日本の労働法制上はありえないタイトルがつけられたこの本。ちなみに原題は“Talent on Demand”。

ジャスト・イン・タイムの人材戦略 不確実な時代にどう採用し、育てるかジャスト・イン・タイムの人材戦略 不確実な時代にどう採用し、育てるか
著者:ピーター キャペリ
販売元:日本経済新聞出版社
(2010-11-11)
販売元:Amazon.co.jp




人材マネジメントにも、生産管理におけるTOCのような「必要な時に、必要なだけを」の考え方を取り入れようという発想が日増しに強まっている中で、経営に携わる方、人事・採用関連のお仕事をされている方は、タイトルだけで反応してしまうのではないでしょうか。


日本語版への序文より。
本書の目的は、読者の皆さんに、人材マネジメントについて、これまでとは違った切り口で考えるきっかけをつかんでもらうことにある。そのためには、まず、人材マネジメントの課題を財務的な視点で考えることから始める必要がある。
企業にとっては、新しい競争相手や市場の出現をもたらすグローバル競争だけが唯一重要な変化、あるいは不確実性の源泉ではない。それは、社内にも、他の組織でのキャリア機会を追い求めようとしているものが少なからずいるということである。
たとえば、現時点の最善の予測では、10年後に組織全体に配置しなくてはならない主任エンジニアの数が500名であったとしよう。しかし今後、アジア市場が成長し続けた場合750名が必要となり、国内市場が低迷し続けた場合には250名にまで落ち込む可能性があるとする。こうしたブレに対してどう考え、どう対処したらいいのだろうか。また将来、新しいスキルが必要になるということが明確になったとき、そうしたスキルを身につけた社員の一部が競合他社に転職する可能性があることを承知したうえで、あえて内部人材育成に投資すべきだろうか。
この先のページを読み進めてもらえれば、これらの質問にこたえるためのフレームワークを手に入れることができる。

そのフレームワークとは、

1)人材の需要予測にまつわるリスクを低減させる
  −内製・外部調達のポートフォリオ見直し
  −リアルオプションによるリスク処理

2)人材過剰または人材不足のコスト(ミスマッチ・コスト)を最小化する
  −予測モデル・シュミレーション
  −SCM的人材育成パイプラインの組成

3)人材育成投資のROIを向上させ、人材育成を保全・強化する
  −メンタリングプログラムの導入
  −従業員とのコスト分担による育成コストの削減
  −離職タイミングのマネジメント

というもの。

特に、「離職タイミングのマネジメント」というアイデアについては、こんな実例も紹介されていて、私が温め続けている“日本の雇用慣行へのテニュア制の導入”というアイデアとも重なるところがあり、参考になりました。
 離職率を低下させたり平均在職期間を延長したりすることができなくても、離職が予測可能となれば、教育投資のROIを改善することができる。以前にウォール街の投資会社では、ジュニアアナリストが予測の突かない変則的なタイミングで離職していることに頭を悩ませていた。そこでアナリストに関しては、入社後3年で退職しなくてはならないという条件を設けることで問題に対処した。
 社員に退職を強いることで問題を解決するのはおかしいと思うかもしれないが、実際には理にかなった解決策であった。というのも、ジュニアアナリストが辞めていくこと事態が問題の本質ではなかったからである。彼らはいずれMBAの学位を取るために退職してビジネススクールに入学することがはっきりしていたが、誰がいつ退職するかを正確に予測できないことが問題であった。そのため、プロジェクトチームは常に人手不足の状態に陥り、プロジェクトの遅延や品質面での問題が生じていた。いまでは、ジュニアアナリストが入社後3年で退職することが分かっているため、彼らの在職期間に合わせてプロジェクトを編成することが可能となった。
 退職日が確定していると、大人数からなる同期入社組が形成されるため、教育研修もやりやすくなる。また、3年という在職期間が業界標準となった今では、3年未満でやめると職歴上不利になるため、途中で退職するものはいない。(P273)


この本を読むと、将来辞めてしまうと分かっていながら手間とカネをかけてタレント(才能)を育成すること、そして自ら成長しようとモチベートすることも、企業における「人材マネジメント」の重要なパーツであるということを改めて認識させてくれます。育てる者の犠牲と本人の成長努力の萌芽を抜きに、雇用の流動化の必要性だけを語ることはできない、というわけです。

先の見えない日本の状況を受け、「解雇規制がきついから企業の競争力が削がれるのだ」「日本もアメリカ型のようにもっと雇用の流動化が必要なのだ」という意見は日増しに強まっています。しかし、法律の方が先に解雇規制を緩くする、ということは決して起こらないでしょう。法律・規制とはいつでも現実を映す鏡のようなものであって、人材の流動化という現実が先に発生しない限り、そうはならないのです。

企業にとって都合の良い「リスクなくオンデマンドで人材を出し入れできる」などという理想の法律・規制環境は待っていてもできない、そんな中で、企業としてはどう考えどう行動すればいいのか。この難題と真剣に向きあう人に、重要なヒントを与えてくれる本です。