デジタルの特性「劣化しない」「すぐに共有できる」を最大に開放し、著作権を気にせずにコンテンツはコピーOKの世の中にしたらどうなるか。果たして、世の中はより良くなるのか?それともクリエイターが死んでしまうだけなのか?
twitterでありがちな素人同士の与太話でなく、プロのクリエイターとプロの弁護士が、真剣にこのテーマについて2日間ディスカッションした対談が本になったものがこちら。
なんでコンテンツにカネを払うのさ? デジタル時代のぼくらの著作権入門著者:岡田 斗司夫
販売元:阪急コミュニケーションズ
(2011-12-01)
販売元:Amazon.co.jp
私自身も、もう著作権制度の維持を前提とするのは無理があると思ってしまっている企業法務の風上にも置けないヤツです。
そう思いはじめたのは、バンドマンとしてオリジナル曲を創る立場だった自分が、DJをやるようになって他人の音楽を“素材”として扱って自分なりのアレンジやマッシュアップをするようになったことがきっかけでした。これにレッシグの『REMIX』を読んだショックが加わって、一気に著作権終焉論者に。
そんな具体的実感がないという方にも、この本の岡田さんの例え話はわかりやすい。「どんどん引用してくれ」と岡田さん自身がこの本の中で仰っているので、遠慮無く引用させていただきましょう。
野球がクラスでいちばんうまいからといって、そいつは野球で食っていくことは出来ませんね。
野球がうまい奴なんてそこら中にいます。河原で草野球をしている人は多いし、社会人野球で働きながら野球を続けている人もいます。野球だけで食えている人なんてほとんどいないんですよ。
じゃあ、コンテンツの創作はどうなのか?マンガを描ける、楽器を演奏できる、小説を書ける、その程度の能力で、飯を食っていこうというのかと。僕たちの社会が持つ余剰は、そういう能力のある人間をどの程度食わせていくことができるのだろうか?うまいだけなら、趣味でやっていけばいいんですよ。コンテンツを作って食っていきたいというやつに会うたび、「草野球が趣味のサラリーマンみたいに、もっと真面目に生きろよ!」と言いたくなっちゃう(笑)。
創作だけで食っていこうという態度が真面目じゃありません。
野球がうまい奴は、いろんな会社から「ウチの会社に入れよ」と誘われます。そいつが、「僕は営業できないですよ」と断っても、「そんなことはいいから、君は野球やっててよ」と言って飯を食わせてくれる。
僕はこれこそ才能のあるべき姿だと思います。直接お金を稼ぐ才能がないとしても、「才能を含む総合的な人格」で評価されればいいんじゃないでしょうか。
この岡田さんの「そんなにクリエイターやりたいなら、草野球で我慢しているサラリーマンを見倣って副業でやれ」という一見身も蓋もない極論(私にとっては至極真っ当な意見)に、良識派として応じるのが福井健策弁護士。
福井先生もただのおカタイ弁護士とは思われたくないという意地があるのか、著作権法のグレーゾーンについてフレキシブルな解釈を紹介されたり、二人の意見の相違点を発展的に解決する思考実験を披露したりと、必死に「応戦」をされています。このあたりは、著作権やフリーカルチャーに興味をお持ちの法務パーソン・ビジネスパーソンにも読み応えがある部分でしょう。
しかし、福井先生には申し訳ないのですが、やはりこの本の帯にあるとおり、デジタルというパンドラの箱を開けてしまった私達は、デジタルで出来てしまうこと・それを使って人間が本能的にやりたくなること=コピー・パロディ・リミックス・マッシュアップetcを権利で縛ることはできないのだと思います。福井先生は、「そうは言ってもいまは著作権があることを前提に世の中が成り立ち、クリエイターが食べている」「言うのは簡単だが、誰も実証できていない」と、良識派として必死に抵抗されていますが、その抵抗があと10年20年と持つとは思えないのです。

・・・と、ここまで書いて思ったのが、こんなテーマを本にして出版した阪急コミュニケーションズさんこそが、無駄な抵抗がもはや通用しないことを現場で一番感じている張本人であり、その張本人がこの本を出版したということこそ賞賛されるべきだ、ということ。出版社こそが、著作権を有する著者の媒介者として収入を得ている“デジタルの反対側”にいる人と思われている人たちなのに、その彼らがこの本を出し、変化を自ら肯定したというのは、勇気のあることです。
この本自体、まさにネット口コミによって販売部数を伸ばしていると聞きます。そして、こうして売れていく度に、阪急コミュニケーションズさん自身が、いや他の出版社はもっと強く、皮肉を感じることでしょう。「自分たちの武器でありお守りであったはずの著作権を否定するような本を出版したら、それが大ヒットして収入と評判が得られるなんて」。
時代の変化に対し、どうやってソフトランディングをはかるかを考えているより、積極的に変える側に立ったほうが圧倒的に楽しいし、先行者利益も得られるはず。この本のテーマであるフリーカルチャーの発想はレッシグが唱えて以降各所で見られており、もはや新しいものではなくなっていますが、それが机上の空論でなく、ついに日常にも浸透してくる。そんな変化の瞬間に今我々は立ち会っているんだというライブ感を味わうことができるでしょう。
味わっているだけでなく、ライブを演奏する側にならなければ、ですね。









