個別企業名をあげつらって叩くようなポストは、その企業の関係者のみなさんの気分を害することがあるのでブログではなるべく書かないように心がけています。とはいうものの、この事件に関してはやはりきちんと振り返って他山の石とする必要があると思いましたので、この書評の機会に。


サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件
著者:山口 義正
販売元:講談社
(2012-03-29)
販売元:Amazon.co.jp



私は取引企業の審査という仕事上の必要性もあり、2008年からFACTAを購読して微力ながらその歯に衣着せぬ物言いを支援してきたつもりでしたが、2011年8月号と10月号の記事を最初に見た時は、「これ本当かな?」と話半分に読んでいたのを覚えています(面白記事としてドッグイヤーはしていたものの)。それが、10月に突然の「ウッドフォード氏解任」となり、その経緯としてウッドフォード氏がFACTAの記事を下に菊川社長(当時)に対し内部告発をしたことがきっかけとなったとの報にふれ、もう一度記事を読み返して、FACTAの分析は本当にちがいないと確信しました。

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しかし、事件発生当時、私の周りのビジネスパーソンの中には、ウッドフォード氏の猪突猛進とも思える行動について、「外国人経営者が就任早々ちょっと正義感に燃えちゃって、社内の空気を読みちがったんじゃない?」とか、「たくさんのステークホルダーがいる会社なんだから、もうちょっとソフトランディングに解決すべきでしょ。」とかいう人が少なからず居たと記憶しています。この本はまさに、そんな人にこそ読んでいただきたい。そういった問題を“会社組織のしがらみ”という一言で冷めた見方をして放置する「サラリーマン」がいる限り、永遠に企業のガバナンスやコンプライアンスは改善しないと思うからです。

この本には、
  • 内部告発者は、どれほどのリスクと責任の重さを背負いながら重大な情報を提供していたのか
  • それを受け取った記者はどんなバックグラウンドをもち、いかなる労をとって裏付け調査と追求をし続けたのか
  • 他の雑誌が断る中で記者の持ち込み企画を載せ続けたFACTAの決断は、いかに冴えたものだったのか
  • ウッドフォード氏は、どれほど適切に菊川氏をはじめとする首謀者たちを問い詰めていたのか
  • そして何よりも残念なことに、そういった告発・追求に対してオリンパス広報担当と菊川氏率いる当時の経営陣は、いかに不誠実な態度・対応を取り続けたか
が、詳細に生々しく描かれています。通報者以外はすべて実名で、時系列に事件の経緯が整理されているので、去年の10月以降の報道時には何が起こったのか真相がよく分からなかった方も、そのほとんどが氷解することでしょう。そして、ビジネスパーソンがこの本を読めば、自分が本件内部告発者だったら、もしくは広報だったら、経営者だったらと、自然にその立場を想像しながらあっという間に読み終わってしまうはず。

さて、ガバナンスやコンプライアンスという分野にそこそこ長い間携わってきたものとして、この事件の経緯を知れば知るほど思うのは、やはり内部通報制度を運用を含めて信頼に足るものにすることこそが、会社として優先して取り組むべきコンプライアンス施策ではないかということです。「そんなもんウチの会社だってちゃんと用意してますよ」という読者のみなさんの声が聞こえてきそうですが、果たしてそれは形だけの窓口になってはいないかを、もう一度省みる必要があると思います。運用担当者側の声として、「上司や人事考課に対する不満ばかり」「単なる人間関係のいざこざをすぐにパワハラ・セクハラよばわりするので対応の負担が半端ない」といった疑問の声もよく聞かれるところですし、この本の著者山口氏も、文中でこのように公益通報者保護法の欠点について指摘しています。

私に情報を提供した深町たちがこの法律によって利益を守られるかどうかと言えば、答えは限りなくNOに近い。
同法では、まず社内で内部通報し、それでだめなら監督官庁に通報することになっており、マスメディアへの通報は最後の手段となる。しかりオリンパスでは内部通報の窓口が菊川の直轄になっているため、社内で不正の非を鳴らせば深町は解雇などの不利益を被った恐れが大きい。では監督官庁に通報した場合はどうなのかと言えば、過去には監督官庁が通報者の姓名などを企業側に伝えてしまったケースがあり、これも頼りにならない。
それでも一足飛びにマスメディアに通報してしまえば、深町たちは法律で定められた手順を踏んでいないことになってしまうのだ。不正を告発するためであっても、内部資料を持ちだしたことは窃盗や業務上横領、秘密保持契約違反に当たる恐れもあるという。
では、仮に深町たちが職を辞したうえで不正を告発しようとした場合はどうかと言えば、同法による保護の対象にはならない。同法の規定で、保護されるのは「労働者」であり、退職者はこれに含まれないからだ。
内部通報者制度に詳しい中村雅人弁護士は同法について「とても中途半端な法律。経営トップの犯罪に有効ではない」と断じる。同法を制定する際、経団連が「日本が密告社会になってしまう」としてこれに反対し、骨抜きにしてしまったためだ。


この指摘にあるとおり、オリンパスの場合は当時会長の菊川氏自身が主犯格であり、子飼いの森氏のような参謀もいたわけで、通報があっても裏で動いて黙殺されていたことでしょう(社長であったウッドフォード氏の“内部通報”ですら黙殺した会社ですから)。そんなことにならないようにするには、何をどう工夫すべきかということがポイントです。単に通報ルートを設けるだけではなくて、例えば取締役会や経営会議に内部通報が発生した旨の報告機会を設けるとか、発生した内部通報の件数と大まかなジャンルを社内に公表するとか、定期的に弁護士から内部通報に対する会社としての具体的対応のレビューを受けるなど、通報者の安全を守りつつ少しでも透明度を高めることで、社内外にアラートを出し牽制・自浄効果を生むような工夫でもいいかもしれません。内部通報で退職に追い込まれた従業員が、内部通報が事実であると分かったときには復職だけでなく損害賠償を受けられる制度を会社自身が自ら作って保護を宣言するという手もあるでしょう。このように公益通報者保護法に欠点・瑕疵があるというならば、経営者自身が提案して保護法を上回るようなその企業独自の保護策を採用し、それが後世にも残るように会社の制度・規定として明文化しておくという手はありそうです。

そもそも経営者に従業員の真摯な声に耳を傾ける姿勢がなければ、過ちを正そうとする声も起きなくなり、前述のような“会社組織のしがらみ”に沈黙する「サラリーマン」を量産するだけでしょう。そうやって量産された「サラリーマン」が、その会社の士気・モラルをますます停滞させ、ガバナンスやコンプライアンスを有名無実なものにしていくのだと思います。いざというときに心ある人が心ある人に勇気をもって進言すれば、会社はその勇気に応えてきちんと調査し対応してくれるという信頼のある状態。最悪、それはわざわざ制度としなくても、社員同士の信頼関係の中で処理をしてもよいかもしれませんが、まずは、どの企業も作った当初のままほったらかしにしているであろう内部通報制度を、せっかくのオリンパス事件を教訓として見直すところからはじめることを提案します。