会社に投資をする以上、なんらかの成果・リターンを求めるのは当然。そのために投資契約や関連して締結する株主間契約に入れられるのが「対象会社/対象会社株主は、2018年◯月を目処として、対象会社の株式を上場すべく最善の努力をする」といった「上場努力義務」条項です。
もちろん、様々な事情や都合そして市場環境もあり、現実に上場にまでこぎつけられる会社というのは星の数ほどある企業の中のほんの一握りに過ぎません。では、契約書上こういった上場努力義務条項があったにもかかわらず上場をしない・させないことは、債務不履行となるのでしょうか?
法的拘束力を否定する複数の判例
この点に関し、先日発行された西村あさひ法律事務所M&Aニューズレター2015年9月号で、株主間契約における上場努力・協力義務条項の法的拘束力について争われた東京地裁平成25年2月15日判決(判例タイムス1412号228頁)が解説されていました。
▼M&Aニューズレター 2015年9月(西村あさひ法律事務所)
本判決は、上場協力義務について、大きく分けて、(1)内容の具体性の欠如、(2)契約の主たる目的との関連性、(3)契約の文言との矛盾の存在を理由として、その法的拘束力を否定し、上場協力義務違反を理由とするXおよびAの請求を棄却しました。
株主間契約に限らず、M&A取引においては、このように、契約締結の時期からいって、合意内容の具体的な特定が困難であることや、当事者のコントロールの及ばない事項であること等を理由に、抽象的な努力義務や協力義務の形で規定を設けることは良くあり、例えば、当局の承認や必要な許認可の取得に向けた義務、対象会社のスタンドアローン化に向けた義務、年金等の人事労務制度の構築に向けた義務等などは、抽象的な努力義務や協力義務の形で規定されることが比較的多いように思われます。
従来の判例(最高裁平成元年 11 月 24 日判決裁判集民事 158 号 181 頁等)では、合意内容が確実性や具体性を欠き、また、合意時点では合意内容の実現に必要な条件等が整っておらず時期尚早というような段階である場合には、その法的拘束力が否定されることが多く、本判決は判例の従前の立場を踏襲したものともいえます。しかし、多大な時間とコストをかけて契約交渉を行う M&A 取引において、当事者が義務として条項化している以上は、その義務の内容が抽象的であるため、義務違反の立証が困難であるといった事情は十分承知の上で、それでもなお相手方を拘束するために規定しているというのが一般的な当事者の意図であり、およそ法的拘束力を有しないという結論は当事者の合理的な期待に合致しないように思われます。
この地裁判決は事例判決の要素が色濃いとはいえ、解説の伊達隆彦先生も述べていらっしゃるように、日本の裁判所は上場努力・協力義務の法的拘束力を認めることにネガティブな様子が伺えます。
文献に見る専門家の見解
実際の投資契約や株主間協定でこういった条項をドラフティング・レビューする立場の私たち企業法務パーソンとしては、契約に規定する以上上場努力・協力義務条項の法的拘束力が認められるための基準ははっきりと理解しておきたいところ。特に投資家サイドとなるケースにおいては、起業家側の努力義務に法的拘束力が認められるかはシリアスな問題となります。そこで、そのための基準や考え方を整理した文献がないか探してみたところ、こちらの本に手がかりがありました。
もっとも、努力義務であっても法的拘束力のない紳士協定となるものではなく、たとえば、会社が株式公開をするという方針を完全に撤回したような場合には、株式公開に向けた努力がおよそなされなくなるので、努力義務違反として認められることもあり得ます。この場合、投資家は投資契約上の義務違反があったときには投資家が保有する株式を創業者等は買い取らなければならないという条項があれば、この条項とセットで、努力義務の定めも一定の意義を有することになります。(P257)
株式公開が実施されない理由が、会社において株式公開の基準を形式的にも実質的にも充足するにもかかわらずあえて行わないということであればともかく、努力したにもかかわらず結果として株式公開に至らなかった場合に、個別の事案にもよりますが、株式買取条項が発効されるとなると創業者等にとっては酷といえます。(P257)
やはりケースバイケースと言った書きぶりではありますが、さきほどのニューズレターの結論部よりもやや踏み込んでくださっています。
さらに、同書P257脚注で紹介されている経産省主催の研究会資料を読み込んでみると、買戻条件の設定に関する実例とその分析を踏まえての、適切な買戻条項のあり方が具体的に提言されていました。これはかなり貴重な資料です。
▼ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会 最終報告書(ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会)
(i)損益状況、財務状況その他ベンチャー企業の経営状況からみて、株式公開の要件を満たしているにもかかわらず、ベンチャー企業が株式公開をしないことを発動条件とする「努力不足型」と、(ii)ある年月までに株式公開をしなければ自動的に発動条件とする「外形標準型」に分類できる。(i)「努力不足型」を採用するベンチャーキャピタルが多い。
(P78-79)
各類型の買戻価格設定の実態を踏まえると、今後は、買戻条項の設定に当たって、以下の点に留意すべきであろう。
第一に、2)株式公開が実現されない場合のうち(ii)外形標準型、あるいは、3)ファンド終期が近づいた場合に、その買戻価格を、ベンチャーキャピタルファンドの取得価額(あるいはこれに経過利息を加えた価額)と買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額のうち最も高い価格(あるいはベンチャーキャピタルが決定した価格)とすることは、買戻条項の発動がベンチャー企業自身の努力とは関係なく外的環境によって発生するにもかかわらず、その結果のダウンサイドリスクをすべてベンチャー企業側に負わせているという意味で、衡平を逸しているのではないか。
第二に、2)株式公開が実現されない場合((i)努力不足型および(ii)外形標準型)あるいは、3)ファンド終期が近づいた場合に、その買戻価格を、買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額のうち最も高い価格(あるいはベンチャーキャピタルが決定した価格)とすることは、結果として、ベンチャーキャピタルファンドの投資回収手段(「出口」)として、他企業への売却をしにくくしているのではないか。(P80-81)
上記の二つの観点を踏まえると、2)株式公開が実現されない場合のうち(ii)外形標準型、あるいは、3)ファンド終期が近づいた場合には、買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額を基準としつつ、ベンチャー企業側とベンチャーキャピタルファンド側とが協議をして定めた価格(すなわちその時点での適正価格)で、買戻すこととするべきではないか。また、2)株式公開が実現されない場合のうち(i)努力不足型については、買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額を基準としつつベンチャー企業側とベンチャーキャピタルファンド側とが協議をして定めた価格とベンチャーキャピタルファンドの取得価額(あるいはこれに経過利息を加えた価額)のうちいずれか高い価額で買戻すこととすることも考えられるのではないか。(P81)
お役所系文書だけに、かなりまわりくどい言い回しとなっていますが、法的拘束力を持たせることも十分に可能と読める内容です。
まとめ
以上を踏まえて私なりにこの論点を整理すると、
- 投資契約の買戻条項にリンクさせた上場努力義務の規定は、(判例上その義務の曖昧さから効力が否定されている事例もあるため)条件に具体性を備えることが重要であり、その点に注意すれば定めることには十分に意味がある
- 努力不足型を採用する場合の条項は、「その財政状態および経営成績等が株式公開のための形式的基準に適合し、幹事証券会社の判断、既公開会社の事例等に照らし公開の準備を開始又は続行できると投資家が判断したにもかかわらず、同ベンチャー企業が株式公開のために必要な準備又は手続きを開始せず、その実現に向けて合理的な努力をしなかった場合」「買戻請求時点での客観的株価評価価額を基準としつつも、原則としては投資家の取得価額に経過利息を加えた価額(すなわち投資家出資額ベース)で買戻す」こととすべき
- 外形標準型を採用する場合の条項は、「ベンチャー企業が、○年○月○日までに株式公開しない場合」「買戻請求時点での客観的株価評価価額(すなわち時価ベース)で買戻す」こととすべき
判例を踏まえて、投資家サイドとしてさらに安全を見るならば、外形標準型は採用しないでおくか、または外形標準型と努力不足型のハイブリッド規定にしておいたほうがいいのかも、という感触をもっています。












