企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

生き方・働き方

【本】フェイスブック 若き天才の野望 ― 映画観るなら後で読め


facebookの背景にあるハーバード大の寮生活、アメリカの若者文化、ベンチャービジネスのダイナミズム、さらにはマーク・ザッカーバーグの少し気難しいキャラクターが描かれた映画『ソーシャル・ネットワーク』が、昨日から日本でも公開されました。



「映画公開と聞いて、前から耳にはしていたfacebookを使い始めてみたけど、まだ何が凄いのか分からない」
「映画を見て、マーク・ザッカーバーグが好きになった」
「映画で描かれたfacebook創世記の後日談も知りたい」

そんな方は、映画の原作である『facebook 世界最大のSNSでビル・ゲイツに迫る男』ではなく、こちらをお読みになることをおすすめします。

フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)
著者:デビッド・カークパトリック
販売元:日経BP社
(2011-01-13)
販売元:Amazon.co.jp




映画の原作本『facebook 世界最大のSNSでビル・ゲイツに迫る男』が、ザッカーバーグと喧嘩別れしたエドゥバルド・サベリンの視点から創作・脚色された(なのでザッカーバーグはこの原作に対しては全面取材拒否しています)“人間ドラマ”なのに対し、こちらは、元フォーチュンの技術記者が、本人を含めた緻密な取材をもとにその発展の歴史を冷静に描く“ベンチャー発展の史実書”、といった感じ。

フェイスブックは順調に成功の道を歩んでいたが、ザッカーバーグはワイヤーホグにも同じくらいの情熱を注いでいた。ショーン・パーカーは
「この当時奇妙だったのは、マークがザ・フェイスブックが成功すると100パーセント信じていなかったことだな。マークはほかのこともやろうとしていた」
(略)しばらくして、さすがのザッカーバーグもワイヤーホグに関して頭を冷やして考えられるようになった。「マークもやっと現実に目が覚めた。どれほど時間を無駄にしていたか気がついたんだ。」
ザッカーバーグは、「ワーク・ネットワークス」と名付けた新しいサービスを立ち上げようとした。これはフェイスブックとして、初めて大人を対象にしたサービスとなるはずだった。ワーク・ネットワークスはフェイスブックが大学ごとに設定されたにならって、会社ごとに設定されるクローズドなネットワークだった。
しかしワーク・ネットワークスは失敗だった。スタートしたものの、ほとんどユーザーを獲得できないままに終った。

こんな映画の原作には出てこないザッカーバーグの失敗にも触れられていて、彼が単なる「ネットサービスを生み出す天才」などではないことも分かります。

そんな失敗を、その時々の参謀たちの助けを借りながら、結局はうまく乗り越えてきたザッカーバーグ。

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人間のコミュニケーションをオープンで誠実なものにすることで、善良な世界に変えたい。その思想に賛同しない出資者や広告出稿主、社内幹部にコントロールされるような経営にだけはしたくない

重大な意思決定のタイミングが訪れる度に、ザッカーバーグが頑固なほどこのポリシーを守りぬいたこと、そして素行の悪さから業界では滅法評判の悪いショーンパーカーが、どんなに増資をしてもザッカーバーグから会社のコントロール権が失われないように仕組んだ“ある仕掛け”こそがfacebook発展の礎となっているのだと、この本を読むとよく分かります。また、映画やその原作が女性との愛憎やセックスという人間(若者)の本能的な部分に焦点を当てているのと比較すると、同一ベンチャー企業の成長物語のはずが、かなり対照的に描かれていることにも気づくでしょう。

なお、映画よりもボリュームたっぷり(500ページ超)のリアルで詳細な描写になっているだけに、これから映画を観ようという方がこの本を先に読んでしまうと、映画が知ってる事だらけでつまらなくなるので、ご注意くださいね。

2011年に向けて


反省しきりの2010年。
仕事も、プライベートも。

少し時間を作って、このブログを読み直したのですが、まあホントにこの一年自分は何やってたんだろうなと、その空っぽぶりにびっくりしました(笑)。おそらく、自覚している以上に、これまでの心の澱・そして身体的なダメージが溜まっていたのだと思います。特に5〜8月は最低で、9月以降はそのツケが回って・・・という悪循環。ブログってそういう自分の好不調もはっきりと記録されるから残酷です。最後ぐらい綺麗事言ってまとめたかったんですが、もう素直に反省するしかないです。

良かったことは、少しずつ人との出会いと交流が増えてきたこと。このブログやTwitterを通じて私に声をかけてくれる皆さんとの出会いと交流がなければ、ホントに何もない一年で終わってしまうところでした。ありがとうございます。あと、いつもそばにいて支えてくれている妻にも感謝です。

来年は、もっと純粋に笑って、背伸びせず、やりたいと思ったことに素直に、ダメもとでもいいから実行する1年にしたいです。

今年もお疲れ様でした。
来る年も、どうぞ宜しくお願いいたします。


【本】人材獲得競争 世界の頭脳をどう生かすか ― 大学の英語公用語化


日本のグローバル化という言葉の意味を、「日本人が今から英語を必死こいて勉強して世界にうって出て行くということ」と取り違えている人は多いと思います。さらには、「政府が人や企業の世界進出を支援しないのはおかしい」的な言説もツイッターで見かけたりするんですが、それもお門違いです。

国は、主権が及ぶところにある人と企業からしか税金をとることができないのですから、主権の及ばない外国に出て行く人や企業を支援するはずもありません。

もしあなたが最後は日本で幸せに死にたいと思っているなら、目指すべきグローバル化は、あなたが無理に背伸びをして外国で働けるようになることではなく、「日本に住む人と日本に本社を置く企業を強くして、日本が税金をたくさん徴収できるようにすること」なのだと思います。そしてそのために、国は、どうやったら優秀な外国人を日本によんで定住させるかを考えなければなりません(ゆくゆくは日本じゃないところで暮らしたいなら別ですが)。

ということで、今まで間違ったグローバル化を目指していた方は、この本を読んで方向転換しましょう。

人材獲得競争―世界の頭脳をどう生かすか!


シンガポール・インド・中国・韓国を中心に、各国がいかにして世界のエリートを自国に集めようと努力しているか、そしていかに日本がそういう努力を怠ってきたかを、さまざまな統計データで見つめることができます。

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遅れをとった日本がグローバル化で巻き返すにはどうしたらいいか。はっきりとは書かれていませんが、この本を読むと一つの答えが浮かび上がってきます。

それは、大学の公用語を英語にすること。

英語で質の高い授業を行うことで、留学生が流入しやすい環境をつくり、日本企業が優秀な留学生を雇って、卒業後数年間は日本に囲い込める環境をつくること。そしてあわよくば日本を好きになってもらい、永住してもらうこと。

大学が「英語で沢山の留学生とともに学問をする場」になれば、英語で供給される世界の最先端の研究成果もダイレクトに生かすことができますし、大卒者を雇う企業がわざわざ英語を公用語にしたり異文化コミュニケーションを教育したりする必要もなくなるという、副次的な効果も期待できます。

ハードルは高いことは承知の上で、少子化という不可避な現実を打開する意味でも、大学にはチャレンジをして欲しいと思います。
 

“日本を成長させる責任”は誰が負担すべきか

 
いつもブログを拝読しているお二人が、政権が変わっても打開策が見えない日本の成長に必要な要素として、「雇用の流動化」を語っていらっしゃいました。

生産性とは何か(池田信夫blog)
問題は日本の古い企業の生産性が低いことではなく、企業の新陳代謝が進まないことなのだ。その大きな原因が、優秀な人材が「終身雇用」によって生産性の低い官庁や銀行やITゼネコンなどに囲い込まれ、新しい企業が出てこないことにある。だから日本の成長にとってもっとも重要なのは労働市場を柔軟にして転職や起業を容易にすることであり、それは単なる「雇用問題」ではないのだ。

なぜ「仕事がない」のか(Zopeジャンキー日記)
「仕事がない」理由のひとつは、日本では経営者がワルモノ扱いされがちなので、経営者がやる気をなくしたり、起業しようと思う人が少ないからだろう。
しかしこの経営者ワルモノ論も、いまの仕事がイヤでも辞められないという日本の雇用構造ゆえに、経営者への憎しみが植え付けられてしまいやすいのが原因だろう。経営者をワルモノ扱いする人は、いまの仕事が不満だけれども、辞めることもできないので、その不満を経営者のせいにしてグチっているだけなのだと思う。

労働市場の流動性を上げて、「イヤな仕事は辞めればいい」ということを可能にしないと、この問題も解決しない。

一方今の政府は、雇用の流動化に逆行するかのごとく、「日本の成長のためには雇用の安定が必要だ」と言って派遣や契約社員を禁止しようとしています。これはつまるところ「企業が負担を背負って日本を支えよ」というメッセージなのでしょう。しかし、すでに今の日本を支えている企業は“日本人”よりむしろ“外国人を親(株主)に持つmixedな子(企業)”が多いということを忘れていないでしょうか。

外国人の親(株主)が、異国の地(日本)で自分の子(企業)が虐げられているのを見たら、きっとこういうことでしょう。
「何もそんな国で歯を食いしばって頑張る必要はない。もっとお前をサポートしてくれる国に行くか、こっちに帰って来なさい。」
こうして、成長が期待できる優秀な企業から日本を去っていきます。

それが嫌だったら、すべての企業を国有化もしくは外資規制しなければなりませんが、これが無理なのは言うまでもありません。そうして日本の成長を支えてくれるはずの企業がいなくなり、前提が崩れた時になって、「プランBはない」「企業に依存していた君たち個人が悪い」と荒野に放置されても、困るわけです。

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では、どうすればいいのか。

政府は、“日本を成長させる責任”を企業にばかり負担させるのではなく、今のうちから個人にも負担させる必要があると思います。企業の非正規雇用を法で禁じたところで、個人の雇用の安定を国や企業として保証することなどできず、結局最後は自分が踏ん張るしかないのだということを個人に理解させ、社会の変化に応じて必要な能力を身につける努力を求めたり、またはもっと積極的にリスクをとって起業をすることを求めたりしてもよいのではないでしょうか。

そして政府・行政には、そういう個人を増やしサポートするためにやるべきこと・やれることがあります。それは、就業者の大多数がサラリーマンかつ一社専属の終身雇用であることを前提とした健康保険・年金・税制度を見直して、働き方をもっと柔軟に選択できる仕組みを考えることです。以前もこのブログで取り上げましたが、日本の社会保険や税制は、サラリーマンの兼業/サラリーマンと自営業の兼業をするには不親切極まりない制度になっているからです。

個人が日本を支えるために働こうという気概を持ったときに、その気概を削がないように気の利いたお膳立てをすること。それが出来れば、日本人だけでなく、日本のことを好きになってくれる外国人が日本を支えてくれるようになるかもしれません。そしてそれこそが、真のグローバル化の姿なのではないでしょうか。
 


【本】起業のファイナンス ― みんなやろうぜ「起業教育」

 
何の本ですか?と聞かれれば、「会社の作り方」の本だよ、と答えるのでしょう。しかしこの本は普通の「会社の作り方」の本とは一味違います。

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起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと


複雑なだけで実際はたいして難しくもない登記実務や、知ってても役に立たない知識の代表格である会社法の説明にページを割く「会社の作り方」本が多いのに対し、この本は、
  • 入れ物をどうつくり(法人形態の選び方と事業計画の作り方)
  • その入れ物に入れるお金をどう引っ張ってくるか(資本政策の立て方と投資家の巻き込み方)
という、あまり文字にして解説してくれる人がいない、けど実はあとあと一番大切になる部分に焦点をあてて、私のような素人にも分かるよう丁寧かつ痛快に解説して下さっています。

どういうことかというと、たとえばこんな一節。
これも、法律や税務の本にはあまり書いていませんが、実務上重要になるのが、「説明コスト」です。
「株式会社」というのは誰でも知っていますので、説明するのに手間がかかりません。しかし、たとえば「合同会社」とか「有限責任事業組合」といったビジネスの入れ物を使う場合、「何ソレ」と疑問を持たれた場合には、説明に手間を要します。
これに対して、株式会社なら「株式会社って何ですか?」と質問されることはまずないです。
取引先は「税務上、こっちの方が有利なんですよ」といった話を聞きたい人なのでしょうか?普通、取引先は、そんな豆知識より、商品や仕事がちゃんとしていることを望んでいるはずです。
絶対使うことのない合同会社の法律知識がなぜ不要かの理由をわかりやすく添えてバッサリ切り捨て御免なところが、丁寧かつ痛快。

さて、この本の著者である磯崎先生のTwitterを見ていると、私のような会社員に対していつも「君らぶつぶつ会社員生活に文句ばかり言ってないで起業して日本を盛り上げなさいよ」と叱咤激励されているように思います。でも、「そんなこと言われても色々難しいことがありそうじゃないですか・・・」とすぐに腰が引けてしまうのが日本のサラリーマン。

その「色々難しい」と思われがちな起業に関するよしなしごとをサラリーマンでも分かるように解説し、あとはやるかやらないかは本人のやる気次第、という状態にする、磯崎さんはそんな「起業教育」を率先してやろうとされているのだと思います。

で、思ったのが、会社としても会社に依存しない自立した社員をつくりたいんだったら、スキル教育ばかりでなく、もっとこういう「起業教育」に力を入れるべきではないかということ。会社って、こんなに大変な機能とリスクを経営者と裏方が担ってるからこそお金が集まって君たちの給料が支払われているんだよ、君たちは自分でそれができるの?ということが会社から伝えられれば、「会社に文句ばっかり言ってて俺は何ができるんだっけ?」「私ももっと自立しなきゃ」と、日本のサラリーマンのメンタリティも変わるのではと。

うちの会社でそんな起業教育をやるときは、是非磯崎先生にお願いしますね。
 

【本】実践!多読術 ― 若さとは可能性であり、可能性とは残された人生における選択肢の数の多さである

 
この数年間多読(乱読?)を心掛けてきて、もうそろそろ無闇に本を買い漁るのはやめようかな・・・と思っていたところに、この本と出会い、やっぱり本というものは読み続ける価値はあるんだろうなと思い直しました。単純です。

実践!多読術 本は「組み合わせ」で読みこなせ



大人げない大人になれ!』を、もう少し読書中心の視点で書き直したような感じの本。成毛さんが、どのような視点で本を選び・読み・血肉に変えているのかを、かなり細かいところまで公開してくださっています。

適度に肩の力が抜けているその語り口が、何とも好きですね。

最近、自己啓発本の世界において、「最大の努力をすべきか否か」という論争があるそうだ。私は基本的に努力するのは苦手だし、人に努力を強いるのもいやだ。
第一に無理をすると、なにごとも長続きしない。第二に人生というのは、かなり運に左右されると思っている。とりわけ運の要素が色濃くでてくるのは仕事である。
ところで運というのは、確率論に支配される世界かもしれない。基本的にサイコロのアナロジーが使えるかもしれないのだ。そこでは、サイコロを振る回数を増やすことが必要になってくる。勝ちも来る、負けも来る。その回数をできるだけ増やして、勝ったときにはそれを大事にし、負けたときにはくよくよせず忘れてしまうことにしている。
人生とは博打のようなものではあっても、博打ではないから大丈夫だ。本を買うほどのお金、人と会うほどのお金があればいい。
良質の本を読むのもそうであるし、また社内にだけ留まっているのではなく、社外の人たちと勉強会を行うことも、サイコロを振っていることになる。


私は常々「若さとは可能性の大きさであり、可能性の大きさとは残された人生における選択肢の数の多さである」と思っています。そして、年寄り」にならないために、選択肢をできるだけ潰さずに生きていくことを信条としています。

一方で、選択肢を数多く残すことは、いつまでも人生の「絞り込み」を行わないまま生きていくこととほぼ同義ですから、何の強みも持たない器用貧乏になってしまうんじゃないかと恐れを感じることもあります。
それでも選択肢を多く持つ/潰さないことを優先してきたのは、成毛さんの例えで言えば「サイコロを振る回数をふやし、運をつかみやすくする」ためだったのだと思います。

数多くの本を読むことは、運をつかみやすくすることに資する。先輩のこの言葉を聞けただけでも、最近迷いがちだった心が少し救われた気がします。
 

【電子書籍】iPadがやってきたから、もう一度ウェブの話をしよう ― 電子書籍は、有料メルマガに変わる“専門家のための新しい課金プラットフォーム”になっていくのかもしれない

 
iPhoneアプリ型電子書籍におカネを出して買うのは、この本で3冊目。
1冊目は、自分が共著者でもある『ITエンジニアのための契約入門』。
2冊目は、堀江さんの『拝金
そして3冊目がこの『iPadがやってきたから、もう一度ウェブの話をしよう』です。


梅田望夫 iPadがやってきたから、もう一度ウェブの話をしよう



電子書籍というと、まだ日本ではKindleもiBooksも(出版社との権利関係のいざこざもあって)普及していない中で、とかくアプリの見やすさ・使い勝手に目がいきがちですが、その点だけ言えば文字のサイズが変更できなかったり、インデックス、しおり機能がなかったりとイマイチな作り。しかし、その不便さを上回ってあまりある「電子書籍である意味」を追及したものになっています。

その1つが、とりあげているテーマのタイムリーさと洞察の深さの両立
iPad、iPhone、Kindleによって今まさに進行する世の中の変化を、本よりも早く、かつ雑誌よりも深く分析しています。校了から出版まで少なくとも2〜3か月かかる紙の本よりも、やはりネタが新鮮で、今聞きたいwebの未来の話を専門家の視点から聞きたいことが深く聞ける、そんなところに価値を感じます。

たとえば、なぜGoogleのアンドロイド陣営がスマートフォン市場で(端末数は売れても)覇権を握れない理由について、梅田さんの質問に対しゲストである中島さんが“往復書簡”という形式で答えているこんなところ。少し長くなりますが大変興味深いお話だったので、部分部分を引用させて頂きます。
モバイル・コンピューティングの市場はパソコンのような「どんなシーンでも使える汎用デバイス」が支配するのではなく、キンドルやブラックベリーのような特定用途のデバイスと、iPhoneやiPad(そして近いうちに出てくるだろうiOSを搭載したAppleTV)のような汎用ではあるけれどそれぞれのシーンで使い分けるようなデバイスとが混在しており、ウインドウズのように「ユーザーエクスペリエンスまですべてOSが提供」ということにはとても実現しにくいということです。
それに加えて、マイクロソフトとグーグルでは、誰が「最終的なユーザーエクスペリエンスの責任を持つのか」という部分ですいぶんスタンスが違うように思えます。アンドロイドの場合、HTCやソニーエリクソンのように独自のUIを載せるところまで出て来ています。(略)ウインドウズパソコンでは決して許されなかったことですが、「ユーザーエクスペリエンスの責任を持つのはメーカー」というスタンスのグーグルはそれを容認しています(これに関しては、最近になって少し軌道修正をかけようという試みが行われていますが、オープンソースの性質上、なかなかうまく行っていないようです)。
そんな今の状況を見ると、アンドロイド・デバイスは数だけは出るでしょうが、それが90年代にウインドウズが勝ち得たようなデファクト・スタンダードになれるか、というといささか難しいのではないかと私は見ています。

そして、このようなグーグルの戦略に対し、アップルの戦略がいかに優れているかを、共著者の中島さんならでは技術者の視点を交えて考察してくださっています。
アップルの戦略で私が賞賛しているのは、単に「自前のブラウザーを作る」だけでなく「Webkitをオープンソースにした」点にあると思います。
「ウェブの世界でリーダーシップの地位を築くには、スタンダードを決める立場にならなくてはならず、そのためにはその標準実装をオープンソースの形で提供しなければならない」と認識したアップルは、サファリを作っただけでなく、そのHTML描画エンジンであるWebkitをオープンソースにしたんです。その結果、HTML5/CSS3の主要な機能はアップルが提案した通りになったし、Webkitはモバイルの世界でのデファクト・スタンダードになりつつあります。
自らWebkitを作っているアップルには、当然Webkitの内部構造に詳しいエンジニアがたくさんいます(略)。オープンソースで提供されたWebkitを、その中身も良く理解する時間も与えられずに自社のデバイスに載せなければならない他のメーカーのエンジニアには、そこまでの余力も時間もありません。その結果、同じWebkitを搭載したアンドロイド端末のブラウザーがiPhoneのそれと比べてずいぶん見劣りがする、という状況になっています。
つまり、一見グーグルに比べて閉鎖的・独りよがりに見えるアップルだけれども、ユーザーエクスペリエンスのキモを握るブラウザの技術をオープンソースにするという戦略によって、今の優位性を築くことに成功したというわけです。なるほど、わかりやすい。

そして、電子書籍ならではの特徴の2つめが、読者との交流の要素・インタラクティブ性を備えていること。この電子書籍は、このアプリからのみアクセス出来るURL上で、発売後の今も梅田さんと中島さんの対談形式での記事がアップデートされ続けており、そこでは読者から寄せられた質問に梅田さんと中島さんが答えながら、ITとWebの未来が語られています。

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この電子書籍を体験して、これまで有料メルマガという“無形”のメールというスタイルで行われてきた専門家としての「洞察の提供」・「読者とのインタラクティブな交流/意見交換」に対する課金を、タイムリーかつ消費者が気持よくお金を払える電子書籍という“半有形“のパッケージに姿を変えて提供していくという手法への変化によって、電子書籍ならではの面白い取り組みができるのでは思った次第。

私自身も、電子書籍の次回作を検討する際には、そんな要素も意識的に入れてみたいと考えています。
 

アジアという生き物、そして華人というエネルギー源

 
この1週間、シンガポールに行ってました。

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写真は3本の55階建て高層ホテル・カジノ施設の上に空中庭園とプールを乗せた(!)シンガポールの新しいシンボルタワー、マリーナ・ベイ・サンズと、その空中庭園から見下ろしたまだまだ開発途中のマリーナ地区。

月並みですが、アジアってやっぱり生き物の様に変わってる・成長しているんだな、と実感せざるを得ませんでした。最近の日本に居ては感じることのできない発展のエネルギーがそこには確かにあり、そしてそのエネルギー源は、間違いなく「中国」であることも。

9年前に初めて訪れた時、そして去年の今頃訪れた時からも変わり続けているシンガポール。特に私が一番感じる変化は、増え続ける高層ビルの本数もさることながら、街中に中国語が溢れるようになってきていること。耳を澄ませば聞こえてくるのは中国語ばかり、地域によっては店舗でも主言語であるはずの英語が通じず、中国語しか解さないところもあります。

事実、シンガポール建国の祖であり、現在は顧問を務めるリー・クアンユーは、最近こんなことを言っているそうです。

「2世代後には中国語が母国語になる」、初代首相が予言 ― シンガポール(レコードチャイナ)
リー顧問相は「2世代後には中国語がシンガポール人の母国語になっているだろう」と語り、「中国経済発展の影響が東南アジア地区でさらに拡大することに伴い、シンガポールが東南アジアにおける『中国センター』の役割を果たせるようになることを望む」と、中国語普及の重要性を示した。また、「(中国語の活用により)シンガポール企業が中国国内で確固たる地位を築き、中国に進出している海外企業の中で有利なポジションを獲得することを希望する」と語った。

英語を主言語とした多民族国家を標榜していた時代から、アジアとして決して無視することのできない華人という存在を上手く取り込み、中心に据え、香港をも飲み込む「第三の中国」ともいうべき国家に成長しようという戦略転換に、シンガポールは素直に反応しているのでしょう。

さて、私たち日本と私たち自身は、このアジアの胎動の中で何をエネルギー源にし、どんな生き物になるのでしょうか。
 

兼業成功者のインタビューに見た兼業の現実


兼業という働き方に関する堀江さんのこのブログエントリに、いたく共感するところがありまして。

「兼業」を嫌う日本人(六本木で働いていた元社長のアメブロ)
谷亮子が民主党から参院選に立候補するのに、同じくオファーを受けた高橋尚子は断ったから絶賛というのはまさに、悪しき日本人気質の象徴のようなものだ。別に二足のわらじのどこがいけないというのだろうか?

多くの日本人はサラリーマン専業しかやったことがない、あるいはひとつの職業に一生を費やすのが美徳だと思っている節がある。私も社長をやりながら選挙に出たら猛批判された。片手間でできるのか?と。今まで以上に働くということだ。みんなが休日で休んでいるときも働き、のんべんだらりとテレビの下らないバラエティ番組を鼻くそほじりならが見ているときも、ずっと働くということだ

今いる会社(人材サービス業)に入ってこの数年間、長期雇用という安定と引き換えに1つの会社に束縛される「サラリーマン」という働き方をなんとか変えられないかと考えてきた私。

その一つの選択肢として結構最近まで有力候補にしていたのが、「兼業雇用をもっとメジャーにして、1つの会社に依存しないスキルと収入源を得られるようにし、ゆるやかに雇用の流動化を図っていく」というシナリオでした。考えだした最初の頃は、1社雇用前提にした法制度が障害になるのだろうと考え、こんなエントリもあげてみたりしたのですが、色々調べていくうちに、そういった法制度の問題とは全く違う観点での難しさを痛感させられた次第。

何が難しいかというと、時間です。兼業の成功者たちは、堀江さんが言うように、とにかく寝てない・休んでないんですよ。

その証左として、例えばこの本。

ハイブリッドワーカー 会社勤めしながらクリエイティブワークする


インタビューに登場する6名の方々のほとんどが、昼間のサラリーマン・OL業を“生活を維持するための手段”としてできる限り軽く・短くし、それ以外の時間を“本当に好きな仕事”に当てることで、成功を手にされているんですが、その代わりに、端的に言えば倒れそうになりながら働いてます。睡眠時間2時間が当たり前とか・・・。家族の時間も犠牲にして。ワーク・ライフ・バランス?何・そ・れ?です。

この現実を見せられてしまうと、所帯持ちの普通の「サラリーマン」が、兼業と聞いて「いいなあ、そんな働き方してみたいなあ」と思ってくれそうもありません。

代替策として、
・月水金はA社
・火木土はB社
と出勤日をキレイに2つに分けられたとしても、結局仕事(顧客)は1社のときより増え、次の出勤日まで待っているわけで、専業よりも追われる感じが強くなる状況からは、どうあがいても逃げられないんだろうなあ。

会社とビジネスパーソンとの健全な関係構築を目指す私にとって、貴重な選択肢の一つかに思えた「兼業雇用のメジャー化による緩やかな雇用の流動化」というアイデアが、ますます非現実なものに思えている今日この頃です。

じゃあどうすればいいのかは、目下鋭意検討中でございまして。。。
 

【本】DRiVE ― 日本の終身雇用という幻想・強迫観念が、巡り巡ってモチベーション維持を困難にしているという悪循環


このエントリを書いて約1ヶ月、遅ればせながらようやく原著を入手して読了。

日本の終身雇用文化の何がダメかって、サラリーマンの自主・自立を阻害するのがダメなんだ(企業法務マンサバイバル)
モチベーション1.0が動物としての生存本能に基づく欲求、2.0が与えられた目標を達成することで金銭や名誉を獲得することを目指す欲求なのに対し、モチベーション3.0は、成長・知的興奮を求める自発的な欲求のこと。

そして、そのモチベーション3.0を支える重要な要素が
1)自主・自立
2)熟達・専門性
3)理念・目的
の3つであり、これまでのカネに基づく成果主義(=モチベーション2.0)では創造性を破壊するばかりで、これからより求められるイノベーションを生む原動力とはならないよ、というのがダニエル・ピンクの主張。

ぶっちゃけ、前半の本編146ページでは、東洋経済を読んで私がまとめた上記要約以上の示唆は得られず(笑)拍子抜けしたのですが、後半の付録を含めたトータルパッケージで見ると、読む価値はある本です。

DRiVE ― The Surprising Truth About What Motivates Us


ダニエル・ピンクは現代版チクセントミハイを目指してる?

前半部は、正直言ってチクセントミハイの『フロー体験 喜びの現象学』の引用があまりに多かった所が少し鼻につきました。あの本で言ってること「小さな仕事・小さな困難に小さな楽しみを見出し、それを積み重ねてハイになる」は共感できるんですが、具体的な手法論に欠けてあまり好きな本じゃないのです。

しかし、本書がその『フロー体験』に不足する具体的手法論に踏み込み、かつ現代版にアレンジすることにチャレンジしている点は、好感がもてました。特に、本編の後には70ページものボリュームで“TypeーI Tool Kit”と名付けられた即効性の高いHOW TO集をつけていて、実際前半部分よりもむしろこの付録が読んでいて面白かったです。

たとえば、こんな「モチベーショナル・ポスター」を作ったら?なんていう古典的なテクニックから、

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ドラッガー、ジム・コリンズ、ゲイリー・ハメルら経営のグル達のモチベーション語録までついているという・・・ダニエル・ピンクにそんな自己啓発的な要素を期待してなかったんですけど(苦笑)。

やっぱり日本の解雇規制は全ての元凶だった

その付録の中から、経営者の視点から「モチベーション経営」を考える上で、P172のこのHOW TOは非常に重要かもと思ったのがこれ。

Higher wages could actually reduce a company's cost.
The pay-more-than-average approach can offer an ellegant way to bypass "if-then" rewards, eliminate concerns about unfariness, and help take the issue of money off the table. It's another way to allow people to focus on the work itself. Indeed, other economists have shown that providing an employee a high level of base pay does more to boost performance and organizational commitment than an attractive bonus structure.

「できたらあげるよ」的成功報酬型ではなく、ほんのちょっとでもいいから平均より高いベース賃金を払う約束をあらかじめしてあげれば、お金のことで従業員のモチベーションを損なう心配がないと。

安っぽく聞こえるかもしれませんが、ベース賃金を世の中の平均水準より少し高くするだけで、「俺たちは皆、その他大勢に比べれば正当に評価されているんだ」という自信・プライドを、(評価される一部の従業員だけでなく)全従業員にもたせることができるということだと思います。上記引用部で言及されている"economists"が誰でその言説がどんなものなのかは分かりませんが、私が勤めてきた2社とも、このアプローチを意図的にとっている会社だったので、このことは実感としても共感できます。

なのに、人材業の立場から日本の求人を見ていると、ほとんどが逆のアプローチ、つまり「基本給は低く・残業手当もありませんが、頑張った人には“ボーナス”できちんと支払います。」という会社のまあ多いこと。この手法では、採用に成功したとしても、一回でも平均値を上回って支払われなかったときに人は「裏切られた」と感じ、辞めていってしまう。

分かっているのに、どうしてベース賃金を高く設定できないのか。それはやはり、日本では労働法上の解雇規制がキツすぎるからなのではないでしょうか。自由に解雇ができない日本においては、みんなのベース賃金を一律に上げることは、経営として将来を考えた時に資源配分の自由を失う恐怖感につながるからです。

正規・非正規問題といい、在籍社員のモチベーション問題といい、なんだか全ての元凶が日本の「終身雇用維持」という幻想・強迫観念にあると思わざるを得ません。
 

【本】フィンランド流 社長も社員も6時に帰る仕事術 ― 影響力の源泉は語学教育にあり

 
「フィンランド流」というタイトルの物珍しさだけで手にとった本なれど、なかなか奥深い本でした。

フィンランド流 社長も社員も6時に帰る仕事術


富士通のヨーロッパ(フィンランド・ドイツ)子会社で副社長を務めた著者が、フィンランドと日本との相違点と意外な共通点という2つの視点から、なぜフィンランドでは生産性高く・ワークライフバランスがとれた働き方ができるのか?を、その豊かな経験談をベースに語る本書。

・集中できる職場環境がある
・会議やホウレンソウの時間が少ない
・ITが活用されている
・“スマイル”ベースのオープンなコミュニケーション
・質問力が鍛えられている
・個性を伸ばす教育がある
・質素な生活習慣が合理性を養っている

と、挙げられている特徴は沢山ある中で、私がこの本で日本がフィンランドから学ぶべきと思った競争力の源泉は以下2つ。
  • 少資源国というハンデがある中、EUや隣国のロシアに対して影響力を持つために何ができるか・何をすべきかを、国民が危機感をもって考えている
  • 影響力を発揮する手段として当然に必要になる語学(外国語)教育への投資を選択し、惜しみなく力を注いでいる

少資源国であり、アメリカとの同盟関係や隣国(中国)の成長が驚異となっている点は、日本も同様の状況。

以前、デンマークのフレクシキュリティ政策を参考に、日本の競争力を高めるために職業訓練として英語をみっちりやったらいいのではないか、とこのブログに書いたことがありますが、ならば日本もフィンランドを素直に真似してみてはどうか、という思いを強く抱いた次第です。
 

日本の終身雇用文化の何がダメかって、サラリーマンの自主・自立を阻害するのがダメなんだ

 
今週発売の東洋経済で知った“モチベーション3.0”というキーワード。

週刊 東洋経済 2010年 3/27号


フリーエージェント社会の到来』『ハイ・コンセプト』のヒットで有名なダニエル・ピンク氏が、最新の著書『Drive』で提唱しているコンセプトのことです。

日本的終身雇用文化は、日本人の自主・自立精神を骨抜きにする

モチベーション1.0が動物としての生存本能に基づく欲求、2.0が与えられた目標を達成することで金銭や名誉を獲得することを目指す欲求なのに対し、モチベーション3.0は、成長・知的興奮を求める自発的な欲求のこと。

そして、そのモチベーション3.0を支える重要な要素が
1)自主・自立
2)熟達・専門性
3)理念・目的
の3つであり、これまでのカネに基づく成果主義(=モチベーション2.0)では創造性を破壊するばかりで、これからより求められるイノベーションを生む原動力とはならないよ、というのがダニエル・ピンクの主張。

これを読んで私が思ったのが、日本の終身雇用文化の何がダメかって、モチベーション3.0に必要な1)のサラリーマンの自主・自立を阻害しているのがダメなんだろうな、ということでした。

ダニエル・ピンクのコンセプトに当てはめれば、とりあえずクビにならない限り食べさせてもらえる(=モチベーション1.0の充足)、会社の言う事を聞き与えられた目標さえ果たしていれば給料が上がり役職を上げてもらえる(=モチベーション2.0の充足)という意識どまりのサラリーマンを大量生産こそすれ、自主・自立の精神を育む要素は一つもありません。むしろ、会社は従業員を組織に依存させることでロイヤリティを高めようとする方向に傾き、人材はタコツボ化していくばかりで、モチベーション3.0的には百害あって一利なしでしょう。

同じ理念・目的を持った者同士による、より緩やかな協同へ

では、この日本的終身雇用文化から抜け出し、モチベーション3.0を生み出すにはどうすればいいのか。

東洋経済のこの特集では、この自主・自立の精神を育むことに成功しているモデルケースとして、副業と労働時間の自由を完全に認める一方で給与は全員同一額としたユニークな企業、ソウ・エクスペリエンスさんを取り上げています。

私も、このblogやTwitterで何度か言及してきましたが、まずはサラリーマンに兼業・副業を認め、会社という場を「同じ理念・目的を共有できる人が緩やかに協同していくことにコミットしあう場」に変えて行くアプローチが現実的かと思っています。
その上で、自分なりのオリジナルな理念・目的を掲げて人を集めたい方が、起業というステップを踏むのではないかと。

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今やっておくべき事は、熟達・専門性づくり

ただし、その緩やかな協同や起業を成立させる前提として、ダニエル・ピンクも挙げているようにまずは自分自身になんらかの熟達・専門性がなければならないということは、忘れないようにしたいところです。

日本的終身雇用文化が与えてきたモチベーション1.0と2.0に浸りきって、気付けばなんの仕事にも熟達しておらず、たいした専門性も身についていない・・・となる前に、自分はこれで生きるんだと決めそれに関連する勉強・キャリアを積み続けておくことが、来るべき新しい働き方の実現とモチベーション3.0の充足に向けて、私達ビジネスパーソンが今やっておくべきことなのだと思います。

【本】ツイッターノミクス ― 人材ビジネスは今、無価値になるかならないかの瀬戸際にいる

 
一言で言えば、この本はマーケティング論の本です。しかも、企業と個人の両者に適用できるマーケティング手法論。

もっと正確に言えば、目に見えない「信頼度」を、資本金や売上といったお金の量やこれまで所属していた学校や企業のブランドだけで(無理矢理)推定していた時代から、デジタル技術とソーシャルメディアのおかげで「信頼度」のまま可視化できるようになった今、私達がどう振舞っていくべきかを説く生き方本です。

なのに、一見単なるツイッターの使い方本に見えてしまうこの邦題は、ちょっと勿体無い気もします。

ツイッターノミクス TwitterNomics


「個人情報販売屋」な人材ビジネスはもう必要ない

この本では、これからのマーケティングにおいて重要になるその目に見える「信頼度」を、“ウッフィー”と呼びます。
ウッフィーは、その人に対する評価の証と考えればいい。
ウッフィーにはお札やクレジットカードのような形はない。一人ひとりの脳内の端末に保存されており、端末は常時ネットに接続していて、その人がどのくらいウッフィーを持っているのか、誰にでもすぐわかることになっている。

人が持つウッフィーが誰の目にも見えるようになるというこの世界が今以上にメジャーなものになったとき、私の所属する人材ビジネスのあり方も大きく変わらざるを得ません。それは、これまでの人材ビジネスが、企業側からは見えにくかった人の持つ価値を言語化して企業に伝えるところに価値を置いたビジネスだったから。
だからこそ、企業からはサービスの対価を頂けるのに、個人からは頂けなかったわけです(求職者課金は原則禁じられているという法律の規制という問題もありますが)。

これまで特定の人たちの間だけで情報交換されていた企業と人両方のウッフィーが、誰にでも一目瞭然になり、ウッフィーの多さを伝えているだけの個人情報販売ビジネスでは誰も価値を感じ無くなる世界。そんな中で、人材ビジネスはどんな新しい価値を顧客に与えられるか。

私は、著者タラ・ハントが「これからの企業が掲げるべきミッションステートメント」として挙げていた中の1つに、大きなヒントを得た気がします。
ギフト経済とは何かを理解し、よい贈り物をするという高い目標を掲げることが、これからの企業哲学では大切になってくるだろう。
第三は、「顧客にパワーを与える」である。このパワーというのは、情報発信力であったり、価格決定力であったり、あるいは発表の場であったりする。例えば、ブログプラットフォームが登場するまでは、ふつうの人がメッセージを発信するのはむずかしかった。またYouTube以前には、動画の配信はエンターテイメント業界の専売特許だった。だが今では誰もが自分の意見や自分の作品を公開できるし、コメントをもらったり討論したりといったこともできる。低価格のデジタル・カメラも、情報発信に貢献していると言えるだろう。低所得者層のために安価な法律書や法令ソフトウェアを提供するNolo.comも、この範疇に属する。彼らはパワフルなツールを提供し、顧客の事業解説(原文ママ)や問題解決に力を貸して、ウッフィーを勝ち得ている。

 

【本】なぜ、週4時間働くだけでお金持ちになれるのか? ― 疲れたときの自己啓発書頼み(2)

このエントリで伝えたいこと

  • 夢は、WhenだけじゃなくHow muchも検討すると、先送りしなくなる。

「何のために働くか」をパラダイムシフトする

疲れたときぐらい自己啓発書読んだっていいじゃないですかシリーズ第2弾。

続いては、渋谷の文教堂に作られていた有名ブロガーはあちゅうさんのお勧めコーナーで手に取った1冊。いかにもな、胡散臭さ満点のタイトル(失礼)なんですけど。

なぜ、週4時間働くだけでお金持ちになれるのか?


12億ドルもらって定年後に3、000ドルの旅行をすることが夢なのか?
という問いかけにドキリとさせられた、私にとって印象的な一冊。

つまり本当にそれがあなたの夢なら、今叶えられるものはさっさと叶えて次の夢を見つけていった方が充実するのでは?という問いかけ。
「仕事があるから」「子供にカネがかかるから」を言い訳にしてサラリーマンの良いお父さんを定年まで続けているのは、自分の夢から逃げて保身に走ってるだけだよと。

加えて、読者が「わかっちゃいるけどさぁ・・・」で終わらないように、近いうちにこれは絶対使わせていただきます、とほくそ笑んでしまうような“サラリーマンが会社と上手な間合いを取っていくテクニック”や、著者自身が成功した“仕組みで儲かるビジネスの発想法”を伝授しようというのが、この本の全体像。

夢をいつまでに実現したいか日付を入れろ、というのはワタミの渡邊社長をはじめ色々な方がおっしゃっていると思うのですが、夢を実現するのに必要な“お金”を計算する、という視点は無かったですね、言われてみれば。
たしかに、夢を叶えるのに必要なお金を計算していると、以外に身近で現実的なものに感じられ、何を恐れて自分は夢の先送りをしているんだろう、と考えさせられます。

ハードワークな自分(私はそうでもありませんが)にちょっとでも疑問を感じている方が読むと、その気にさせられすぎてちょっとキケンかもしれません。この本は。
 

【本】大人げない大人になれ! ― 疲れたときの自己啓発書頼み(1)

このエントリで伝えたいこと

  • 自己啓発書を批判する向きもあるが、心が疲れたときは自己啓発書を読んで回復させるのも悪くない。
  • 成毛さんの言う「ユニークであれ」「あえて人とは違う道を選べ」は私の信条でもある。

Be uniquely!

元マイクロソフトの成毛さんに言わせれば、「自己啓発書を読んでるような30代ビジネスパーソンにロクな奴はいない」のでしょうけれど、私はよく心のエネルギーが下降気味な時に自己啓発書を読んで元気になったりします。

疲れたらレッドブル飲んだっていいじゃないですか(笑)。

そしてその成毛さんが出された自己啓発書がこちら。否定しておきながら、ちゃっかり自身では自己啓発書を出されるあたりがお茶目です(笑)。

大人げない大人になれ!』。


その物言いの歯切れの良さは相変わらず。
私がマイクロソフト日本法人の社長を務めていた時期には、毎年全体の5%に当たる社員を最低レベルの人間からクビにしていた。ここで言う最低レベルとは、保守的であることを指している。よく組織改革などと声高に叫ぶことがあるが、保守的な社員を切らないことには、組織の活性化などできるはずもないと思う。
大人の話し方が魅力的でないのは、それがどこまでも形式的であるからだ。大人になると、間違いや人と外れたことをするのを恐れる様になるから、形式的であることにむしろ安心するのである。
たとえば話し方の例ではないが、ビジネスメール一つをとってもそうだ。どのメールもバカの一つ覚えのように「お世話になっております」から始まり、「よろしくお願いします」で終わる。
私のスタイルの説明は単純である。自分より偉い人や強い人の意見をいったんはすべて否定していくのだ。(中略)なぜこのようにするのかといえば、権力を持った人の考えは、完璧な独裁者でもない限り、民主主義の論理に沿って部分最適に向かうからである。乱暴に言えば、自らの地位を守るために自然と大衆に迎合して行くのだ。

言い方や例えは様々なれど、成毛さんがこの本で伝えたいことはただ1つ、「ユニークであれ」「あえて人とは違う道を選べ」ということかと。

そしてそれは、私のMission Statementに刻まれた言葉でもあります。

そういえば私の一番好きな国でもあり、経済的にも今一番元気な国と言っても過言ではないシンガポールの観光スローガンも、“Uniquely Singapore”だったり。これからはユニークさが本気で問われるようになっていくのでしょう。

さて、自分はその信条どおりの生き方・働き方ができているか。この辺りでゆっくり考えておきたいところです。

大企業のサラリーマンが飲み屋やtwitterで喋っていることが世論のすべてだと錯覚してしまうことの危うさを図で表すとこうなる

 
類は友を呼ぶ、という言葉があります。

相当意識して付き合う仲間のバランスをわざと選別している人でもない限り、場所が飲み屋であれtwitterであれ、自分の近くにはやっぱり自分と同じ様な経済的境遇の人間が集まりがちなわけで。

で、そこで話されることが世論のすべてであるかのような錯覚に陥ってしまうと、政治的には色々な思いやりにかける発言につながってしまうおそれもあるのだと、最近感じています。

そんな中、先日ご紹介した『大企業サラリーマン生き方の研究』の中に、このことの危うさをうまく表現した図と文章があったので、自分の戒めのためにここに引用しておきたいと思います。

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ひとつのセル(四角い区切り)は、1人ひとりの人間を表している。縦軸は、個々人の政治力を表している。民主的な国においては、1人ひとりに与えられた投票権は一票で、その意味で1人ひとりの政治力は同じである。横軸は、1人の経済力を表している。資本主義の国に暮らしている場合、経済力は人によって様々である。
民主主義と資本主義の両方を基本的な国の施策とする場合、そこに暮らす人々には上記のマトリックスが成り立つ。そのような国々では、縦軸の平等な政治力を基に横軸の格差(経済力の格差)を牽制する機能を与えることにより、社会のバランスを取っている
社会の制度を考えるにあたって、最終的に最も大切なのは、縦軸である。各人に自由な経済活動を認めれば、いずれは富の偏在を生む。富の偏在が長年にわたって社会の中で固定化してしまうと、それは個々人の自由な経済的活動では打破できなくなる側面も出てくる。
大企業のサラリーマンは、日本社会の大多数を占めるものではなく、ほんの一握りの人たちにすぎない。様々なルールの変更は、最終的には、大企業のサラリーマン以外の各人にも平等に与えられた政治力の下、民主的なプロセスで、立法の過程を踏んで実現していく以外にない

色は何色になるにせよ、マトリックスの塗り残しが無いように選挙には皆で行かなきゃね、ということでもあるかと思います。

大企業サラリーマン 生き方の研究

 

【本】大企業サラリーマン生き方の研究―従業員代表監査役なんておかなくても株主資本主義を修正し日本を元気にする方法はあると思う

 
公開会社法なる法律を作り、上場会社に従業員代表から監査役を選任させることで、労働者を軽視する株主偏重の経営を見直させよう、という考えをお持ちの政治家が少なくとも何人かいらっしゃるようです。

公開会社法、11年立法化 監査役に従業員、経済界は反発も
千葉景子法相は4日、上場企業を主な対象に情報開示や会計監査の強化などを促す「公開会社法」(仮称)について、2月にも法制審議会(法相の諮問機関)に諮問する方針を固めた。監査役に従業員の代表を選ぶよう義務づけることや、社外取締役を親会社や借入先から選べないようにすることなどが論点となる見通し。

私は、労働者でもありますが、時に株主でもある一人間として、これに反対します。
その理由は、1つは単純に株主が監査役を選任する際の自由(選択肢)を奪うものであるから。そしてもう1つは、従業員代表が1人監査役として入ったところで、ブレーキはかかりこそすれ会社の意思決定が良い方向にドライブするものではないと確信するから。

そんな遠まわりなバランスの取り方ではなくて、もっと直接的に、経営者と対峙しながらも会社を支えているビジネスパーソンの働き方そのものを見直すことで(行き過ぎた株主資本主義があるならそれをうまく修正し)、日本を元気にすることはできないのだろうか

このことは、私が今いる人材業界に飛び込んできた4年前からずっと考えてきたテーマだったのですが、私が答えを言語化できずのろのろしている間についに本になって出ちゃった、というのがこの本。私にとってはこの4年間で一番の本になってしまったわけです。

大企業サラリーマン 生き方の研究




サラリーマンの働き方を変えるというアプローチがある


面白いのが、この著者を書いた著者は労働法学や労働経済学の専門家でもなんでもなく、野村ホールディングスのグループHR企画長であるということ。
とはいっても、野村HDの宣伝をするような目的で書かれた本ではなく、著者がその仕事を通じて感じていた「なぜ日本の“サラリーマン”のイメージはこんなにも悪く、しかも企業経営と相容れないかのような存在になってしまっているのか。」という自問自答に会社を離れて回答を出そうとしたものであることが、読んでいて分かります。

そして、その結論としての具体的提案も、私が言語化しようと思って上手くできなかった点を、(さすが野村HDというカネを扱うスペシャリスト集団の人事企画マンだけあって)企業の貸借対照表への影響と労働法実務の両方を踏まえながら練られたものになっており、

・アメリカ型コーポレートガバナンスは、株主のリスク調整後の
 キャッシュフローの現在価値を極大化することを目標としている。
・この原理が運営の前提とする財務諸表と日本の労働法を考え合わ
 せると、会社にとってサラリーマンに対する賃金の支払は「長期
 債務」であり、サラリーマンは「長期債権者」となる。
ということを、キャノン等の企業の貸借対照表を使って示した上で、
1)人的資産と人的債務の双方を(これまでの人件費=費用として
  でなく)長期の債務・債権として貸借対照表に載せることで、
  経営は「人が資産である」を名実ともに認識すること
2)サラリーマンに対する賃金の後払い的構造を見直し、早期退職
  制度を活用すること
3)労働法における契約社員等の曖昧な取り扱いを明確にし、雇用
  形態の選択肢を増やすこと
を提案しています。

私も4年間という短い間ではあるものの、労働市場をおもに法律面から見つめてきましたが、著者の主張2)3)に異論はまったくなく、これに1)を組み合わせるという大胆なアイデアには、敬服するばかり。

後は誰がどうこれを実行するか。

人材業に携わる私の立場からは、ビジネス面から主に3)を、あわよくば2)も世の中に提案することはできそうです。しかし、1)を変え、そして2)や3)について法制度面からドライブをかけるためには、政治に携わる方々の力も発揮していただかなければなりません。

公開会社法以外の選択肢も含めて、日本の株主とビジネスパーソン双方にとっての最良の政策を検討していただきたいと、切に願い訴えたいと思います。
 

【本】『学歴の耐えられない軽さ』―確信の持てない規制を作って派遣会社を潰すくらいなら、“公開裁判”してみませんか

 
所属する会社の大先輩であり、来年にはテレビドラマも始まる『エンゼルバンク』の主人公のモデルでもあり、著書『雇用の常識―「本当に見えるウソ」』がヒットして今“雇用のカリスマ”としてマスコミからも引っ張りだこの海老原嗣生さん。

その前著『雇用の常識―「本当に見えるウソ」』ではマクロな視点で雇用・就労に対する誤解をつまびらかにしたのに対し、今回の『学歴の耐えられない軽さ』では、学歴神話が生む新卒採用の不幸なミスマッチというミクロな視点からその誤解を解きほぐし、その不幸なミスマッチが生む現代の雇用不安はどうしたら解消するのかを提言されています。



本著での海老原さんの提言は4点。
1)大学を「補修の府」とし、学生のレベルを向上させる。
2)「日本は20代で2回転職できる」というウソのような本当の常識
  を啓蒙し、魅力的な中堅・中小企業群を紹介するインフラを拡充
  して、大手企業志向を是正する。
3)「手に職」志向の仕事選びを是正し、社風・組織風土に着目した
  会社選びを奨励する。
4)公的派遣制度を創設し、フリーター志向の労働者が働きながら
  ゆっくりとキャリアを積める環境を整備する。

私が特に強く賛同したいのは、4)の公的派遣制度案です。


派遣バッシングへの逆ギレ気味アンチテーゼ

ご存知の通り、今の日本では「派遣憎し」の風潮が異常なまでに高まってしまっており、人材ビジネスの運営側にいる立場としては困惑しきり。

その派遣バッシングの原因となっているのは、事業者に対する“不当な中間搾取”の疑いだと思います。
つまり、派遣事業者が付加価値も大して提供せずに本来労働者が得るべき利益を搾取しているから、派遣社員に適正な給与が渡らず、ワーキングプアを生んでいるのだと。

それは本当なのでしょうか。

派遣労働者は自分で直接雇用に応募する選択肢もある中で、自らの意志で派遣会社に登録していた側面はあったはずなのですが、そういう派遣労働者に対して、民間が行ってきた派遣事業は付加価値をまったく提供しなかったのでしょうか

私は決してそんなことはないと思っていますが、それならいっそハローワークが雇用して企業に派遣する事業をやらせてみてはというアイデアが、最近海老原さんが提唱されている公的派遣制度。

ちなみに、海老原さんは民営化後のハローワークでこれを行うことを想定されているのですが、私はハローワークが民間になるまで待ってられないこともあり、むしろ今の公のままやってもらったらと思っています。
公のまま税金を使って派遣事業を行って頂ければ、民間よりも効率的に派遣事業ができるのか、それとも税金の無駄遣いに終わるのかを身を持って示すことになり、派遣事業者に対する“不当な中間搾取”批判が本当だったのかがむしろ如実にわかるのではと考えるからです。

派遣規制が是か非かについて、役人・学者が厚労省の会議室で噛み合わない空中戦的議論をしている暇があったら、そんな“公開裁判”で結論を出した方がよっぽど生産的ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
 

【本】意思決定力―意思決定をしないでいることが人生における最大の失敗であるとまで言われたら、人間黙っちゃいられないでしょ

 
例によって本田さんの本は迷うことなく買うことにしてます。

今回は読んで損はないどころか、本田さんの意外なカミングアウトもあったりして。

意思決定力



誰かの意思決定に従いたくなければ、恐れず意思決定せよ

本書のテーマは、意思決定力をどう高めていくか、というもの。
自ら意思決定をしないとは、「誰かに意思決定をしてもらっている」ということ。
そこまで言われたら、その意思決定力とやらを身につけなきゃ、って思いますよね。

意思決定力強化のための55のルールを7つのSTEPに分けて順を追って読み終わる頃には、ジャッキー・チェンの映画を見た後にカンフーの達人になった少年のように、その気にさせられていること請け合いです。

中でも私は、STEP6の「意思決定が間違いだったことに気付いた時にはリカバリーすればいい」というアドバイスを聞けた(読めた)のが、なんか最近張り詰めていた緊張がほどけ、気分的にも楽になれて助かりました。体験談として紹介されている本田さん自身のエピソードがとても印象的だったことも大きかったと思います。

本田さんの本を1冊でも読んだ事のある方ならご存知だと思いますが、本田さんは20代後半にアメリカにMBA留学されてます。しかし実はこの留学、将来のハワイ暮らしを目指してCPA(米国公認会計士)を取る為の留学だったそう。
それが、やってみてCPAの仕事が自分の性格にまったく合っていないことに気付き、即座にやめる決断をし、そこからリカバリー先に選んだのが、ITの世界だったと。
その後の活躍ぶりはご存知の通りですが、この留学が実はCPA狙いだったというエピソードは、今まで著書の中では触れられていなかったのではないでしょうか。

意思決定が間違ってたら、その時に意思決定をし直してリカバリーすればいい。
それを怖がって意思決定をしないでいれば、誰かの意思決定に従うことになる。


もともと意思決定ということに苦手意識はないつもりの私でしたが、この本によって胸に刻まれた2つの教えは、私の生き方に大きく影響を与える言葉になるんじゃないかな、と思います。

テクノロジーの進化により、ホワイトカラーだけでなくブルーカラーのフリーランス化が現実のものになれば、日本は復活する

 
佐々木俊尚さんの著書『仕事するのにオフィスはいらない』が売れているようです。



ついに日本のホワイトカラーに到来したフリーランス化の流れ

2001年にダニエル・ピンクがその著書で唱えた『フリーエージェント社会の到来』。

ようやくというべきか、この本が売れるという事実が、日本にも(アメリカに遅れること10年で)ついにその時代が到来したことを感じさせます。

アメリカにおけるフリーエージェント社会の到来は
1)雇用保障の崩壊→個人と組織の関係の変化
2)テクノロジーの進化→生産手段の小型化・低廉化
3)中流層の生活水準向上→金でなく仕事が生きがい化
4)組織の短命化
この4つの要素によってもたらされたと、ダニエル・ピンクの著書に書かれていましたが、まさに今の日本においても、そのすべての条件が揃った感があります。

自らがそのフリーエージェントの代表選手でもある著者の佐々木俊尚さんがこの本で主に伝えるのは、その4要素のうちの特に2)テクノロジーの進化がもたらす働き方の変化。

Googleを中心としたクラウドが充実してきた今、クラウドにアクセスするツール(iPhoneもしくはノートPC)と回線があれば、オフィスがなくても、いやむしろオフィスがない方が生産性の高い仕事ができるということを、自分自身の体験と実際のフリーランサーの紹介を通して描きます。


テクノロジーの進化がブルーカラーに及ぶのはいつか

しかし、この「労働者フリーランス化論」には必ずある種の違和感がつきまといます。
「知識労働のホワイトカラーだけがフリーランスになり、装置産業で働くブルーワーカーは永遠に雇われ労働者だというのか?」という違和感です。

ネットという新しいインフラとコミュニケーションツールによって、ナレッジは活性化し、ホワイトカラーの働き方が変わる・・・もうそれは分かったよ。変われるのはホワイトカラーの労働者だけなの?と。

「製造業はもうだめだから、人件費の安い国に任せるべきだ。」
「日本もアメリカ並に成熟化したのだから、知識産業、サービス業、観光で生きていくべきだ。」

このような論調が幅を利かす今ですが、私は日本人の“そこまでやるか”的職人気質がいかんなく発揮される製造業労働者の働き方も変われて初めて、日本と日本人が将来に可能性を感じ、自信を取り戻せるのだと思っています。そしてそれを可能にするテクノロジーの進化も、きっとやってくるはずです。

その来るべきテクノロジーの進化について、ちょっと古い本ですが、『ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ』P339より。
ファブラボと呼ばれるこの機械は、ハイテクワークステーションと組立ラインが融合したようなものだ。これさえあれば、ほとんど何でも作れる。たとえば、二次元、三次元の形を作り出すレーザーカッターから、回路基板などの精密部品を作るデジタルカービングツール、安価なマイクロコントローラーを作る電子部品やプログラミングツールなどが作れるのだ。
MITのニール・ガーシェンフェルド教授は、ファブラボが家庭に普及すれば、物的なものの設計や製造のやり方が一変すると考えている。情報革命により、コンピューターという形で誰もが情報とメディアをとり扱えるようになったが、それと同じように、デジタルファブリケーション技術により、家庭や地域という単位で物理的な物を作れるようになる日が到来するというのだ。そうなれば、物を作ったり使ったりするやり方や、物と人との関係が激変するはずだ。

今は装置産業と言われている製造業に工場がいらなくなるようなテクノロジーの進化により、日本の中小企業にいらっしゃる職人的技術者がフリーランス化する時こそ、日本人の働き方が変わり、日本に復活の兆しが見える時なのではないか。そう考えています。




流れる時間とのつきあいかた

 
およそ純文学とはしばらく縁のなかった私が、三井物産の現役商社マンが芥川賞を受賞という電車の吊り広告につられて、文芸春秋に掲載されている『終の住処』を読むことに。

夫婦に流れる時間のありようを、「自分はそんな気はなかったんだけど、このタイミングでこんなことが起きちゃって・・・」という、徹底的に受動的な視点で描く物語。

受動的といっても、決して主体性がないわけではなく、むしろその時々には大胆な行動をとる主人公。しかし、その行動から生まれるはずの必然も、次々とそして淡々と裏切られていき、また時間は流れていく。

文学的な批評はさておき、この時間の流れ方の描写が、リアリティとか迫力とか共感という言葉では言い表せない不思議な自省感覚をもよおす作品でした。

流れていく時間の中で、自らの意思で選択し、結果を積上げてきたはずの人生。
それは本当に自分が選択して積上げたものといえるのだろうか。
生かされていやしないか。
いやむしろ生かされていると考えてもいいのではないか。

流れる時間にあらがうばかりが人生ではないよ、と。


文藝春秋 2009年 09月号

フランチャイジーという働き方は、「企業とそこで働く人との気持ちの良い関係」たりうるのか

 
フランチャイジーとは、フランチャイザー(本部)に対し、ロイヤルティを支払う代わりに、商標等の利用権やノウハウなどの提供を受けて商売をする自営業者のこと。

サラリーマンとは違った独立した働き方をしたいけれど、商売のノウハウを持ち合わせていない。そんな方々にとっては特に魅力的に見える働き方の選択肢かもしれません。

このフランチャイジーという働き方が「企業とそこで働く人との気持ちの良い関係」たりうるのかという点について、私のマインドシェアが高まっています。


フランチャイズビジネスのジレンマ

私は、フランチャイジーとして働くということが「気持ちの良い関係」にはなり得ないのではという、否定的な見解を持っています。

そもそもフランチャイザーとの情報格差とその優位性に対してロイヤルティ(対価)を払うビジネスモデルである以上、フランチャイジーは常に弱者にしかなり得ないのではと思いますし、

一方、フランチャイザー側にとっても、他のFCビジネスやフランチャイジーに対して(自己の競争力の源泉である)情報優位性を維持しようとする至極当然の活動が、常に独占禁止法違反(優越的地位の濫用・拘束条件付取引)に問われるリスクを負い続けるというのも、歪みを感じます。

その歪みがどんなものかは、このあたりの本を読むとリアルに感じられると思いますし、その歪みが綻びになりはじめた姿が、最近話題の見切り販売問題にも表れています。

コンビニ 不都合な真実


セブン‐イレブンの正体



see/ser双方の契約に対するリスク意識の向上を

法律でこのジレンマを解消すれば?という意見もあります。

よく日本はFCに対する法規制がアメリカに比べて弱いと言われますが、中小小売商業振興法により、少なくとも法律上は契約締結前の開示義務契約締結時の説明義務がしっかりと課されています。また、独占禁止法の適用についても、公正取引委員会がガイドラインを出しています。
(ちなみにアメリカの州法にはロイヤルティ上限規制を課す州もあるようですが、これは契約自由の原則を過度に制約するものだと思うので不要だと思います。)

中小小売商業振興法(法令データ提供システム)
フランチャイズ・システムに関する独占禁止法上の考え方について(公正取引委員会)

後はserがこれらを本当に守っているか、守っているとしてもseeがこれらのリスクをきちんと理解して契約しているかの問題であって、上記のジレンマは法律だけでは解消できないのではないでしょうか。

ser側の徹底した情報公開に基づくフェアな契約の姿勢、加えてsee側にも契約に対する高いリスク意識があれば、「気持ちの良い関係」が絶対に構築しえないとまでは言えませんが・・・、serとseeの双方にとってFCビジネスに参加する動機が「なるべく手軽に、リスク低く金儲けをしたい」というようなものである以上は、永遠に解消しないジレンマなのかもしれません。

【本】日本の雇用 ほんとうは何が問題なのか―答え:「就職できる人にどうやって育てていくか」という意識が足りないのが問題です

 
リクルートワークスの大久保幸夫さんが書く、雇用問題のこれまでとこれから。

日本の雇用--ほんとうは何が問題なのか


似たようなコンセプトの本を、もうちょっと面白い味付けで海老原さんが先んじて書いてしまっているために、存在感が薄く感じられてしまうのが本当に残念ですが、

さすがはワークスの大久保さん、この本の半分以上が、労働者として、マネージャーとして、会社として、はたまた国として何をすべきか・すべきでないかを提言する内容になっていて、海老原さんの本が読んでいるそばから刺激される“炭酸飲料”だとすれば、この本は閉じた後でジワジワと思考が強化される“滋養強壮剤”のような、そんな味わいの違いがあります。


マネージャーはうろたえるな

まずは身につまされるのが、マネージャーとしてこの雇用不安にどう対処すべきかという点。

雇用調整の実施者にもなり得るつらい立場でありながら、非正規労働者や高齢労働者の増加、雇用不安からくるメンタル問題の多発、外国人労働者への異文化コミュニケーションの難しさ・・・といった問題に、これからも直面し続けるであろうと。

そしてそのような雇用の変化・うねりを自分なりに先読みして、多様化に翻弄されること無く、強いマネジメントをせよ、というメッセージ。

具体的な手法論については残念ながら触れられていないのですが、私は大久保さんの言葉の端々から、「女性だから」「シニアだから」というように可能性を限定せずに、その人が望むキャリアビジョンをできるだけ汲んだ能力開発を支援し、仮にその企業で雇用が継続できなくなっても「私は他の企業でもやれる」という自信を持てるほどに育ててあげることが、マネジャーとしてやれること・やるべきことなのではないか、と思うにいたっています。


職業訓練の見直しが国の急務

他方、雇用不安の今国としてやれること・やるべきことについては、かなり具体的に言及されています。特に大久保さんが提言されているのが、「雇用保険」「職業訓練」「雇用調整助成金」という日本の雇用対策の3本柱を見直すこと。

著者に失礼を承知で思いっきり端折ってその内容をお伝えすると、金銭をただ手厚く受給しやすくした生活保護的な今の方向性は間違いであり、財源を見直しながら、特に非正規労働者が再就職を円滑になるための制度に切り替えていくことが必要、という主張。

雇用保険や雇用調整助成金について、労働政策的な観点だけでなく財源の問題にまで触れているところは、学者にはない大久保さんならではの高度な政策提言だなと思いますし、世の中的にはあまり注目されない職業訓練について大きく取り上げ、国を挙げて強化すべきという問題提起については、私も同じ主張をちょっと前のエントリに書いたところでもあり、とても共感を覚えます。
日本版フレキシキュリティ政策を考えてみた(企業法務マンサバイバル)

中でも、「ものづくり国日本」の維持という古い発想・幻想に固執するあまり、目の前の雇用確保にすらつながらない“手に職”系の職業訓練ばかりになっている実態を批判し、むしろこれから雇用拡大が期待できるサービス業分野に役立つ職業訓練を強化すべきという指摘は、日本の職業訓練政策にまったく欠けている視点であり、私が上記エントリで主張した英語力強化案とあわせて、国には真剣にそして直ちに検討していただきたいところです。

【本】ニューノーマル リスク社会の勝者の法則―あなたは「常時接続」と「年中無休」に耐えられますか?

 
「ニューノーマル」とは、
・個人が力を持ち
・技術とグローバル化が経済を支配し
・選択肢が増える一方で多くの決断を迫られ
・時間が不足がちとなる
不確実性の時代のこと。

ニューノーマルな時代はどうなっていくのか。
この時代をどう生き抜くべきか。
それをズバリ教えてくれる本です。

ニューノーマル―リスク社会の勝者の法則



個人起業を成功させるアイデアとカギ

著者の主張は、「リスク社会においては、恐れることなく個人で企業したものが勝つ」というもの。

この本のすばらしいところは、現状をアジテーションして読者の危機感をあおるだけで終わらずに、具体的な起業のアイデアをいくつも提供してくれているところにあります。

特に、個人で起業をしようと考えている人、スタートアップの方には参考になるアイデアがたくさん入っています。

アイデアが欲しいって?有効なアイデアを示そう。個人サービスだ。人が常にもっと欲しいと思っているものは何か。時間である。時間が十分にある人はいない。人は時間を節約できるならかなりのお金を払う覚悟がある。
このあたりは、先日ご紹介した『Den Fujitaの商法2』で藤田田さんが言っていることにも通じるところがあります。

そして、誰のニーズも同じではない。このため、個人サービスを提供する新興企業には、無限に需要がある。個人サービス事業で特に嬉しいのは、一番になる必要はないことである。
確かに。
その業界で一番にならなければと思ってしまうと、プレッシャーでいつまでも起業はできませんが、そう考える必要はないわけですね。


起業成功のハードルは「常時接続」「年中無休」

一方で、起業を成功させる具体的手段として、少し逆説的な視点からのアドバイスも。
自分にとって大事な人(特に家族)と連絡が取れないと、ストレスが増える。非常に増える、誰でもそうだ、いつでも連絡が取れるという文化を育んでいる家族は、そうでない家族より幸せである。家族の誰とでも数秒で連絡できれば、ストレスは下がる。これが家族の間で成功すると、突然、仕事でもこれを利用する方法が見え始める。
顧客や従業員などがあなたと連絡を取る必要があるときにそのニーズに応えることは、ニューノーマルで成功するために不可欠となる。(中略)ウッディ・アレンは「人生の90%は、ただ現れることで決まる」と言った。これを今風にアレンジすると、「ニューノーマルにおけるビジネスの成功の90%は、ただ現れることで決まる」。
嬉しいニュースは、企業から個人までの誰もがグローバル経済に参加できることである。厄介なのは、そのためには、働く時間に対してより柔軟な見方が必要なことである。タイムゾーンが12時間異なる国の人と仕事をするには、その人の業務時間中のある時間帯に連絡が取れるようにしておく必要がある。

起業の目的として、会社という時間的束縛の主体から距離を置くことで、ワークライフバランスを積極的に取りに行くという動機があると思いますが、そうではなく、むしろ1日24時間・365日がワーキングタイムになる覚悟をしろと。

私はこれまで「新たな働き方」を提唱する本をいくつかご紹介させてもらったのですが、
▼『フューチャー・オブ・ワーク
▼『さよなら満員電車、さよなら社内の悪口。時間と場所に縛られないワークスタイル実現法
▼『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる
▼『フラット化する世界
▼『ウィキノミクス
そのどれもがはっきりと言及することを避けていた現実。
“個人が主体となる新たな働き方”という理想の実現には、「常時接続」と「年中無休」に耐えられるタフな体力と精神力が個人に求められるということを、深く認識するにいたりました。

裏を返せば、大人数の組織で仕事をすることでこの「常時接続」と「年中無休」を容易に実現し、それを顧客に対する価値として提供できる点が“会社”という組織の最大の強みなのだなあと、改めて思い知らされます。

【本】Den Fujitaの商法2―サービス業が不況においても忘れてはならないたった1つのこと

 
本田直之さんの『レバレッジ・マネジメント』の巻末にある必読書リストに素直に従って読んでみた本。

Den Fujitaの商法〈2〉天下取りの商法



口の汚さも天下一品

藤田田(デン)さん、とにかく口が汚い(笑)。
今日のように、これだけ物資が豊富になり、人間が贅沢になると、どこに本当の需要があるか、見つけにくい。
食べ物にしても同じことである。食べものもあまっていて、誰もが何を食べるべきか迷っているのが現状である。だから、相手の口の中へ、なんとかしてハンバーガーを押し込んでいかなければならない。それがむずかしいのだ。
本当に商売をする気があるのなら。40歳以上は切り捨てて、39歳以下のムダ使いをする連中を相手にしなければ儲からない。
客だからというので、大きな態度で、ハンバーガーを注文する。
そんな客も、女の子が、「ありがとうございます」というと、しびれてしまう。ほんの3秒間ぐらいの間だが、催眠状態におちいる。
商売を成功させるのが先であって、上品さなど百害あって一利なし、といわんばかりの口ぶり。

そんな生粋の商売人が、油ののった頃(1983年初版⇒1999年新装版として加筆)に、経営論だけでなく科学的な部分もふくめたマクドナルドの成功ノウハウの数々を惜しみなく公開しながら、商売の秘訣を語っています。

この口の汚なさを含めて、帯にも書いてあるとおり、不景気を言い訳にしがちな今の日本や自分に喝を入れるのに丁度よい刺激を与えてくれます。


サービス業の良し悪しは、従業員の“雰囲気”で決まる

加えて藤田さんについて忘れてはならないことが一つ。

日本における偉大な経営者として挙げられる松下幸之助さん・井深大さん・本田宗一郎さん達はいずれも製造業の経営者であったのに対して、藤田田さんは、日本のサービス業で大きな成功を収めた偉大な経営者の先駆けであるということ。

日本は一次産業も二次産業も行きづまってしまっている。このままでは、どんな政治家がでてきても景気回復は、はかれない。
これ以上、モノはいらないから、一次産業や二次産業ではダメで、残されているものは三次産業しかない。つまり、サービス産業である。
サービス業の偉大な経営者の言葉だからこそ、今そのサービス業に身を置く私のような者に、刺さる言葉が溢れているのです。

「良くて、安い」ものでも、かならず売れるとは限らない。売るためには、「良くて、安い」上にプラス・アルファーが必要なのだ。
そのプラス・アルファーとは何か。
私は雰囲気だと思う。ショッピングをしやすい雰囲気を作ることが大切だ、と思う。
良いもの、安いものにプラス舞台装置、上手な演出。これが必要なのだ。これがなければ「良くて、安い」ものでも売れるとはかぎらない。
その藤田さんの言葉の数々の中で、一番考えさせられたのがこれ。

今、私がいる人材サービス業界は、「良くて、安い」サービスを追及するだけ追求し、競争を生き抜こうと過当競争に陥っています。二言目には、「不景気でも品質と価格で勝ち抜いているユニクロを見習え」と。

しかし、我々はユニクロとは違うサービス業です。人とダイレクトに接し、人そのものがサービスである人材サービスにおいては、藤田さんのいうとおり、“雰囲気”が商品そのものと言っても過言ではないはず。

その“雰囲気”を創るのは誰か。

それは従業員。
従業員の雰囲気こそが、そのままサービス力になる。

だからこそ、藤田さんがこの本のそこかしこで語っているように、従業員を大切にすることでサービス業は強くなるわけであり、実際に長年にわたりマクドナルドがサービス業の雄として生き残っているんだなあと。
このことは、私の親戚にもマクドナルド関係者がいるだけに、リアルに実感できます(昨年の管理監督者騒ぎは残念でしたが)。

私が身を置き、今苦しみもがいている人材サービス業がこの不況において今何をすべきか・何を忘れてはならないかを深く考えさせられた本でした。

【本】「知の衰退」からいかに脱出するか?―日本は10年やそこらでは立ち直れないと暗に示唆する大前研一のダイイングメッセージ

 
いつもの大前さんらしくないところが、あまりにも刺激的過ぎる本でした。

「知の衰退」からいかに脱出するか?



大前研一がついにサジを投げてしまった・・・

いつもの大前さんの本のパターンと言えば
1)「こんなこともできないのか」と読者(日本及び日本人)
  を徹底的にこきおろす
2)「私はこんなことを実践して成功してきた」と自分自身の
  成功体験を自慢する
3)「実はあなたが知らないだけで、世界は私と同じレベルを
  標準的ビジネスマンが普通に実践している。それがグロー
  バルスタンダードなのだ」と鼓舞する
4)「そんなダメな読者諸君でも、こうやれば立ち直ること
  ができる」というメッセージで勇気付ける
ほとんどがこの起⇒承⇒転⇒結。

アンチ大前研一派は2の自慢話のあたりで耐えかねて(笑)途中で読むのを辞めるようですが、大前ファンにとっては恒例行事ぐらいなもので、気持ちよさすら感じるぐらい。今回の大前節はどんな感じ?ぐらいのつもりで読み始めました。

ところが異常事態発生。
この本においては、その大前研一王道パターンが崩されているのです。

この本には、ほとんど1の「こきおろす」要素しかないのです。
それはもう、徹底的に。

2、3については、ほんの少し言及していて一部「らしさ」をかすかに感じるものの、いつも最後には私たちを「勇気付け」てくれるはずの4の要素が全くないのです。

「日本はもうダメだ。以上。」
と言わんばかり。
そこには希望や救いがほとんど見当たりません。

先日ご紹介した『グローバルリーダーの条件』の中には前向きと受けとれる発言もあったものの、大前さんも渡辺千賀さんと同じように、日本をあきらめてしまったようです。


私の世代では日本は立て直せない、後はよろしく。

この本の記述の中で唯一とも言える、日本と日本人に対して前向きな期待を込めたメッセージがこれ。
日本人のメンタリティが右左に大きく振れるものなら、いつかそういう日は来るかもしれない。しかし、それを待っていたら、本当にこの国はダメになってしまうと思い、人生の後半は人材育成教育に捧げようと決めたのである。
私が人材育成に執着するのは、こういう理由からだ。
1人でも多くの日本人が“目覚めた個人”になること。そうして、国に頼らず、自分の足でしっかりと立つ生き方をすること。世界で勝負する力を身につけること。そのうえで、生活者として豊かな人生を送ること。
それが私の願いである。
もはや「勇気付け」ではなく、ついに「願い」という儚いものに。

大前さんが人材育成に軸足を移したのは、「自分では、そして自分が生きているうちは、もう日本と日本人を矯正しきれない、間に合わない」とあきらめ、その後の世代に託したということに他なりません。

大前さんもまだ60代だし、あと10年は現役じゃないですか。あきらめるなんていつも問題解決にこだわる大前さんらしくないし、ダイイングメッセージにしても早すぎやしませんか?と思ったのですが、これは言うなれば「俺が本気で問題解決しようとしたところで、今の日本は10年やそこらで立ち直れる状況ではない」と暗に示唆しているということ。

あきらめられてしまった私たち世代は、この危機感をもっと重く受け止めるべきかもしれません。

【本】グローバルリーダーの条件―ダメになっていく日本を救うために自分がグローバル人材になるという道もある

 
うがった見方をすれば、これは大前さんと船川さんがやっているビジネスブレークスルー大学院大学の英語講座の宣伝本なのかもしれませんが、私の今の問題意識とシンクロ度が高く、このblogでも紹介させていただこうかと思った次第。

グローバルリーダーの条件



あなた自身がグローバル人材になるという選択

この本が言いたいことは1つ。
「日本は、カネやモノは輸入・輸出しているが、世界に通用するヒトは輸入も輸出もできていない。知的付加価値がものいう今の時代では、国籍を問わず多様な人材の知恵を引き出さなければ、企業の競争優位性も維持できない。それ可能にするグローバルリーダーへの道を、あなた自身が歩んでほしい。」
ということ。

このメッセージは、ちょうど1ヶ月前に渡辺千賀さんが発信されてネットを騒がせたエントリにも通じると思います。

海外で勉強して働こう(On Off and Beyond)
これまでずっとなるべく言わないようにしていたのだが、もう平たく/明快に言うことにしました。
1)日本はもう立ち直れないと思う。
だから、
2)海外で勉強してそのまま海外で働く道を真剣に考えてみて欲しい。

しかし、渡辺さんのこの物言いでは(皆痛いところをつかれたと思いつつも)日本を捨ててしまおうというニュアンスがあまりにも後ろ向きで、素直に耳を傾けようという気になれなかった方も多かったのでは。

この本では、「私たち自身がグローバルリーダーという日本発の新しい商品になることで、日本の競争力を上げていこう」という、日本そのものを否定しない前向きなメッセージになっている分、読んでいていっちょやってみるか!という気持ちにさせてくれるところがいいですね。

「グローバルになれない日本を脱出する」という逃げた者勝ち的発想ではなく、「グローバル人材になって日本を救う」という男気あふれる考え方に、私の心もちょっぴり動かされました。

「日本人は休みすぎ」

 
ちょっと前の記事ですが目に付いたので。

わずか8日、主要国で最も有給が取れない日本(ITmediaエグゼクティブ)
オンライン旅行会社のエクスペディア ジャパンは4月20日、実施した調査において、日本人の有給休暇の平均取得日数が主要11カ国で最も少ないという結果になったと発表した。
こうした背景には昨今の不況がある。「昨年より有給は取りやすくなったと感じるか」という質問に対し、「感じない」と答えた日本人は72%で、「仕事が忙しくなった」、「解雇の不安があって休みにくい」など不況による雇用の悪化を理由に挙げている。

また不況のせいですか。そんなことないと思うんですけど。

有給の消化率がわるいのはホントなんだと思うんですが、そもそも日本って祝日がどんどん増えていて、しかも年末年始は祝日じゃない日も含めてなかばオフィシャルな6連休みたいになってますし、さらに月給制で「祝日は休日とする」と就業規則に定めている限り労働日は減っても給料は下がらないので、これらはもはや事実上の有給みたいなものですよね。

前職のとき、とある交渉をしていた席でタイ人から、
「日本人は休みすぎだよ。いつ連絡しても『その日はholidayだからリスケしてくれ』って言うもんな。」
って真顔で言われたのを思い出しました。

世界各国の祝日の表(有限会社行動通信)


年末年始休み、ゴールデンウィーク、夏休み、そして今年生まれたシルバーウィークと、中途半端な長さの休みが増えてしまったことで、自分で計画・設計してまとまった長期休暇を取る習慣が育ちにくい状況になっているのは、改善すべき点かもしれませんけどね。

【本】雇用の常識「本当に見えるウソ」―“にわか雇用評論家”がこれを読んだら、もう労働市場を語れなくなるでしょう

 
格差社会だの正規vs非正規だの終身雇用の終焉だのワーキングプアだのニートだの・・・

ちょっとかじりでこのあたりの雇用問題を語っていた評論家・コメンテーターは、この本を読んだら黙るんでしょうね。

おかげ様で、私は胸がスーッとしました。

雇用の常識「本当に見えるウソ」




人材ビジネスの大先輩が語る「日本型雇用の大変化」のウソ

著者の海老原嗣生さん。漫画『エンゼルバンク』の主人公のモデルとして有名になってからというもの、ますます毎日お忙しそうです。ややこしくなるので詳細は端折りますが、職場でしばしばお会いする大先輩でもあります(笑)。

海老原さんは、リクルートエージェントとリクルートワークスという実業の世界で、20年にわたり労働市場の需給を調整するプレイヤーとして第一線で活躍されてきた方。労働市場を誰よりも間近に観察し、ビジネスを通して実感し、それを裏打ちする数字も頭の中に持ち合わせている、人材ビジネス業界最強の論客と言って差し支えないでしょう。

この方が労働市場を語ってしまったら、もう他に語れる人・反論できる人はごく僅かしかいらっしゃらないんじゃないでしょうか、というぐらいの方が、満を持しての登場で何を語ったか。

それは、「日本型雇用の大変化」のウソ。

終身雇用は崩壊していない
転職はちっとも一般化していない
本当の成果主義なんて日本に存在しない
派遣社員の増加は正社員のリプレイスが主因ではない
正社員は減っていない
女性の管理職は増えない
ワーキングプアの実態は「働く主婦」

テレビ・新聞・雑誌でもっともらしく語られている「雇用の大変化」が、すべて事実やデータに基づかないウソまたは感情的に語られた寓話であることを、いやみにならない程度に、しかし淡々と証明していきます。


社会において男性・女性が“担える役割”

にわか雇用評論家叩きの部分は実際にこの本を読んで楽しんでいただくとして、私が一番膝を打ったのは、人材採用⇒活用の永遠の課題とも言える男女問題に関するP64-66のこの部分でした。

女性のキャリアを阻む「退職」はなぜ起きるか。離職理由についてハローワークデータで調べても「育児」「家事」は非常に少ない。(中略)「再就職できない状況」だと失業給付が受け取れない。だから「育児」「家事」を離職理由に挙げる人が少ないのだろう。
かわって図表?−4(厚生労働省平成18年度女性雇用管理基本調査)を見てみよう。こちらでは退職理由の1位は「出産・育児(19.7%)」。(中略)「出産あり」の女性に限ると、なんと86.7%の人が「出産・育児」を退職理由に挙げている。つまり、子供を生んだ女性の退職理由は、ほぼ「出産・育児」と考えて間違いない状態なのだ。

管理職となるためには、能力だけではなく、経験年数が必要となるところ、女性は働き盛りが出産・育児盛りの時期と重なり、退職せざるを得なくなるという事実。

出産・育児休暇によって退職は免れたとしても、必要な経験年数まではカバーしてくれないために、管理職にはなれないという事実。

私は常々、不当な男女差別は排除すべきという原則に立ちながらも、男性と女性では社会において“担える役割”が違うのではと考えています。
誤解を恐れずに言えば、子供を生める女性が母親業を営んで子々孫々と社会の“継続”を担い、逆立ちしても子供を産めない男性は基幹社員としてビジネスを営んで社会の“発展”を担う、そういう役割分担があっていいと思うのです(海老原さんはそこまでおっしゃっていませんので、誤解なきよう)。

管理職というものに最低限のビジネス経験年数が必要である以上、いくら法律が「男女の機会均等」と叫んだところで限界もあるでしょう。育児休暇の長さや管理職の女性比率が何%だとかいうことで企業のgender equalityのレベルを図ろうなどという行き過ぎたフェミニズム的風潮が、いかに労働市場の現実からかけ離れていることかを、まざまざと見せ付けてくれます。


企業儲け過ぎ批判に対する反論「成長フリーライダー」

そしてもう一つ、この本を読んで胸がスーっとした大きな理由が、労働者を弱者、企業とそれを牛耳る株主を悪者に見立てた企業儲け過ぎ批判に対する反論が明確になされている点です。

ちょっと長くなりますが、この本で一番熱い部分なので引用させていただきます。

日本は40年前まで、中進国だった、ということをみなさんは覚えているだろうか?(中略)1人あたりGNPで言えば、欧米先進国の半分程度しかない国だった。当然給与水準も先進国の中では群を抜く低さ。
ところが、プラザ合意後の5年で様相は一変する。円の為替レートが一挙に2倍に高騰したためだ。超円高に苦しんだ92〜95年の間、日本は「世界一高い人件費」に悩まされることになる。
失業率の問題も、非正規の問題も、この社会の流れの中で起きている。90年代以降の「突如、世界一人件費の高い国になった」しわ寄せで起きたことなのだ。
今40代以上の人は思い出してほしい。(中略)生活レベルで比較すると欧米にはるかに見劣りし、海外渡航でも何かとコンプレックスを感じたあのころを。今のように安いものが豊富にあり、ユニクロでは3000円で立派なジャケットが買え、牛丼は300円で食べられる。成長の結果、こんな社会にたどり着き、けっこうそのメリットを享受している。
その一方で、企業は「世界トップクラスの人件費」との戦いを日々繰り返している。
先進国のメリットを享受した分、先進国の宿命に対しても真摯に向き合わなければならない義務が、私たちにあるはずだ。企業を一方的に悪者にする考えは、フリーライドだ、と私は唱えたい。

この引用部分の前に、持合いを解消し資本をグローバル化せざるを得なかった点、それに伴い株主重視の経営に舵を切らざるを得なかった点についても触れた上で、企業の努力にタダ乗りしメリットを享受しながら、雇用の安定をも求める輩を「成長フリーライダー」と一刀両断する海老原さん。

私自身、この「株主か労働者か」という二項対立について、昨年12月のエントリでこう述べていました。

【本】解雇法制を考える―コーポレートガバナンスの変化が解雇規制を緩和するという「痛み」を生んだという必然について(企業法務マンサバイバル)
この数年間の日本は、会社法改正論議でも見られたように、“めざす社会のヴィジョン”を模索していた時代でした。

そして日本が選んだ結論は、アメリカ型の「株主重視の経営」をロールモデルとするもの。この結論を前提とすれば、「株主の利益」を守るために雇用を切るのもやむを得ないという結論になるのは、ある意味必然なわけです。

もし、今マスコミが言うように「雇用を守るのが企業の義務」だというならば、アメリカ型の「株主重視の経営」をロールモデルとしてきたこの数年間を否定・撤回しなければならない。

失われた10年をもう一度繰り返し、やり直すか?
今回の「解雇が是か非か」の議論に置いては、近視眼的な議論でなく、そういう大局的な議論をする必要があると思います。

(このエントリにはかなり批判的なコメント・メールをいただいたので、またこの本を礼賛するようなことを書くと叩かれるような気もしますが・・・。)

90年代後半から新卒社員としてビジネスに参戦した私は、「成長フリーライダー」の代表みたいなもので、さしたる苦しみを味わうことなくメリットだけを享受してきた世代です。

その自覚はかろうじて持っていたこともあって、反省の弁含めて「この不況においては解雇もやむなし」と、先のエントリを書いた次第でした。このエントリで私が説明を端折った“大局的な議論”を、私ごときが語るよりもよっぽど説得力ある海老原さんがこの本で明快に語ってくださったというのが、胸がスーっとした最大の理由。

その一方で、「批判したり反省したりしてるだけじゃなくて、お前らが自分で企業を経営してみろよ、雇用してみろよ」と海老原さんに言われているような気がして、それ以上に自分の身が引き締まる思いでした。

代弁してもらって気持ちよくなってる場合じゃありませんね。

【本】小飼弾の「仕組み」進化論―“雇用”という仕組みの問題は、企業と個人が互いに「生き残る」ことを目的化する点にあった

 
会社と個人がお互いに拘束しあう「サラリーマン」であり続けることへの違和感を感じた自分自身の体験から、“雇用”という束縛された関係ではない「企業と個人との新しい結びつき方」を探そうと、人材業界に飛び込んだ私。

そうやって飛び込んでおきながら、その“雇用”という束縛された関係にどんな違和感を感じたのか、“雇用”という束縛が企業とそこで働く個人との間にどんな問題を生むのかを、いまだにうまく言語化できないでいたのですが、

小飼弾さんのこの著書の一節に、その答えの1つを見つけました。


小飼弾の 「仕組み」進化論
小飼弾
ビンワード
2013-06-28



going concernを目的化することの危うさ

仕組み作りが仕事になってくると、会社の形態や個人の働き方も大きく変わってくるはずです。会社より、もっと小さなプロジェクト単位で働くパターンが増えてくるでしょう。書籍や映画の製作はフリーランスの人間が集まって行ない、作品が完成すると解散しますが、こういう働き方が他の分野でも出てくると思われます。
継続的に事業を行う企業体のことを“going concern”と言いますが、実は“going concern”を維持するのは大変なことなのです。従業員を雇ったら、仕事がなくても給料を払い続けなければなりません。工場を建てたら、元を取るまでモノを作り続けなければなりません。
しかし、解散を前提にプロジェクト単位で事業を行う、いわば“ending concern”ならば、こうした負担を少なくすることができます。

そうか、企業と個人が雇用という関係を結び、互いに「生き残る」ことを目的化するから、お互いにモチベーションを失ったまま惰性で仕事をし続けたり、果ては「生き残る」ために結託して社会的に非難されるような不祥事を起こすのかと。

大企業に限って信じられないような不祥事が起きるのは、生き残りたい従業員が増えすぎたあまり、組織全体としての「生き残りたい欲求」が臨界点を超えてしまうからなのかと。

企業と人が最初から「生き残る」ことを目的化しない“ending concern”な結びつきをうまく作ることができれば、両者が互いに健全なモチベーションを保って仕事ができ、組織的不祥事が発生しない世の中ができるのかもしれない。そのメリットだけをとっても、企業と人の新しい結びつき方を追求する価値はありそうだ。

そんな確信を得させてくれた1冊でした。


関連エントリ:
【本】フューチャー・オブ・ワーク(企業法務マンサバイバル)
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