・取次・書店の機能と権限を上流から下流まですべて取り込もうとしているのを、右図のように“出版者サーバー”と“電子書店サーバー”の概念を明確に分け、出版者とは違うたんなる電子書店の1つに過ぎない存在としてAmazonを位置づけよ、と。

一方で、出版者のユーザーたる著作者の視点から考えると、この右の図の状態を実現するメリットはあまり感じられなかったりもします。そもそも電子書籍はリアル書籍と違い、“本を刷ったが売れ残ってしまう”これまでの典型的な出版リスクを抱えることもなく、たんに電子書籍のファイルをサーバーに預けるだけなのに、出版者を挟む必要が一体どこにあるのだ。そんな出版者に“再許諾権”を与えてしまうぐらいだったら、出版者をすっ飛ばして著作者として直接Amazonに送信可能化権を許諾すればいい。著作者がそう気付いてしまうのは時間の問題ではないでしょうか。

さらに言えば、そもそもAmazonともあろう会社が、前述の自動公衆送信権再許諾リスクにただ知らんぷりを決め込んで法的責任を出版者に押し付けているだけとは、私には思えません。もしかしたらAmazonは、あえてバカを装ってこの問題を放置することで、日本の著作者の出版者に対する権利対抗意識を目覚めさせる狙いがあるのでは、とすら思っています。なぜなら、「権利を持っている自分が(上述引用部のアメリカ出版者のごとく)Amazonと直接契約するからいいさ」と、著作者側から「出版者不要論」が巻き起これば、Amazon自身が出版者とケンカせずに済むからです。

そんな裏のウラを邪推してしまうのですが、考えすぎでしょうか。
 

スタートアップといえども社名は商標登録しておいたほうがいい3つの理由

 
とかくキャッシュを大切に使いたいスタートアップ期において、法的な手続きにかかるコストにはうんざりさせられるもの。必要不可欠なものでなければ、「後でお金に余裕ができたらね・・・」となるのも無理はありません。

しかしそんなスタートアップの苦しい時期といえども、社名だけは早期に商標登録をして商標権を取得しておくことをお薦めします。「え?商標権って、具体的な商品名とかサービス名を決めるときとか、あわよくば商品・サービスがヒットしてから取得すればいいんじゃないの?」と言う方のために、以下その理由を3つにまとめてみます。


1.社名を商品・サービスブランドとしてそのまま“活用”できる


たとえばGoogleがわかりやすい事例ですが、社名であり検索サービスの名称であった“Google”がブランドとして認知されるようになった後、サービスの多角化にあたって“Google Map”、“Google Calendar”、“Google Docs”、“Google Reader”…という風に、ブランド名としての“Google”を流用して様々なサービスを展開しています(GmailやYoutubeやPicasaなど例外もありますが)。

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このように社名を商標として権利化してブランドとして育てれば、【ブランドとして権利化した社名+商品・サービスの機能を表す普通名詞】を組み合わせて用いることにより、商標権をいちいち抑えなくても安心して商品・サービスを展開できます

もちろん、商品・サービスを開発するごとに独自のユニークな名前を考えてもいいわけですが、このGoogle方式の方が新しい商品・サービスをリリースする際の機動性が確保できるだけでなく、商標権取得コストの節約にもつながるという点で、時代にあった賢い方法と言えるのでは。

2.同じ商号(社名)の会社が出て来ても対抗できる


会社を設立する際に商号(社名)を法務局に登記しているので、何か法務局が会社名を守ってくれるような錯覚を覚えますが、同じ名前の会社が存在しても、実は法務局は全くチェックしていません※1。従い、まったく別の会社があなたの会社と同じ社名で登記をすることも、似たような商品・サービスの商売をすることも、会社法上は可能となっています※2。

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そのため、万が一同じ会社名で同じような商品・サービスを提供する会社がすでに存在し、または後で誕生してしまうとも限りません。そうならないようにするためには、商号(社名)を商標として権利化してしまうのが一番。裏を返せば、商号を商標として権利化しておかないと、商品やサービスのパッケージや広告に会社名をブランドとして表示できなくなるおそれもあるということです。

※1 以前は同一の市区町村内では同一商号では登記できない制度になっていたが、現在の会社法ではこの商号規制が廃止された。
※2 既に有名になっている商号(社名)を真似することは、不正競争防止法により規制あり。

3.ドメインネーム紛争リスクを低減できる


webサービスのスタートアップでなくとも、広告宣伝と信用創造の手段としてインターネットにHPやblogを開設することは当たり前の時代。その際には、社名にちなんだ独自ドメインを取得するのが通常です。いやむしろ、イマドキはドメインの空きを調べてから社名を決めるのが通常かもしれません。

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しかし、ドメインネームが取れたからといって安心して商号(社名)として使うのは危険。ドメインネームは、その名前が商号として登記されているかどうかや商標登録されているかどうかとは無関係に取れてしまう(登録にあたりクロスリファレンスされるわけではない)ため、後でそのドメインネームに類似する正当な権利者が異議を申し立てた場合、不正競争防止法や日本知的財産仲裁センターのJPドメイン名紛争処理に基づき、ドメインネームの取消しや移転請求がなされる可能性があります。前述のように商号を商標権として抑えておけば、そのようなドメイン紛争に巻き込まれることもほぼなくなります


なお、社名を商標登録する際、商標権の“守備範囲”(指定商品・指定役務といいます)をどこまで広くとっておくかがポイントになってきます。広く取れば取るほど将来に渡って安心ですが、コストも高く付く場合があるからです。この辺については弁理士等や商標管理の経験のある人に相談して検討してみてください。


8:20追記:
以下Twitterで“弁理士兼技術系の弁護士(マイノリティ)”wこと、この分野にお強い高橋先生よりいただいたコメント。

実際、大変なことになっちゃったケースは私もよく耳にしますので。こうなると専門家に任せるしかないです。


参考文献:

商標法全般についての易しい解説はこちら。
なるほど図解 商標法のしくみ (CK BOOKS)なるほど図解 商標法のしくみ (CK BOOKS)
著者:奥田 百子
販売元:中央経済社
(2006-01)
販売元:Amazon.co.jp



ドメインネーム紛争について解説が詳しい。
インターネットの法律Q&A―これだけは知っておきたいウェブ安全対策インターネットの法律Q&A―これだけは知っておきたいウェブ安全対策
著者:岡村 久道
販売元:電気通信振興会
(2009-07)
販売元:Amazon.co.jp

【本】ライセンス契約のすべて 基礎編 ― 実務応用編とセットでよろしくお願いします

 
私も共著者として名前を並べていただいている『ライセンス契約のすべて 実務応用編』のデザインにあわせるように、『基礎編』のデザインがリニューアルされ第二版としてリリースされています。


ライセンス契約のすべて 基礎編 第2版ライセンス契約のすべて 基礎編 第2版
著者:吉川 達夫
販売元:レクシスネクシス・ジャパン
(2011-12-02)
販売元:Amazon.co.jp



初版との内容の差異を比較したところ、帯の説明にもあるIncoterms2010規則のアップデートと、ソフトウェアライセンスの項でGNU GPUライセンスについての言及が少し増えていた点などがありましたが、基本的な構成はほとんど変わっていないので、マイナーアップデートといってよいのではないかと思います。

が、せっかくデザインも実務応用編と揃ったので、これを機会に一家に2冊、お買い求めいただければ関係者として幸甚です。

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※本エントリは、1)関係者である私自身が関係者であることを明らかにした上で、2)優良誤認・有利誤認のない表現でアマゾンアフィリエイトプログラムを通じた購入をご案内にしているに過ぎませんので、ステマ=ステルスマーケティングではございません。しかもこの本も自分で買ってますし(笑)。
 

【本】なんでコンテンツにカネを払うのさ? ― 著作権はデジタルに勝てないという本を出版社が出し、それがヒットするという皮肉

 
デジタルの特性「劣化しない」「すぐに共有できる」を最大に開放し、著作権を気にせずにコンテンツはコピーOKの世の中にしたらどうなるか。果たして、世の中はより良くなるのか?それともクリエイターが死んでしまうだけなのか?

twitterでありがちな素人同士の与太話でなく、プロのクリエイターとプロの弁護士が、真剣にこのテーマについて2日間ディスカッションした対談が本になったものがこちら。


なんでコンテンツにカネを払うのさ? デジタル時代のぼくらの著作権入門なんでコンテンツにカネを払うのさ? デジタル時代のぼくらの著作権入門
著者:岡田 斗司夫
販売元:阪急コミュニケーションズ
(2011-12-01)
販売元:Amazon.co.jp




私自身も、もう著作権制度の維持を前提とするのは無理があると思ってしまっている企業法務の風上にも置けないヤツです。

そう思いはじめたのは、バンドマンとしてオリジナル曲を創る立場だった自分が、DJをやるようになって他人の音楽を“素材”として扱って自分なりのアレンジやマッシュアップをするようになったことがきっかけでした。これにレッシグの『REMIX』を読んだショックが加わって、一気に著作権終焉論者に。

そんな具体的実感がないという方にも、この本の岡田さんの例え話はわかりやすい。「どんどん引用してくれ」と岡田さん自身がこの本の中で仰っているので、遠慮無く引用させていただきましょう。

野球がクラスでいちばんうまいからといって、そいつは野球で食っていくことは出来ませんね。
野球がうまい奴なんてそこら中にいます。河原で草野球をしている人は多いし、社会人野球で働きながら野球を続けている人もいます。野球だけで食えている人なんてほとんどいないんですよ。
じゃあ、コンテンツの創作はどうなのか?マンガを描ける、楽器を演奏できる、小説を書ける、その程度の能力で、飯を食っていこうというのかと。僕たちの社会が持つ余剰は、そういう能力のある人間をどの程度食わせていくことができるのだろうか?うまいだけなら、趣味でやっていけばいいんですよ。コンテンツを作って食っていきたいというやつに会うたび、「草野球が趣味のサラリーマンみたいに、もっと真面目に生きろよ!」と言いたくなっちゃう(笑)。
創作だけで食っていこうという態度が真面目じゃありません。
野球がうまい奴は、いろんな会社から「ウチの会社に入れよ」と誘われます。そいつが、「僕は営業できないですよ」と断っても、「そんなことはいいから、君は野球やっててよ」と言って飯を食わせてくれる。
僕はこれこそ才能のあるべき姿だと思います。直接お金を稼ぐ才能がないとしても、「才能を含む総合的な人格」で評価されればいいんじゃないでしょうか。


この岡田さんの「そんなにクリエイターやりたいなら、草野球で我慢しているサラリーマンを見倣って副業でやれ」という一見身も蓋もない極論(私にとっては至極真っ当な意見)に、良識派として応じるのが福井健策弁護士。

福井先生もただのおカタイ弁護士とは思われたくないという意地があるのか、著作権法のグレーゾーンについてフレキシブルな解釈を紹介されたり、二人の意見の相違点を発展的に解決する思考実験を披露したりと、必死に「応戦」をされています。このあたりは、著作権やフリーカルチャーに興味をお持ちの法務パーソン・ビジネスパーソンにも読み応えがある部分でしょう。

しかし、福井先生には申し訳ないのですが、やはりこの本の帯にあるとおり、デジタルというパンドラの箱を開けてしまった私達は、デジタルで出来てしまうこと・それを使って人間が本能的にやりたくなること=コピー・パロディ・リミックス・マッシュアップetcを権利で縛ることはできないのだと思います。福井先生は、「そうは言ってもいまは著作権があることを前提に世の中が成り立ち、クリエイターが食べている」「言うのは簡単だが、誰も実証できていない」と、良識派として必死に抵抗されていますが、その抵抗があと10年20年と持つとは思えないのです。


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・・・と、ここまで書いて思ったのが、こんなテーマを本にして出版した阪急コミュニケーションズさんこそが、無駄な抵抗がもはや通用しないことを現場で一番感じている張本人であり、その張本人がこの本を出版したということこそ賞賛されるべきだ、ということ。出版社こそが、著作権を有する著者の媒介者として収入を得ている“デジタルの反対側”にいる人と思われている人たちなのに、その彼らがこの本を出し、変化を自ら肯定したというのは、勇気のあることです。

この本自体、まさにネット口コミによって販売部数を伸ばしていると聞きます。そして、こうして売れていく度に、阪急コミュニケーションズさん自身が、いや他の出版社はもっと強く、皮肉を感じることでしょう。「自分たちの武器でありお守りであったはずの著作権を否定するような本を出版したら、それが大ヒットして収入と評判が得られるなんて」。
 
時代の変化に対し、どうやってソフトランディングをはかるかを考えているより、積極的に変える側に立ったほうが圧倒的に楽しいし、先行者利益も得られるはず。この本のテーマであるフリーカルチャーの発想はレッシグが唱えて以降各所で見られており、もはや新しいものではなくなっていますが、それが机上の空論でなく、ついに日常にも浸透してくる。そんな変化の瞬間に今我々は立ち会っているんだというライブ感を味わうことができるでしょう。

味わっているだけでなく、ライブを演奏する側にならなければ、ですね。
 

「自炊代行利用禁止」の奥付表記を集めてみた

 
最近刊行された本の奥付を見ると、一般的な著作権(出版権)侵害行為に対する警告だけでなく、具体的に自炊代行業者を利用したスキャン・デジタル化の制限に言及しているものが増えています。

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出版社ごとの定型文言になっているところを見ると、著者の意向ではなく、日本書籍出版協会の呼びかけに応じた出版社の一方的な意向で入れられている文言なのでしょう。しかし、著作権法上認められた私的使用のための複製を出版社に禁止されるいわれなどありませんし、ご案内の通り、代行業者を利用すると私的使用のための複製に当たらなくなるという判例も、いまだ存在していません。にもかかわらず、「禁じられています」「認められておりません」「著作権法違反です」と断言される出版社の多いこと多いこと・・・。いろいろな意味で面白いので、せっかくの“企業努力”の姿、私が最近購入した本の奥付から引用してここにご披露させていただこうと思います。

他にも、こんな出版社がこんな面白いの入れてるよーというのがありましたら追加していきますので、どしどしコメント欄にお寄せください。


■講談社
本書のコピー、スキャン、デジタル化等の無断複製は著作権法上での例外を除き禁じられています。本書を代行業者等の第三者に依頼してスキャンやデジタル化することは、たとえ個人や家庭内の利用でも著作権法違反です。

■東洋経済新報社
本書のコピー、スキャン、デジタル化等の無断複製は、著作権法上での例外である私的利用を除き禁じられています。本書を代行業者等の第三者に依頼してコピー、スキャンやデジタル化することは、たとえ個人や家庭内での利用であっても一切認められておりません。

■中央公論新社
本書の無断複製(コピー)は著作権法上での例外を除き禁じられています。また、代行業者等に依頼してスキャンやデジタル化することは、たとえ個人や家庭内の利用を目的とする場合でも著作権法違反です。

■星海社
●本書のコピー、スキャン、デジタル化等の無断複製は著作権法上での例外を除き禁じられています。●本書を代行業者等の第三者に依頼していスキャンやデジタル化することはたとえ個人や家庭内の利用でも著作権法違反です。


日経新聞に取材記事掲載

 
昨日2011年10月17日(月)付け日経新聞19面、三宅伸吾記者によるコラム「法務インサイド 書籍の電子化『自炊代行』相次ぐ」に、ちょろっと私の名前がでています。普段は日経新聞を読まない私ですが、さすがに駅売りで購入しました (笑)。

法務インサイド 書籍の電子化『自炊代行』相次ぐ(日経新聞)
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三宅さんにはこのブログを御覧頂いて接触を頂きました。今回、自炊代行という法的には決着のついていないグレーゾーンに触れる話題のため、仮名の使用もご提案いただきましたが、私としては自炊代行をやましいことと考えていないので、合法派としてあえて実名で登場。さすが全国紙だけあって、いろんな方から「名前出ててビビった」とのお声をいただきました。それにしても皆さん隅々までよく読んでいらっしゃいますね!

取材でお話したことのほとんどはカットされてしまい、単なる「東京駅近くに勤める本好きのサラリーマン」になってしまいましたが(苦笑)、カタめの著作権法学者のみなさんが違法見解を連発される中、日本的な「空気読め」感だけで自炊代行が潰されるのは私も困るので、今後も三宅さんの力をお借りして微力ながら“世論の正常化”に寄与できればと思います。
 
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