金融商品取引法により義務付けられた内部統制報告制度の本質とは何か。
内部統制論の権威である八田先生が、自ら金融庁内部統制部会長としてこの制度に込めた思いを語り、内部統制制度に対して多くの企業が陥っている誤解を説いていきます。
曰く、誤解を解く手がかりとなる重要な文書は以下2つ。
▼内部統制報告制度に関する11の誤解
▼財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の設定について(意見書)
この2つの文書に込められている内部統制への誤解を解くためのメッセージを、木村氏が対談形式で八田先生から引き出していくというスタイル。読み物としてはとても読みやすくなってます。
内部統制が日本企業に浸透しない核心はなにか
内部統制はとにかく負担がかかる、という誤解を解いたうえで、日本企業にとって真の内部統制に辿り着くのが難しいのはなぜかという問題の核心にも迫っています。
以下、それに関する木村氏の発言から抜粋。
韓という国の昭侯という王が酒に酔ってうたた寝していた。それを見つけた従者が毛布を掛けてあげた。ところが、この人は毛布をかける係ではなくて、冠の係だった。目を覚ました昭侯はその事実を知って、衣服の係と冠の係を厳罰に処しました。衣服の係は職務怠慢で。冠の係は越権行為で罰せられたのです。
この話には、「プロセス」というものの本質が描かれている。「プロセス」というのは、誰かがあることを行う権利を持っていて、それを遂行する責任が課せられていて、出来なかった場合には罰を受けるという、すべてをセットにした概念です。
日本企業の場合、ルールも責任も定められていないなかで、なんとなくやってしまっているケースが多い。そうではなく、「あなたは冠の係だけれど、こういう場合は毛布を掛けてもいい」という兼務を許す建て付けにする。「なんでもやっていい」というのではなく、「やらなくてはいけないこと」と「やっていいこと」の整理をした上で、内部統制を整備しないと混乱するだけなのです。
つまるところ、特に日本企業で美徳とされる「みんなで暗黙に助け合って仕事しようよ」という組織論自体が、対外的な説明責任を果たせなくさせるということ。
この悪い癖を直し、欧米型にジョブ・スクリプションに沿って仕事をするようにならないと、内部統制は混乱すると。だとすると相当根深い問題ですね。
やってはいけないことを決める権限を
私は、コンプライアンス部門に所属する者として、もう一つの整理をしておく必要があると思っています。
それは、「やってはいけないこと」を決める権限の整理です。
「やっていいこと」「やらなくてはいけないこと」だけを決めても、その権限の中で起きる組織の暴走が止められない場合は少なからずあります。
牽制部門が審査権をもったところで、現場に対して「それは現場の『やっていいこと』の権限を越えているはずだ」と意見するだけ、結局現場の暴走を止めるときにはその現場の上長にチクって止めるしかない、というような曖昧な権限では、遅きに失する場合もあると思います。
この本でも、結局のところ経営者の姿勢・本気が重要という結論に至っていますが(ここが内部統制制度の限界だったりもしますが笑)、経営者が本気なら、牽制部門の審査権には明確なストップ権限・つまり「やってはいけないこと」を決める権限をセットで与えるべきだと思います。
契約書のレビュー依頼でも、
「もうお客さんと合意してきちゃったんで、社内手続き上形式的な審査だけしてコメントしておいてくれればいいです。後は僕が社内を通しますんで。」
っていう営業マンっていますよね。
あーいうのを止める明確な権限が牽制部門に与えられてこそ、本当の統制が働くのではと思うのですが、乱暴でしょうか?









