これからは、友達が自分を写真に撮ろうとする度に、神経質と思われても「Facebookにアップするんだったら撮らないでね」とはっきり言った方がいいかも知れませんよ、というお話。


カンサスのとある看護学校で、授業中に子宮の検体と一緒に写真を撮った看護学生がFacebookにそれをアップしたところ、スーパーバイザーに見つかって速攻退学処分になったという事件で、看護学生側から裁判が起こされました。

その発端となった問題の写真がこちら(Sarah Beth RN blogより)。
※臓器系の写真に弱い方は、下の方はじっくりご覧にならないほうがいいかも知れませんので注意。

placenta


この裁判において、カンサス州裁判所はこのように述べ、退学とした学校の処分を不当と判断しました。孫引き引用になってますがご容赦を。

Judge Says It’s Reasonable For Any Photo Taken To Go Viral. A Dangerous Precedent?(Forbes)
[P]hotos are taken to be viewed. When Delphia(訳注:看護学校のスーパーバイザー) granted permission to take the photos, it was unreasonable to assume that they would not be viewed. If the photos were objectionable, to say nothing of objectionable to the point warranting expulsion from the nursing program, then it would not have mattered whether the photos were viewed on Facebook or elsewhere. By giving the students permission to take the photos, which Delphia admitted, it was reasonable to anticipate that the photos would be shown to others.

写真とは、その場面を記録して誰かと共有するためのものであって、一度撮ることを認めた以上は、どこに出そうが誰に見せようがFacebookにのせようが、撮るのを認めた側が文句を言える筋合いではない、と言わんばかりの判決。

Facebookでは、以前から未成年の学生の飲酒や乱痴気騒ぎがその友達に写真によってアップされ、さらに名前のタグをふられることで学校等バレてはいけない相手にバレる、というプライバシー問題が発生していましたが、今回のこの判決は、引用しているForbesだけでなくABAjournalの記事など様々な法律系ブログにおいても、「プライバシー上悪しき先例になりやしないか?」と大きな議論を呼んでいます。

1)写真を撮る自由を認めた上で、写真をアップロードする自由をプライバシー権によって制約していく
2)写真をアップロードする自由を認めた上で、写真を撮る自由をプライバシー権によって制約していく
これまでのプライバシー権の考え方では、どちらかといえば1寄りだったと思いますが、本判決は2の立場をとったものと言えるでしょう。

私はこの判決の考え方には基本的に賛成の立場です。しかしそうなると、仲の良い友達であっても「今日の私は写真には撮らないでくれる?」と言わなければならない場面が増えて、それはそれでギクシャクした世の中になりそうな気もします。

いずれにせよ、Facebookエイジに生きる私たちに新しいプライバシーの問題がもたらされているということは、どうやら間違いがないようです。