90年代の終わり、私は就職活動をしていました。
当時の日本といえば、「これからはビジネスもインターネットだ」「いやインターネットはカネにならない、一部の技術者・マニアの趣味の世界だ」と論争されていたころです。
今もサイバーエージェントのHPに残る当時創業1年目の藤田社長の日記を見ると、90年代終わり頃の日本のインターネットビジネスがまさに夜明け前だった様子が伝わってきます。
私は中学生の頃からPCが好きで、大学に入ってからは当時は英語版しかなかったネットオンラインRPGをダイヤルアップで、かつ23:00〜電話代がタダになるテレホーダイにまで加入してのめりこんじゃうような、オタク気質の強い大学生でした(それ以外の活動としてバンドでベースやボーカルをやっていたことで、かろうじて普通の人の領域にとどまれたのかもしれませんw)。その代わり、インターネットが中心となる未来というものに、何の疑いも感じていませんでした。
当時はいわゆる就職氷河期真っ盛り。新卒をまともに採用していたのも、当時の言葉で言えば「SE」を雇いたい会社(IBMとかオラクルとか)ばかりで、1年上の先輩にも文系SEになった方が沢山いたような時代でした。
そういったSE職にも一応応募はしましたが、自分はSEでソフトウェアを作る方じゃなく、インターネットのような、人と人の知性をつなぐインフラ事業の方がやりたいんだ、ということで本命は通信会社に絞りました。第一種電気通信事業、つまり自前で通信回線を持つ会社には、募集が出ていなかったも含めて、すべての会社になんらかの手段で応募をしました。
まだネットを使った新卒採用の募集は珍しい時代。リクナビはオープンして3年目で、ITや通信の会社でもハガキでしか応募出来ない会社がほとんどだったのを覚えています。
そんな中、大学のリクルータールートで最大手の通信会社と、ハガキで応募していた200名ちょっとの小さな通信会社の2社だけがトントン拍子で最終選考フェーズまで進みます。実は、それ以外の会社はほとんど落ちていて、かつ就職氷河期だったわけですから、今考えると相当不安な状況です。でも、当時の自分はまったく不安を感じていませんでした。自分が関わっていきたい通信という事業があり、そこに仕事があるのだから、必ずそこで働けるはず。盲信的にそれを目指して走っていました。
結局、私は「通信会社の中でも、他にはない人工衛星通信を事業のコアにしていて、一番ユニークだから」という天邪鬼な理由だけで当時200人ちょっとだった会社に入社を決めました。親には、最大手に行かない理由を問われましたが、その小さな会社のパンフを片手に、これからはインターネットなんだよ、この会社はその中でも小さいけどユニークなんだよ、と説明をしても通じるわけもなく、最後は「株主は◯◯だし、人事の人もホンダから転職してきた人だっていうし、ちゃんとしてるから。」みたいな感じでお茶を濁しました。今から考えると無茶苦茶な説明ですが、両親は心配ながらもまあ息子がそれだけ熱っぽく語ってるんだからいい会社なんだろうと、自分たちに言い聞かせていたようでした。
しかし内定式を迎えた日、私は自分の置かれた境遇を初めて理解することになります。というのも、たった5人の同期の中で文系は私1人、かつ同期とはいえみんな理系大学院卒の、年も2歳以上離れた超優秀なやつらだったのです。この瞬間、私は名実ともに二百数十人の最も下っ端になることが判明しました。これはもはや、ITがどうのとかインターネットがどうのとかいう講釈やかっこいいビジネスマン像は捨てて、下っ端として丁稚奉公するしかない、と心に決めました。
その決意のとおり、入社後の数年間、仕事は選ばずに雑用の嵐をこなしました。
今も鮮明に覚えているのが、入社早々の大仕事が、変更前と変更後の組織図・座席表を片手に、名前と顔もまだ一致してない社員を相手に座席とレイアウト変更の調整をするという、なんとも無茶振りな仕事だった事。ちょっとカタブツの技術者から「俺はそもそも今回の組織変更に反対だから、お前の話は聞かないし、調整には応じない、お前らスタッフが困ればいい。」と八つ当たりされたりと、仕事の振り方から社員の対応まで、なんて理不尽なんだとトイレで悔し涙をこらえたものです。
赤く目を腫らした私を目ざとく見つけた指導員のN先輩は、
笑っとけ。笑顔でもう一度行って来い。とだけ私に言いました。当時は「何そのさらに理不尽なアドバイス・・・社畜ってこういうことか?」と半信半疑でしたが、その通りに実践すると、嘘のようにカタブツな技術者のみなさんが話を聞いて調整に応じてくれ、仕事が前に進むのです。この時の自分が変わることで仕事を進めることができた、という純粋な喜びは、これからも決して忘れないでしょう。N先輩のアドバイスは、新卒らしく元気よく社員に接することもできない不器用な私にぴったりの、かつとても分り易い、しかし今考えてもとても真理をついたアドバイスだったと思います。
そんな丁稚奉公をやっているうちに、ITバブルの波にも乗って会社が上場するということになりました。私引き続き下働きの一環で採用・人事制度の整備・株主総会まわりを担当しながら、社員もどんどん増え、規模も大きくなり、上場に向けて会社が盛り上がっていく大フィーバーを体験しました。
中でも、総務として株主総会を準備し運営するという仕事を通じ、経営と株主をつなぐスタッフ業務の醍醐味や、大学時代はあれほど無意味と思った法律の面白さを体感し、より専門的な法務の仕事を志向して、当時の上司にも無理を言って総務業務をこなしながら、法務もやらせてもらうようになっていきます。
そして、嬉々として法務という仕事に深くのめりこんでいくうちに、これが性に合う仕事なんだなと思うようになり、今の企業法務マンとしての自分が形成されていきました。
話が長くなりました。
私は結局、インターネットや通信というテーマから、人材というテーマに目移りしてしまい(笑)、この最初に入社した会社を7年あまりで辞めて年収をダウンさせながら今の会社に転職しています。ですから、決して“勝ち組”ではありません。そんな私に「良いキャリアを積んでますね」「やりたい仕事ができていていいですね」と声がかかる度に、得も言われぬ違和感を感じます。
やりたいテーマ(当時の私の場合はインターネットや通信という事業)を何か決めて、そのテーマの中でやれること・やるべきことがやれる場所を見つけて、そのやれること・やるべきことの実践の中で、比較的得意なこと=自分なりのキャリアを見つけてきただけのことだからです。
新卒で就職できなくて困っているという皆さんは、やりたいテーマがあって、そのテーマに関連して何らかやれること・やるべきことができる場さえ見つかれば、大企業じゃなくても迷わず飛び込めばいいんじゃないでしょうか。本当にその場が一つもないというのなら、ある意味それはチャンスであって、その場をあなた自身が作るという方法もあると思います。私が就職活動をしていたちょうど同時期に、入社した会社を1年も経たないうちに辞めて起業した藤田さんのように。
新卒就職難は、新卒を採用しなくなった大企業が悪いのでも、仕組みを支えている大手就職支援サイトが悪いのでも、新卒の就職をうまく支援しない国が悪いのでも、新卒一括採用という日本の雇用慣習が悪いのでもない。それが私の言いたかったことです。









