外で発生したスキマ時間にKindleで購入して読了。こういうときにKindleは便利です。
著者は、司法試験・国家公務員一種に在学中合格、財務省を経て、今はNOTに所属されながらメディアでも活躍されているという山口真由弁護士。日頃の自分の勉強法を省み、発射角が正しいのかを確かめるために読みました。「努力」という極めてあいまいなことばを丁寧に定義・具体化していくその過程が、とても気持ちのよい本です。
努力とはすなわち「反復」である
「努力」というのは、抽象的な「才能」ではなくて、具体的な「技術」の集積だという確信がありました。
冒頭のまえがきでそう語る著者は、資格試験の勉強を題材にしながら、具体的な努力の定義とその奮い方について語りはじめます。わからないことを分かるようになるための山口流「努力の方法」論は、至ってシンプルです。
私が基本書として選んだのはじつは予備校の教科書です。なぜなら、学者の書物は網羅的ではなかったからです。というのも、「通説」を取る学者はほぼ皆無だからです。
基本書は1冊と、ここで繰り返すのは、努力をするということには反復・継続が欠かせないからです。この反復をするには、同じものを読み続ける必要があります。
「同じ内容でも、違うものを読んだほうが別の角度からの情報も入れられるのではないか」
こういう反論もあるかと思いますが、別の角度からの情報があると、かえって基本がわからなくなってしまいます。基本がずれてしまうのです。応用は試験のなかだけで十分です。
できるだけ早く、知っていることが8割、知らないことが2割の状態に持って行くのが重要です。だからこそ、前に書いたように、本を読み始めるときにはできるだけ抵抗の少ない方法で始めるほうがいいのです。覚えようと思わずに、ただ単にページをめくり続ける、聞き続けるということをすればいい。それを何度も繰り返すことから始めるべきです。
私は苦手な数学の問題は、すぐに解答を見ます。そして、その解答に従って解いてみます。それからもう一回解きます。その繰り返しです。そのうち解答を見なくても解けるようになり、だんだん8割の問題は解けるようになります。これは本当です。
まさに、数多くの文献にあたるリサーチ型法務で問題解決をはかってきた私がすでに誘惑に駆られている、基本書マニア化の罠。これにはまらないように注意して、一つの教材・講義を何度も(著者によればまず7回だそうです)回す=「反復」する。これは予備校からも口酸っぱく言われているところ。
反復とあわせて大事なのが、実際に手を動かして「解いてみる」ということでしょう。LECの柴田孝之先生が最近出版された本にも、初学者はすぐに択一対策に走ってしまうがそうではなく、模範解答を見ながらで構わないから、入門講座のうちから終わった単元の論文を書くoutputのトレーニングをすぐに始めるべきと、同じ方法論が語られていました。
努力の継続に必要なのはスケジューリング作業でも手帳でもなく、「外圧」
次に、努力を継続するための技術について。継続と聞くとすぐに計画とかスケジュールという言葉が頭に浮かびますが、それは間違った努力であり、模擬試験や仕事の始業時間などの「外圧」を利用すべきだと、著者は言います。
スケジュールを立てること自体が目的ではないのであれば、即刻そのような厳格なスケジュール管理をみずからしようとすることは、やめるべきです。
はっきりいって、無駄な作業です。
手帳を買って、そこに書き込むことが続く人は、手帳に書くことが好きな人だけです。
外圧を利用しようとする場合は、勉強に取りかかる前に、試験前に開催される模試を調べることから始めます。そして、受けられるものすべてに申し込んでしまいます。これで終わりです。
あとは、「今日はここまで」とか「今週・今月はここの範囲を」といったような具体的なスケジュールを立てずに、その日に進められる分だけ進めます。
私の場合、努力は極力、得意な「読む」ことに集中させたいので、ひたすらテキストを読み続け、読み終わったところにしおりを入れて、次の日に再びそこから読み始めます。
そして、模試を受けて、結果を見る。すると、どこに穴があるかが一目でわかります。これが外圧の力です。
「朝型」人間になることで、じつはもうひとつメリットがあります。
先ほど、「夜は唯一長く時間がとれる時間帯」といいましたが、朝は勝手にタイムリミットが設定されます。これが時間の概念を変えてくれるのです。
途中途中に強制的なリミットさえ(数多く)立ててしまえば、スケジューリングなどに時間を費やしたり悩んだりしなくても、そこに向かって本気になるのが人間であるということ。確かにそうかもしれません。
それにしても、手帳をはじめとするスケジュール管理ツールに対するダメ出しのくだりには、著者の相当なS性が垣間見えました(笑)。
努力は「計量」によって完遂する
最後の4章では、一番むずかしい「努力の完遂」の仕方とコツについて述べています。それは一言で言えば、自分が費やした努力の量を目に見えるようにする=「計量」、でした。
肝心なのは、ハードルを定性的なものではなく、定量的なものにすることです。
「3時間で、集中してこのテキストを精読する」
こういった目標を立ててはいけません。この目標の駄目なところは「集中」「精読」というワードです。これは評価が入るので、ここの加減を自分の主観で変えることができてしまいます。きつくなってきたら、自然とハードルを下げてしまうのが人間というものです。
ボールペンはあらかじめインクが入っており、安いものであれば、それを使い切ったら捨てるようにできています。インクが減った分、自分が努力したことがわかります。
この点、シャープペンや万年筆ではどうでしょうか。どちらも詰め替え可能で、減った実感がいまいち湧きません。
経済的にはシャープペンや万年筆は優れているかもしれませんが、努力の「見える化」をするうえでは、努力をしたことが実感できるボールペンのほうが適切なのです。
努力を続けられない人には、ここで挙げた筆記用具やメモ帳をたくさん持って同時にいくつも使っているという特徴があります。
この章は、ダメ事例への自分自身の該当項目が多すぎて、読んでていちばん耳が痛かった部分です。私がチャレンジを中途半端にフェードアウトしていたときは、この完遂したかどうかをハカる行動が足りなかったケースがほとんどだったな・・・と。
この本を読了後、自分の実学習時間を科目ごとにinput/outputに分けて記録しハカってみました。思った以上の少なさに自分が恥ずかしくなります。合格している先輩方によれば、この2.5倍は時間を費やしていないと合格ラインにのらないことだけははっきりしているので、その時間確保の方法論を必死になって考えよう、いや考えているヒマがあったら勉強しようと、実際追い込まれています。

努力を続けるための具体的方法論を、これ以上ないほどの努力を続けてきた著者から様々教えてもらいました。精一杯マネさせていただきたいと思います。










