今年も1年お疲れ様でした。
2001年9月11日に飛行機がビルに突っ込み、2011年3月11日に地震と津波が原子力発電所を襲って以降、どこかで突発的な事態が起こっても「ああまたか」と落ち着いて反応するフリをしてきました。しかし、2020年に世界中が真綿で首を絞められるような苦しみに襲われ、それを克服できないまま年末を迎えているとは、予想もできませんでした。
この大厄災の年に公開されたクリストファー・ノーラン『TENET』や、同氏の前作『インターステラー』をAirPods Maxの空間オーディオに包まれながら何度も見直していると、ひとりの人間の存在の小ささ、未来はあらかじめ決められたもの、自由意志・選択の自由は制限されているといった決定論の類も、SFとは思えなくなってきます。
さて、私の2020年を振り返ると、<期待される能力>と<自分が持ち合わせる能力>とのベン図が重なるいくつかの職場にたまたま居合わせることができ、それぞれの持ち場で成果を出すことができた1年でした。
決定論者に言わせれば、必然的に良い方向に向かう過程に私がたまたま居合わせたというだけのことであり、私が何かを変えたわけではない。その通りだと思います。直近10年ぐらいを振り返って、結局この「たまたま居合わせる技術」こそが自分の持ち味なんだなと、つくづく思います。
この1年の仕事、そして尊敬する先輩・仲間・同志たちとの対話を通じて、私にとっての大きな発見もありました。企業法務に期待される役割ってなんなのだろう?という自問自答を15年もこのブログで繰り返しながら仕事をしてきたわけですが、
「法」は社会とともに変わっていくが、文字で書かれた「条文」は変わらない
しかし、「条文」は変えられたがっている
しかし、「条文」は変えられたがっている
そこにあるLaw Lagをいち早く発見し、決定された未来への接続をスムーズにする役割が期待されている、そして私はその瞬間を当事者として目撃するのを何よりも楽しく感じる性分なのだと、具体的経験を伴って理解できました。
いいことばかりでももちろんなく、途中、働き過ぎで身体の一部が不可逆に壊れました。他人にSOSを出すタイミングの難しさを身をもって知る初めての経験でした。
話を戻しまして、この2020年に至るまで、
- 当時のボスとの日々の問答を経て、キャリアチェンジを宣言してから5年、
- ブログを通じて慕ってくれていた若き経営者に、ステレオタイプな法務業務から完全脱却するチャンスをいただいてから3年、
- それでもまだフラフラとし続ける自分を恥じゴールが見つからないと相談をした先輩に、「ゴールはないよ、人生だもん」という言葉を頂いて踏みとどまったのが昨年、
そのおかげで、今年があります。
たまたま居合わせる技術は、他者との能動的な対話によって身につくものであり、自分の才能や努力だけで身につくものでも、運によってもたらされるものでもありません。
2021年も、こうしてお付き合いいただける先輩・仲間・同志を一人でも多く増やしながら、一つでも多くの Law Lagの傍にたまたま居合わせることができる1年でありたいと思います。









