商談で当事者が三社(例えばメーカー/問屋・コンサル等仲介者/購入者)になると、だいたい誰かが言い出します。「三者間で1つのNDAを締結すれば、手間が減るし、きれいですよね」と。
確かに“紙の上”ではきれいでシンプルです。ところが、現場の情報の流れは契約書のようにきれいになりません。ここで法務が安易に「では三者間NDAにしましょうか」と言ってしまうと、契約はただの儀式になります。
なぜか?理由は単純で、三者間NDAが想定している前提(常に三者同席・同一粒度・同一タイミングで情報交換)が、ビジネスの現実と一致しないからです。
ビジネスでは、全体としては三社が関与して進めていても、個々の連絡はほとんどのケースで二者間で走ります。
・会議の後の補足説明
・機微に触れる価格条件の詰め
・仕様の微修正
・スケジュールの前倒し・遅延の連絡
こういう情報交換の本丸はDMになりがちです。「二者間での連絡は禁止」などと運用で縛らない限り、情報格差は必ず生まれます。そして、その瞬間に三者間NDAが前提とする「対称性」は崩壊します。
結果、情報を多く持つ側が交渉力を持ち、持たない側が「それは聞いてない」を連発する。NDAは格差を是正してはくれません。
三者間NDAは各社が「開示者でも受領者でもある」構造になりがちです。すると、同じ会話の中で、Aの秘密・Bの秘密・Cの秘密が混在します。
議事録を誰が作り、誰が保管し、どの情報が誰のConfidential Informationなのか。実務ではそこまでタグ付けしません。タグ付けしないなら、後で「それは当社情報だ/いや当社の一般知見だ」の水掛け論が起きます。
最終的に“誰の秘密でもある”=“誰の秘密でもない”になりがちです。
NDAの核は、「目的外使用の禁止」です。しかし三者間になると、契約書に定めたはずの目的が曖昧に運用されます。
それを想定して「本件取引の検討」と広く書けば、各社の社内横展開を止める術がなくなります。狭く書けば、誰かの実務が止まります。
結局、無難な文言に寄せて運用でカバーと言い出した瞬間、法的拘束の実効性は薄まるのです。目的が曖昧なNDAは、名刺交換の延長程度の効果しかありません。
三者間にすると、各社が弁護士・会計士・外注・関連会社へ開示する余地も三倍になります。しかも、第三者の違反責任を誰が負うのか(受領当事者が負うのか、直接請求できるのか)が複雑化します。
結果として、いざ事故が起きたときに「結局、誰に何を請求できるの?」が曖昧なまま残ります。曖昧な責任は、責任ではありません。
差止め(injunctive relief)を入れても、誰が誰に請求するのかが曖昧なら、実務では動きません。
「独自に開発した」「公知だった」といった例外は、二者間でも立証が面倒です。三者間だと、情報の出所がさらに混線します。
A→B→Cの説明の途中でBの一般知見が混ざる。Cの質問がAの回答を引き出す。こうなると、何が誰の秘密だったのか、後から線引きできません。
線引きできないルールは、裁判になった瞬間に弱いものです。
三社が互いの情報を持ち合うと、返却・削除は事実上「全部消去」しか取り得なくなります。
対象となるのはバックアップ、チャット、個人端末、議事録、翻訳データ……。二者間でも厳しいのに、三者間で完全実行はほぼ不可能です。
できない義務を積むと、契約は儀式化します。儀式化した契約は、当事者の行動を矯正しません。
三者間NDAが“まだマシ”になるのは、情報開示を「三者が同じ場所で開示し管理する」運用に落とせるケースです。たとえば、
・情報秘密情報の共有はデータルームに限定し、開示は必ずそこに上げる
・二者間に閉じた情報の受け渡しは禁止
・会議メモは当日中に共有し、各段落に開示者を明記する
・当事者ごとに「当社秘密情報の定義・開示済み秘密情報リスト(添付別紙)」を更新する
・違反時の直接請求権(第三者受益または各当事者間の直接義務)をはっきりさせる
ここまでやって初めて、三者間NDAは履行可能な契約になります。そんなの現実的じゃないですって?では実務ではどうすべきか。「三者間NDAで楽をする」発想を捨てましょう。事故らないための実務の落としどころは、以下の通りです。
1)本線の当事者(最終的に契約する二社)で先にNDAを結ぶ
2)仲介者はRepresentativesとして扱う・必要なら加入書(Joinder Agreement)/誓約書で拘束する
3)情報の種類ごとに開示範囲と管理方法を決める
三者間NDAは、きれいな設計図に見えます。でも現場は配線がむき出しです。むき出しの配線をきれいな図面で隠しても、火花は散ります。
契約を儀式化して見た目だけの安心を演出するのは、法務として一番やってはいけないことではないでしょうか。
確かに“紙の上”ではきれいでシンプルです。ところが、現場の情報の流れは契約書のようにきれいになりません。ここで法務が安易に「では三者間NDAにしましょうか」と言ってしまうと、契約はただの儀式になります。
なぜか?理由は単純で、三者間NDAが想定している前提(常に三者同席・同一粒度・同一タイミングで情報交換)が、ビジネスの現実と一致しないからです。
問題1:情報は必ず「二者間」で偏る
ビジネスでは、全体としては三社が関与して進めていても、個々の連絡はほとんどのケースで二者間で走ります。
・会議の後の補足説明
・機微に触れる価格条件の詰め
・仕様の微修正
・スケジュールの前倒し・遅延の連絡
こういう情報交換の本丸はDMになりがちです。「二者間での連絡は禁止」などと運用で縛らない限り、情報格差は必ず生まれます。そして、その瞬間に三者間NDAが前提とする「対称性」は崩壊します。
結果、情報を多く持つ側が交渉力を持ち、持たない側が「それは聞いてない」を連発する。NDAは格差を是正してはくれません。
問題2:誰が誰の秘密を守るのか、条文は追いつかない
三者間NDAは各社が「開示者でも受領者でもある」構造になりがちです。すると、同じ会話の中で、Aの秘密・Bの秘密・Cの秘密が混在します。
議事録を誰が作り、誰が保管し、どの情報が誰のConfidential Informationなのか。実務ではそこまでタグ付けしません。タグ付けしないなら、後で「それは当社情報だ/いや当社の一般知見だ」の水掛け論が起きます。
最終的に“誰の秘密でもある”=“誰の秘密でもない”になりがちです。
問題3:目的条項(Purpose limitation)が空洞化する
NDAの核は、「目的外使用の禁止」です。しかし三者間になると、契約書に定めたはずの目的が曖昧に運用されます。
それを想定して「本件取引の検討」と広く書けば、各社の社内横展開を止める術がなくなります。狭く書けば、誰かの実務が止まります。
結局、無難な文言に寄せて運用でカバーと言い出した瞬間、法的拘束の実効性は薄まるのです。目的が曖昧なNDAは、名刺交換の延長程度の効果しかありません。
問題4:Representatives条項が“無限増殖”する
三者間にすると、各社が弁護士・会計士・外注・関連会社へ開示する余地も三倍になります。しかも、第三者の違反責任を誰が負うのか(受領当事者が負うのか、直接請求できるのか)が複雑化します。
結果として、いざ事故が起きたときに「結局、誰に何を請求できるの?」が曖昧なまま残ります。曖昧な責任は、責任ではありません。
差止め(injunctive relief)を入れても、誰が誰に請求するのかが曖昧なら、実務では動きません。
問題5:例外条項(公知・独自開発・第三者入手)が三倍難しくなる
「独自に開発した」「公知だった」といった例外は、二者間でも立証が面倒です。三者間だと、情報の出所がさらに混線します。
A→B→Cの説明の途中でBの一般知見が混ざる。Cの質問がAの回答を引き出す。こうなると、何が誰の秘密だったのか、後から線引きできません。
線引きできないルールは、裁判になった瞬間に弱いものです。
問題6:返却・削除条項が“できる前提”で書かれる
三社が互いの情報を持ち合うと、返却・削除は事実上「全部消去」しか取り得なくなります。
対象となるのはバックアップ、チャット、個人端末、議事録、翻訳データ……。二者間でも厳しいのに、三者間で完全実行はほぼ不可能です。
できない義務を積むと、契約は儀式化します。儀式化した契約は、当事者の行動を矯正しません。
それでも三者間NDAを締結したいなら(成立するレアケース)
三者間NDAが“まだマシ”になるのは、情報開示を「三者が同じ場所で開示し管理する」運用に落とせるケースです。たとえば、
・情報秘密情報の共有はデータルームに限定し、開示は必ずそこに上げる
・二者間に閉じた情報の受け渡しは禁止
・会議メモは当日中に共有し、各段落に開示者を明記する
・当事者ごとに「当社秘密情報の定義・開示済み秘密情報リスト(添付別紙)」を更新する
・違反時の直接請求権(第三者受益または各当事者間の直接義務)をはっきりさせる
ここまでやって初めて、三者間NDAは履行可能な契約になります。そんなの現実的じゃないですって?では実務ではどうすべきか。「三者間NDAで楽をする」発想を捨てましょう。事故らないための実務の落としどころは、以下の通りです。
1)本線の当事者(最終的に契約する二社)で先にNDAを結ぶ
2)仲介者はRepresentativesとして扱う・必要なら加入書(Joinder Agreement)/誓約書で拘束する
3)情報の種類ごとに開示範囲と管理方法を決める
三者間NDAは、きれいな設計図に見えます。でも現場は配線がむき出しです。むき出しの配線をきれいな図面で隠しても、火花は散ります。
契約を儀式化して見た目だけの安心を演出するのは、法務として一番やってはいけないことではないでしょうか。











































































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