私に契約法務のなんたるかを教えて下さった前職の上司は、現場から検討を依頼された契約書の文字量を、あっという間に約4倍増にする達人でもありました(笑)。

それまでの上司は、せいぜい1.5倍増ぐらいの修正に留めるライトな修正方針だったので、親会社から新たに彼を法務部にお迎えしてからしばらくは、現場からの容赦ない反発が。

「お前の上司の修正が細かすぎて、案件が破談になるぞ。なんとかしろや。」
「上司には『相手は修正に応じない』と伝えてからそのつもりで見てもらえ。」

就任当初は私も「そこまでガリガリ修正してお客様にカドを立てなくても・・・」と進言したのですが、その度に“純日本的”な契約条文に潜む法的リスクについて、それはそれは厳しくも丁寧に、無愛想ながらも粘り強く教えてくださった上司。

あの時彼は、反発する現場をある程度犠牲にしながら、まだまだ新米法務マンだった私に契約の何たるかを叩き込もうとしてくれていたように思います。

今日は、そんな元上司の教えのエッセンスがそのまま文章になったような、とっておきの本をご紹介します。



「ありがちな条文例」vs「模範的な修正条文例」

日比谷パークの弁護士原秋彦先生が、同事務所の若手向けに、そして商事法務主催の法務セミナー向けに作ったレジュメがベースになっているこの本『ビジネス契約書の起案・検討のしかた』。

まず、「(a)ありがちな契約条文例」を読ませた上で、「(b)模範的な修正条文例」を提示し、その差を解説するというスタイル。
これをひたすら繰り返しながら、「ありがちな契約条文例」に潜むリスクを理解するとともに、「模範的な修正条文例」のレベル条文に直すこと(=契約書の文字数を増やすこと)の価値を解説していく、という構成。

例えば、こんな感じ。ちょっと長いですが。
文例1−(a)
乙による納入後、甲による本製品の検査に合格したことをもって本製品の検収が完了したものとする。
この例を引き合いに、著者は、「検収」という一見通用してしまう業界内での「方言」が、法的にどういった権利・義務を発生させるのかがきわめて不明瞭であるために、
1)所有権がいつ移転するのか
2)不可抗力で滅失・毀損した場合の危険負担はどちらが負うのか
3)代金支払い請求権がいつ生じるのか
といった紛争が起きた際に、契約で一義に解釈できなくなるリスクを指摘した上で、以下のような模範例を示します。
文例1−(b)
1 甲は、前条に従って『本製品』を受け取った後遅滞無く本契約第××条に定められた方法による検査を行うものとし、瑕疵が発見された場合には、受領後1週間以内に乙に対してかかる瑕疵について書面により通知するものとする。
2 甲が前項の期間内に乙に対してかかる瑕疵についての書面による通知をなさなかった場合、甲は、受領にかかる『本製品』を異議無く受領したものとみなされ、その後当該瑕疵の存在を理由とする乙に対するいかなる請求又は権利の行使もできないものとする。ただし、上述の方法による検査によっては直ちに発見することのできない瑕疵についてはこの限りではない。
3 前項但し書きにいう隠れた瑕疵については、乙は、甲に対して、本契約第××条に規定された瑕疵担保責任を負うものとするが、甲がかかる責任を追及するためには、瑕疵のある当該『本製品』の受領の時から12カ月の期間内において、瑕疵の存在を具体的に指摘した書面による通知を当該瑕疵の発見後直ちに乙に対してなすことを要するものとする。
4 『本製品』に関する所有権並びにその滅失、毀損についての危険負担は、本条に言う甲の検査の有無に関わらず、『本製品』が乙から甲に引き渡された時に乙から甲に移転するものとする。
使用前使用後の文字量は4倍以上(笑)。しかしそれによってリスクも1/4以下になっていると言えましょう。

メンバーを教育する際や法務パーソンを面接前に選考するシチュエーションなどにおいて、まず(a)の条文を見せて問題点が発見できるか、そして次にいかに(b)に近い条文が独力でドラフティングできるかを試してみる、といった使い方もできそうですね。


サンプル・雛形集としての価値は潔くあきらめて

契約書の作り方・直し方本の価値は、そのまんまパクって使えそうな「模範的な条文」のサンプル・雛形がどれだけ大量に入っているかで競われ“がち”です。
(模範的でない「ありがちな条文例」をわざわざ乗せて解説するスペースなどもったいないので、普通はお目にかかれません。)

この本は、そういった模範的サンプル条文・雛形集としての機能は潔く切捨て、「ありがちな条文」を「模範的な条文」に修正することの意義・価値を腹から理解させることに徹底的に集中したわけです。

この潔さが、この本を唯一無二の参考書に昇華させたと言えます。

「サンプル条文のつぎはぎ」ではない、本当の意味での契約書作成・修正ができる骨太な契約法務担当者を目指す方、そしてそんなメンバーを育てたい方に是非。