ここ数年、法務として現場から相談を受けていて回答に悩むポイントに、ひとつの共通点があるように思っています。
コントロール権を肯定・保護し、創造者への利益還元を追求させるべきか?(方向性1)
コントロール権を否定・放棄し、利用者への拡散と自由利用をドライブさせるべきか?(方向性2)
このバランスの取り方・見極めが、非常に難しい時代になってきているということです。
古くは、エンタメコンテンツと著作権の問題然り。
最近では、パーソナルデータとプライバシー権の問題然り。
前者の著作権の問題については、音楽や映像やゲームといったコンテンツを創る側のビジネスに携わっている方は、もう数年前から身に沁みて理解されていることでしょう。企業法務の立場からは当たり前だった方向性1を一辺倒に主張する時代はダサいものとされ、クリエイティブ・コモンズに代表される、シェアされて・知られて・使われてナンボの、方向性2を追求する時代へと一気に変化しました。まず先に拡散と自由利用がなければ自己への利益還元もないだろう、というわけです。一方で、iTunesミュージックの売上が失速するのと同時に、Taylor SwiftがSpotifyでの音楽配信を拒絶し方向性1を主張しだしたことにも象徴されるとおり、方向性2に突き進むことが必ずしも正解ではなさそうだ、ということもあらわになっています。
▼テイラー・スウィフト、Spotifyから全アルバムを削除「音楽は無料であるべきではない」
10月27日にリリースされたテイラー・スウィフトの最新アルバム「1989」は、TargetとiTunesのみ入手可能で、音楽ストリーミング配信サービスのSpotify では配信されなかった。これは、レコードレーベルがアルバムセールスを伸ばすためによく行う販売戦略の一環であり、「Windowing」と呼ばれている。さらに、彼女と彼女のレコードレーベルは、「1989」だけでなく、過去の全アルバムをこのSpotifyから削除することを決めた。
後者のプライバシー権の問題については、いままさに、パーソナルデータというコンテンツを創る側の人の利益と、その解放を望む人との間で、せめぎ合いが起こっているところです。日本においては政府が国策として方向性2の追求を表明し、企業がそれを歓迎し、方向性1が当たり前だった個人がそれに戸惑いをみせている、というフェーズに見えます。
▼匿名化条件、本人同意なしで利用可 ビッグデータ活用へ政府検討会
政府のIT総合戦略本部の検討会は19日、インターネット上などに蓄積されている個人関連データの取り扱いルールをまとめた大綱案を示した。商品の購買履歴など一部のデータは本人の同意がなくても匿名化を条件に企業の利用を認めることを明記した。個人情報を保護する観点から、不正利用を監視する第三者機関の設置も盛り込んだ。
政府は月内にも大綱を正式に決め、個人情報保護法の改正案を来年の通常国会に提出する予定。「ビッグデータ」と呼ばれる膨大なデータを有効活用することで、ビジネスチャンスを広げる狙いがある。ただ、プライバシーをきちんと保護できるかどうかなど、慎重な対応を求める声も上がりそうだ。
さて、そんなせめぎ合いの中で、気付けばいつの間にか、創る側の自己の利益の追求と拡散・自由利用を望むとの間で発生する「コントロール権の融通(流通)」を取り仕切るプラットフォーマーと呼ばれるプレーヤー達が、強者へと成長しています。この存在の大きさは、“流通権”の保有者と呼んでも差し支えないほど。この点、先日出版された中山『著作権法 第2版』P38にも以下のような言及がありました。
今後の著作権制度の将来を占うにあたり、巨大なプラットフォーマの存在を抜きにしては語ることができない。現にGoogle、Apple、Amazon、Facebookといった巨大プラットフォーマの寡占が進みつつあり、個々の著作権者にいかに強い権利を与えたとしても、その作品を公表するにあたっては、プラットフォーマが定めた条件に従わざるを得ず、例えば音楽は1曲99セントで売らざるを得なくなるおそれがある。そうなると著作物はコモディティ化し、個性を失い、あたかも100円ショップで売られている商品のようなものとなるおそれもある。それがどのような結果をもたらすのかは歴史の判断を待たなければならないが、現在はそのような過渡的な状態にあるという認識は必要であろう。
私自身、スマホエンタメコンテンツを創る企業に所属している企業法務パーソンであると同時に、SNS等を通じてパーソナルデータというコンテンツを創りまた他人のそれを利用している一個人でもあり、その二つの流通過程でプラットフォーマーとお付き合いをしています。そんな中で、冒頭述べた「コントロール権」について考えるに、正しいバランスがどこにあるかの読みづらさを生んでいるのは、コントロールの主導権争いが、創造者と利用者の二者だけでなく、それを流通させる人も含めた、三つ巴状態で発生しているからなのだと。
人と企業の活動がネットワーク技術に依存する社会になればなるほど、プラットフォーマー=流通権者たらんとする企業との法的な関係は、企業法務においての大きな論点になっていくものと、改めて強く感じています。












