「法務パーソンが足りない」「採用をかけてもいい法務人材が見つからない」「法務市場は供給が需要に追いついていない」

ではそもそも、企業法務パーソンたる人材は、日本の労働市場に何人いるのでしょうか?

弁護士が約5万人弱(日本弁護士連合会)、インハウスローヤーが4000人弱(日本組織内弁護士協会)といったように、法曹資格者数については正確な統計があります。しかし、当然これには無資格の法務パーソンは含まれませんし、企業法務に関わっていない弁護士もいらっしゃいます。商事法務研究会・経営法友会の「法務部門実態調査」もあるものの、同会所属の会員企業を母集団とするアンケート調査結果からは、日本全体の企業法務人口のボリュームを推計するのは困難です。

そのため、企業の中で無資格者も含めて法務パーソンが何人いるかという問いに対する回答は、人材業界にそこそこの年数勤めた私ですら見たことがなく、これまで答えてくれる人はいませんでした。

答えが国の統計の中にあった


そんな中、総務省統計局が5年に1度行っている「就業構造基本調査」に、その答えにかなり近い数字があることに気づきました。

具体的には、e-Statの統計表(表番号02100 男女、職業、従業上の地位・雇用形態・起業の有無別人口(有業者)−全国)で、職業分類「B17 法務従事者」を、雇用者(正社員・非正規)で切ると、企業法務の“実務者人口”をかなり高精度でベンチマークできるのです。

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ここで言う「法務従事者」は“資格”ではなく“職業(主たる仕事)”の分類です。従って企業内法務に限らず、行政の法務、士業兼業者の一部も混ざります。また、総務や人事の肩書で契約審査やコンプラ対応にも携わる人はここにカウントされていない可能性が高いです。つまり、これは「専任っぽい法務」の下限に近い数字で、過小評価方向のバイアスがあることになります。

とはいえ、これ以上に網羅的で定義が揃ったデータは、少なくとも私は知りません。この数字を“法務人材市場の公式ボリューム”と言っても、間違いではないでしょう。

結論:法務は、バックオフィスの中でも桁違いに少ない


最初に結論です。令和4年の「法務従事者(B17)」の雇用者数は合計3.7万人(正社員3.17万人、非正規0.53万人)でした。

この表における雇用者総数は約5722万人なので、法務パーソンは雇用者全体の0.065%。ざっくり言うと「社員1500人に法務が1人いるかどうか」という密度となります。

この密度を、企業規模に引き直すともっと生々しく実感できます。

•従業員300人の会社:平均0.2人(つまり多くの企業は法務ゼロ)
•従業員1000人:平均0.6人(1人法務はレアではなく“理論値”)
•従業員3000人:平均1.9人(ようやく複数名体制が視野に)
•従業員10000人:平均6.5人(大企業でも二桁は当たり前ではない)

もちろん実際の分布はもっと歪です。日本組織内弁護士協会による統計を見ても分かるとおり、大企業に法務パーソンが集中しており(しかも有資格者が多数)、中小企業はゼロが普通となります。

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それでも、「法務は社内に常設されない機能である」という構造が、この単純計算だけで十分伝わってきます。

他職種と比べると、希少性が際立つ


管理部門におけるその他事務従事者の人数と比べると、もっと生々しい現実が見えてきます。

•事務職(C:いわゆるバックオフィス全般):1365万人。法務の約369倍
•一般事務(C25:総務・人事を含む“いわゆる事務”):943万人。法務の約255倍
•会計事務(C26:経理・財務のコア):175万人。法務の約47倍
•生産関連事務(C27:製造業の管理系):82万人。法務の約22倍

「管理部門」「事務職」とひとくくりにされがちですが、ヘッドカウントの規模は同じ土俵にありません。法務は“希少職”というより、“ニッチ職”というべきでしょう。

この差は採用市場の流動性にも響いてきます。母集団が255倍も違う職種同士で、採用難易度や評価制度、教育体系が同じであるはずがありません。法務だけが「ジョブ型で」「専門職で」「即戦力で」と言われやすい背景には、こういう構造があります。

正社員比率の高さは、法務人材を置くこと自体が会社のリスクマネジメントである証拠


もう一つ興味深いのは、雇用形態です。雇用者全体では非正規が36.9%なのに、法務(B17)は非正規14.3%にとどまります。一般事務の非正規32.2%、会計事務の非正規27.5%と比べても明確に低い値です。

要するに、法務は「繁忙期だけ人員を増やす」「派遣で回す」になりにくい職種ということです。内部情報と意思決定に近く、属人的になりがちで、引き継ぎコストが高い。このようなニッチ職だから正社員比率も高くなります

法務経験のポータビリティは“部署内で完結する知識”では足りない。意思決定を促す技術まで持ち運べるかが勝負になるのもこのためです。

男女比の逆転も、法務の人材市場をさらに狭くする


法務(B17)の男女比は、男性55.7%、女性44.3%です。

同じバックオフィスでありながら、一般事務(女性59.6%)や会計事務(女性71.8%)とは逆方向です。望ましいかどうかは別として、採用市場として見ると「候補者の分母が元々小さい上に、さらに偏りがある」構造になります。

ここに“経験年数の壁”や“英語要件”が乗ると、タレントプールは想像以上に底が浅いです。

なぜ体感とズレるのか:「法務っぽい仕事」は法務以外が抱えている


法務に携わる人はそこそこ多そうなイメージなのに、法務をメイン職種とする人材がたったこれっぽっちしかいないのか、と驚かれた方も少なくないでしょう。この体感と現実のズレは、どうして生じるのでしょうか?

それは、企業内部には、法務に分類されない「隠れ法務業務」が他職種のそこかしこに大量に埋め込まれているからです。

契約審査の一次対応を営業や購買がやっていたり、個人情報対応を情シスやCSが握っていたり、コンプラ研修を人事が回していたり。法務機能はこのように組織内に分散する前提にあり、それでも法務部門が必要だという企業は、“最後の防波堤”としての機能を集約した人材を組織化し、そこに法務部の表札を与えるのです。その結果、B17の人数は増えにくいのに、仕事の流量は増えるという状態が維持されます。

外部弁護士の活用が前提になりやすいのも、こうした理由で法務人口が薄い状態が続けられてきたことの裏返しといえます。

法務市場は「狭い」ことを前提にキャリアを設計すべき


この3.7万人という数字は、法務パーソン個々人にとってのキャリア設計にも直結します。

1.転職市場は極めて小さく狭い。役職者ポストも少ない、比較対象(候補者)も少ない
2.だからこそ、評判とネットワークのレバレッジが効く(紹介、非公開求人、一本釣りが起きる)
3.一方で、専門性の尖り過ぎは“席の少なさ”に直撃する(特定領域の求人がそもそも少ない)

私が法務からマーケティングやロビイングに仕事の軸足を変えていった理由も、結局はここに行き着きます。法務に閉じた専門性だけでは、移動可能性が限定されてしまうためです。しかし、法務の言語で事業・政策・リスクをビジネス言語に翻訳できるなら、その希少性が市場価値に直結もします。

具体的には、次の3つアプローチが効くと言われます。

•「法務×隣接領域」のT字化(ガバナンス、コンプラ、個情、危機管理、渉外、ロビイング)
•成果物の可視化(社内意思決定を動かした事実、プレスリリース化、案件類型化、標準化、KPI化)
•社外流通する信用の積み重ね(外部弁護士・業界団体・官庁との接点、発信、登壇、書籍・論文執筆)

法務が“少ない”こと自体が問題なのではありません。ただ、少なさを産む構造は変わらないのに、法務人材への期待値だけが上がり続けていることは問題です。

この職種の希少性を、過大にも過小にもならないよう正確に認識したうえで、「最後の砦」的な役割だけでなく、組織の意思決定と市場(採用・評価・業績)を動かせる法務像を描きながら、自らのキャリアを計画しプレゼンテーションしていく必要があります。