世界中の法務パーソンが考えないようにしていたことであり、法務のパンドラの箱ともいうべきこの問題について、その甘えた考えを改めなければならない時がきたようです。

利用規約のブラウズラップ/一方的変更権は無効
「このサービスを利用した場合には、本利用規約にも同意したものとみなします。」
「本利用規約は、当社がいつでも変更できるものとします。」
世界中のウェブサービスの利用規約でよくみかける文言ですが、こんな文言があったところで契約は存在しないし、存在したとしてもまったく無効である、とはっきりと断言する判決が、アメリカネバダ州裁判所で下されたというニュース。
▼米裁判所、顧客が読んでいない『ユーザー使用許諾契約』は無効という判断を下す(スラッシュドット・ジャパン)
taraiok 曰く、
「ユーザー使用許諾契約の『仲裁条項』による訴訟回避」は認められない、という判断が米国の裁判所で下された模様。問題となっているのは、今年の1月に外部からの不正アクセスによる個人情報流出事件を引き越したAmazon.com傘下のアパレル通販サイト「Zappos.com」だ(BusinessInsider、本家/.)。
個人情報流出を受け、その顧客の一部がZappos.comを提訴した。Zappos側はユーザー使用許諾契約の仲裁条項を根拠に訴訟を終結させるつもりだったようだが、裁判所は「顧客はZappos.comのユーザー使用許諾契約を読まなくてもサービスが利用できていた」「ユーザー使用許諾契約に『一方的に協定内容を変更できる』という一方的かつ不公平な文言が含まれていた」ことからこの条項を無効と判断したという。
この裁判の発端となったザッポスの個人情報漏洩事故、そしてその対応の機敏さについては、以前このブログでもご紹介しましたが、その後もこんな揉め事がつづいているとは知りませんでした。複数人から訴訟を提起され、一括で仲裁に持ち込んでリーガルコストの削減を図りたかったザッポスとしては、これにより複数の(場合によっては世界中の)裁判所を相手にしなければならなくなったわけです。個人情報漏洩事故によってユーザーが抱く恨みの強さ・根深さを甘く見てはいけないという教訓でもあります。
判決文はこちら。(購買契約全体を明確に否定しているわけではなく)仲裁条項の合意の有効性に限定した判断とはいえ、ほぼニュースにあるとおりの判決内容でした。“clickwrap”=ウェブサービスに入る前にクリックをさせることで同意を求める形式ならいざしらず、“browsewrap”=サイトをブラウジングしただけで法的な同意がとれていると思ったら大間違いですよというくだりでは、同種の判例もたくさんリファレンスされていて、一読の価値があると思います。そして結論部では冒頭にも書いた様に、
there is no contract, and even if there was, it would be illusory and therefore unenforceable.
と、それはそれは力強く、ザッポスが一刀両断されています。
ユーザビリティにかまけることの代償の大きさをもう一度考える
さて、私たち法務パーソンがこれを受けてどう目の前の現実に対処すべきなのか整理をしてみると、以下の3つに集約されるのではないかと考えます。
- 自社ウェブサイトにおいて、広告媒体としてのウェブ/サービスとしてのウェブの境目をはっきりさせる(気づいたらサービスイン・購入してたはNG)
- サービスインのタイミングで、利用規約に対する明確な同意を取る(利用規約を積極的に見せないブラウズラップ契約スタイルはやめる)
- 一度クリックラップした後の利用規約の変更は、少なくとも通知をすることとする(「事業者が利用規約を自由に変更できる」と書かない)
しかし、1も2も3も、言うは易し行うは難しなのはなぜか。もちろん、ザッポスの法務だって、商品を買う画面で利用規約への同意ボタンをクリックさせたり、一方的変更などと乱暴なことをせずにきちんと顧客に規約変更の説明ができれば安全だよね、とは理解していたはずです。理解していたのになぜそれができていなかったのか?私は、ザッポスが顧客中心主義だからこそ、ユーザー導線の中に邪魔なものを入れたくないという思いが強く出すぎたのではないかと推測します。
たかだか靴を1足買っていただくのに、長い利用規約を読ませるのか?いやそれは顧客にとって迷惑だろう、と。Googleで商品を検索し、Zapposのサイト・商品ページに検索やアフィリエイトでたどり着いてくれたユーザーが、そのまま購入ボタンを押したらすぐに欲しかった靴が配送されてくる。こんなに素晴らしいことはないじゃないか、と。利用規約の変更の度にメールを送られて喜ぶユーザーがいるのか?必要な商品の発売だけをタイムリーにお知らせする、スパムメールのないサービスのほうが喜ばれるのでは?と。
マーケティング担当者と法務パーソンとの間でも、似たような議論をした経験がおありなのではないでしょうか。みんな利用規約なんて読まない。読まないものに建前だけのクリック画面を挟ませて、ユーザーのためになるのか?実際に、ここでクリックを入れさせると、会員登録に至るコンバージョンレートが◯◯%落ちるというデータもあるんだ。コンバージョンレートが落ちると、当然に売上も落ちる。法務はそれでも入れろというのか?メールを送る度に、解約するユーザーが◯%発生する。それでも利用規約変更の通知メールをいちいち送信しろというのか?そのせいで売上が落ち目標が達成できなかったら法務が責任を取ってくれるのか、と。
相談もせずに先にサイトを開設しておきながら完全に責任転嫁だよなあ・・・と、このお決まりの口上を聞かされるたびにいつも思いながら(笑)、たしかに97%のユーザーは利用規約なんて気にしてないよね、と同意していたのも事実。しかし、BtoCで何十万何百万人を相手にするサービス、ザッポスで言えば2,400万人いた会員との間でブラウズラップ契約を採用したがために、「すべてのユーザーとの契約が存在しない」状態になってしまうというリスクがこの規模の契約で現実のものとなった今、ユーザビリティにかまけたこの考えを改めなければならなくなりそうです。
繰り返すようですが、ウェブサービスにおいてこのブラウズラップからクリックラップへ変更するにあたっては、ウェブサイト(顧客動線)の設計・マーケティング戦略とも密接に関係し、解決と対応にそれなりの時間がかかる問題です。対岸のアメリカで発生したこの火の手が日本に迫ってくる前に、早めに手をうっておくべきポイントだと思います。
2012.11.7追記:
国際商事法務Vol.39 No.7(2011)にて、平野晋先生がブラウズラップ契約についての裁判例(Hines vs Overstock.com,Inc)を解説されている旨、『日々、リーガルプラクティス。』のCeongsuさまからご教示いただきました。ありがとうございます。
なお、平野先生のブラウズラップ契約に関するいくつかの論稿がこちらでも読めるようになっていますので、あわせてご紹介させていただきます。
▼ブラウズラップ契約の研究









