著者のお一人である弁護士法人内田・鮫島法律事務所パートナー 伊藤雅浩先生からご恵贈賜りました。ありがとうございます。
松島 淳也 (著), 伊藤 雅浩 (著)
レクシスネクシス・ジャパン
2015-06-09
世の中に「IT弁護士」を標榜する方は多くいらっしゃいます。しかし中には「学生時代にウェブサイト制作・プログラミング経験あり」「複数社でウェブサービス立ち上げの法務を支援」という程度の経験・能力だったりする方も少なくありません。本書の著者お二人のように、情報技術に関する学術的バックグラウンドを持ち、かつ法人顧客を相手に大規模情報システム開発にたずさわった経験をお持ちの弁護士は、限られるでしょう。本物のIT弁護士の手による確かな書である、という点がまず第一の特徴として挙げられます。
第二の特徴は、【 契約交渉・締結 → プロジェクト進行中 → システム運用中 → 訴訟提起 】と、システム開発プロジェクトの進行フェーズに沿って章を分け、さらにそのフェーズごとに起きがちな紛争類型ごとに節・項を細分化し、各紛争類型における現場の実務と法律上の紛争発生ポイントを全96件の裁判例を適宜引用しながら解説するという、その構成の妙です。索引を探さなくとも、「こういうトラブルが起きたら/起きないようにどうすれば」という疑問を起点に、目次と見出しを辿るだけで知りたい情報が探し当てられる、MECE度の高い構成となっています。IT裁判例ブロガーでもある伊藤先生・IT裁判例に関する論稿を多数寄稿されている松島先生の知見が、BLJ編集部の腕によって十二分に引き出されていますね。
また、そういった全体構成の美しさを崩すことなく、現場でしばしば問題となる以下の様な各論について、これまでの類書に見られない深さと具体性をもって論じている点にも驚かされます。
- 契約締結を拒絶したことによるユーザーの「契約締結上の過失」責任(それを回避するための精算金条項付き内示書のアイデア)
- 請負契約における瑕疵担保責任、特にプログラムの瑕疵
- 議事録・変更管理書の具体的な作り方と残し方
- 損害賠償請求に対抗するための過失相殺の主張とその順序
- 責任制限条項の適用と重過失免責の有効性
- データ消失事故に対してベンダーが負うべき責任
- データ漏えい事故と個人情報保護法における安全管理措置義務の程度
- 委託先の情報管理責任
- システム開発で生まれる著作物の著作権帰属と複製・翻案の限界
- プログラムの類似性判断とソースコード対照表の例
- 瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権の行使期限
- ユーザーがベンダーに対して請求可能な損害賠償項目(社内人件費は請求できるか)
- ユーザーの指示等の帰責事由によって生まれた瑕疵に対する民法636条を根拠とするベンダーの主張は認められるか
- 訴訟における専門委員と鑑定人の違い
- 裁判所での技術説明会と実機検証
途中まで読みながら、民法(債権法)改正による影響については言及しないのか?と不安を覚えましたが、そこはぬかりなく、最終章にまとめられていました。改正法が可決されても、現行法の適用期間があと2年はあるわけですし、こうきっぱり分けた方が本文がごちゃごちゃしなくてたしかにいいかもしれません。そしてきっと改正法が施行されるころには本書も改訂され、本文に取り込まれるのでしょう。
最後にダメ押しのもう1点。これだけの具体性を追求しながら、ユーザー/ベンダーのどちらの立場にも偏らない筆致を徹頭徹尾貫いている本書は本当にすごいなと思いました。類書はたいていユーザー側・ベンダー側どちらかの立場に寄せて書かれていて(たとえば『ユーザを成功に導くシステム開発契約』『トンデモ“IT契約"に騙されるな』はユーザー寄り、『ソフトウェア取引の契約ハンドブック』『ソフトウェア取引の法律相談』はベンダー寄り)、それはそれで読み手としてチャンネルを合わせやすいという利点もありながら、システム開発契約上の紛争場面で冷静かつ客観的に法律問題の所在をリサーチする用途としては使いにくいという欠点がありました。書き手として、ここは相当苦労されたのではないかと推察します。
システム開発に関する法律書籍で、この本を超えるものは、今後5年は出てこないかと思います。












