Claude CodeとCowork——AIが「作業する」時代のツール
Anthropicが提供するClaude CodeとCoworkというツールをご存知でしょうか。
Claude Codeは、ターミナル(テキストコマンドベースで操作する黒い画面)上で動くAIコーディングエージェントです。自然言語で指示を出すと、コードベースを理解し、ファイルを読み書きし、コマンドを実行し、Gitでバージョン管理までこなします。
2025年5月のリリース時点ではもっぱらエンジニア向けツールとみなされていたものの、だんだんと非エンジニアがファイル整理・リサーチ・文書作成に使い始めたことで、さらに話題になっています。
そのClaude Codeの「何でも屋」ぶりを、技術に明るくない、ターミナルなんて触ったこともないような一般のビジネスパーソンにも開放したのがCoworkです。2026年1月に公開されたCoworkは、Claudeのデスクトップアプリ上で動くエージェンティックAIで、指定したフォルダにClaudeがアクセスし、ファイルの読み書き・作成・整理を自律的にやってくれます。
散らかったダウンロードフォルダの整理、レシートのスクリーンショットから経費スプレッドシートの作成、プレイブックに沿った契約書のレビュー・修正——そういった「人間がやると地味に時間がかかる作業」を、一度指示を投げるだけで試行錯誤を重ねながら完遂します。さらには、その作業過程で得た重要なルール・コツ・マナーをマニュアルやFAQとして自律的に書き起こし(都度アップデートもし)、次回以降はその通りに働いてくれます。人間以上に優秀な同僚・部下です。
私もこの2つのツールをセットアップし、お試しではなく実際の仕事で使っています。そこで見えてきたのが、「AIガバナンス」の意外な正体でした。
「アジャイルガバナンス」を語る前に、まず触ってみませんか
さて、こうしたAIエージェント/エージェンティックAI時代のガバナンスについて、最近、法律専門家がこのように語っていらっしゃるのをいろいろなところで目にします。
法務面では、技術的に対応できない点についてカバーするルールを作成したり、必ず人間が最終確認・修正を行う「Human-in-the-loop」のルールを整備することなどが考えられます。
AIエージェントは、自律的にタスクを遂行し、学習や環境変化に応じて出力が変動し得る特性を持っています。そのため、組織全体として継続的にリスクを監視・評価し、改善し続ける「線(プロセス)」としてのガバナンス体制が不可欠です
アジャイルガバナンス、Human in the Loop、リスクベースアプローチ——整理された議論で、大きな方向性・フレームワークとしては正しいと思います。ただ、ひとつだけ気になることがあります。こうしたAIガバナンス論を唱えている方々は、実際にご自身でClaude CodeやCoworkをセットアップして、自分の代わりに仕事をさせているのだろうか?と。特に弁護士の先生方は、弁護士法・職務基本規程の守秘義務に加え法律事務所ならではの情報取扱いルールの厳しさなどもあって、たぶんまだ少数派ではないかと思うのです。
遊びやお試しではなく、実際の業務を本気でAIに任せようとすると、見える景色がかなり変わります。「組織全体として継続的に監視・評価」を考える前に、まずもっと手前の、泥臭い問題にぶつかるからです。このエージェントにどのフォルダを開放するか。メモリ、データウェアハウス、ブラウザ操作を代行するエクステンションといったリソースにどこまで触らせるか。そういった設計段階の判断ひとつでリスクの質がまるで変わってくることを、手を動かしていると肌で感じます。
「線(プロセス)としてのガバナンス」が大事なのはそのとおりなのですが、その線を引くための「点」——具体的な権限設計——を自分の手で触ったリアルな経験があるかないかで、議論の解像度はずいぶん違ってくるはずなのです。
AIガバナンスのはじめの一歩——「どの箱庭を与えるか」の設計
では、実際に手を動かしてみて見えた「ガバナンスの正体」とは何か。
エージェンティックAIを実務に投入すると、すぐに直面するのが「このAIに何をどこまでやらせるか」という問いです。そしてその問いは、驚くほどシンプルな設計判断に帰着します。
どの情報資源へのアクセスを与えるか。 Coworkであれば、どのフォルダを開放するか。Claude Codeであれば、どのリポジトリやディレクトリに入ることを許すか。アクセスを認めた範囲がそのまま、AIの「権限の境界」になります。
そのアクセスレベルは読み出しだけか、書き込みや削除も含むか。 ファイルを見せるだけなのか、新しいファイルを作ることも認めるか、既存ファイルの書き換えや削除まで許すか。Anthropic自身がCoworkのドキュメントで「機密情報を含むフォルダへのアクセスには慎重に」「バックアップを取り、専用フォルダを用意することを推奨」と注意喚起しているのは、まさにこのレイヤーの話です。
承認は個別に行うか、ある程度フリーハンドで任せるか。 Claude Codeは重要な操作の前にユーザーの承認を求める仕組みがあります。一方で、すべてにいちいち承認を出していては自律エージェントの意味がありません。どこまで信頼して任せるかの線引きが必要になります。
結局のところ、AIガバナンスを考える際、まず考えるべきは「どの箱庭を与え、その中で何を許し(または許さず)、どこで人間がチェックポイントを置くか(または置かないか)」という初期設計の問題です。
「組織全体として継続的にリスクを監視・評価し」という話は、この設計が固まった後の運用フェーズの話であって、AIが実際に人間の代わりに自律的に働きだした今、議論の順番としてはもう一段手前こそが重要だと思います。
これじゃあWindowsフォルダ管理と大差ないじゃないですか
そして、この設計をやっていて既視感に気づきます。
これは私たちが30年前からやっているWindowsのフォルダ権限設定と、本質的に同じ構造です。共有フォルダに対して、誰に読み取り権限を与え、誰に書き込み権限を与え、誰に削除権限を与えるか。部署ごとにアクセスできるフォルダを分け、機密度に応じて権限レベルを変える。IT部門がActive Directoryとにらめっこしながら設計してきた、あのアクセスコントロールの話です。
Claude CodeもCoworkも、結局は特定のフォルダ(サンドボックス)に対するアクセス権を与えてそこで作業をさせるシステムです。技術的にはCoworkの裏側でVMが走っていたり、Claude Codeがチェックポイント機能で状態を保存・復元できたりと、実装は洗練されています。ですが、どのリソースへのアクセス権を与えるかを決めるその作業ベースで見れば、30年前から変わっていません。
時代は進化したようでいて、Claude Code / Coworkのガバナンスを突き詰めると「フォルダのパーミッション設定」に帰着するという、なんとも拍子抜けするオチだったのです。Claude Code を自分でセットアップして実務に使った人なら、遅かれ早かれこの境地にたどり着くはずです。
とはいえ、本当にそれでいいのでしょうか。
フォルダのアクセス権という粒度は、人間がファイルを手で操作していた時代に最適化されたものです。AIは、フォルダの中身を一瞬で読み尽くし、数百のファイルを同時に書き換え、人間には不可能な速度で「権限の範囲内」の作業を完了します。権限の範囲内であっても、その実行速度とスケールが人間とは根本的に異なる以上、同じ粒度のアクセスコントロールで本当に十分なのかという疑問は残ります。
たとえば、フォルダ単位ではなく「このエージェントは契約書のドラフト作成はできるが、金額条件の変更はできない」といった、文書の意味内容に踏み込んだ粒度の権限設計があってもいいはずです。あるいは、操作の累積量やパターンに基づく動的な制御——「短時間に大量のファイルを削除しようとしたら自動停止」のようなアノマリー検知型のガバナンスも考えられます。
AIが本格的に業務に浸透するこれからの時代に、フォルダ権限モデルのままで走り切れるとは思えません。ですが現時点では、そこに新しい枠組みを提示できている企業もツールもまだ見当たりません。
"NO Human in the Loop"の追求
もうひとつ、根本的な問いがあります。人がAIの邪魔をするリスクについてです。
2026年2月、日経新聞が「AIエージェントやロボAI『人の判断必須の仕組みを』 政府指針に明記」と報じました。政府が3月にもまとめるAI指針案で、AIエージェントやフィジカルAIに対して「人間の判断を必須とする仕組み」づくりを開発企業に求めるという内容です。
これに対して、THE GUILD代表の深津貴之さんが、Xで端的に批判されていました。
「筋悪い」と思う。26年の課題に人間速度で対処しようとしてる。28-30年を見据えるなら、政府指針は「高速AIの間に人間がいて生産性が激落ち」に準備すべき。無人環境におけるガバナンス・リスクコントロール・マネジメントの構築ワーキンググループと法規制をもっとやるほうがよい。
Claude CodeやCoworkを実際に使っていると、痛感するのがまさにこの点です。AIエージェント同士が高速に連携して作業を進めるワークフローの中に、いちいち人間の承認を挟んでいたら、エージェントを使う意味が根本から失われます。現に、Claude Codeで逐一承認を求められるモードで作業をすると、生産性は劇的に落ちます。「Human in the Loop」は昨今AIガバナンスの定番フレーズとなっていますが、それはAIがまだ人間の補助ツールだった時代の発想です。
私の意見はシンプルです。これからのAIガバナンスが本気で取り組むべきは、「NO Human in the Loop」の環境をいかに安全に成立させるかだと。人間がループの中にいなくても暴走しない仕組み、逸脱を自動検知して止まる仕組み、事後的に検証可能なログを残す仕組み——深津さんの言う「無人環境におけるガバナンス」とは、そういうことだと理解しています。
企業法務の立場からすると、これはリスク管理の設計論としても、内部統制の議論としても、かなりホットな論点になるはずです。もちろん、OECD原則やEU AI法が求める「人間中心(human-centric)」の理念と、運用上の「人間の逐一介入」は別の話だろう、という専門家の指摘があるのは承知しています。ただ、日本の政策議論やガバナンスの現場では、その区別がついていないまま「とにかく人間を噛ませろ」が正解として流通しているのが実態ではないでしょうか。
「人間の判断を必須とする仕組み」「必ず人間が最終確認・修正」を水戸黄門の印籠のように崇めている限り、日本企業はAIの恩恵を十分に受けられないまま国際競争力を失っていく。かといって、ガバナンスなしに野放しにするわけにもいかない。その間をどう設計するかが、これからの企業法務に突きつけられている本当の問いだと思います。



















