類は友を呼ぶ、という言葉があります。
相当意識して付き合う仲間のバランスをわざと選別している人でもない限り、場所が飲み屋であれtwitterであれ、自分の近くにはやっぱり自分と同じ様な経済的境遇の人間が集まりがちなわけで。
で、そこで話されることが世論のすべてであるかのような錯覚に陥ってしまうと、政治的には色々な思いやりにかける発言につながってしまうおそれもあるのだと、最近感じています。
そんな中、先日ご紹介した『大企業サラリーマン生き方の研究』の中に、このことの危うさをうまく表現した図と文章があったので、自分の戒めのためにここに引用しておきたいと思います。

ひとつのセル(四角い区切り)は、1人ひとりの人間を表している。縦軸は、個々人の政治力を表している。民主的な国においては、1人ひとりに与えられた投票権は一票で、その意味で1人ひとりの政治力は同じである。横軸は、1人の経済力を表している。資本主義の国に暮らしている場合、経済力は人によって様々である。
民主主義と資本主義の両方を基本的な国の施策とする場合、そこに暮らす人々には上記のマトリックスが成り立つ。そのような国々では、縦軸の平等な政治力を基に横軸の格差(経済力の格差)を牽制する機能を与えることにより、社会のバランスを取っている。
社会の制度を考えるにあたって、最終的に最も大切なのは、縦軸である。各人に自由な経済活動を認めれば、いずれは富の偏在を生む。富の偏在が長年にわたって社会の中で固定化してしまうと、それは個々人の自由な経済的活動では打破できなくなる側面も出てくる。
大企業のサラリーマンは、日本社会の大多数を占めるものではなく、ほんの一握りの人たちにすぎない。様々なルールの変更は、最終的には、大企業のサラリーマン以外の各人にも平等に与えられた政治力の下、民主的なプロセスで、立法の過程を踏んで実現していく以外にない。
色は何色になるにせよ、マトリックスの塗り残しが無いように選挙には皆で行かなきゃね、ということでもあるかと思います。
『大企業サラリーマン 生き方の研究









