私がいま仕えているボスによる共著書『世界は法律でできている』が、本日より書店・Amazonほかに並び始めました。

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ベンチャー企業の20年を、ドキュメンタリーで読む


本書は、弁護士ドットコム創業者 元榮太一郎本人と、彼を周りで支えた役職員・弁護士・顧客・株主を、共著者の上阪徹さんが直接取材し、会社設立からマザーズ上場、そしてプライム市場変更までの20年間をドキュメンタリー調に描いたものです。

ベンチャー企業の創業期から成長期に見られる“あの出来事”“あの転機”が、現場のリアルな温度感とともに押し寄せてくるタイプの本で、弁護士ドットコムという会社に興味がなくとも、「重要局面で、ベンチャーの企業幹部たちが何を見て、何を決め、どう動くのか」に関心がある方には刺さる内容になっています。

そして、私が携わるロビイングの仕事にも触れてもらっています。

電子署名法の解釈変更の仕事


私が登場するのは、第4章第2節「電子署名法の電子署名ではなかった?」。その冒頭は、こんな仰々しい書き出しで始まります。

2017年10月、一人の人物が弁護士ドットコムにジョインした。電気通信業、人材サービス業、ウェブサービス業ベンチャー、スマホエンターテインメントサービス業で法務・知財の経験を積み、責任者も務めてきた橋詰卓司だ。(P159より)

書き出しだけ読むと、まるでこれから私が世界を救うヒーローか何かのようですが、実際は「法務マン → 電子契約サービスのマーケター →コロナ禍を機にロビイスト」という、一貫性のない(?)職業人生の話です。

ただ、その“転身”の経緯が、上阪さんの緻密な取材にもとづいて生々しく描写されていて、読みながら何度か「それ、私の脳内より解像度高いな…」と思いました。

本書に実名で登場する役員・従業員は15人ほどで、ほとんどが創業期から会社を支えてきた大先輩ばかり。そんな登場人物の一人として、自分ではない他人が書いてくださった本に私も取り上げていただけたことは、大変光栄でした。

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私が登場するパートで特に取り上げてもらっている「電子署名法の解釈変更」の仕事については、ここで補足しておきたいことがあります。あの仕事は、この書籍では名前が出ていない社外の方々のご尽力のリレーによるものでもありました。書籍では端折られていた経緯として、2020年に何が起こっていたかを記しておきたいと思います。

4月下旬、日本組織内弁護士協会(JILA)の渡部友一郎先生と、以前から判子問題で意見交換させていただいていた内閣府のO様に向けて、私の考えをA4×5枚ほどの文書でお届けしたところがスタートでした。そこから内閣府のY様に繋がり、内部会議に呼んでいただけるチャンスを得て、

・電子署名法(と、当時書籍等で専門家が語っていた古い条文解釈論)の何が問題か
・クラウド型の電子署名サービスはどんなテクノロジーに支えられているのか

細かいところまでお伝えしました。すると2週間後の5/12規制改革推進会議成長戦略ワーキンググループにに出てくれ、と。この会議で、JILAからは電子署名法改正の必要性を、私たちからは電子署名法の解釈変更の要望をお伝えしました。この時点では法務省より「クラウド型は電子署名法上の電子署名には当たらないと考える」旨の否定的見解が述べられ、同WG委員を務められていた落合孝文先生らに強く反論していただいたことが、公開されている議事録にも残っています。しかしその翌週5/18に、内閣府大塚拓副大臣のもとに関係省庁の責任者が一堂に集められ、私たちも改めての要望と詳細な質疑応答を行う機会を得ました。副大臣クラスが抱える仕事はこの問題だけではないはずなのに電子署名法の関連資料を詳細に読み込んで理解していらっしゃり、驚いたのを覚えています。

これを受けて5/29には法務省より、まずは会社法上の電子署名として認める、との考え方が示されました。会社法上認めるとなれば、今度は商業登記に係る法令を整備しなければならなくなります。法務省からはどうしたら商業登記法にフィットする電子署名といえるのかについて相談があり、何度か往訪して個別にディスカッションを行いました。アドバイザリーをお願いしていたM先生にも理論構築を支援いただきながら商業登記規則改正の必要性を訴え、6/15、クラウドサインが初めて商業登記に利用可能なクラウド型電子署名として指定されます。この流れが、5 /12時点の法務省見解を覆して「クラウド型も電子署名法上の電子署名に該当する」と述べた7月・9月の電子署名法Q&A発出へと繋がりました。

反対者も多かった政府側で本件を推進してくださった内閣府のO様・Y様、落合先生、大塚副大臣、そして傍らでボランタリーに伴走してくださったJILAの渡部先生。この方々がいらっしゃらなければ、日本の電子署名普及は、おそらくもう数年は遅れていたはずです。

当時の気づき:「よいロビイング」とは何か


約5年前の仕事が、まるでいま目の前で起きているかのような迫力ある文章で再現された本書を読みながら、当時の自分の“気づき”も思い出しました。

私にとって「よいロビイング」とは、たぶんこういうものです。

「よいロビイングとは、ユーザー・社会から信頼を獲得する努力を尽くした後に、その信頼を、ルールを変えることの正当化根拠としているもの」

この順番が逆になると、一気に危うくなります。「ルールを変える」が先に来て、「信頼の獲得」が後追いになると、やっていることがどれだけ“手続きとして”正しくても、社会の目には「わるいロビイング」に見えてしまう——この感覚は、今も変わっていません。

なぜ日本では、ロビイングが“悪”のままなのか


日本では、ロビイングという仕事や言葉には、いまもなお悪いイメージがつきまといます。それを払拭しようと、呼び名を「パブリックアフェアーズ」「ルールメイキング」と言い換えるムーブメントもありました。しかし、正直なところ、看板を掛け替えても、ネガティブなイメージはあまり剥がれていない気がします。

つい先日も、ルールメイキングの成功例として著名なマイクロモビリティ企業の広報対応がネット上で話題になり、それをきっかけに過去の政策対応まで蒸し返されて、結果として何度目かの炎上が起きている様子を見ました。

その中には、「創業当時も強引なロビイングでクロを無理矢理シロにした会社だし」といった、かなり刺々しい言葉も混じっていました(真偽や評価はさておき、そう言われてしまう状況自体が、現場の肌感覚としては示唆的です)。

ロビイストの目で見る限り、当時のやり方は、教科書に書かれたセオリー通りのステップを踏んでいたようにも見受けられます。なのに、後になって「わるいロビイング」の代名詞のように語られてしまうのは、なぜなのでしょうか。

生成AIのもっともらしい答えに抜け落ちているもの


試しに生成AIに「よいロビイングとはなんですか?」と聞いてみると、こんな答えが返ってきました。

「政策決定者がより良い判断をできるよう、検証可能・透明・公正な形で、情報の非対称性を埋める行為」

一見するとそれらしい。でも私は、この答えは“危険”でもあると思っています。なぜなら、ここで決定的に重要なのは、

「政策決定者と“誰”の間の情報非対称性を埋めるべきか」

という問いだからです。

“ユーザー”が抜けると、一瞬で「わるいロビイング」になる


生成AIの回答には、“ユーザー”の視点が抜けています。

解消すべきなのは、本来は 「ユーザーと政策決定者の間の情報の非対称性」 のはずです。ところが、ここを取り違えて 「事業者と政策決定者の間の情報の非対称性」 を埋めることに邁進すると、とたんに「わるいロビイング」になります。

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先のマイクロモビリティの例でいえば、権威性・技術の先進性・理論上の効用アピールばかりに走らず、製品・サービスを実生活の中で試せる期間・範囲をもう少し広げ、実際に使ったユーザーから自然発生的に「このイノベーションは生活に役立ちそうだ」と声が上がる状態が先に生まれていたら、世の受け止め方は変わっていたかもしれません。

「ユーザーの熱量の総和」が社会の空気を変え、その空気が政策決定者の判断の前提を変える。

その順番が成立しているかどうかで、同じルール変更でも評価が真逆になり得る、ということです。

結局、ロビイングのはじめの一歩は「ユーザーの心を動かす」


事業者の都合や思い先行で法律を変えようとするのではなく、ユーザー自身が心から使いたがっている状況を先に作る。そのタイミングを適切に捉え、わかりやすい証拠・ロジック・表現をもって政策決定者を動かすのが、「よいロビイング」だと思います。

言い換えるなら、ロビイングのはじめの一歩は、(政策決定者の心ではなく)まずユーザーの心を動かすこと。そして、それはマーケティングと地続きです。ロビイングもマーケティングなのです。

とはいえ、やってみて何か問題があれば対処する“事後規制型”と違い、石橋を叩いて渡る“事前規制”を是とするのが日本です。そのような環境下で、

・ユーザーの中で必要性・納得感が醸成されるタイミング
・事業者が生み出したイノベーションをビジネス(お金)に変えるタイミング

この二つをうまく噛み合わせるのは、簡単なことではありません。でも、だからこそ「歯を食いしばって、信頼を先に積み上げる」ことが最後に効いてくる。本書を読み返しながら、そんな当たり前のことを改めて思い出しました。

というわけで、よかったらお手に取ってください。私は第4章第2節で、仰々しく待っています。